16 / 79
16 イケメンの挨拶は、心臓に悪いです
しおりを挟む
「アズキ様は恐らく、歴代の豆の聖女の中でもかなり力が強いのでしょう。契約の豆がその日のうちに発芽したという記録はありませんし、数種類の豆を召喚できるというのも稀です。きっと、神の寵愛が深いのでしょうね」
「……はあ」
神というと、羊羹男のことだろうが。
あの姿と寵愛されるという響きが、どうにも繋がらない。
だいたい、寵愛された覚えもない。
「神殿には文献も沢山ありますし、聖女の間や神の庭と同じく神に近しいとされています。アズキ様は、神殿にいらした方がよろしいかもしれませんね」
「――それは、駄目です」
間髪入れずに否定したクライヴに驚いて見てみれば、珍しく少し険しい顔でサイラスに視線を向けていた。
「何故ですか?」
「それは。……神の豆の手入れもありますし」
「特に手入れはいらない、というのはご存知でしょう」
「契約者は俺です。アズキの身を守る義務があります」
「神殿の守りならば問題ありません」
暫し無言で睨み合っていたかと思うと、ふとサイラスが頬を緩めた。
「冗談ですよ。……それにしても、殿下がそこまで一人の女性にこだわるなんて珍しいですね」
「どういう意味ですか」
「いえ。殿下は豆青の瞳を持つ王子であり、契約者でもあります。聖女を守るのは自然なことです。――アズキ様。神殿はいつでもあなたをお待ちしています。何かあれば、ご連絡ください」
「ありがとう」
お礼を言うと、サイラスはあずきの手を取り、その甲に唇を落とした。
「うわ?」
「――サイラス!」
あずきの上擦った声と、クライヴの鋭い声があたりに響く。
漫画やドラマでしか見たことがない仕草に驚いて手を引くと、サイラスは紺色の瞳を細める。
「神聖なる豆の聖女に、敬愛の印です」
「そ、そうなの」
さすがは異世界、文化が違う。
日本でこんなことをすれば変態だセクハラだと問題になりそうだが、異世界で美少年が相手だとそういうものかと納得しそうになるのが怖い。
どうにか胸を押さえて鼓動を落ち着かせると、眉間に深い皺を寄せるクライヴの姿が目に入った。
「少し確認しただけですよ。なるほど。この魔力ならば、殿下がアズキ様をそばに置きたい気持ちもわかります。……そんなに怒らずとも、これ以上手は出しませんよ。今日のところは帰ります。それでは、また」
テーブルの上の本を素早くまとめると、サイラスは笑みを浮かべたまま神の庭を退出して行く。
それを見たクライヴは、ため息と共にぬるくなった紅茶を一気に飲み干した。
「……あの、クライヴ」
「何でしょうか」
何となくクライヴが疲れたように見えるが、あずきにはそれ以上に気になることがある。
「さっきのサイラスみたいに、手にキスするのって、この世界では普通なの? 私のいた国では、物語の中くらいでしか見かけないんだけど」
「……それほど珍しいことではありません」
「そっか。そうなんだ。でも、イケメンがしちゃいけない仕草だわ」
「イケメン、というのは?」
どうやら、いつの間にか考えが口に出ていたらしい。
「あ、ええと。顔がいい、容姿が整っている男性、かな」
イケメンの定義など改めて考えたこともなかったが、多分間違ってはいないはずだ。
だが、それを聞いたクライヴの表情が曇っていく。
「アズキは、サイラスのような男が好みですか」
「そういう意味じゃ……確かにイケメンだけど。それを言ったら、クライヴも相当なイケメンだし」
兄弟だというのだから似ていて当然だったわけだが、何にしてもイケメンばかりで目の保養である。
「俺は、イケメン、ですか」
「うん。かなり」
変な質問ではあるが、間違いないので即答する。
「アズキは俺の顔が、好みですか?」
「ええ? まあ、その……格好良いと思うけど」
「そうですか」
一体何の問答なのだろうと首を傾げそうになるあずきとは対照的に、クライヴは満面の笑みを浮かべる。
「アズキは、王宮で過ごしてください。俺が守りますから」
「え? ああ、うん」
守るも何も、危険なことがあるようにも思えないが。
何にしても、既に衣食住を完全に頼っている状態なので、ありがたい限りだ。
うなずくあずきを見て微笑んだクライヴは、そのまま手をすくい取ると、その甲に唇を落とした。
「――な、何するの?」
再び訪れたまさかの事態に、あずきは慌てて手を引く。
「それほど珍しくないと言ったでしょう。挨拶です」
「そうなの?」
悪びれることもなく告げるところを見ると、本当なのだろう。
それにしても、この世界は挨拶ひとつでも鼓動が跳ねるので、心臓によろしくない。
「じゃあ、私もポリーにこうやって挨拶しないと」
「いえ。アズキは尊き豆の聖女ですから、この挨拶をする必要は一切ありません」
「でも、挨拶なんでしょう? 失礼じゃない?」
この世界の常識だというのなら、少しはそれに馴染む努力をした方がいいだろう。
それに自分もこの挨拶をするようになれば、された時の衝撃も和らぐ可能性がある。
「大丈夫です。――絶対に、しないでください」
「う、うん」
妙な圧力に押さながらぎこちなくうなずくと、クライヴは満足そうにうなずき返した。
まあ、やらなくていいのならその方がありがたいので、ここは王子様の忠告に従っておこう。
「……はあ」
神というと、羊羹男のことだろうが。
あの姿と寵愛されるという響きが、どうにも繋がらない。
だいたい、寵愛された覚えもない。
「神殿には文献も沢山ありますし、聖女の間や神の庭と同じく神に近しいとされています。アズキ様は、神殿にいらした方がよろしいかもしれませんね」
「――それは、駄目です」
間髪入れずに否定したクライヴに驚いて見てみれば、珍しく少し険しい顔でサイラスに視線を向けていた。
「何故ですか?」
「それは。……神の豆の手入れもありますし」
「特に手入れはいらない、というのはご存知でしょう」
「契約者は俺です。アズキの身を守る義務があります」
「神殿の守りならば問題ありません」
暫し無言で睨み合っていたかと思うと、ふとサイラスが頬を緩めた。
「冗談ですよ。……それにしても、殿下がそこまで一人の女性にこだわるなんて珍しいですね」
「どういう意味ですか」
「いえ。殿下は豆青の瞳を持つ王子であり、契約者でもあります。聖女を守るのは自然なことです。――アズキ様。神殿はいつでもあなたをお待ちしています。何かあれば、ご連絡ください」
「ありがとう」
お礼を言うと、サイラスはあずきの手を取り、その甲に唇を落とした。
「うわ?」
「――サイラス!」
あずきの上擦った声と、クライヴの鋭い声があたりに響く。
漫画やドラマでしか見たことがない仕草に驚いて手を引くと、サイラスは紺色の瞳を細める。
「神聖なる豆の聖女に、敬愛の印です」
「そ、そうなの」
さすがは異世界、文化が違う。
日本でこんなことをすれば変態だセクハラだと問題になりそうだが、異世界で美少年が相手だとそういうものかと納得しそうになるのが怖い。
どうにか胸を押さえて鼓動を落ち着かせると、眉間に深い皺を寄せるクライヴの姿が目に入った。
「少し確認しただけですよ。なるほど。この魔力ならば、殿下がアズキ様をそばに置きたい気持ちもわかります。……そんなに怒らずとも、これ以上手は出しませんよ。今日のところは帰ります。それでは、また」
テーブルの上の本を素早くまとめると、サイラスは笑みを浮かべたまま神の庭を退出して行く。
それを見たクライヴは、ため息と共にぬるくなった紅茶を一気に飲み干した。
「……あの、クライヴ」
「何でしょうか」
何となくクライヴが疲れたように見えるが、あずきにはそれ以上に気になることがある。
「さっきのサイラスみたいに、手にキスするのって、この世界では普通なの? 私のいた国では、物語の中くらいでしか見かけないんだけど」
「……それほど珍しいことではありません」
「そっか。そうなんだ。でも、イケメンがしちゃいけない仕草だわ」
「イケメン、というのは?」
どうやら、いつの間にか考えが口に出ていたらしい。
「あ、ええと。顔がいい、容姿が整っている男性、かな」
イケメンの定義など改めて考えたこともなかったが、多分間違ってはいないはずだ。
だが、それを聞いたクライヴの表情が曇っていく。
「アズキは、サイラスのような男が好みですか」
「そういう意味じゃ……確かにイケメンだけど。それを言ったら、クライヴも相当なイケメンだし」
兄弟だというのだから似ていて当然だったわけだが、何にしてもイケメンばかりで目の保養である。
「俺は、イケメン、ですか」
「うん。かなり」
変な質問ではあるが、間違いないので即答する。
「アズキは俺の顔が、好みですか?」
「ええ? まあ、その……格好良いと思うけど」
「そうですか」
一体何の問答なのだろうと首を傾げそうになるあずきとは対照的に、クライヴは満面の笑みを浮かべる。
「アズキは、王宮で過ごしてください。俺が守りますから」
「え? ああ、うん」
守るも何も、危険なことがあるようにも思えないが。
何にしても、既に衣食住を完全に頼っている状態なので、ありがたい限りだ。
うなずくあずきを見て微笑んだクライヴは、そのまま手をすくい取ると、その甲に唇を落とした。
「――な、何するの?」
再び訪れたまさかの事態に、あずきは慌てて手を引く。
「それほど珍しくないと言ったでしょう。挨拶です」
「そうなの?」
悪びれることもなく告げるところを見ると、本当なのだろう。
それにしても、この世界は挨拶ひとつでも鼓動が跳ねるので、心臓によろしくない。
「じゃあ、私もポリーにこうやって挨拶しないと」
「いえ。アズキは尊き豆の聖女ですから、この挨拶をする必要は一切ありません」
「でも、挨拶なんでしょう? 失礼じゃない?」
この世界の常識だというのなら、少しはそれに馴染む努力をした方がいいだろう。
それに自分もこの挨拶をするようになれば、された時の衝撃も和らぐ可能性がある。
「大丈夫です。――絶対に、しないでください」
「う、うん」
妙な圧力に押さながらぎこちなくうなずくと、クライヴは満足そうにうなずき返した。
まあ、やらなくていいのならその方がありがたいので、ここは王子様の忠告に従っておこう。
10
あなたにおすすめの小説
理想の男性(ヒト)は、お祖父さま
たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。
そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室?
王太子はまったく好みじゃない。
彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。
彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。
そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった!
彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。
そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。
恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。
この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?
◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。
本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。
R-Kingdom_1
他サイトでも掲載しています。
転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。
ラム猫
恋愛
異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。
『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。
しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。
彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。
※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
【完結】後宮の片隅にいた王女を拾いましたが、才女すぎて妃にしたくなりました
藤原遊
恋愛
【溺愛・成長・政略・糖度高め】
※ヒーロー目線で進んでいきます。
王位継承権を放棄し、外交を司る第六王子ユーリ・サファイア・アレスト。
ある日、後宮の片隅でひっそりと暮らす少女――カティア・アゲート・アレストに出会う。
不遇の生まれながらも聡明で健気な少女を、ユーリは自らの正妃候補として引き取る決断を下す。
才能を開花させ成長していくカティア。
そして、次第に彼女を「妹」としてではなく「たった一人の妃」として深く愛していくユーリ。
立場も政略も超えた二人の絆が、やがて王宮の静かな波紋を生んでいく──。
「私はもう一人ではありませんわ、ユーリ」
「これからも、私の隣には君がいる」
甘く静かな後宮成長溺愛物語、ここに開幕。
「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」
透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。
そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。
最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。
仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕!
---
目覚めたら魔法の国で、令嬢の中の人でした
エス
恋愛
転生JK×イケメン公爵様の異世界スローラブ
女子高生・高野みつきは、ある日突然、異世界のお嬢様シャルロットになっていた。
過保護すぎる伯爵パパに泣かれ、無愛想なイケメン公爵レオンといきなりお見合いさせられ……あれよあれよとレオンの婚約者に。
公爵家のクセ強ファミリーに囲まれて、能天気王太子リオに振り回されながらも、みつきは少しずつ異世界での居場所を見つけていく。
けれど心の奥では、「本当にシャルロットとして生きていいのか」と悩む日々。そんな彼女の夢に現れた“本物のシャルロット”が、みつきに大切なメッセージを託す──。
これは、異世界でシャルロットとして生きることを託された1人の少女の、葛藤と成長の物語。
イケメン公爵様とのラブも……気づけばちゃんと育ってます(たぶん)
※他サイトに投稿していたものを、改稿しています。
※他サイトにも投稿しています。
指さし婚約者はいつの間にか、皇子に溺愛されていました。
湯川仁美
恋愛
目立たず、目立たなすぎず。
容姿端麗、国事も完璧にこなす皇子様に女性が群がるのならば志麻子も前に習えっというように従う。
郷に入っては郷に従え。
出る杭は打たれる。
そんな彼女は周囲の女の子と同化して皇子にきゃーきゃー言っていた時。
「てめぇでいい」
取り巻きがめんどくさい皇子は志麻子を見ずに指さし婚約者に指名。
まぁ、使えるものは皇子でも使うかと志麻子は領地繁栄に婚約者という立場を利用することを決めるといつのまにか皇子が溺愛していた。
けれども、婚約者は数週間から数か月で解任さた数は数十人。
鈍感な彼女が溺愛されていることに気が付くまでの物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる