筆だって自分で文字が書きたい~人になりたいのに、異世界で神にされました。~

嶋田愛那

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江戸編

第5話 筆は猫又と出会う①

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『へえ、そうなのねえ』




気のない相づちがあった。




ここまでひねり出した自分の話を、いかにも昼寝をしているときに羽虫がうるさいわねとか、明日の天気は雨かしらねといった風に、なんでもないように聞いている。


わたしは今、このくつろぎながらおのれの話を聞いていたこの者と共に、上方、つまり京の都から江戸入りを目指す商人の荷馬車のすみにいる。


あの後、自分のいた寺は人がいなくなった。
いわゆる廃寺というものとなった、と耳にした。


なんでも、自分が寺に長いこといた間に東が江戸と言われるようになったようだ。


天下取りの時代を経て、世の中は平穏を手に入れた。
しかしそれまでに寺の周りの土地は荒れ、周囲の人間はこの寺を忘れ去った。


以前は地元の人間が多く坊主の説法を聞きに来たり、祭りを開いたりしたものだ。
寺の最後の住職が亡くなり、弟子も遠くへ行くことを決めたときの寂しい感じといったらなかった。


わたしを住職から預かっていた坊主は、京を通るときにわたしを商人へと譲った。
あてもなく修行の旅に出る自分には、不釣り合いな代物だからと。


この商人はどうやら江戸から上方へと品物を仕入れに来た帰りがけのようで、わたしは何度か荷物と一緒に積み直されながら、商人の仕事を手伝っていた。


そうして荷馬車に揺られていると、長旅で退屈だとあくびをもらした目の前の彼女が


『そうね、ものは試しに、あなたの身の上話でも聞かせてごらんなさいよ』


と言った。


『そういわれても、わたしはこの前まで考えたことを伝えるのすらできなかったんですよ。自分が生まれてからのことなんて、うっすらとしかわからないんです』


そういうわけだから、話してもつまらないだろうとわたしが答えると、


『うっすらとなら覚えているんでしょう?それなら話してみなさいよ。
おもしろいか、おもしろくないかは話すあんたが決めることではないわ』


とすげなく言い返され、その鋭い目でこちらを見られては応えるしかなかった。


おのれは動けない筆であるのだから、その肉食の歯で柄をかじられたり、毛の部分を足で踏まれたりしてはかなわないのだ。


そうして考え考え、自分がただの筆だったころから努力して話を振り絞り、ひねり出した答えだというのに。


この反応である。


実際、この者にはなんでもないことなのであろうが。


自分の目の前にいる存在が言いだしっぺだというのに、と筆はなんともいえない気持ちになったのだった。



『…そういえば、今更ですがどうしてあなたが荷馬車にいるんです?』


と聞くと、彼女はばかねえといかにも呆れたようにひげをゆらした。


『私はあんたの親みたいなもんだからね。きちんと見届ける義務があるのさ』



どうやらついてきたらしい。



本当に気まぐれなお方だ。



わたしは彼女にばれないよう、小さくため息をついた。
口がないので、ため息などつけないのだが。



『あんたになにがあろうと知ったこっちゃあないけどねえ。
この私に黙って、お江戸なんて楽しそうなところに行くなんて、許さないよ』



このいつもの憎まれ口にも、もう慣れたものだ。
初めて奈良の地を出て遠くへ行く不安の中、誰か知っている方が近くにいるということは、わたしにとってはとても心強かった。




 ——



『あんた、つくも神ってやつになっているね』


今から少し前のこと、自分の目の前にいる者からこう声をかけられた。
「今から少し前」というのは、正確には何年前であったのか、我々人でないものにはあまり関係のないことだ。


『あんたがしゃべったり化けたりしたところを見たことはないが。
この私にはお見通しさね。あんたがまとっているその気は、間違いなく私たち妖のもんさ』


自分はこれまで、外の想いを感じ取ることしかしていなかった。
それしかできなかったと言うべきだろうか。


これまで自分が拾ってきた「声」は、自分に向けられたものではなかった。
それも当然だ。だっておのれは筆なのだから。





しかしそのとき、




その瞬間に、




筆としての役割をもつ道具ではなく、筆に宿る自分、「わたし」に向かって話しかけてきた。



初めてであった。



水面に漂っていたのを、まるごと捕まえて引きずり出されたような心地であった。



外から聞こえる感情に、心の耳を傾けながら揺れる波の中にいるような気持ちでいた意識は、この目の前の大きな「筆」のようなものによって目覚めさせられた。


誰も気付かなかった自分という存在を感じ取り、見つけてくれたことへのうれしさがあった。


筆の毛を1本1本丁寧に整えてもらった後のような、おのれを使って素晴らしい書を書き上げてくれたような。


いや、それ以上の感覚であった。




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