神の豆を育てる聖女は王子に豆ごと溺愛される

西根羽南

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17 話は、ちゃんとしないと駄目です

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 今日もあずきは、神の庭で豆の世話に勤しんでいる。
 神の庭にいる猫達もあずきの存在に慣れたらしく、かなり近付いても平気になってきた。
 モフモフまで、もう少し。
 ここで焦ってはいけないと、あずきは視線を猫から外した。

 芽を出して蔓を伸ばした神の豆は、神の庭の大木に巻き付き始めている。
 何度直しても木に向かっていくので諦めて自由にさせると、蔓は幹と一体化しそうな勢いで伸びていた。

「……これで、いいのかしら。そもそも、何の木なの?」
 ジョウロを片手に幹を見上げるあずきの横で、ポリーが一緒に大木を見ている。
「先代の聖女様の、神の豆の木と言われています」

「先代って、一体いつのこと?」
 あずきが両手を広げても届かない幹の太さなので、数年前ということはなさそうだが。
 それでも愉快な豆王国のことなので、何があってもおかしくない。

「私も、詳しくは存じません。かなり前のことだと思いますけれど」
「そういうのって、神殿に行かないとわからない?」
 サイラスは神殿に文献があると言っていたが、あれは裏を返せば神殿くらいにしかないとも受け取れる。

「そのあたりは、殿下にお聞きするのが早いと思われます」
 それもそうか。
 仮に神殿に行くにしても、今のあずきは豆の聖女という名の居候で、クライヴが世話人代表のような状態だ。
 どちらにしてもクライヴに声をかけなければ、話が始まらない。

「それじゃ、行ってくるわね」
「お一人でですか?」
「散歩がてら。教えてもらった執務室にいなかったら、帰って来るわ」
 ポリーに教えられた部屋は結構近いし、道順もわかりやすいので、案内がなくても問題ない。

「まあ、王宮内ですし。この距離なので大丈夫だとは思いますが」
 ぶつぶつと呟くポリーに手を振ると、神の庭を後にする。
 どれだけ方向音痴だと思われているのか知らないが、行って帰ってくるくらいならできるので心配しないでもいいと思う。



 神の庭を出て、回廊をまっすぐに歩くとその横には庭が広がっていて、噴水まで見える。
 目を細めてみれば素敵な回廊と庭なのだが、しっかりと目を開くと噴水の中央で水を吹き上げているのは、豆だ。

 直立した豆の莢のてっぺんから勢いよく噴き出した水が、下に転がる豆に降り注いでいる。
 豆が豆を洗うという不思議な光景だが、一体何をどうするとこんなデザインになるのかわからない。
 豆の国の豆への愛は、理解が難しい。

 思わず足を止めて豆の噴水を見ていると、その奥に人影を見つけた。
 噴水の水と庭木で見えづらいが、あの金髪の少年は恐らくクライヴだ。
 もう一人の壮年の男性は誰だかわからないが、服装からしてそれなりに地位がありそうなので貴族なのかもしれない。

「……ですが、今までは我が娘というお話で」
 風向きが変わったらしく、二人の声があずきにも届くようになった。
 立ち聞きも失礼なので、戻った方がいいだろうか。

「元々、そんな話をしたことはありません。勝手に決めないでください」
「しかし、殿下の将来を考えますと、自ずと候補は絞られてきます」
 あずきが悩む間にも、男性とクライヴの声が聞こえてくる。

「候補を俺が決めたことはありません。陛下も然りです。あなた達が勝手に騒いでいるだけでしょう」
「ですが」
「くどいですよ。話が終わったのなら、俺は行きます」
 よくわからないが、二人の話が終わるのならば、クライヴに質問できるかもしれない。
 とりあえず回廊に立ち止まったまま、待ってみることにした。

「最近、殿下は豆の聖女様にご執心だとか」
「……どういう意味でしょう。聖女は尊き存在。契約者であり王子である俺が気にかけるのは、当然です」
 少し冷たい響きのクライヴの声に、男性が怯むのが遠目にもわかった。

「もちろんです。しかし、聖女様は異世界よりいらした、いわば異物。いずれは元の世界に帰る方です。あまり、情を移さぬ方がよろしいかと」
「……言いたいことは、それだけですか。何にしても、パートナーは白紙です。俺の許可もなく勝手なことは許しません」

 男性が頭を下げ、クライヴがため息をついている。
 思った以上に込み入った話のようだ。
 やっぱり、出直した方がいいかもしれない。


「――アズキ?」

 戻ろうとゆっくり踵を返したところに、背後から声をかけられる。
 存在がバレている上に声をかけられたのだから、無視するのはおかしいだろう。
 仕方がないので振り返ると、クライヴがこちらに駆け寄ってきた。

「どうしました、アズキ。こんなところで」
「あの、聞きたいことがあって。……でも、取込み中みたいだし、私は戻るね。ごめんなさい」
 そのまま立ち去ろうとするあずきの手を、クライヴが握る。

「いえ。話は終わりました。行きましょう」
「殿下!」
 縋るような声にクライヴが視線を送ると、途端に男性は口を閉ざした。
 クライヴが王子として高圧的な態度をとるのを、初めて見たかもしれない。

「クライヴ、お話はちゃんとしないと駄目よ」
 いつでも話せると思っている人と、突然話せなくなることだってある。
 それを後から悔いても遅いのだから、きちんと話をした方がいい。

 あずきがじっとミントグリーンの瞳を見つめると、やがてクライヴが小さく息をついた。
 クライヴはあずきの手を放すと、追いかけて来た男性のそばに戻る。


「先ほど言った通り、パートナーも候補も俺が決めたことはありませんし、白紙です。勝手な決定は許しません」
 クライヴが戻ったことで安堵の様子が見えた男性は、再び表情を曇らせる。

「ですが、今までは」
「今までは、順番にお相手しました。それが王子としての務めだと思うからです。……しかし、そういう邪推を生むのならば、今後は気を付けましょう」
「と、言いますと」

「パートナーは、アズキにお願いすることにします」
 突然の名指しに、男性と共にあずきも驚いてクライヴを凝視した。
 何のパートナーなのかは知らないが、揉め事に巻き込まれるのは御免だ。
 だが二人の様子に気付いているはずのクライヴは、気にする様子もなく話を続ける。

「候補の予定もないのにパートナーを務めれば、誤解を生みかねない。現に今、そうなっているようです。御令嬢にお伝えください。良い縁に恵まれるよう、祈ります」

「しかし、それでは将来の……」
「将来のことは、俺と陛下で考えます。あなたとその娘が決めることではありません」
 きっぱりと告げられ、男性は返す言葉がないらしく押し黙る。

「話は、これで終わりですか」
「……はい。お時間を取らせてしまい、申し訳ありませんでした」
「では、失礼します。――アズキ、行きましょう」

 頭を下げる男性に視線を移すことなく、クライヴが背を向ける。
 手を引かれて歩き出したあずきがちらりと振り返ると、男性はあずきに鋭い眼差しを送っていた。
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