異世界宇宙人と天才少年のドタバタ冒険譚

角砂糖

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第二十五話:知っているつもりの、知らない味

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昼下がり。
森と畑のあいだを流れる、清らかな川辺にて。

「……これ、魚じゃない?」

腰まで水に浸かりながら網を構えていたミナトが、小さなバケツに獲物を放り込んだ。
銀色の鱗が水面で跳ね、涼やかな音を立てる。

「現地種確認。分類:淡水魚。体長平均25cm前後、行動パターン安定。……でも、食べられるかどうかは未確認」

「じゃあ調べてみる?」


月影がそっと腰を下ろし、魚を手に取る。
小ぶりで細長い体。尾びれはしなやかに曲がり、鱗は水を弾いてつややかだった。

「うん……目が澄んでる。鱗も傷んでないし、内臓の匂いも悪くないわ。これ、焼けばきっと――」

「分析中。寄生性反応、極小。毒素反応:非検出。……加熱調理すれば摂取可能」

「……おぉ。食べられるってこと?」

「ええ。ただし火は必須。低温寄生菌があるから、生食は厳禁」

ミナトがごくりと喉を鳴らす。

「なんかすごい情報戦だった……」


その夜。
月影が炭火でじっくりと焼き上げた川魚の塩焼きが、食卓に並んだ。

パリッと香ばしく焼かれた皮。
骨からすっと身がはがれ、ふわっと立ち上がる、山の恵みの香り。

ミナトは箸を止めたまま、じっとそれを見つめた。

「……オレ、この世界出身だけど……川魚って、実は食べたことなかったかも」

「えっ、そうなの?」

「うちの村、山はあったけど川は遠くてさ。魚って言えば、海の干物か塩漬けばかりで……“川の魚を食べる文化”って、聞いたこともなかった」

ミナトの声に、月影はふと目を細めた。

「じゃあ今日は、“初めての味”ね」

ミナトは小さくうなずいた。
自分が“この世界の人間”でありながら、今まで触れてこなかったものがこんなにもある――
それが、どこか少しだけ、くすぐったくて嬉しかった。


「いただきます」

口に運んだ瞬間、広がる淡く繊細な香ばしさ。

「うわ……うまっ……!」

「川魚は、海の魚より脂が少なくてあっさりしてるの。でも、こうして塩で焼くと、素材の味が立つのよ」

「構造的にも、たんぱく質の密度が高く、熱変化によって香気成分が強化される。再現性あり。保存パターンに追加」

「もう保存パターンとか言ってるし……」


ミナトは焼き立ての一尾を頬張りながら、ふと呟いた。

「こういうのも、“この世界の味”なんだな……。でもなんか、“知ってたつもり”だったのに、全然知らなかったんだなって……」

月影はうなずきながら、魚の骨を器に置いた。

「そういうの、たくさんあるわ。知ってるはずの場所にだって、“まだ出会ってない味”が眠ってるの」

「……それ、すごくいい言葉だな」

ミナトは、そっと目を伏せる。
異世界から来た二人に囲まれて、自分がこの世界で“知らなかったもの”に出会う。
不思議な気持ちだったけれど、どこかあたたかかった。


その日、風影の灯の食卓にまたひとつ、新たな発見が加わった。
それは海ではなく、川から届いた恵みの味。

ミナトにとっては、自分の世界の“まだ知らなかった”断片だった。

レーアは、焼き魚をじっと見つめながら一言。

「……あとは、甘辛煮、ムニエル、干物化、天ぷらの検討を」

「広げるの早すぎない!?」

月影はくすりと笑いながら、焼き魚にすだちをしぼった。

「でも、今日の“はじめて”はきっと、いい一歩だったわね」

縁側の窓から吹き込む風が、食卓を静かに撫でていった。

ミナトはもう一度、箸をとった。
その魚の味を、きっとずっと覚えているだろうと思いながら――。
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