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19 盆踊りくらいしか、踊れません
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「……やめてください。駄目です。アズキはそのままで問題ありません」
「でも」
「確かに、その言葉遣いでは一気に距離感が遠のきますね。聖女様、どうか今まで通りで話しかけてあげてください」
この方がいいかと思ったのだが……距離感とは、何のことだろう。
「そう、なの?」
「はい。お願いします」
敬語を使わないでほしいと一国の王子にお願いされるなんて、よくわからない事態だ。
だが本人も友人もそう言っているし、あずきとしてもその方が楽といえば楽である。
「じゃあ、わかった。普通に話す。……それで、いい加減手を放してもいいと思うんだけど」
「いいえ。我慢できなくなるといけませんので、このままで」
「何なの、それ。意味がわからないんだけど。大体、誰が何の我慢をするのよ」
あずきの答えに、クライヴの満面の笑みが返される。
ミントグリーンの瞳が輝きを増し、あずきの心臓に直接攻撃を仕掛けてきた。
本当に、美少年の笑みというものは恐ろしい攻撃力である。
答えをうやむやにされたというのに、ちょっとどうでもよくなっている自分が怖い。
「それにしても、急にうるさくなったと思えば……なるほど。殿下と聖女様がこれでは、焦るでしょうね」
メイナードはそう言いながら、あずきをじっと見つめる。
悪意は感じられないが、そんなに見られると恥ずかしい。
何せ豆と猫とイケメンの王国に相応しく、王子の友人であるメイナードもまた整った容姿なのだ。
「私、何かいけないことをしたの?」
「いいえ。あなたがこの国にいらしてから、少しずつ天候が落ち着きつつあります。豆の育ちも戻り始めたという報告もありますし、とてもありがたいことです」
また豆かとは思ったが、どうやら役には立っているらしい。
「それなら、良かった。……でも、それじゃあ、何なの?」
メイナードの口ぶりでは、あずきが何かに関与しているようだったが。
「まあ、一言で言えば、殿下のお相手探しですよ」
「メイナード」
クライヴがすかさず声を上げるが、当の本人はまったく気にする様子もない。
「隠すことでもないでしょう。どうせ、いずれ耳に入ります」
「ですが……」
「お相手? パートナーとか言っていたの、そのこと?」
あずきが問うと、クライヴは小さくうなずいた。
「舞踏会のパートナーです。もうじき、豆の聖女が現れた祝いの舞踏会が開かれます」
「え。初耳だけど」
「すみません。説明するつもりが、あんなところを先にお見せすることになってしまいました」
しゅんとうなだれるクライヴは、まるで小動物のようだ。
「ああ、直談判に聖女様も巻き込まれたのですか?」
「パートナーはアズキだと言っておきました」
「それはまた……荒れるでしょうね」
「仕方ありません。ああも勘違いされるのならば、一線を引いた方がいいでしょう。かえって揉めかねませんから」
クライヴとメイナードのやり取りからすると、どうやらあの男性は娘をパートナーにしたいらしい。
そして、クライヴはそのつもりはないということか。
クライヴは見目麗しいうえに王子なのだから、好みだけの問題でもないのだろう。
豆と猫とイケメンの王国の王子というのも、結構大変そうだ。
「豆の聖女が現れた祝いの舞踏会です。契約者であり王子である殿下が聖女様のパートナーを務めるのは、どう考えても当然です。それを曲げようという方がおかしいのですよ」
二人の中では話が通じているようだが、あずきにはよくわからないことがある。
「ねえ。それで、パートナーって、何なの?」
すると、クライヴが驚いた様子で瞬いた。
「ああ、アズキの世界に舞踏会はないのですか」
「ない……とは限らないけど、一般的ではないわ。少なくとも、私は参加したことも見たこともないし。それ、私も参加しないと駄目なの? 何をするの?」
舞踏会というと、あずきにとっては物語や映画の中の世界だ。
どこかで開催されてはいるのだろうが、一般女子高生が関わるようなことではない。
「そうですね。挨拶をされるのと、踊るくらいでしょうか。ひとこと求められるかもしれませんが」
「え。困る」
挨拶されてもなんと返せばいいのかわからないし、ひとこと求められてもどうしたらいいのかわからない。
「アズキは心配しなくても大丈夫ですよ。俺がずっと隣にいますから」
「いや、それじゃクライヴに迷惑がかかるじゃない」
契約者はさておき、クライヴは王子だ。
となれば、それなりに色んな人と社交する必要があるのではないだろうか。
「そんなことありませんよ」
心配するあずきに対して、クライヴは意外にものんきな反応だ。
「それに、踊るって何よ。私、盆踊りくらいしか踊れないわ」
「ボン?」
「あー。つまり、全然踊れないってこと」
舞踏会という響きからして、恐らくは社交ダンスのような感じだろう。
豆の王国なので、『豆音頭』のような踊りが存在する可能性も否定できないが、どちらにしても踊れないことには変わりがない。
「無理に踊らなくても大丈夫ですよ」
「そう?」
優しい笑みを浮かべるクライヴを見て、アズキは少し安心した。
だが、同時にメイナードは笑いを堪えている。
「これは、更にうるさいことになりそうですね。……何にしても、今回のパートナーは聖女様でなければおかしいですから。きちんと、伝えておきますよ」
「頼みます」
「さっさと決めていただければ、こんなに揉めることもないのですが」
メイナードがこれ見よがしにため息をつくと、クライヴは視線をそらして押し黙った。
「こんなに表情豊かな殿下も、なかなか見られませんから。面白いですね」
「メイナード」
「これは、失礼」
どうやらメイナードがクライヴをからかっているようだが、何のことなのかはよくわからない。
「クリキントンさん」
「ピルキントンです、聖女様。私のことは、メイナードとお呼びください。私も、アズキ様とお呼びしてもよろしいでしょうか」
「呼び捨てでいいわよ。クライヴもそうだし」
すると、メイナードは苦笑しながらも首を振った。
「それは、ご容赦を。殿下に恨まれてしまいます」
「ああ、王子様と同じ呼び方は駄目ってこと? じゃあ、私も呼び方を変えた方がいいのかな。クライヴ様? 殿下? ……どれがいいと思う?」
本人にも意見を聞こうかと見てみると、何故かクライヴの眉間に深い皺が刻まれていた。
そして、それを見たメイナードは必死に笑いを堪えている。
「……アズキは、そのままでいいです」
「アズキ様。殿下の心中をお察しください」
「心中。……ああ。呼び方はどうでもいいってことね」
そんなことを話し合うまでもないのかと思ったが、何故だかメイナードが更に笑い出す。
「これは、殿下も苦労しそうですね」
「うるさいですよ」
クライヴに短く注意されると、メイナードは慌てて咳払いをした。
「でも」
「確かに、その言葉遣いでは一気に距離感が遠のきますね。聖女様、どうか今まで通りで話しかけてあげてください」
この方がいいかと思ったのだが……距離感とは、何のことだろう。
「そう、なの?」
「はい。お願いします」
敬語を使わないでほしいと一国の王子にお願いされるなんて、よくわからない事態だ。
だが本人も友人もそう言っているし、あずきとしてもその方が楽といえば楽である。
「じゃあ、わかった。普通に話す。……それで、いい加減手を放してもいいと思うんだけど」
「いいえ。我慢できなくなるといけませんので、このままで」
「何なの、それ。意味がわからないんだけど。大体、誰が何の我慢をするのよ」
あずきの答えに、クライヴの満面の笑みが返される。
ミントグリーンの瞳が輝きを増し、あずきの心臓に直接攻撃を仕掛けてきた。
本当に、美少年の笑みというものは恐ろしい攻撃力である。
答えをうやむやにされたというのに、ちょっとどうでもよくなっている自分が怖い。
「それにしても、急にうるさくなったと思えば……なるほど。殿下と聖女様がこれでは、焦るでしょうね」
メイナードはそう言いながら、あずきをじっと見つめる。
悪意は感じられないが、そんなに見られると恥ずかしい。
何せ豆と猫とイケメンの王国に相応しく、王子の友人であるメイナードもまた整った容姿なのだ。
「私、何かいけないことをしたの?」
「いいえ。あなたがこの国にいらしてから、少しずつ天候が落ち着きつつあります。豆の育ちも戻り始めたという報告もありますし、とてもありがたいことです」
また豆かとは思ったが、どうやら役には立っているらしい。
「それなら、良かった。……でも、それじゃあ、何なの?」
メイナードの口ぶりでは、あずきが何かに関与しているようだったが。
「まあ、一言で言えば、殿下のお相手探しですよ」
「メイナード」
クライヴがすかさず声を上げるが、当の本人はまったく気にする様子もない。
「隠すことでもないでしょう。どうせ、いずれ耳に入ります」
「ですが……」
「お相手? パートナーとか言っていたの、そのこと?」
あずきが問うと、クライヴは小さくうなずいた。
「舞踏会のパートナーです。もうじき、豆の聖女が現れた祝いの舞踏会が開かれます」
「え。初耳だけど」
「すみません。説明するつもりが、あんなところを先にお見せすることになってしまいました」
しゅんとうなだれるクライヴは、まるで小動物のようだ。
「ああ、直談判に聖女様も巻き込まれたのですか?」
「パートナーはアズキだと言っておきました」
「それはまた……荒れるでしょうね」
「仕方ありません。ああも勘違いされるのならば、一線を引いた方がいいでしょう。かえって揉めかねませんから」
クライヴとメイナードのやり取りからすると、どうやらあの男性は娘をパートナーにしたいらしい。
そして、クライヴはそのつもりはないということか。
クライヴは見目麗しいうえに王子なのだから、好みだけの問題でもないのだろう。
豆と猫とイケメンの王国の王子というのも、結構大変そうだ。
「豆の聖女が現れた祝いの舞踏会です。契約者であり王子である殿下が聖女様のパートナーを務めるのは、どう考えても当然です。それを曲げようという方がおかしいのですよ」
二人の中では話が通じているようだが、あずきにはよくわからないことがある。
「ねえ。それで、パートナーって、何なの?」
すると、クライヴが驚いた様子で瞬いた。
「ああ、アズキの世界に舞踏会はないのですか」
「ない……とは限らないけど、一般的ではないわ。少なくとも、私は参加したことも見たこともないし。それ、私も参加しないと駄目なの? 何をするの?」
舞踏会というと、あずきにとっては物語や映画の中の世界だ。
どこかで開催されてはいるのだろうが、一般女子高生が関わるようなことではない。
「そうですね。挨拶をされるのと、踊るくらいでしょうか。ひとこと求められるかもしれませんが」
「え。困る」
挨拶されてもなんと返せばいいのかわからないし、ひとこと求められてもどうしたらいいのかわからない。
「アズキは心配しなくても大丈夫ですよ。俺がずっと隣にいますから」
「いや、それじゃクライヴに迷惑がかかるじゃない」
契約者はさておき、クライヴは王子だ。
となれば、それなりに色んな人と社交する必要があるのではないだろうか。
「そんなことありませんよ」
心配するあずきに対して、クライヴは意外にものんきな反応だ。
「それに、踊るって何よ。私、盆踊りくらいしか踊れないわ」
「ボン?」
「あー。つまり、全然踊れないってこと」
舞踏会という響きからして、恐らくは社交ダンスのような感じだろう。
豆の王国なので、『豆音頭』のような踊りが存在する可能性も否定できないが、どちらにしても踊れないことには変わりがない。
「無理に踊らなくても大丈夫ですよ」
「そう?」
優しい笑みを浮かべるクライヴを見て、アズキは少し安心した。
だが、同時にメイナードは笑いを堪えている。
「これは、更にうるさいことになりそうですね。……何にしても、今回のパートナーは聖女様でなければおかしいですから。きちんと、伝えておきますよ」
「頼みます」
「さっさと決めていただければ、こんなに揉めることもないのですが」
メイナードがこれ見よがしにため息をつくと、クライヴは視線をそらして押し黙った。
「こんなに表情豊かな殿下も、なかなか見られませんから。面白いですね」
「メイナード」
「これは、失礼」
どうやらメイナードがクライヴをからかっているようだが、何のことなのかはよくわからない。
「クリキントンさん」
「ピルキントンです、聖女様。私のことは、メイナードとお呼びください。私も、アズキ様とお呼びしてもよろしいでしょうか」
「呼び捨てでいいわよ。クライヴもそうだし」
すると、メイナードは苦笑しながらも首を振った。
「それは、ご容赦を。殿下に恨まれてしまいます」
「ああ、王子様と同じ呼び方は駄目ってこと? じゃあ、私も呼び方を変えた方がいいのかな。クライヴ様? 殿下? ……どれがいいと思う?」
本人にも意見を聞こうかと見てみると、何故かクライヴの眉間に深い皺が刻まれていた。
そして、それを見たメイナードは必死に笑いを堪えている。
「……アズキは、そのままでいいです」
「アズキ様。殿下の心中をお察しください」
「心中。……ああ。呼び方はどうでもいいってことね」
そんなことを話し合うまでもないのかと思ったが、何故だかメイナードが更に笑い出す。
「これは、殿下も苦労しそうですね」
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