神の豆を育てる聖女は王子に豆ごと溺愛される

西根羽南

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9 羊羹と心が通じたことはありません

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「早速ですが、神の豆を植えてほしいのです」
 用意された深緑色のローブを身に纏うと、クライブに手を引かれて部屋を出た。

「……ねえ、クライヴ。わざわざ手を繋がなくても、案内してもらえればついていくわよ?」
 眩い美少年と手をつなぐというのは、なかなか心理的に負担がかかる。
「嫌、ですか?」
 悲し気に眉を下げられると、何だかあずきが悪いことを言ったみたいなのでやめてほしい。

「嫌ってわけじゃないけど」
「ならば、このままでお願いします。俺としても、つらいので」
「つらい?」
 よくわからないが、クライヴは困ったように眉を下げるばかりだ。

 ここで揉めていても仕方がないし、嫌ではないのだから、さっさと行った方が早い。
 そう結論を出すと、そのまま回廊を二人で歩く。
 向かった先にあったのは、広い庭だった。
 ……いや、むき出しの土や畝のような物もあるところを見ると、畑だろうか。

「ここが、神の庭です」
 大層な名前のその場所は、奥に大きな木が枝を広げていた。
 庭というよりは畑だが、畑にしては広いし、王宮の中に畑があるというのも何だか不思議なものだ。

 そのまま奥の木の方へと進むと、そこに三つの人影があることに気付く。
 国王は衣装が特徴的だし、クライヴに似た色彩なので顔も覚えている。
 あとの二人は赤褐色のローブを身につけた壮年の男性と、あずきと同年代くらいの少年だ。
 クライヴはようやくあずきの手を放すと、男性達とあずきの間に立った。

「陛下は昨日話をしたからわかりますね? あとの二人は神殿の神官です」
 神殿とはまた、異世界チックなものが登場してきた。
 よくよく見てみれば、昨日この国に来た時にいた聖職者風コスプレの人達だろう。
 コスプレも何も、本当に聖職者だったということか。
 クライヴに紹介されて礼をする二人に、あずきも慌てて頭を下げた。


「豆の聖女よ。今日はこの豆を植えてほしいのだ」
 国王はそう言うと、あずきの手に金色の豆を乗せる。
 それは、あずきが真っ白空間で出した金の豆だった。
「聖女の手で神の庭に植えて手入れをすれば、いずれ神の豆が実るはずだ」

「手入れと言われても。草むしりや水やりくらいしかできませんけど」
 農作物を育てた経験はないのだが、大丈夫だろうか。
 ちょっと心配になって尋ねると、壮年の神官が優しく微笑んだ。

「聖女様が豆のことを気にかけるだけでいいのです。神の豆は、聖女様の心を糧に育ちますから。聖女様が望まぬ限りは枯れることもありません」
「そうなんですか」

 豆が実る前に枯れたら、当然元の世界には戻れないだろう。
 となれば、枯れる心配がないというのはかなりの安心材料である。
 言われるがままに大きな木の根元に豆を蒔き、土をかぶせる。

 まずはこれが最初の一歩だ。
 次は、芽が出るのを待つのだろう。


「これ、どのくらいで芽が出るんですか?」
 豆を育てたことがないので、まったく経過がわからない。
 何ヶ月もかかることはないと思いたいが、何せ普通の豆ではなさそうなので心配だ。

「文献によれば、数日とも数十日とも言われています」
 思ったよりはマシとはいえ、それなりに時間がかかるらしい。
「じゃあ、とりあえずお水でもあげてみようかな」

「いえ。特に水は必要ありません」
 あずきの呟きに、年若い神官が首を振る。
「でも、豆でしょう? 植物には水よ、水。ちょうど井戸もあるみたいだし」
 少し離れた所には、石造りの円筒形のものと、釣瓶と思しきものがある。
 実際に使ったことはないが、テレビなどで見たことがあるので何とかなるだろう。

「あれは、ここで王妃が豆を育てる時に使用しているものです」
 クライヴの説明に、あずきは首を傾げた。
「やっぱり、水を使うんじゃない」

「いえ、王妃が作るのは普通の豆です。聖女の契約の豆は魔法の豆ですので、普通の手入れをしなくても問題ありません」
「でも、普通の豆も植えられていないわよ」

 見渡してみても、ひたすらに土が見えているだけだ。
 まともな植物と言えば、草花と大きな木くらいで、作物が植えられている様子はない。
 あとは、何匹かの猫が幸せそうに昼寝をしている。


「それは、天候不良と豆の不作のせいです。この神の庭ですら、豆を作るのが難しくなってきました」
「……ねえ。豆以外を植えようよ」
 至極まっとうな指摘してみると、苦渋の表情のクライヴはゆっくりと首を振った。

「豆は神の遣わした神聖な食べ物、猫もまた神の使いです。蔑ろにするわけにはいきません」
「じゃあ、豆以外は普通に育っているの?」
「いえ。天候不良ですので」
「……晴れているわよ」

 見上げれば、雲一つない青空とさんさんと陽光を振りまく太陽……太陽のようなものが浮かんでいる。
 土を見る限り長雨だったという感じでもないし、草花は普通に生えているのだから、そこまで深刻ではない気がするのだが。

「いえ、その天候もありますが。神よりもたらされる恩恵のことも、天候と呼ぶのです」
「……よくわからないけど。つまり、羊羹男ヨウカンマンがご機嫌斜めということ?」
 思いついたことを言っただけなのだが、途端に周囲がざわめいた。


「な、何?」
「神の名を知る者は、ごく限られています。また、それを口にすることが許される者も限られています」
「あ、そうなの? ごめんなさい」

 あずきからすれば羊羹男ヨウカンマンは幼児にとってのカリスマであって、神ではない。
 だが、この国にとって重要な存在だと言うのならば、あずきが名前を呼ぶのは不愉快だっただろう。
 あんこを食べない人間にアンパンを語ってほしくない、という感じなのだと推察した。

「国王、王子、神官長と神官。ここにいる者は、皆知っていますから。問題ありません」
 では、壮年の男性が神官長で、少年は神官ということか。
 この場に呼ばれるくらいなのだから、それなりに位の高い神官なのだろう。

 そしてこの二人もまた、なかなかの容姿だ。
 さすがは豆とイケメンの王国である。
 とくに少年神官の方は同じ金髪のせいか、すこしクライヴに似ている気さえする。
 日本人には金髪の外国人の見分けは難しいというのを痛感するが、何にしても美少年であることには間違いない。


「ええと。神様は一人……いえ、神様だから一柱かな。それだけってことでしょう? 一神教というやつね」
 多神も多神、八百万の神に仏まで何でもござれの日本人にはよくわからないが、あの羊羹男ヨウカンマンでも神ならば尊い存在なのだろう。

「いえ。他の神もおりますが、主神は尊き豆の神、羊羹男ヨウカンマン様でございます」
 容姿の整った壮年男性が真剣な顔で『豆の神』とか『羊羹男ヨウカンマン』とか言わないでほしい。
 油断すると、笑い出しそうである。

「他の神、ねえ。この流れだと、芋羊羹男イモヨウカンマンとか栗羊羹男クリヨウカンマンとか?」
 幼少期に見た番組を思い出して羊羹男ヨウカンマンの仲間達を挙げてみると、皆の顔色がさっと変わった。

「――何故、ご存知なのですか!」
 少年神官の突然の大声に、あずきは思わずびくりと肩を震わせる。
「やはり、聖女様は神々と深く通じているのですね」

「羊羹と心が通じたことはありません。幼少期にテレビで……いえ、何でもないです」
 神官長は感慨深げに頷いているが、何だかおかしな勘違いをしている気がする。
 だがテレビの話を説明するのも面倒くさいし、この雰囲気では結局同じことのような気がする。
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