神の豆を育てる聖女は王子に豆ごと溺愛される

西根羽南

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10 イケメンの国では、普通の顔が貴重です

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「それで、水やりもいらないなら何をすればいいんですか」
「聖女様には、心穏やかに幸せに過ごしていただくのが一番です」

 神官長の言った『幸せ』という言葉に、『幸せになってね』という母の遺言を思い出す。
 あずきは少しだけ、自分の心が揺れるのがわかった。
「……それと豆に、何の関係があるんですか」

「神の寵愛を受ける聖女様は、神の化身と言ってもいい存在です。聖女様の心が満たされて穏やかであれば、天も穏やかに。心乱れれば天も荒れると言われております。天が穏やかであれば、神の豆も早く育つことでしょう」

「それってつまり、私の機嫌で天候が変わるってことですか?」
「言い伝えではありますが」
「ええ……」

 そんな馬鹿なことがあるだろうか。
 一応は神様らしい羊羹男ヨウカンマンならともかく、あずきはただの女子高生でしかないというのに。
 半信半疑どころかほぼ疑いの眼差しで神官長を見るが、穏やかな笑みを返されるだけだ。
 何となく気まずくなったあずきは、豆を植えた地面に視線を落とす。

 そもそも、いつ芽が出るのかすらわからない。
 元の世界に戻るには神の豆をクライヴに食べさせる必要があるのだから、まずは芽が出ないと話にならない。

「……早く、大きくなあれ」
 ぽつりと呟くと次の瞬間、ポンという破裂音と共に緑色の双葉が顔を出した。


「え?」
「――おお!」
 思わず眉を顰めるあずきとは対照的に、周囲の人々は驚きの声を上げた。

「何と。まさか、こんなに早く芽が出るとは!」
「これで天候も落ち着いていくことでしょう。さすがは聖女様。そして、聖女様と契約してくださった殿下のおかげです。……それで、体調の方はいかがですかな」

「話には聞いていましたが、想像以上ですね。おかげで、食事で豆が進みます」
 神官長に労われ、クライヴは少し恥ずかしそうに頬微笑んでいる。
 豆が進むなんて言葉を初めて聞いたが、美少年が言うとそんな言葉もあるような気がしてきた。

 国王も神官長も笑顔の中、あずきと神官だけが無表情に近い。
 きっと、喜びすぎの一同に驚いているのだろう。
 あずきもそうなので、神官の気持ちはよくわかるというものだ。

 それにしても、笑顔の国王と王子と神官長も、無表情の神官も皆麗しい。
 ……もしかして、この豆は普通の顔に反応するのでは。
 イケメンの国ゆえに、普通の人材が不足しているのかもしれない。

 なんと贅沢な豆かと文句を言いたくもなったが、逆に言うとあずきならばさっさと豆を実らせることが出来そうだ。
 先が少し見えたあずきは、とりあえず愛想笑いを浮かべてその場をやり過ごした。



 無事に豆を植え終わって部屋に戻ると、出迎えてくれたのは制服によく似た服だった。
 あずきの制服は臙脂色のブレザーに臙脂色のタイ、灰色のプリーツスカート。
 用意された服はスカート丈は長くなっているし、他にも色々変更されてはいるものの、ドレスに比べれば圧倒的にシンプルな作りである。
 その上、生地は上質だし細かな刺繍が可愛らしかった。

「凄いわ。動きやすそうだし、可愛い。……でも、クライヴにお願いしたのは朝よね?」
 その後に朝食を摂ったり神の庭に行ったりして今は昼過ぎだが、いくら何でも早過ぎはしないだろうか。
「王宮の職人が全力で仕立てましたから。気に入っていただけたなら、私達も嬉しいです」
「うん。凄く気に入ったわ。ありがとう。でも王宮の職人って、そんなに縫うのが早いの?」
 すると、ポリーが得意気に胸を張った。

「職人の中でも王宮にいる者は、精鋭ですから。それに魔法を使いますので、すべて手縫いではありません」
「魔法」
 当たり前のようにそう言われ、ここが本当に異世界なのだと改めて実感する。
 日本で言えば、熟練の職人と最新のミシンのコラボレーションといったところだろうか。
 ならば、この神技のような速度も少しは理解できるような気がした。

「アズキ様の服に似せて動きやすくするようにという、殿下の御指示です」
「そっか。ねえ、ポリー。クライヴにお礼を言いたいんだけど、どこにいるかわかる?」
「ご案内いたします。でも、その前にお召し替えをいたしましょうね」

 ポリーはそう言うと、にこりと微笑んだ。
 そこから着替えを手伝う手伝わないで一戦交え、髪を結うのは任せるということでどうにか手を打ったわけだが。
 着替えを終えて部屋を出る頃には、かなりの体力を奪われる事態となっていた。


「ポリーはさあ、手伝おうとし過ぎよ。自分でできることは自分でするから。無理なら頼むから」
「私はアズキ様のお世話をするためにいるのですよ? もっとお仕事をくださってもよろしいのでは?」
「十分働いているし、少し休んでよ。大体、この髪だってやり過ぎじゃない?」

 簡単に一つに束ねていたあずきの黒髪を、ポリーはあっという間に梳かして結び直した。
 いわゆるハーフアップというやつだが、いくつもの三つ編みを入れてリボンで束ねたそれは、到底あずきではできない結い方だった。
 さすが聖女の侍女に選ばれるだけあって、ポリーは何をしても手際がいいので感心してしまう。

「せっかくの美しい黒髪ですから、束ねていては勿体ありません。おろして、殿下にも堪能していただきましょう」
「何で? 束ねた方が動きやすいし、クライヴだって見せられても困るじゃない」

 それこそクライヴのような麗しい見た目だったならともかく、ごく普通のあずきが珍しくもない黒髪をおろしたところで、気付くかどうかも怪しい。
 廊下を歩きながら訴えると、案内のために先に歩いていたポリーはこれみよがしにため息をついた。

「では、ご本人に伺ってみてください」
「何、その罰ゲーム。聞く方も聞かれる方も、いたたまれないじゃないの」
 聖女に対して丁寧な態度のクライヴなので、どうにかあずきを傷つけないようにフォローしてくれるような気はする。
 だが、それはそれで無駄な負担でしかないだろう。

「異世界の聖女様というものは、やはり好みや感覚が違うものなのでしょうか」
「何の話?」
 ポリーは赤褐色の扉の前に立ち止まると、くるりと向きを変えてあずきに一礼をした。

「こちらに殿下がいらっしゃいます。どうぞ、お入りください」
「あ、うん。ありがとう」
「是非、伺ってみてくださいね」
 ポリーの笑顔に見送られながら、あずきは扉をノックした。
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