筆だって自分で文字が書きたい~人になりたいのに、異世界で神にされました。~

嶋田愛那

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江戸編

第10話 筆は猫になる③

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「この姿であなたを使ってあげてもよくてよ」


『いえ,慎んで遠慮させていただきます』



即答すると,人の姿をした猫又はまなじりを吊り上げた。
美人が怒ると恐いというのは本当らしい。
下手したら猫のときよりも恐いのではないだろうか。


しかし,わたしにも筆に生まれたという誇りはあるのだ。
どうせなら妖に使われるのではなく,人間の道具として扱われたい。




「はあ!?なんでよ,私ほどの美人に使ってもらえるのよ。普通は光栄に思うもんでしょ?自慢じゃないけど字は上手だもの!」


猫又は白い肌を真っ赤にしてまくし立てた。
怒鳴っていてもきれいな声なのだから,美人とは得なものだ。


『…あの,失礼ですが』


「なによ」


『猫又さんの趣味をとやかく言うつもりはないのですが』


「は?だからなによ。さっさと言いなさい」


『…猫又さんは,もしわたしが人に化けたとして,わたしに飼われたいですか?』


「はあ!?」


わたしが尋ねると,今度は彼女の顔が青くなった。心なしか肌がぶつぶつしている。人間はこうやって鳥肌が立つのか。
赤くなったり青くなったり,今日の猫又はなんだかせわしない。


「あ,あんた,なにいきなり気持ち悪いこと言ってるの!?あんたに飼われるなんて嫌に決まってるじゃない!」


『それと同じことを,いま言われたのですが…』


わたしもきっと,肌があったら鳥肌が立っていただろう。
鳥肌は立っていないが,わたしは筆先に墨が残っているような,妙な心地になった。


さすがにそこまで拒絶されると,わたしも傷つくが。
お互い様か。


きっと猫又も,わたしと同じように,妖(あやかし)には妖として接してほしいのだ。
人間に飼われる猫,人間に使われる筆ではなく。


『…貴女に使われるのは,なんだか違う気がするんです』


たとえ人の姿をとっていても,彼女は猫又なのだから。



「…いや,そういう意味で言ったわけじゃないわよ!こう,ただなんとなく,使ってみたくなったというか…。というか,あんたを使うのと私が飼われるのではまったく違うじゃない」


どうやら,まだ諦めていなかったらしい。
たまに出るこの方のしぶとさは,本当に厄介だ。
これが猫というものなのだろう。


『あの、もしなにか書きたいなら普通の筆を使われてはいかがですか?
もしくは,誰か使わせてくれるつくも神を探してはどうでしょう。
わたしは絶対に嫌ですが』


「…ちょっとだけでも?」


『はい』


猫又が食い下がるのにそうはっきりと答えると,ようやく諦めたのか,首をゆるく振った。
きれいに結った髪の毛が揺れた。


「ふん。あんたもなかなかに意思表示できるようになったじゃない」


猫又がそう言うのを,わたしは褒めているんだか憎まれ口なんだかわからないな,とぼんやりと聞いていた。





そのときだった。


「おい,中に誰かいるのか?」


男の声がした。聞き覚えのある声だ。
荷馬車のすぐ外にいるようだ。


もしかすると泥棒かもしれない,と近くにいる人を呼び,男は焦った様子で2,3度声をかけた。


少し騒ぎすぎたらしい。主に猫又が。
そう思いながら彼女に意識を向けると,いっそかわいそうなくらいに慌てていた。
美人が台無しである。


『猫又さん,早く猫に戻った方が…』


『わ,わかってるわよ。にゃんにゃごにゃぁ~,にゃんにゃごにゃぁ~…』


猫又は人の姿でさっきの猫又流踊りを披露した。さっきよりも格段に動きが素早い。
……なんだか,残念なものを見ている気分である。


「…誰もいないのか?おかしいな,確かに声がしたんだが」


「一応,開けてみよう」



猫又は「に“ゃっ」と鳴いて元に戻った。



ぼふん。


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