神の豆を育てる聖女は王子に豆ごと溺愛される

西根羽南

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8 聖女の心は悪代官です

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「さあ、アズキ様。着替えをご用意しました」
 その言葉と共に部屋に運び込まれたものを見て、あずきは自身の頬が引きつるのがわかった。

 色とりどりのドレスは、これぞお姫様という豪華さ。
 そして、ポリーが手にしている物は、恐らくコルセット。
 歴史の授業で西洋の女性が内蔵の形が変わるほどに締め付けたと習った、美の拷問器具だ。

「……一応聞くけど。それ、誰が着るの?」
「アズキ様以外に、おりません」
 そうだろうとは思ったが、ここはうなずくわけにはいかない。

「そんなドレスを着たら、苦しくて死んじゃうわ。嫌よ」
 正直に意見を述べるが、ポリーの笑顔は崩れない。
「大丈夫ですよ。それに、とても素敵だと思いませんか?」

「確かに可愛いけど。でも、私は豆を育てに来たわけだし。そんなにヒラヒラしたものを着ていたら、農作業できないわ。聖女の務めを果たせないと、困るでしょう?」
 豆王国民の豆と聖女への思いを逆手にとって訴えると今度は効果があったようで、ポリーの表情に困惑の色が見え始めた。


「では、どうしたら……」
「私としては、ポリーの着ている服の方がいいんだけど」
 黒を基調にしたシンプルなワンピースは、ドレスとは比較にならないほど動きやすいはずだ。
 ついでに泥汚れも目立ちにくそうだし、一石二鳥である。
 だがポリーは首を振ると、ため息をついた。

「これは、使用人の服です。聖女であるアズキ様に着せるなんて、とんでもありません」
「でも、動きやすそうよ? エプロンもあるから、便利だし。……じゃあ、このドレスと交換しよう。そうしよう」
「だ、駄目です。アズキ様、どうかおやめください!」

 嫌がるポリーとあずきは、時代劇にありがちな町娘にせまる悪代官のような状態だ。
 アズキの方が悪代官なのはちょっといただけないが、この際贅沢は言っていられない。
 コルセットを締め上げられ、ヒラヒラのドレスを汚さぬように気を使って畑仕事なんて、難易度が高すぎる罰ゲームである。
 回避しなければ、あずきの苦労は目に見えている。


 その時、扉の方からノックする音が聞こえた。
 同時に何か聞こえたが、悲鳴を上げるポリーのおかげで、よく聞こえない。

「今、手が離せないの。勝手に入って」
 扉に声をかけると、ポリーのエプロンのリボンを掴む。
「アズキ様、どうか。どうか、おやめください!」

 必死にエプロンの裾を抑えるポリーと、リボンを解こうと奮闘するあずき。
 もう、完全にただの悪代官だ。
『よいではないか』で帯を引っ張り、『あーれー』とか言うやつだ。
 そう思うと、何だか少し楽しくなってきた。

「……何をしているのですか」
 静かな声に我に返って扉の方を見ると、そこには金髪の美少年の姿があった。
 クライヴは何か言いかけたが、あずきが寝間着のままであることに気付いたらしく、慌てて視線を逸らした。

「あ、おはようクライヴ」
「殿下! お助け下さい!」
 手が緩んだ隙にあずきからエプロンを取り戻したポリーが、肩で息をしながらクライヴに訴える。

「それで、何の騒ぎですか?」
「アズキ様が、私の服とドレスを交換しようと仰って」
 エプロンの裾を握りしめて訴えるポリーに、クライヴはため息をついた。


「アズキ。ドレスが気に入りませんでしたか?」
「好みの問題じゃないわ。私は豆を育てるんでしょう? このドレスで畑仕事ができると思う?」
「なるほど。わかりました。ご用意しましょう」
 顔はあずきに向けつつも視線は逸らすという器用な真似をしながら、クライヴが答えた。

「それって、新しく作るってこと? ポリーが着ているようなワンピースでいいし、何ならクライヴみたいなズボンの方がいいんだけど。それと、新しく作らなくても、誰かのお古で十分よ」
「アズキの希望はわかりましたが、あなたは神聖なる豆の聖女です。古着を着せるわけにはいきません」

「……じゃあ、できるだけ簡素にして。私が着ていた制服あるでしょう? あんな感じでもいいけど」
 ブレザーにプリーツスカートというごく普通の制服は、特別動きやすいというわけではない。
 それでも、ドレスと比べればその身軽さは雲泥の差だろう。

「ですが、あの服は……脚が、見え過ぎではないかと」
 言いにくそうに少し頬を染めるクライヴは、妙な色っぽさがある。
 美少年というものは、何をしても美しいものだと感心してしまう。

 それにしても、胸元がざっくりとあいたドレスはいいのに、脚が出ているのは駄目なのか。
 文化の違いか、世界の違いか知らないが、いまいちよくわからない。


「じゃあ、おまかせするけど。コルセットは勘弁してほしいの」
 あんなもので締め上げられたら、畑仕事どころか日常生活がまともに送れない。
「わかりました。善処します」

 あずきの必死の訴えを聞いたクライヴは、苦笑してうなずく。
 その仕草と表情は見惚れてしまうほどに美しい。
 豆とイケメンの王国の王子は、やはりその名にふさわしい美少年である。
 思わずじっと見つめていると、クライヴがその視線に気付いたらしく、小さく首を傾げた。

「と、とりあえず、今日は私が着ていた制服を着るわ」
 さすがに失礼だったかと視線を逸らしたあずきが提案すると、クライヴの眉間に皺が寄った。
「ですから、あれは。……わかりました。では、上から羽織れるローブをお持ちしましょう」

「え、別にいいのに」
「――必ず、身に着けてください」

 美少年の笑顔の妙な圧に押されたあずきは、うなずき返すことしかできない。
 そう言えば、さっきクライヴは制服では脚が見えすぎると言っていた。
 あの反応からして、制服は破廉恥の塊のようなものなのだろう。

 あずきからすれば胸元がざっくり開いたドレスの方が余程セクシーだと思うが、これは文化の違いだろうから仕方がない。
 こちらとしても、破廉恥な聖女という目で見られるのは避けたいところだ。

 異世界というものは微妙に面倒臭いな、とあずきはため息をついた。
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