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61 恥ずかしいから
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「大丈夫ですか、アズキ。怪我はありませんか?」
「……何で、クライヴがいるの?」
ここは王都から遠い豆の神殿の、更にひとけのない森の中だ。
王都の王宮で暮らしているはずのクライヴが、こんなところにいる理由がない。
「それよりも怪我は……靴に穴が。――噛まれたんですか?」
クライヴの麗しい眉が顰められ、鋭い視線を向けられる。
「木から引きずり落されただけ。噛まれたのは靴だから、何でもないわ」
「落とされた?」
「ちょっと背中を打っただけよ。大丈夫――うわ!」
どんどん表情が険しくなったクライヴは、あずきを抱き上げると、近くの倒木に座らせる。
かと思えば、おもむろにあずきの靴を脱がせようとし始めた。
「――ち、ちょっと、何?」
慌てて靴を押さえるが、ひざまずいた状態のクライヴに真剣な目で見つめられる。
「狼に噛まれたのなら、消毒が必要です。まずは怪我の程度を確認しなければ」
「だから、平気だってば」
怪我を心配してくれるのはありがたいが、あずきは昼間に歩いて街に行ったし、神殿からここまでも歩いて生きている。
そこそこ長時間履き続けた靴など、臭いに決まっているではないか。
ふられたも同然の相手とはいえ、仮にも王子様で好きな男性の前に、臭い足を出したくはない。
あずきにだって、少しは乙女心というものが存在するのだ。
だが、怪我のことで頭がいっぱいらしいクライヴは、今のところ諦める様子がない。
どうしよう。
何と言えば、臭い足の話題に触れずにクライヴを止められるのだろうか。
「い、痛くないし」
「念のためです」
「本当に、平気なの」
「駄目です」
取り付く島もないとは、まさにこのことだ。
大体、制服のスカートで脚が見えただけで何だかんだ言っていたのに、靴を脱がすのはいいのか。
もう本当に豆王国の基準がよくわからない。
「……は、恥ずかしい、から」
麗しの王子の鼻先にじっくり煮込んだ臭い足を出すなんて、いくら何でも恥ずかしい。
どうにもならなくなってそう訴えると、それまであずきの靴に手をかけていたクライヴの手が止まった。
かと思えば、見る見るうちにクライヴの顔が赤くなっていく。
「し、失礼しました。狼に噛まれたと聞いて、つい……」
耳まで赤く染めながら恐縮するクライヴに、先ほどまでの靴を脱がせようという覇気は微塵もない。
あまりの反応に面食らってしまうが、よく考えればこの国は胸元は出しても、足を見せるのは御法度という雰囲気だった。
つまり、あずきの尺度で考えれば、嫌がる女性の胸元をこじ開けて見ることに相当するのだろう。
それはまあ、赤くもなるはずだ。
本来紳士的なクライヴがそこまでしたのは、狼に噛まれたということで心配したからだろう。
何にしても、あずきとしては臭い足を出さずに済んだだけで十分である。
「本当に、靴しか噛まれていないから。大丈夫よ」
「わ、わかりました」
すっかり意気消沈してうなだれるクライヴに声をかけると、どうにかうなずき返された。
「……それで。何でこんなところにいるの?」
「アズキが行方不明になって……死ぬほど、探しました」
「行方不明?」
意外な言葉に首を傾げると、クライヴはようやく顔を上げた。
「執務室に……俺のところに行くと言って部屋を出たきり、行方がわからなくなって。どこに行ったのか、攫われたのかと、生きた心地がしませんでした。急に天気が荒れたのは、アズキに何かあったのかもしれない、と」
「何で? ちゃんと伝えてもらったはずなのに」
確かに、サイラスが自分の名前で伝えると言っていた。
神官で王子のサイラスならば話が早いだろうとお願いしたのだが、なぜ行方不明なんてことになっているのだろう。
すると、クライヴは珍しく不満そうな表情を露にする。
「手違い、だそうです。……恐らく、嘘ですが」
「え?」
「アズキとサイラスが話しているところを見た者がいたのと、門番が見慣れない女性神官がいたというので、神殿に問い合わせました。そこでアズキが神殿にいるのは、わかったのですが」
そこまで話すと一息置き、クライヴはあずきの隣に座った。
「アズキ。王宮での生活は、不満でしたか?」
「何で? そんなことないよ。皆優しかったし」
「では、俺のことが嫌でしたか?」
「何それ。そんなこと、あるはずないじゃない。……どちらかというとクライヴの方が、私と一緒だと色々大変でしょう?」
嫌いなあずきにかまい、演技をし、ナディアと一緒にいられないのだから、面倒なことしかないではないか。
「まさか。ありえません」
クライヴはすぐに首を振って否定する。
まあ、それはそうだろう。
『本当は嫌だけれど演技して接しています』なんて、馬鹿正直に言うわけがない。
この真摯な眼差しもすべて演技なのかと思うと、少し切なかった。
……いや、豆の聖女が大切なのは本当なので、そこは演技ではないのか。
ただ単純に、あずきのことは苦手だというだけのことだ。
人の好みなのだから、どうしようもない。
「……何で、クライヴがいるの?」
ここは王都から遠い豆の神殿の、更にひとけのない森の中だ。
王都の王宮で暮らしているはずのクライヴが、こんなところにいる理由がない。
「それよりも怪我は……靴に穴が。――噛まれたんですか?」
クライヴの麗しい眉が顰められ、鋭い視線を向けられる。
「木から引きずり落されただけ。噛まれたのは靴だから、何でもないわ」
「落とされた?」
「ちょっと背中を打っただけよ。大丈夫――うわ!」
どんどん表情が険しくなったクライヴは、あずきを抱き上げると、近くの倒木に座らせる。
かと思えば、おもむろにあずきの靴を脱がせようとし始めた。
「――ち、ちょっと、何?」
慌てて靴を押さえるが、ひざまずいた状態のクライヴに真剣な目で見つめられる。
「狼に噛まれたのなら、消毒が必要です。まずは怪我の程度を確認しなければ」
「だから、平気だってば」
怪我を心配してくれるのはありがたいが、あずきは昼間に歩いて街に行ったし、神殿からここまでも歩いて生きている。
そこそこ長時間履き続けた靴など、臭いに決まっているではないか。
ふられたも同然の相手とはいえ、仮にも王子様で好きな男性の前に、臭い足を出したくはない。
あずきにだって、少しは乙女心というものが存在するのだ。
だが、怪我のことで頭がいっぱいらしいクライヴは、今のところ諦める様子がない。
どうしよう。
何と言えば、臭い足の話題に触れずにクライヴを止められるのだろうか。
「い、痛くないし」
「念のためです」
「本当に、平気なの」
「駄目です」
取り付く島もないとは、まさにこのことだ。
大体、制服のスカートで脚が見えただけで何だかんだ言っていたのに、靴を脱がすのはいいのか。
もう本当に豆王国の基準がよくわからない。
「……は、恥ずかしい、から」
麗しの王子の鼻先にじっくり煮込んだ臭い足を出すなんて、いくら何でも恥ずかしい。
どうにもならなくなってそう訴えると、それまであずきの靴に手をかけていたクライヴの手が止まった。
かと思えば、見る見るうちにクライヴの顔が赤くなっていく。
「し、失礼しました。狼に噛まれたと聞いて、つい……」
耳まで赤く染めながら恐縮するクライヴに、先ほどまでの靴を脱がせようという覇気は微塵もない。
あまりの反応に面食らってしまうが、よく考えればこの国は胸元は出しても、足を見せるのは御法度という雰囲気だった。
つまり、あずきの尺度で考えれば、嫌がる女性の胸元をこじ開けて見ることに相当するのだろう。
それはまあ、赤くもなるはずだ。
本来紳士的なクライヴがそこまでしたのは、狼に噛まれたということで心配したからだろう。
何にしても、あずきとしては臭い足を出さずに済んだだけで十分である。
「本当に、靴しか噛まれていないから。大丈夫よ」
「わ、わかりました」
すっかり意気消沈してうなだれるクライヴに声をかけると、どうにかうなずき返された。
「……それで。何でこんなところにいるの?」
「アズキが行方不明になって……死ぬほど、探しました」
「行方不明?」
意外な言葉に首を傾げると、クライヴはようやく顔を上げた。
「執務室に……俺のところに行くと言って部屋を出たきり、行方がわからなくなって。どこに行ったのか、攫われたのかと、生きた心地がしませんでした。急に天気が荒れたのは、アズキに何かあったのかもしれない、と」
「何で? ちゃんと伝えてもらったはずなのに」
確かに、サイラスが自分の名前で伝えると言っていた。
神官で王子のサイラスならば話が早いだろうとお願いしたのだが、なぜ行方不明なんてことになっているのだろう。
すると、クライヴは珍しく不満そうな表情を露にする。
「手違い、だそうです。……恐らく、嘘ですが」
「え?」
「アズキとサイラスが話しているところを見た者がいたのと、門番が見慣れない女性神官がいたというので、神殿に問い合わせました。そこでアズキが神殿にいるのは、わかったのですが」
そこまで話すと一息置き、クライヴはあずきの隣に座った。
「アズキ。王宮での生活は、不満でしたか?」
「何で? そんなことないよ。皆優しかったし」
「では、俺のことが嫌でしたか?」
「何それ。そんなこと、あるはずないじゃない。……どちらかというとクライヴの方が、私と一緒だと色々大変でしょう?」
嫌いなあずきにかまい、演技をし、ナディアと一緒にいられないのだから、面倒なことしかないではないか。
「まさか。ありえません」
クライヴはすぐに首を振って否定する。
まあ、それはそうだろう。
『本当は嫌だけれど演技して接しています』なんて、馬鹿正直に言うわけがない。
この真摯な眼差しもすべて演技なのかと思うと、少し切なかった。
……いや、豆の聖女が大切なのは本当なので、そこは演技ではないのか。
ただ単純に、あずきのことは苦手だというだけのことだ。
人の好みなのだから、どうしようもない。
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