筆だって自分で文字が書きたい~人になりたいのに、異世界で神にされました。~

嶋田愛那

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江戸編

第14話 筆は猫になる⑦

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わたしに馴染みのある、猫又でいうところの「歌」に当たるもの。
…あれが歌と言えるかは、審議の余地があるが。


そう、お経だ。


わたしは親方の工房から寺に引き取られて以降、ずっと坊主たちの経を読む声や、檀家たちに説法をする声を聞いてきた。
自我が目覚め、「念」が使えるようになってからは、すっかり覚えた経を唱えて過ごした。


つまり、経はそれだけわたしにとって身近な存在になっているということだ。
猫又の化ける方法が「猫又に深くつながりのあるもの」ならば、試してみる価値はあると思う。




わたしがそう熱弁するのを、猫又はげんなりとして聞いていた。


『そんなに試したいなら、やってみたら?』


最終的には猫又が折れた。あやかしが経を唱えるのはおかしいという言葉は今更だ。


『猫に化けるなら、私を見ていれば化けやすいわよ』


わたしは、猫に化けようとさせる猫又に待ったをかけた。


『先に、人になるのを試してみていいですか?』


『成功するとは思えないけどね』


猫又が不承不承頷くのを見て、わたしは全ての感覚を集中した。




猫又が変化した姿を思い浮かべ、「念」を使って経を唱える。
仏よ、どうかわたしに力をくださいと願いながら。




摩訶般若波羅蜜多心経まかはんにゃはらみたしんぎょう

観自在菩薩かんじざいぼさつ  行深般若ぎょうじんはんにゃ波羅蜜多時はらみったじ 照見五蘊しょうけんごうん 皆空かいくう 度一切苦厄どいっさいくやく 舎利子しゃりし 

色不異空しきふいくう 空不異色くうふいしき 色即是空しきそくぜくう 空即是色くうそくぜしき 受想行識じゅそうぎょうしき 亦復如是やくぶにょぜ  

舍利子しゃりし  是諸法空相ぜしょほうくうそう  不生不滅ふしょうふめつ  不垢不浄ふくふじょう  不増不減ふぞうふげん  是故空中ぜこくうちゅう 無色むしき 

無受想行識むじゅそうぎょうしき 無眼耳鼻舌身意むげんにびぜっしんい 無色声香むしきしょうこう味触法みそくほう 無眼界むげんかい 乃至無意識界ないしむいしきかい 

無無明 むむみょう 亦無無明尽やくむむみょうじん 乃至無老死ないしむろうし 亦無老死尽 やくむろうしじん 無苦集滅道むくしゅうめつどう 無智亦無得むちやくむとく

以無所得故いむしょとくこ 菩提薩埵ぼだいさった 依般若えはんにゃ波羅蜜多故はらみったこ 心無罣礙しんむけいげ 無罣礙故むけいげこ 無有恐怖むうくふ

遠離一切おんりいっさい顛倒夢想てんどうむそう 究竟涅槃くきょうねはん 三世諸仏さんぜしょぶつ 依般若えはんにゃ波羅蜜多故はらみったこ 得阿耨多羅三とくあのくたらさん

藐三菩提みゃくさんぼだい 故知般若こちはんにゃ波羅蜜多はらみった 是大神呪ぜだいじんしゅ 是大明呪ぜだいみょうしゅ 是無上呪ぜむじょうしゅ 是無等等呪ぜむとうどうしゅ 

能除一切苦のうじょいっさいく 真実不虚しんじつふこ 故説般若こせつはんにゃ波羅蜜多呪はらみったしゅ 即説呪曰そくせつしゅわつ 羯諦羯諦ぎゃていぎゃてい 波羅羯諦はらぎゃてい 

波羅僧羯諦はらそうぎゃてい 菩提薩婆訶ぼじそわか 般若心経はんにゃしんぎょう




ぽふん。




小さな音を立てて煙が出た。
しかし、姿は変わっていない。


『…なにも変わりませんね』


『…変わらないわね。いきなり難しいものに変化なんてできるわけないわ』


鼻をならして彼女は言う。


『最初のころは簡単なものに化けてみなさい。最初から人間とか、大きなものに化けようとしたらだめなのよ』


なるほど。
慣れないうちは小さいものの方が化けやすいということか。


『ええ。というわけで、まずは猫に化けてみなさい』


したり顔でそう言う猫又に、今度はわたしがげんなりとした。
結局、猫に化けるのは確定らしい。


でもとりあえず、成功はさせたい。


猫又の姿を思い浮かべて、わたしはもう一度経を唱えた。


『~~~~ 波羅羯諦はらぎゃてい 波羅僧羯諦はらそうぎゃてい 菩提薩婆訶ぼじそわか 般若心経はんにゃしんぎょう



ぽん。



軽い音がした。



煙が晴れると、なんだか目線が違う気がした。


『あら、やればできるじゃないか。私ほどじゃないけど、かわいい猫に化けられているよ』


猫又がそう言うので、どうやら成功したようだと気付いた。


下を向いて、自分の姿を確認する。
猫又のような白い毛だ。ふわふわとしていて、なんだか自分の筆先のようだ。


あたりを見回すと、筆のときよりも周りの様子がよく見える。
「首」があるというのは、なんだか変な感じだ。


そのまま「足」を動かしてみた。
初めて歩くから、少々おぼつかない。
猫又のようにしなやかに動くには、練習が必要のようだ。


『どう?猫の素晴らしさがわかったでしょ?』


「なぉん」
『猫の素晴らしさはわかりませんが、猫又さんがすごいことはわかりました』


きちんと声も出せている。文句ない成功だ。
人間に化けるのは難しかったが。それは追々練習しよう。


この姿であれば、自分で動けるし、「声」も出せる。
自分が筆であることから諦めていたことが叶うのだ。


『猫又さん、この化けるのって———』


ぽん。


興奮して声を上げた瞬間、また軽い音がして、わたしは動けなくなった。
どうやら、元の筆に戻ったらしい。
筆のときの方がしっくりくると思っていたのに、もう少し化けたままでいたい気がする。


猫又は暖かい視線を私に向けた。


『まあ、最初のころはこんなもんよ。このまま、猫でいられるように練習するといいわ』


『…化けるのって、良いものですね』


でしょう、と猫又は笑った。
これからは毎日お経を唱えて猫になる練習をすることにしよう。




わたしは暇さえあればお経を唱え、化ける練習をした。
この旅の中で、半日くらいは猫の姿でいられるようになった。
初めて身体を動かすのが楽しくてはしゃぎまわっていたら、まんまと商人に見つかってしまった。


君も一緒に来るかいと「わたし」に言う商人に、わたしはにゃ~と返事をした。
猫の姿に対してであるが、人間と話すことができるのが嬉しかった。





しかしこの身体、なにかを食べるということがまだできないらしい。
というよりも、食べ物の味が感じられないのだ。


商人が盗賊から助けてくれたお礼として、猫又に干し魚やかつお節を与えたとき、


『あんたも食べてみたら?』


と言った。猫又が期待したような目でこちらを見る中、そんなにおいしいものなのかと煮干しを一つ口にしてみると。




『……猫又さん』


『なに?おいしいでしょう?おいしいわよね?』


『味がしません』


っ』




どうやら、おいしいを理解するためには、もっと化ける練習が要るようだ。





そうこうしているうちにわたしたちは江戸入りを果たし、商人が持っている江戸の店で飼われることになった。


商人は筆のわたしほんたいが見当たらないことに首をかしげていたが、やがて諦めたようだ。


こうして、江戸での猫生活が始まった。



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