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4 羊羹、ごちそうさま
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「私は、おまえが気に入っている。召喚だけではなく、魔法も授けよう」
「まほう?」
また、よくわからないことを言いだした。
羊羹男は口元を綻ばせると、プルンと頭部を水羊羹に戻した。
……いや、透明感がなくなっているので、最初の練り羊羹に戻ったのかもしれない。
「さて、時間がない。あずきの家族は元に戻してやる。代わりに、この坊主の国……いや、世界に行ってくれ」
そう言って顎で示した先に立つ美少年は、真剣な眼差しでこちらを見ていた。
「もう一つのその豆を育てて、神の豆を実らせるんだ。それを契約者であるその坊主に食べさせれば、契約は完了する」
「契約?」
「契約が完了すれば、世界も安定する。もちろん、あずきもちゃんと元の世界に戻してやろう。おまえがいない間はすべての痕跡を消しておくし、おまえが戻ればそれも元に戻す。心配はいらない」
「……よくわからないけれど、何だかサービスがいいわね」
突然連れ去ってあとは放置、というわけではないらしいが……そもそも、どこに連れて行こうとしているのかがよくわからない。
金髪美少年の国らしいので、日本ではないのだろうが。
ちらりと視線を移すと、少年はあずきの目の前に立ち、手を差し出した。
「どうか、俺と一緒に来てください」
「――ちょっと待ってよ。何なの? 何でいつも、あずきさんばっかり。ずるい!」
いつも、というのは恐らく円香の同級生の男の子のことだろう。
もう怒りは収まったのかと思っていたが、まだ根に持っていたようだ。
もっとも、ただ話しかけられて世間話をしただけなので、怒られる謂れはまったくないのだが。
「……嫉妬自体は構わんが、それに飲まれて他者に向かうのは、つまらん」
羊羹男がそう言って指差すと、円香の体が糸の切れた操り人形のように崩れ落ちる。
「円香!」
慌てて駆け寄ってみると、円香はすうすうと寝息を立てていた。
「……羊羹より、ケーキ食べたい……生クリーム、鬼盛り……」
幸せそうな寝顔と楽しそうな寝言から察するに、どうやら問題はなさそうだ。
あずきは、ほっと息をつくと、羊羹男と円香の間に入る。
「何故、庇う?」
「私の、妹よ」
「だが、そいつはおまえがいると歪むぞ」
羊羹男のくせに、意外と鋭いところを突いてきた。
「……わかっているわ。それでも、私がこの子の場所に無理に入ったのが原因だから」
それまで一人っ子として両親の愛を一心に受けていた円香にとって、どう考えてもあずきは邪魔者だ。
多少の嫌味などはあるが、表立って対立まではしてこないし、円香なりにあずきに気を使っているのはわかっていた。
それが負担であろうことも。
「まあ、今までの様子からして、おまえがいなくても勝手に何かに嫉妬していそうだが。……さっきも言ったが、おまえの痕跡は全て消す。だから、これにとっては姉のいない人生に戻る。その方が幸せかもしれないな」
「そうかもしれないわ」
でも、実の両親もササゲもいない今、両親と妹まであずきを忘れてしまったら。
あずきを知る人は――家族は、いなくなる。
「……今度こそ、ひとりぼっちね」
「――俺がいます」
ぽつりとこぼしたあずきの前に、金髪の美少年がひざまずいた。
「俺が、そばにいます。必ず、守ります。――豆に誓って」
……気のせいだろうか。
美少年の口から、妙な言葉が聞こえた気がする。
大体、何から守ると言うのだろう。
そんな危ない目に遭う予定はないのだが。
だが、愛猫と同じミントグリーンの瞳に見つめられていると、何故か大丈夫なのだと気持ちが湧いてきた。
変な空間で妙な生き物と場違いな美少年を見て、脳に水羊羹が回ってしまったのかもしれない。
「どちらにしても、ここにはいられないぞ。このままだと私とあずき以外は全員消える。それに、あずきは契約を結んでしまったからな。果たさない限りは、元の世界に帰れない」
羊羹男は淡々と説明をする。
このままでは皆消えるし、あずきは元の世界に戻れない。
ならば、選択肢は他にない。
「お父さん、お母さんと、円香を戻してあげて」
「……行くのだな」
「それしかないじゃない。誰にも消えてほしくないし」
あずきは立ち上がると、制服のスカートを叩いて埃を落とす。
「大丈夫。ものは考えようよ。失踪扱いされないし、行った先ではこの人が守ってくれるらしいから、野垂れ死にすることもないでしょう?」
「――も、もちろんです!」
あずきにつられるように立ち上がった少年は慌てて叫ぶと、何故かピンと背筋を正した。
「なら、大丈夫。私、頑張る。凄い豆を育ててみせるわ!」
今までも色んなことがあったけれど、何とかなった。
だから、きっと大丈夫だ。
母の遺言を守るためにも、とりあえずは生きていなければ話にならないのだから。
笑みを浮かべるあずきをみると、羊羹男の頭部の欠けていた羊羹がプルンと元に戻った。
さすがは不思議ぬいぐるみ生物、どこまでもわけがわからない。
「それでは――元気でな。あずき」
「あなたもね。羊羹男。羊羹、美味しかったわ。ごちそうさま」
羊羹男の瞳がきらりとミントグリーンに光ったと思った瞬間、あずきの視界は真っ白な光に包まれた。
「まほう?」
また、よくわからないことを言いだした。
羊羹男は口元を綻ばせると、プルンと頭部を水羊羹に戻した。
……いや、透明感がなくなっているので、最初の練り羊羹に戻ったのかもしれない。
「さて、時間がない。あずきの家族は元に戻してやる。代わりに、この坊主の国……いや、世界に行ってくれ」
そう言って顎で示した先に立つ美少年は、真剣な眼差しでこちらを見ていた。
「もう一つのその豆を育てて、神の豆を実らせるんだ。それを契約者であるその坊主に食べさせれば、契約は完了する」
「契約?」
「契約が完了すれば、世界も安定する。もちろん、あずきもちゃんと元の世界に戻してやろう。おまえがいない間はすべての痕跡を消しておくし、おまえが戻ればそれも元に戻す。心配はいらない」
「……よくわからないけれど、何だかサービスがいいわね」
突然連れ去ってあとは放置、というわけではないらしいが……そもそも、どこに連れて行こうとしているのかがよくわからない。
金髪美少年の国らしいので、日本ではないのだろうが。
ちらりと視線を移すと、少年はあずきの目の前に立ち、手を差し出した。
「どうか、俺と一緒に来てください」
「――ちょっと待ってよ。何なの? 何でいつも、あずきさんばっかり。ずるい!」
いつも、というのは恐らく円香の同級生の男の子のことだろう。
もう怒りは収まったのかと思っていたが、まだ根に持っていたようだ。
もっとも、ただ話しかけられて世間話をしただけなので、怒られる謂れはまったくないのだが。
「……嫉妬自体は構わんが、それに飲まれて他者に向かうのは、つまらん」
羊羹男がそう言って指差すと、円香の体が糸の切れた操り人形のように崩れ落ちる。
「円香!」
慌てて駆け寄ってみると、円香はすうすうと寝息を立てていた。
「……羊羹より、ケーキ食べたい……生クリーム、鬼盛り……」
幸せそうな寝顔と楽しそうな寝言から察するに、どうやら問題はなさそうだ。
あずきは、ほっと息をつくと、羊羹男と円香の間に入る。
「何故、庇う?」
「私の、妹よ」
「だが、そいつはおまえがいると歪むぞ」
羊羹男のくせに、意外と鋭いところを突いてきた。
「……わかっているわ。それでも、私がこの子の場所に無理に入ったのが原因だから」
それまで一人っ子として両親の愛を一心に受けていた円香にとって、どう考えてもあずきは邪魔者だ。
多少の嫌味などはあるが、表立って対立まではしてこないし、円香なりにあずきに気を使っているのはわかっていた。
それが負担であろうことも。
「まあ、今までの様子からして、おまえがいなくても勝手に何かに嫉妬していそうだが。……さっきも言ったが、おまえの痕跡は全て消す。だから、これにとっては姉のいない人生に戻る。その方が幸せかもしれないな」
「そうかもしれないわ」
でも、実の両親もササゲもいない今、両親と妹まであずきを忘れてしまったら。
あずきを知る人は――家族は、いなくなる。
「……今度こそ、ひとりぼっちね」
「――俺がいます」
ぽつりとこぼしたあずきの前に、金髪の美少年がひざまずいた。
「俺が、そばにいます。必ず、守ります。――豆に誓って」
……気のせいだろうか。
美少年の口から、妙な言葉が聞こえた気がする。
大体、何から守ると言うのだろう。
そんな危ない目に遭う予定はないのだが。
だが、愛猫と同じミントグリーンの瞳に見つめられていると、何故か大丈夫なのだと気持ちが湧いてきた。
変な空間で妙な生き物と場違いな美少年を見て、脳に水羊羹が回ってしまったのかもしれない。
「どちらにしても、ここにはいられないぞ。このままだと私とあずき以外は全員消える。それに、あずきは契約を結んでしまったからな。果たさない限りは、元の世界に帰れない」
羊羹男は淡々と説明をする。
このままでは皆消えるし、あずきは元の世界に戻れない。
ならば、選択肢は他にない。
「お父さん、お母さんと、円香を戻してあげて」
「……行くのだな」
「それしかないじゃない。誰にも消えてほしくないし」
あずきは立ち上がると、制服のスカートを叩いて埃を落とす。
「大丈夫。ものは考えようよ。失踪扱いされないし、行った先ではこの人が守ってくれるらしいから、野垂れ死にすることもないでしょう?」
「――も、もちろんです!」
あずきにつられるように立ち上がった少年は慌てて叫ぶと、何故かピンと背筋を正した。
「なら、大丈夫。私、頑張る。凄い豆を育ててみせるわ!」
今までも色んなことがあったけれど、何とかなった。
だから、きっと大丈夫だ。
母の遺言を守るためにも、とりあえずは生きていなければ話にならないのだから。
笑みを浮かべるあずきをみると、羊羹男の頭部の欠けていた羊羹がプルンと元に戻った。
さすがは不思議ぬいぐるみ生物、どこまでもわけがわからない。
「それでは――元気でな。あずき」
「あなたもね。羊羹男。羊羹、美味しかったわ。ごちそうさま」
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