神の豆を育てる聖女は王子に豆ごと溺愛される

西根羽南

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14 名前がほぼ豆なことに気付きました

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「月の光を浴びて魔法を使う姿が美しかったので、つい」
「う、美しい? ただ豆を出していただけよ?」
 それに、月光を浴びて美しいというのなら、現在目の前にいるクライヴがまさにその状態なのだが。
 柔らかい月の光を受けた金髪は光の糸のように輝き、澄んだ瞳に映る月も美しい。

 そこで、あずきは気が付いた。
 この美少年は、豆が大好きな豆王国の豆王子。
 ということは、月光を浴びた豆の美しさに心打たれたということか。

「わかったわ。じゃあ、この豆はあげる」
 クライヴの手に豆を乗せて、包み込むように手を握る。
 結構な量なので、しっかりと手を握らないと豆がこぼれかねない。
 だが当のクライヴは何度も瞬き、何だか落ち着かない様子だ。

「もしかして、いらなかった?」
 豆王子なので欲しいのかと思ったが、普通に考えれば豆を数粒渡されても扱いに困るだろう。
「まさか。助かります」

「助かる?」
 慌てているのか返答が妙なことになっているが、クライヴは気付いていないようだ。
 何だか無理矢理押し付けてしまったようで、罪悪感が芽生える。


「ねえ。どうしてクライヴは『聖女』にそんなに気を使うの?」
 クライヴはこの国の王子だし、そこまであずきに丁寧に接する必要はない気がする。
 もちろん横柄な態度でぞんざいに扱われるよりは、ありがたいのだが。
 すると、月光と同じ金の髪の少年が柔らかく微笑んだ。

「豆の聖女は、異世界から遣わされ、国に豆と繁栄をもたらすと言われる存在。この国では神と等しく崇められています。俺も小さい頃からずっと話を聞かされて、聖女の間の壁画を見ては思いを馳せていました。……豆の聖女というのは、どんな人なのだろうと」

「なるほど。憧れね」
「そんなところです」
 少し照れたようにはにかむクライヴは、普段よりも少し子供っぽく見えて可愛かった。

「じゃあ、私が来ちゃって残念だったわね」
 幼少期からの憧れの存在が、あずきのような普通の人間では、期待外れもいいところだっただろう。
 別にあずきは不細工ではないと思うが、何せ契約者のクライブが無類の美少年なのでなんだかいたたまれない。
 とはいえ、この国は豆があればいいようだし、かえって普通の顔の方が不足しているようなのでちょうどいい気もする。

「そんなことはありません。黒い髪に小豆色の瞳の美しい姿、伝説の豆魔法。まさに、神聖なる豆の聖女そのものです。こうしてそばにいるだけでも豆と同様、いえ、その何倍も……」
 熱のこもった言葉と共に、クライヴに手を握りしめられる。

「あ、ありがとう……?」
 クライヴは恐らく、褒めてくれたのだろう。
 しかし、いちいち豆と言われると、何だか褒められているのか貶されているのか、よくわからなくなる。


 それよりも、ずっと手を握られているのだが。
 両手で包み込むように握られているのだが。

 何だか恥ずかしくなってきたその時、どこからか猫の鳴き声が聞こえてきた。
 その声にハッとした様子のクライヴが、慌ててあずきの手を放した。
 それと同時に視線があずきの体に向かったかと思うと、頬が赤く染まる。

「し、失礼しました」
 どうやら寝間着姿であることに気付いたらしいクライヴは、顔を背けて自室のバルコニーに足を向ける。
 だが手すりの手前まで行くと立ち止まり、こちらを振り返った。

「俺は、アズキが聖女で良かったと思っていますから」
 頬を染めながら叫ぶクライヴを見たあずきは、口元を綻ばせる。
「うん。ありがとう」
 あずきはこの世界に聖女として招かれた。
 それを望んだか否かは別としても、役割を否定しないでくれる優しさはありがたい。

「おやすみなさい、アズキ」
「おやすみ、クライヴ」
 短く挨拶を交わすと、自室に足を向ける。
 頭上に輝く満月が、一層美しく見えた。



「アズキ、ちょっといいですか?」

 ある日、いつものように神の庭で豆に精を出しつつ猫を愛でていると、クライヴがやってきた。
 その後ろには一人の少年がついており、服装からして神官のようだった。
 畑の横に設えられているテーブルつくと、クライヴの横に神官が座る。
 金色の髪の少年神官は、以前神官長と共に神の庭に来た人と同一人物だろう。

 相変わらず日本人の目には金髪美少年の区別が難しいらしく、神官は少しクライヴに雰囲気が似ているように見える。
 これは、逆にそこいらの女子高生を連れてくれば、クライヴ達にはあずきと区別ができないということだろう。
 人が人を認識するというのは、結構適当なものなのかもしれない。

「改めてご挨拶させてください。豆の神殿で神官を務めるサイラスと申します」
「あ、神殿も豆なのね。……ええと、アズキ・マメハラよ」

 こうして口にして、あすきの苗字に『豆』の字が入っていることに気付く。
 豆原の名字を持つ者は数多存在しても、豆の聖女になったのはあずきくらいだろう。
 そう言えば、名前の『あずき』も豆として漢字で書けば、小豆。
 こうして見れば、あずきは豆の聖女になるべくしてなった名前と言えなくもない。

 不本意な発見に小さなため息をつくと、ポリーの用意してくれたお茶に口をつけた。
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