勇者パーティクビになったら美人カウンセラーと探偵業始めることになってしまった

角砂糖

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第三章「公爵家令嬢殺人事件」

事件発生、そして捜査へ

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まだ朝靄の残る静かな屋敷に、不意の絶叫が響いた。
「お嬢様が……! お嬢様がぁぁぁ!!」

血を引くような悲鳴に、心臓が一気に跳ね上がる。
反射的に俺たちは駆け出していた。

――豪奢な寝室の扉を押し開けた瞬間。

甘い香油と絹の香りの中に、異質な重苦しさが漂っていた。
金糸の髪を枕に広げ、白い寝間着に包まれたままベッドに横たわるのは――長女エリザベート。

一見すれば、優雅に眠っているかのようだった。
だが、その首筋には赤黒い指の形。血管が浮き、爪の跡が生々しく刻まれている。
その違和感に気づいた瞬間、背筋を氷で撫でられたような感覚が走った。

「……し、死んでる……」
声が勝手に震えた。喉がつまって、呼吸すら忘れそうになる。

気づけば俺は、隣にいた渚さんの腕を思わず掴んでいた。
「な、渚さん……! これ……本物の……死体……」

情けない声だった。けど仕方ない――生まれて初めて、人の死を目の当たりにしたんだから。

渚さんは俺の肩に軽く手を置き、落ち着いた声で囁いた。
「大丈夫です、倫太郎さん。……怖いのは当然です」
その声音は冷静なのに、不思議と温かく、胸の奥の恐怖を和らげてくれる。

一方で玉蓮は、普段の老商人気取りの調子が嘘のように固まっていた。
「ほ、ほっほ……これは……商談どころではなくなったのう……」
小柄な身体を縮め、背負い袋をぎゅっと抱え込む姿は、年寄りぶっていてもやはり少女に見えた。

次々に駆け込んでくる屋敷の人々。
蒼白な顔の公爵夫妻、涙で声を上げる気弱な妹クラリッサ、信じられないといった表情の執事ギュンター。
誰もが言葉を失い、泣き叫び、呆然と立ち尽くす。

その中で、ひそひそと刺さる声が耳に入った。
「……妹が、ついに……」
「いつも虐げられていたから……」
「……あの人になら、恨まれていても不思議じゃない」

俺は息を呑み、渚さんを仰いだ。
「まさか……クラリッサさんが?」

事件の衝撃が広がる中、使用人たちの囁きはやがて一人の人物へと集まっていった。
――次女、クラリッサ。

気弱で内気な彼女は、いつも姉のエリザベートに虐げられていたという。
泣きはらした顔で震えているその姿は、哀れであるはずなのに、皮肉にも「疑い」を強める材料になってしまった。

渚さんの藤色の瞳は静かに亡骸を映し、小さく首を振る。
「まだ決めつけてはいけません。――けれど、これは明らかに“殺人”です」

その一言に、背筋が凍りつく。
煌びやかなはずの公爵家の屋敷は、一夜にして“惨劇の舞台”へと変わっていた。


だが、容疑は彼女一人にとどまらない。

庇うようにクラリッサの肩を抱く両親。
「クララがそんなことをするはずがない」と強く言い張るが、その必死さ自体が逆に怪しくも見える。

執事ギュンターは深く皺を刻んだ顔で黙り込み、低く短い返答を繰り返すばかり。
その無口さが忠実ゆえなのか、後ろめたいからなのか判別できない。

婚約者のユリウスはクラリッサの手を握りしめ、涙ながらに無実を訴える。
けれどその眼差しの奥に、憤りのような炎がちらつくのを俺は見逃さなかった。

そして――晩餐に姿を見せた隣国の第二王子、フリードリヒ。
堂々とした態度で「無念だ」と語るその姿は立派だが、どこか芝居がかった口調に聞こえなくもない。

誰もが被害者と複雑な関係を抱え、動機を持ち得る者たちだった。


「倫太郎さん。記録をお願いします」
渚さんは静かにそう告げると、淡々と聞き取りを始めた。

俺は慌ててメモ帳を開き、ペンを走らせる。
両親の証言、妹の震える声、執事の低い返答、婚約者の必死な訴え、王子の威厳ある言葉――。
声の震え、目の動き、わずかな間の取り方。
どれも意味があるのか、それとも単なる癖なのか。

「……わからない。何が嘘で、何が本当なのか……」
頭の中がごちゃごちゃになって、思わず小さく呻いた。
ペン先がぶれて、紙に不格好な線を描いてしまう。

「落ち着いて。整理はあとでできます」
渚さんが小声で囁き、俺の手を軽く押さえた。
その表情は揺るがず、ただ静かに状況を見つめている。


全員の証言を一巡したところで、渚さんはふと窓辺に視線を向けた。
薄い光の差し込むカーテン、その下の床板をじっと見つめる。

「……魔法の痕跡が残っています」

「え?」
思わず声が裏返った。

渚さんは指先で床をなぞり、淡く光る粒子をすくい上げる。
それはすぐに霧散し、消えてしまった。

「何かを――“消した”痕跡です。
 本来なら残るはずの証拠が、意図的に消されている」

俺はゴクリと唾を飲み込んだ。
(つまり……誰かが、殺人の痕跡を隠そうとしたってことか……!?)

静まり返った空気の中で、心臓の鼓動だけがやけに大きく響いていた。
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