神の豆を育てる聖女は王子に豆ごと溺愛される

西根羽南

文字の大きさ
18 / 79

18 はじめまして、クリキントン

しおりを挟む
「つまらない話を聞かせてしまいましたね」
 回廊を進んで庭から離れると、クライヴはそう言って申し訳なさそうに俯く。
「大丈夫。こちらこそ、邪魔してごめんなさい」
 謝るあずきを見たクライヴの表情が、少し和らぐ。

 美少年は生きているだけで迫力があるが、険しい表情は圧が強すぎる。
 こうしていつものように柔らかい笑顔のクライヴの方が、あずきとしてもありがたい。
 ……まあ、笑顔は笑顔で別の破壊力が高いのだが。

「それで、聞きたいことというのは何でしょうか」
「ええと。先代の聖女の記録とかがあれば、見たいなと思って」
「なるほど。となると、書庫ですね。少し寄り道しますよ」
 そう言うと、あずきの手を握り直して引き寄せる。

「それはいいけど、手は放してもいいんじゃない?」
「いえ。申し訳ないのですが、少しつらいのでこのままでお願いします」
 以前にも似たようなことを言っていたが、どういう意味なのだろう。
 あずきがちゃんとついてこないのではないかと心配になって、イライラして耐えられないのだろうか。

 首を傾げている間に手を引かれて進んでいくと、回廊を抜けて建物の中に入る。
 そこかしこに使用人らしき人や、先程の男性のような服装の人がいるのだが、そのほとんどがこちらをじろじろと見ている気がする。


「何だか、見られてない?」
「聖女が珍しいのでしょうね」
 あまりに気になってクライヴに訴えると、あっさりとうなずかれた。
 それに見かける人のほとんどが明るい髪色で、黒髪のような濃い色が見当たらない。

「ねえ、黒髪も珍しいの?」
「そうですね。この国では金色や茶色の髪が多いです」
「なるほど。だから目立っているのね」
 日本で言えば、黒髪の中にぽつんと金髪が混じっているようなものだろう。
 見慣れないから凝視してしまう気持ちは、よくわかる。

「……それだけではないと思いますよ」
「ああ、王子様クライヴと一緒にいるからね」
 王子のそばに見慣れない髪色の見慣れない人間がいたら、気になるのは当然だ。

「まあ、それもあるでしょうが……」
「あのさ、クライヴ。さっきの人、娘とかパートナーって言っていたよね? 私、邪魔かな。……やっぱり、王宮を出た方が良くない? 神の庭には通えばいいんだし」

 あの男性の口振りからして、あずきはあまり歓迎されていないようだ。
 クライヴやポリーには良くしてもらっているし、あずきがいることで迷惑をかけるのは心苦しい。
 異世界で一人暮らしというのは多少不安ではあるが、部屋探しと仕事探しだけ手伝ってもらえば、何とかなるかもしれない。

 こういう時に、言葉が通じるというのは本当にありがたい。
 最近はだいぶ慣れたのか、二か国語同時放送状態とはいえ日本語の音量が勝っているので、それほど疲れない。
 これならば、何とかやっていけそうな気がした。
 だが、それを聞いたクライヴの表情がさっと曇った。

「――それは駄目です! アズキが心配することではありません」
「まあ、肝心のお仕事がね。……あんこ、売れると思う?」
 ただの女子高生でしかないあずきにとって、豆魔法のあんこは唯一のセールスポイントだ。
 本来の使い方は知らないが、ここは貴重な収入源として豆王国民の胃袋をどっしりと満たしてもらおう。

「だから、アズキはそんなことをしなくていいんです」
 クライヴは立ち止まると息をつき、アズキを見つめた。
「でも、街の様子をちゃんと知ってからじゃないと駄目よね。……街に行ってみてもいい?」


「だから――」
 クライヴの声と同時に、どこからか笑い声が耳に届く。
 振り返れば、栗色の髪の青年がこちらを見て笑みを浮かべていた。

「ああ、失礼しました。殿下がここまで翻弄されているのを、始めて見たもので」
「ちょうど良かった。あなたを探していたんです」
 声をかけたクライヴのもとに、青年は素早く歩み寄ってきた。
 クライヴより少し背が高く年上に見えるその青年は、恭しく一礼すると顔を上げる。

「殿下に探していただけるとは、光栄ですね」
「ふざけないでください。話があります」
 青年はあずきをちらりと見ると、小さくうなずく。

「なるほど。では、書庫に行きましょうか」
 そう言って歩き出した青年についていくと、本棚だらけの部屋に到着した。
 高校の図書館どころか、公立図書館をも凌ぐ広さの室内に驚いて見回していると、あずきの手を引いたクライヴは青年と共にどんどん奥へと進んで行く。

 そうして本棚に囲まれた扉の鍵を青年が開けると、その先にもまた本棚が並んでいた。
 先ほどまでの空間に比べれば小ぢんまりしているとはいえ、それでも十分に広い。
 青年は扉を閉めると、鎖の先についた鍵を服の中にしまった。


「それで、お話とは何でしょうか。我が家では父と妹がうるさいですが、その件ですか?」
「話が早いですね。その通りです」
 クライヴがため息をつくのを、青年が苦笑して見ている。

「もうじき、殿下に直談判しそうな勢いですよ」
「もう、されました」
「そういう行動は早い人達ですね」
 面白そうに笑う青年を見て、クライヴが眉を顰めた。

「笑い事ではありませんよ」
 不満そうな態度を表に出すクライヴも珍しいが、青年は特に気にすることもなく笑っている。
 この様子から察するに、二人は親しい間柄なのだろう。
 じっと見ていると、ふと青年の芥子色の瞳と目が合った。

「豆の聖女様、ですね? はじめまして。メイナード・ピルキントンと申します」
「あ、アズキ・マメハラです。クリキントンさん」
「ピルキントンです。私は殿下の友人のようなものです。敬語は必要ありません」

 確かに、王子のクライヴに普通に話している以上、それ以外の人に敬語を使うのは少しおかしくなる。
 クライヴに敬語を使えばいいだけなのかもしれないが、何となく慣れてしまったのと、本人が普通に話してほしいというのでそのままになっていた。

「……ねえ、クライヴ。やっぱり私、言葉遣いを直したほうが良くない?」
「直す?」

「ですから。王子に対して、きちんと丁寧な言葉で話したほうがよろしいのではありませんか?」
 試しにそう言ってみると、クライヴは驚きと悲しみが混じったような複雑な表情を浮かべた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。 そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室? 王太子はまったく好みじゃない。 彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。 彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。 そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった! 彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。 そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。 恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。 この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?  ◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 R-Kingdom_1 他サイトでも掲載しています。

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【完結】後宮の片隅にいた王女を拾いましたが、才女すぎて妃にしたくなりました

藤原遊
恋愛
【溺愛・成長・政略・糖度高め】 ※ヒーロー目線で進んでいきます。 王位継承権を放棄し、外交を司る第六王子ユーリ・サファイア・アレスト。 ある日、後宮の片隅でひっそりと暮らす少女――カティア・アゲート・アレストに出会う。 不遇の生まれながらも聡明で健気な少女を、ユーリは自らの正妃候補として引き取る決断を下す。 才能を開花させ成長していくカティア。 そして、次第に彼女を「妹」としてではなく「たった一人の妃」として深く愛していくユーリ。 立場も政略も超えた二人の絆が、やがて王宮の静かな波紋を生んでいく──。 「私はもう一人ではありませんわ、ユーリ」 「これからも、私の隣には君がいる」 甘く静かな後宮成長溺愛物語、ここに開幕。

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

目覚めたら魔法の国で、令嬢の中の人でした

エス
恋愛
転生JK×イケメン公爵様の異世界スローラブ 女子高生・高野みつきは、ある日突然、異世界のお嬢様シャルロットになっていた。 過保護すぎる伯爵パパに泣かれ、無愛想なイケメン公爵レオンといきなりお見合いさせられ……あれよあれよとレオンの婚約者に。 公爵家のクセ強ファミリーに囲まれて、能天気王太子リオに振り回されながらも、みつきは少しずつ異世界での居場所を見つけていく。 けれど心の奥では、「本当にシャルロットとして生きていいのか」と悩む日々。そんな彼女の夢に現れた“本物のシャルロット”が、みつきに大切なメッセージを託す──。 これは、異世界でシャルロットとして生きることを託された1人の少女の、葛藤と成長の物語。 イケメン公爵様とのラブも……気づけばちゃんと育ってます(たぶん) ※他サイトに投稿していたものを、改稿しています。 ※他サイトにも投稿しています。

指さし婚約者はいつの間にか、皇子に溺愛されていました。

湯川仁美
恋愛
目立たず、目立たなすぎず。 容姿端麗、国事も完璧にこなす皇子様に女性が群がるのならば志麻子も前に習えっというように従う。 郷に入っては郷に従え。 出る杭は打たれる。 そんな彼女は周囲の女の子と同化して皇子にきゃーきゃー言っていた時。 「てめぇでいい」 取り巻きがめんどくさい皇子は志麻子を見ずに指さし婚約者に指名。 まぁ、使えるものは皇子でも使うかと志麻子は領地繁栄に婚約者という立場を利用することを決めるといつのまにか皇子が溺愛していた。 けれども、婚約者は数週間から数か月で解任さた数は数十人。 鈍感な彼女が溺愛されていることに気が付くまでの物語。

処理中です...