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13 心はすっかり豆農家
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「早く、大きくなあれ」
半ば歌うようにそう口にしながら、あずきはジョウロで水を撒く。
神の庭に金色の豆を植えて芽が出たが、あれから神の豆はぐんぐんと成長してその葉を増やしている。
普通の豆の成長速度はわからないが、この調子なら意外と早く豆が実るかもしれない。
目に見える結果が出ればやる気も増すというもので、あずきは毎日足繁く神の庭に通って水やりをしていた。
少し離れた場所では、ポリーがあずきの様子を見守りつつ休憩のお茶を用意している。
異世界で聖女なんて、どんなファンタジーなアドベンチャーかと思ったが、実際はただの農家見習いだ。
神の豆の他に、聖女の間で出てきた豆も植えてみたが、そちらも順調に芽が出ている。
肥料や日当たりなど難しいことは考えず、ただ水をあげているだけなのに育ってくれるのだから、あずきとしても楽しい。
更に神の庭はいたるところに猫がうろついており、見ているだけでもモフモフで幸せな気分になれる。
「……でも、ちょっとこの畑は寂しいかな」
神の庭に生えている作物は、神の豆と聖女の間で出した豆だけだ。
広い神の庭は、そのほとんどがむき出しの土のままである。
どうせなら、もう少し豆を植えて畑を賑やかにしたいと思うのは自然な欲求だと思う。
「豆、出ないかな。……〈開け豆〉」
物は試しとばかりにその言葉を口にすると、空間がねじれ、ぽとりとあずきの手に豆が零れ落ちた。
「――出た! ポリー、豆が出たよ!」
早速手近な場所に植えてみるが、こうなると欲が出てくるのが人間だ。
「もっと出るかな。――〈開け豆〉」
再び、ぽとりと豆が現れた。
「やだ、楽しい。もっと出そう」
この調子でたくさん豆を出せば、ゆくゆくはこの畑を緑豊かな豆畑にすることも夢ではない。
すっかり心が豆農家に傾いているあずきは、目を輝かせた。
「〈開け豆〉、〈開け豆〉、〈開け豆〉」
十粒ほどの豆を手に入れたあずきは、大満足でそれを眺めた。
「ねえ、見てポリー。豆が大漁よ。これが全部芽を出したら、楽しいわね」
ポリーに豆を見せようと一歩足を出したところで、くらりと目が回る。
ふらついてたたらを踏むあずきを見て、ポリーが慌てて駆け寄ってきた。
「アズキ様、大丈夫ですか? 無理はいけません」
ポリーに肩を支えられている間に眩暈は治まり、あずきは小さく息を吐いた。
「もう平気よ」
「いけません。休みましょう」
大袈裟だとは思うが、ポリーに心配をかけたいわけではない。
水やりは終わっているし、今日はここまでにしてもいいだろう。
「じゃあ、この豆を植えて終わりにするわ」
あずきは手早く作業を終えると、満足して神の庭を後にした。
「今日は早めに入浴して、お休みになってください」
夕食を済ませると、ポリーに促されて入浴したあずきは、寝間着でソファーに転がっていた。
「ちょっと大袈裟じゃない?」
ポリーが用意してくれたのは、疲労回復に効くという薬草茶だ。
香りはいいし味も悪くないので飲んでいるが、ちょっとふらついただけにしては過保護な気がする。
「いいえ。アズキ様は大切なお方です。無理をなさってはいけません」
空になったティーカップを片付けると、「早めにお休みくださいね」と言い残してポリーは退室してしまった。
「……平気なのに」
さすがに眠るにはまだ早いが、もう寝間着に着替えてしまった上に、ポリーにああ言われてしまっては、部屋を出るわけにもいかない。
何となく窓に視線を移すと、空にまんまるの月が浮かんでいるのが目に入った。
「満月だわ」
あずきはソファーから立ち上がると、そのままバルコニーに出る。
空に浮かぶ月は、日本で見るものとほとんど変わりがない。
こうして空を見上げていると、ここが異世界なのだということを忘れてしまいそうだ。
暫く月を眺めていたあずきは、ふと手を月に向けて差し出してみる。
「〈開け豆〉」
あずきの言葉に応えるように、手のひらにぽとりと豆が一粒零れ落ちた。
「こんなわけのわからない言葉で豆が出るんだから、日本じゃないわね」
その後も何粒か豆を出してみると、手のひらの上に緑や赤の豆が並んだ。
「……これ、どこまで豆が出るのかしら?」
そう呟いた瞬、くらりと視界が回ってふらついたあずきは、そのままバルコニーの床に膝をついて頭を垂れた。
――なるほど、これは限界ということらしい。
となると、昼に畑で眩暈がしたのもこのせいか。
「――アズキ!」
急に大声で名前を呼ばれたと思う間もなく、誰かに抱き起こされる。
頬に手を添えられ顔を上げると、そこには金髪の少年の顔があった。
「……どうしたの? クライヴ」
不思議になって聞いてみると、端正な顔が曇った。
「どうもこうもありません。アズキが倒れたから……。いいですか? 魔法は魔力を消費します。まして神聖な豆魔法ですから、その消費量も大きいはずです。あんなに豆を出したら、危険です」
真剣に訴えられ、あずきは暫し瞬くと、じっとミントグリーンの瞳を見つめた。
「あんなに、って。……見ていたの?」
あずきとしては素朴な疑問を投げかけただけなのだが、クライヴの顔には動揺が走った。
「あ、いえ、その……。アズキが不調で早く休んだと聞いて、心配で。そうしたらバルコニーに姿が見えたものですから、つい……」
「見ていたなら、声をかけてくれればいいのに」
今日はクライヴに会っていなかったし、せっかくなら豆をたくさん植えた報告をしたいではないか。
手を借りつつ立ち上がってそう言うと、何故かクライヴは首を振った。
半ば歌うようにそう口にしながら、あずきはジョウロで水を撒く。
神の庭に金色の豆を植えて芽が出たが、あれから神の豆はぐんぐんと成長してその葉を増やしている。
普通の豆の成長速度はわからないが、この調子なら意外と早く豆が実るかもしれない。
目に見える結果が出ればやる気も増すというもので、あずきは毎日足繁く神の庭に通って水やりをしていた。
少し離れた場所では、ポリーがあずきの様子を見守りつつ休憩のお茶を用意している。
異世界で聖女なんて、どんなファンタジーなアドベンチャーかと思ったが、実際はただの農家見習いだ。
神の豆の他に、聖女の間で出てきた豆も植えてみたが、そちらも順調に芽が出ている。
肥料や日当たりなど難しいことは考えず、ただ水をあげているだけなのに育ってくれるのだから、あずきとしても楽しい。
更に神の庭はいたるところに猫がうろついており、見ているだけでもモフモフで幸せな気分になれる。
「……でも、ちょっとこの畑は寂しいかな」
神の庭に生えている作物は、神の豆と聖女の間で出した豆だけだ。
広い神の庭は、そのほとんどがむき出しの土のままである。
どうせなら、もう少し豆を植えて畑を賑やかにしたいと思うのは自然な欲求だと思う。
「豆、出ないかな。……〈開け豆〉」
物は試しとばかりにその言葉を口にすると、空間がねじれ、ぽとりとあずきの手に豆が零れ落ちた。
「――出た! ポリー、豆が出たよ!」
早速手近な場所に植えてみるが、こうなると欲が出てくるのが人間だ。
「もっと出るかな。――〈開け豆〉」
再び、ぽとりと豆が現れた。
「やだ、楽しい。もっと出そう」
この調子でたくさん豆を出せば、ゆくゆくはこの畑を緑豊かな豆畑にすることも夢ではない。
すっかり心が豆農家に傾いているあずきは、目を輝かせた。
「〈開け豆〉、〈開け豆〉、〈開け豆〉」
十粒ほどの豆を手に入れたあずきは、大満足でそれを眺めた。
「ねえ、見てポリー。豆が大漁よ。これが全部芽を出したら、楽しいわね」
ポリーに豆を見せようと一歩足を出したところで、くらりと目が回る。
ふらついてたたらを踏むあずきを見て、ポリーが慌てて駆け寄ってきた。
「アズキ様、大丈夫ですか? 無理はいけません」
ポリーに肩を支えられている間に眩暈は治まり、あずきは小さく息を吐いた。
「もう平気よ」
「いけません。休みましょう」
大袈裟だとは思うが、ポリーに心配をかけたいわけではない。
水やりは終わっているし、今日はここまでにしてもいいだろう。
「じゃあ、この豆を植えて終わりにするわ」
あずきは手早く作業を終えると、満足して神の庭を後にした。
「今日は早めに入浴して、お休みになってください」
夕食を済ませると、ポリーに促されて入浴したあずきは、寝間着でソファーに転がっていた。
「ちょっと大袈裟じゃない?」
ポリーが用意してくれたのは、疲労回復に効くという薬草茶だ。
香りはいいし味も悪くないので飲んでいるが、ちょっとふらついただけにしては過保護な気がする。
「いいえ。アズキ様は大切なお方です。無理をなさってはいけません」
空になったティーカップを片付けると、「早めにお休みくださいね」と言い残してポリーは退室してしまった。
「……平気なのに」
さすがに眠るにはまだ早いが、もう寝間着に着替えてしまった上に、ポリーにああ言われてしまっては、部屋を出るわけにもいかない。
何となく窓に視線を移すと、空にまんまるの月が浮かんでいるのが目に入った。
「満月だわ」
あずきはソファーから立ち上がると、そのままバルコニーに出る。
空に浮かぶ月は、日本で見るものとほとんど変わりがない。
こうして空を見上げていると、ここが異世界なのだということを忘れてしまいそうだ。
暫く月を眺めていたあずきは、ふと手を月に向けて差し出してみる。
「〈開け豆〉」
あずきの言葉に応えるように、手のひらにぽとりと豆が一粒零れ落ちた。
「こんなわけのわからない言葉で豆が出るんだから、日本じゃないわね」
その後も何粒か豆を出してみると、手のひらの上に緑や赤の豆が並んだ。
「……これ、どこまで豆が出るのかしら?」
そう呟いた瞬、くらりと視界が回ってふらついたあずきは、そのままバルコニーの床に膝をついて頭を垂れた。
――なるほど、これは限界ということらしい。
となると、昼に畑で眩暈がしたのもこのせいか。
「――アズキ!」
急に大声で名前を呼ばれたと思う間もなく、誰かに抱き起こされる。
頬に手を添えられ顔を上げると、そこには金髪の少年の顔があった。
「……どうしたの? クライヴ」
不思議になって聞いてみると、端正な顔が曇った。
「どうもこうもありません。アズキが倒れたから……。いいですか? 魔法は魔力を消費します。まして神聖な豆魔法ですから、その消費量も大きいはずです。あんなに豆を出したら、危険です」
真剣に訴えられ、あずきは暫し瞬くと、じっとミントグリーンの瞳を見つめた。
「あんなに、って。……見ていたの?」
あずきとしては素朴な疑問を投げかけただけなのだが、クライヴの顔には動揺が走った。
「あ、いえ、その……。アズキが不調で早く休んだと聞いて、心配で。そうしたらバルコニーに姿が見えたものですから、つい……」
「見ていたなら、声をかけてくれればいいのに」
今日はクライヴに会っていなかったし、せっかくなら豆をたくさん植えた報告をしたいではないか。
手を借りつつ立ち上がってそう言うと、何故かクライヴは首を振った。
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