筆だって自分で文字が書きたい~人になりたいのに、異世界で神にされました。~

嶋田愛那

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江戸編

第9話 筆は猫になる②

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『だから,特別に私の化け方を見せてあげる』



ぼふん。



そう言うと猫又は,煙を立てて一度普通の猫の姿からもとの姿に戻った。



わたしは今まで,誰かが化けるところを見たことがない。



自分が化けるのには忌避感があるが,不思議なことが目の前で起こるならば,ぜひとも見てみたい。


猫又はどうやって化けるのだろう?


さっき,狐や狸は葉っぱを乗せると聞いたが,では猫又の化け方はどういうものだろうか。


坊主がお経を唱えるように,なにかを唱えるのか。


それとも,もっと格好いいやり方があるのか。


そう期待して見ていると。





猫又が後ろ足で立った。




人のように。





唖然としながら,猫も人のように立てるのか,と思っていると,



今度は立った後ろ足を動かしながら前足を人の手のように使って,変な動きをし始めた。



『……』



これは,なんと言えばいいのか。



思い描いていたのとは違う,なんともいえない動きである。



わたしが戸惑っているうちに,猫又は変な動きをしながら,今度は「声」を使って何事かを呟きだした。




「にゃぁ~,にゃぁ~にゃんにゃごにゃぁ~にゃおおおおん,にゃんにゃごにゃぁ~」



という調子である。




わたしは気が遠くなりそうになりながら,猫又の言いつけ通りにその奇妙な行為を眺めていた。



なんなのだあれは。



いや。



これは,なんだか見たことがある気がする。



どこだったか,いやわたしが知っているのは生まれた工房と寺くらい,





寺?





考え込むわたしをよそに,猫又の奇行は佳境に入った。



「にゃんにゃごにゃぁ~ぁにゃんにゃごにゃぁ~,にゃおおおおんにゃおおおおんにゃんにゃごにゃぁ~」





そうだ。思い出した。


寺の祭りだ。


寺がまだ活気にあふれているとき,人間がこうして踊っていた。


つまり彼女がやっているのは,猫又流の「踊り」であるのだろう。


踊りといっていいかは,ちょっとわからないが。





そんなことを思っていると,猫又の周りに煙が上がった。


「にゃおん,にゃおん,…にゃん!!!」




ぼふん。




にゃん,という掛け声と共に,猫又流踊りは終わった。


煙が晴れたとき見えたのは,




「人間」であった。





さっきまで猫又がいたところに立っていたのは,紛れもない人間の女性であった。



わたしはあまりの変化に,信じられないと思う反面,けれどもたしかに彼女は猫又だ,とすんなり信じられた。




わたしは人の見た目については詳しく知らないし,人の美醜についてはもっとわからない。



しかし彼女は美しい人間となっていた。



素直にそう感じることができた。




彼女の見た目はとても若い。


二十歳に満たないくらいであろうか。


髪の色は彼女の毛を反映しているわけではないようで,白色から黒い毛に変わっている。


艶やかで,背中のところまである黒髪に,意思の強い彼女のようにややつり上がった黒目。


彼女の毛を思わせるような白い肌に, 柳のごとく細い眉。


着物の上からでもわかる腰の細さは,いわゆる「柳腰」というものだろうか。


おまけに赤く小さい唇。


そんな見た目によく映える,白い花びらが散った紫の着物。


美しい女性に化けた狐が国を滅ぼしたという言い伝えを聞いたことがある。


もしそれがこういう「人」であったなら,たしかに国も滅ぼしかねないだろう。




わたしは,これが手本かと戦慄していた。




「ふふん,どう?筆。私の実力は。美しいでしょう」


鈴を転がすような,という言葉が似合う「声」で彼女は言った。



『ええ,素晴らしいものを拝見しましたよ』


わたしはなんとか「念」を発した。


おみそれした。


奇行とか変な動きとか思って申し訳ない。


彼女の力は,とても素晴らしいものであった。



気をよくした猫又(人の姿)は,わたしにこういった。



「もしよろしければ,この姿であなたを使ってあげてもよくてよ」






それは慎んで遠慮したい。

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