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18 はじめまして、クリキントン
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「つまらない話を聞かせてしまいましたね」
回廊を進んで庭から離れると、クライヴはそう言って申し訳なさそうに俯く。
「大丈夫。こちらこそ、邪魔してごめんなさい」
謝るあずきを見たクライヴの表情が、少し和らぐ。
美少年は生きているだけで迫力があるが、険しい表情は圧が強すぎる。
こうしていつものように柔らかい笑顔のクライヴの方が、あずきとしてもありがたい。
……まあ、笑顔は笑顔で別の破壊力が高いのだが。
「それで、聞きたいことというのは何でしょうか」
「ええと。先代の聖女の記録とかがあれば、見たいなと思って」
「なるほど。となると、書庫ですね。少し寄り道しますよ」
そう言うと、あずきの手を握り直して引き寄せる。
「それはいいけど、手は放してもいいんじゃない?」
「いえ。申し訳ないのですが、少しつらいのでこのままでお願いします」
以前にも似たようなことを言っていたが、どういう意味なのだろう。
あずきがちゃんとついてこないのではないかと心配になって、イライラして耐えられないのだろうか。
首を傾げている間に手を引かれて進んでいくと、回廊を抜けて建物の中に入る。
そこかしこに使用人らしき人や、先程の男性のような服装の人がいるのだが、そのほとんどがこちらをじろじろと見ている気がする。
「何だか、見られてない?」
「聖女が珍しいのでしょうね」
あまりに気になってクライヴに訴えると、あっさりとうなずかれた。
それに見かける人のほとんどが明るい髪色で、黒髪のような濃い色が見当たらない。
「ねえ、黒髪も珍しいの?」
「そうですね。この国では金色や茶色の髪が多いです」
「なるほど。だから目立っているのね」
日本で言えば、黒髪の中にぽつんと金髪が混じっているようなものだろう。
見慣れないから凝視してしまう気持ちは、よくわかる。
「……それだけではないと思いますよ」
「ああ、王子様と一緒にいるからね」
王子のそばに見慣れない髪色の見慣れない人間がいたら、気になるのは当然だ。
「まあ、それもあるでしょうが……」
「あのさ、クライヴ。さっきの人、娘とかパートナーって言っていたよね? 私、邪魔かな。……やっぱり、王宮を出た方が良くない? 神の庭には通えばいいんだし」
あの男性の口振りからして、あずきはあまり歓迎されていないようだ。
クライヴやポリーには良くしてもらっているし、あずきがいることで迷惑をかけるのは心苦しい。
異世界で一人暮らしというのは多少不安ではあるが、部屋探しと仕事探しだけ手伝ってもらえば、何とかなるかもしれない。
こういう時に、言葉が通じるというのは本当にありがたい。
最近はだいぶ慣れたのか、二か国語同時放送状態とはいえ日本語の音量が勝っているので、それほど疲れない。
これならば、何とかやっていけそうな気がした。
だが、それを聞いたクライヴの表情がさっと曇った。
「――それは駄目です! アズキが心配することではありません」
「まあ、肝心のお仕事がね。……あんこ、売れると思う?」
ただの女子高生でしかないあずきにとって、豆魔法のあんこは唯一のセールスポイントだ。
本来の使い方は知らないが、ここは貴重な収入源として豆王国民の胃袋をどっしりと満たしてもらおう。
「だから、アズキはそんなことをしなくていいんです」
クライヴは立ち止まると息をつき、アズキを見つめた。
「でも、街の様子をちゃんと知ってからじゃないと駄目よね。……街に行ってみてもいい?」
「だから――」
クライヴの声と同時に、どこからか笑い声が耳に届く。
振り返れば、栗色の髪の青年がこちらを見て笑みを浮かべていた。
「ああ、失礼しました。殿下がここまで翻弄されているのを、始めて見たもので」
「ちょうど良かった。あなたを探していたんです」
声をかけたクライヴのもとに、青年は素早く歩み寄ってきた。
クライヴより少し背が高く年上に見えるその青年は、恭しく一礼すると顔を上げる。
「殿下に探していただけるとは、光栄ですね」
「ふざけないでください。話があります」
青年はあずきをちらりと見ると、小さくうなずく。
「なるほど。では、書庫に行きましょうか」
そう言って歩き出した青年についていくと、本棚だらけの部屋に到着した。
高校の図書館どころか、公立図書館をも凌ぐ広さの室内に驚いて見回していると、あずきの手を引いたクライヴは青年と共にどんどん奥へと進んで行く。
そうして本棚に囲まれた扉の鍵を青年が開けると、その先にもまた本棚が並んでいた。
先ほどまでの空間に比べれば小ぢんまりしているとはいえ、それでも十分に広い。
青年は扉を閉めると、鎖の先についた鍵を服の中にしまった。
「それで、お話とは何でしょうか。我が家では父と妹がうるさいですが、その件ですか?」
「話が早いですね。その通りです」
クライヴがため息をつくのを、青年が苦笑して見ている。
「もうじき、殿下に直談判しそうな勢いですよ」
「もう、されました」
「そういう行動は早い人達ですね」
面白そうに笑う青年を見て、クライヴが眉を顰めた。
「笑い事ではありませんよ」
不満そうな態度を表に出すクライヴも珍しいが、青年は特に気にすることもなく笑っている。
この様子から察するに、二人は親しい間柄なのだろう。
じっと見ていると、ふと青年の芥子色の瞳と目が合った。
「豆の聖女様、ですね? はじめまして。メイナード・ピルキントンと申します」
「あ、アズキ・マメハラです。クリキントンさん」
「ピルキントンです。私は殿下の友人のようなものです。敬語は必要ありません」
確かに、王子のクライヴに普通に話している以上、それ以外の人に敬語を使うのは少しおかしくなる。
クライヴに敬語を使えばいいだけなのかもしれないが、何となく慣れてしまったのと、本人が普通に話してほしいというのでそのままになっていた。
「……ねえ、クライヴ。やっぱり私、言葉遣いを直したほうが良くない?」
「直す?」
「ですから。王子に対して、きちんと丁寧な言葉で話したほうがよろしいのではありませんか?」
試しにそう言ってみると、クライヴは驚きと悲しみが混じったような複雑な表情を浮かべた。
回廊を進んで庭から離れると、クライヴはそう言って申し訳なさそうに俯く。
「大丈夫。こちらこそ、邪魔してごめんなさい」
謝るあずきを見たクライヴの表情が、少し和らぐ。
美少年は生きているだけで迫力があるが、険しい表情は圧が強すぎる。
こうしていつものように柔らかい笑顔のクライヴの方が、あずきとしてもありがたい。
……まあ、笑顔は笑顔で別の破壊力が高いのだが。
「それで、聞きたいことというのは何でしょうか」
「ええと。先代の聖女の記録とかがあれば、見たいなと思って」
「なるほど。となると、書庫ですね。少し寄り道しますよ」
そう言うと、あずきの手を握り直して引き寄せる。
「それはいいけど、手は放してもいいんじゃない?」
「いえ。申し訳ないのですが、少しつらいのでこのままでお願いします」
以前にも似たようなことを言っていたが、どういう意味なのだろう。
あずきがちゃんとついてこないのではないかと心配になって、イライラして耐えられないのだろうか。
首を傾げている間に手を引かれて進んでいくと、回廊を抜けて建物の中に入る。
そこかしこに使用人らしき人や、先程の男性のような服装の人がいるのだが、そのほとんどがこちらをじろじろと見ている気がする。
「何だか、見られてない?」
「聖女が珍しいのでしょうね」
あまりに気になってクライヴに訴えると、あっさりとうなずかれた。
それに見かける人のほとんどが明るい髪色で、黒髪のような濃い色が見当たらない。
「ねえ、黒髪も珍しいの?」
「そうですね。この国では金色や茶色の髪が多いです」
「なるほど。だから目立っているのね」
日本で言えば、黒髪の中にぽつんと金髪が混じっているようなものだろう。
見慣れないから凝視してしまう気持ちは、よくわかる。
「……それだけではないと思いますよ」
「ああ、王子様と一緒にいるからね」
王子のそばに見慣れない髪色の見慣れない人間がいたら、気になるのは当然だ。
「まあ、それもあるでしょうが……」
「あのさ、クライヴ。さっきの人、娘とかパートナーって言っていたよね? 私、邪魔かな。……やっぱり、王宮を出た方が良くない? 神の庭には通えばいいんだし」
あの男性の口振りからして、あずきはあまり歓迎されていないようだ。
クライヴやポリーには良くしてもらっているし、あずきがいることで迷惑をかけるのは心苦しい。
異世界で一人暮らしというのは多少不安ではあるが、部屋探しと仕事探しだけ手伝ってもらえば、何とかなるかもしれない。
こういう時に、言葉が通じるというのは本当にありがたい。
最近はだいぶ慣れたのか、二か国語同時放送状態とはいえ日本語の音量が勝っているので、それほど疲れない。
これならば、何とかやっていけそうな気がした。
だが、それを聞いたクライヴの表情がさっと曇った。
「――それは駄目です! アズキが心配することではありません」
「まあ、肝心のお仕事がね。……あんこ、売れると思う?」
ただの女子高生でしかないあずきにとって、豆魔法のあんこは唯一のセールスポイントだ。
本来の使い方は知らないが、ここは貴重な収入源として豆王国民の胃袋をどっしりと満たしてもらおう。
「だから、アズキはそんなことをしなくていいんです」
クライヴは立ち止まると息をつき、アズキを見つめた。
「でも、街の様子をちゃんと知ってからじゃないと駄目よね。……街に行ってみてもいい?」
「だから――」
クライヴの声と同時に、どこからか笑い声が耳に届く。
振り返れば、栗色の髪の青年がこちらを見て笑みを浮かべていた。
「ああ、失礼しました。殿下がここまで翻弄されているのを、始めて見たもので」
「ちょうど良かった。あなたを探していたんです」
声をかけたクライヴのもとに、青年は素早く歩み寄ってきた。
クライヴより少し背が高く年上に見えるその青年は、恭しく一礼すると顔を上げる。
「殿下に探していただけるとは、光栄ですね」
「ふざけないでください。話があります」
青年はあずきをちらりと見ると、小さくうなずく。
「なるほど。では、書庫に行きましょうか」
そう言って歩き出した青年についていくと、本棚だらけの部屋に到着した。
高校の図書館どころか、公立図書館をも凌ぐ広さの室内に驚いて見回していると、あずきの手を引いたクライヴは青年と共にどんどん奥へと進んで行く。
そうして本棚に囲まれた扉の鍵を青年が開けると、その先にもまた本棚が並んでいた。
先ほどまでの空間に比べれば小ぢんまりしているとはいえ、それでも十分に広い。
青年は扉を閉めると、鎖の先についた鍵を服の中にしまった。
「それで、お話とは何でしょうか。我が家では父と妹がうるさいですが、その件ですか?」
「話が早いですね。その通りです」
クライヴがため息をつくのを、青年が苦笑して見ている。
「もうじき、殿下に直談判しそうな勢いですよ」
「もう、されました」
「そういう行動は早い人達ですね」
面白そうに笑う青年を見て、クライヴが眉を顰めた。
「笑い事ではありませんよ」
不満そうな態度を表に出すクライヴも珍しいが、青年は特に気にすることもなく笑っている。
この様子から察するに、二人は親しい間柄なのだろう。
じっと見ていると、ふと青年の芥子色の瞳と目が合った。
「豆の聖女様、ですね? はじめまして。メイナード・ピルキントンと申します」
「あ、アズキ・マメハラです。クリキントンさん」
「ピルキントンです。私は殿下の友人のようなものです。敬語は必要ありません」
確かに、王子のクライヴに普通に話している以上、それ以外の人に敬語を使うのは少しおかしくなる。
クライヴに敬語を使えばいいだけなのかもしれないが、何となく慣れてしまったのと、本人が普通に話してほしいというのでそのままになっていた。
「……ねえ、クライヴ。やっぱり私、言葉遣いを直したほうが良くない?」
「直す?」
「ですから。王子に対して、きちんと丁寧な言葉で話したほうがよろしいのではありませんか?」
試しにそう言ってみると、クライヴは驚きと悲しみが混じったような複雑な表情を浮かべた。
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