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3 猫は豆を食べるとイケメンになるらしい
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「……何、これ」
あずきは『開け豆』と言ったわけだが、それはつまり莢を開いて豆が飛び出るという意味だったのだろうか。
それにしたって莢がないし、そもそも金色の豆だなんて、まともな豆だとは思えない。
すると、それまであずきにスリスリと体を擦りつけていた猫が、急に鳴き始めた。
必死と言っていい鳴き声に、あずきは目を瞬かせる。
その鳴き方は、愛猫ササゲがごはんをおねだりする時の声によく似ていた。
「……これが、見たいの?」
問いかければ、肯定の意味にしか聞こえないタイミングで一声鳴いた。
ササゲと同じミントグリーンの瞳でおねだりされれば、応えないわけにはいかない。
キラキラ光っているから見てみたいのだろうか。
一粒を制服のポケットにしまうと、もう一粒を猫の前に差し出してみる。
すると、猫はあっという間に金色の豆を口に入れてしまった。
「――うそ! 駄目よ。こんな金ぴかの豆なんて、絶対お腹を壊すから!」
あずきは慌てて吐き出させようと猫に手を伸ばすが、次の瞬間猫の体が光に包まれる。
眩しさからようやく目を開けて見ると、目の前には一人の少年が立っていた。
金の髪は陽光を紡いだかのように輝き、ミントグリーンの瞳は澄んで美しい。
すらりとした体つきに、何故か絵本に出てくる王子様のような恰好をしている。
どう考えてもおかしいが、それが馴染むほどの整った容姿の少年は、こちらをみてゆっくりと笑みを浮かべた。
「うそ、イケメン外人さん登場とか。最高」
円香は開きっぱなしの口を押さえつつ、緩む頬が止まらないという様子だ。
気持ちはわからないでもないが、よだれは拭いた方がいいと思う。
仕方がないのでハンカチを口元に当ててあげると、円香は慌ててよだれを拭った。
「こうしてお会いできて光栄です。――どうか、俺と一緒に来ていただけませんか?」
金髪美少年はそう言うと、胸に手を当てて少し頭を垂れた。
何をしても絵になるというのは、こういう人のことを言うのだろう。
感心して様子を見ていると、隣の円香が何やら震えているのに気付く。
「よ、喜んで!」
あずきの渡したハンカチを握りしめてそう言うと、少年のそばに駆け寄る。
これは、もしかして妹の晴れの門出なのだろうか。
あずきはそこで重大なことに気が付いた。
「円香、まずはパスポートを取らないと!」
「本当だわ!」
この少年がどこの国の人かはわからないが、日本人でないことだけはよくわかる。
となれば、一緒に行くには当然パスポートが必要だ。
「あ、その前にお父さんとお母さんに声をかけないと」
「それもそうね!」
円香は弾かれるように踵を返すと、幸せそうに寝息を立てる両親の元にひざまずいた。
そこであずきは少年の視線が自分に向いていることに、ようやく気が付いた。
「あの……俺がお招きしたいのは、祝福を受けた聖女です」
少年は顔は良くても恰好がおかしかったのに、ついに言うことまでおかしくなった。
何ともったいない。
これが世に言う、残念なイケメンというものだろうか。
だが、円香は眉を顰めると勢いよく立ち上がった。
「祝福って……さっき言っていたやつね? ちょっと、羊羹よこしなさいよ」
円香は羊羹男に手を差し出して詰め寄って行くが、当の羊羹男は顔を横に向けて知らんぷりしている。
円香はそのままむしり取ろうと頭部の羊羹に手を伸ばすが、何故かカチカチに固まってしまった羊羹に手も足も出ない。
「いらないと言っただろう。契約外の人間にくれてやる義理はない」
何度も頭部の羊羹を叩く円香をうっとうしそうに見ながら、羊羹男が呟く。
「あんた、正義の味方じゃないの?」
「私は豆の味方だ」
何だ、それは。
よくわからない言葉に首を傾げていると、羊羹男はあずきに向き直った。
「さて、豆原あずき」
「……何で、名前を知っているの?」
羊羹男に名乗った覚えはないが、どういうことだろう。
もしかして、全国のちびっ子と元ちびっ子の名前を網羅しているのかもしれない。
「私だからな。……しかし、いい豆だ。特別に豆の祝福をやろう」
そう言うなり、頭の水羊羹をもぎ取ってあずきに手渡す。
さっきまでカチカチだったはずなのに、いつの間にか頭部の水羊羹がプルプルと揺れていた。
円香がすかさず手を伸ばすと、あっという間に再び羊羹は固まる。
なかなかの早業だと感心しながら手にした羊羹を口にしていると、円香がこちらを見て唖然としている。
「ちょっと、あずきさん! 私が羊羹を取ろうとしているの見たでしょう? それ、くれたって良くない?」
「……あ、そうか。食べちゃった」
「もう、何なの!」
手に水羊羹を持ち続けるというのも何だったので、自然と口に運んでしまった。
さっき食べた水羊羹が美味しかったので、もう一度食べたいという気持ちもあったのかもしれない。
確かにこれは円香に申し訳ないことをしてしまった。
だが、何故か羊羹男は楽しそうににこにこと微笑んでいる。
あずきは『開け豆』と言ったわけだが、それはつまり莢を開いて豆が飛び出るという意味だったのだろうか。
それにしたって莢がないし、そもそも金色の豆だなんて、まともな豆だとは思えない。
すると、それまであずきにスリスリと体を擦りつけていた猫が、急に鳴き始めた。
必死と言っていい鳴き声に、あずきは目を瞬かせる。
その鳴き方は、愛猫ササゲがごはんをおねだりする時の声によく似ていた。
「……これが、見たいの?」
問いかければ、肯定の意味にしか聞こえないタイミングで一声鳴いた。
ササゲと同じミントグリーンの瞳でおねだりされれば、応えないわけにはいかない。
キラキラ光っているから見てみたいのだろうか。
一粒を制服のポケットにしまうと、もう一粒を猫の前に差し出してみる。
すると、猫はあっという間に金色の豆を口に入れてしまった。
「――うそ! 駄目よ。こんな金ぴかの豆なんて、絶対お腹を壊すから!」
あずきは慌てて吐き出させようと猫に手を伸ばすが、次の瞬間猫の体が光に包まれる。
眩しさからようやく目を開けて見ると、目の前には一人の少年が立っていた。
金の髪は陽光を紡いだかのように輝き、ミントグリーンの瞳は澄んで美しい。
すらりとした体つきに、何故か絵本に出てくる王子様のような恰好をしている。
どう考えてもおかしいが、それが馴染むほどの整った容姿の少年は、こちらをみてゆっくりと笑みを浮かべた。
「うそ、イケメン外人さん登場とか。最高」
円香は開きっぱなしの口を押さえつつ、緩む頬が止まらないという様子だ。
気持ちはわからないでもないが、よだれは拭いた方がいいと思う。
仕方がないのでハンカチを口元に当ててあげると、円香は慌ててよだれを拭った。
「こうしてお会いできて光栄です。――どうか、俺と一緒に来ていただけませんか?」
金髪美少年はそう言うと、胸に手を当てて少し頭を垂れた。
何をしても絵になるというのは、こういう人のことを言うのだろう。
感心して様子を見ていると、隣の円香が何やら震えているのに気付く。
「よ、喜んで!」
あずきの渡したハンカチを握りしめてそう言うと、少年のそばに駆け寄る。
これは、もしかして妹の晴れの門出なのだろうか。
あずきはそこで重大なことに気が付いた。
「円香、まずはパスポートを取らないと!」
「本当だわ!」
この少年がどこの国の人かはわからないが、日本人でないことだけはよくわかる。
となれば、一緒に行くには当然パスポートが必要だ。
「あ、その前にお父さんとお母さんに声をかけないと」
「それもそうね!」
円香は弾かれるように踵を返すと、幸せそうに寝息を立てる両親の元にひざまずいた。
そこであずきは少年の視線が自分に向いていることに、ようやく気が付いた。
「あの……俺がお招きしたいのは、祝福を受けた聖女です」
少年は顔は良くても恰好がおかしかったのに、ついに言うことまでおかしくなった。
何ともったいない。
これが世に言う、残念なイケメンというものだろうか。
だが、円香は眉を顰めると勢いよく立ち上がった。
「祝福って……さっき言っていたやつね? ちょっと、羊羹よこしなさいよ」
円香は羊羹男に手を差し出して詰め寄って行くが、当の羊羹男は顔を横に向けて知らんぷりしている。
円香はそのままむしり取ろうと頭部の羊羹に手を伸ばすが、何故かカチカチに固まってしまった羊羹に手も足も出ない。
「いらないと言っただろう。契約外の人間にくれてやる義理はない」
何度も頭部の羊羹を叩く円香をうっとうしそうに見ながら、羊羹男が呟く。
「あんた、正義の味方じゃないの?」
「私は豆の味方だ」
何だ、それは。
よくわからない言葉に首を傾げていると、羊羹男はあずきに向き直った。
「さて、豆原あずき」
「……何で、名前を知っているの?」
羊羹男に名乗った覚えはないが、どういうことだろう。
もしかして、全国のちびっ子と元ちびっ子の名前を網羅しているのかもしれない。
「私だからな。……しかし、いい豆だ。特別に豆の祝福をやろう」
そう言うなり、頭の水羊羹をもぎ取ってあずきに手渡す。
さっきまでカチカチだったはずなのに、いつの間にか頭部の水羊羹がプルプルと揺れていた。
円香がすかさず手を伸ばすと、あっという間に再び羊羹は固まる。
なかなかの早業だと感心しながら手にした羊羹を口にしていると、円香がこちらを見て唖然としている。
「ちょっと、あずきさん! 私が羊羹を取ろうとしているの見たでしょう? それ、くれたって良くない?」
「……あ、そうか。食べちゃった」
「もう、何なの!」
手に水羊羹を持ち続けるというのも何だったので、自然と口に運んでしまった。
さっき食べた水羊羹が美味しかったので、もう一度食べたいという気持ちもあったのかもしれない。
確かにこれは円香に申し訳ないことをしてしまった。
だが、何故か羊羹男は楽しそうににこにこと微笑んでいる。
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