神の豆を育てる聖女は王子に豆ごと溺愛される

西根羽南

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65 事実は気力を削ります

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 王宮に戻ったあずきは、そのまま熱を出して寝込んだ。
 何でも、豆魔法の使い過ぎと移動の疲れと、何だかんだの騒動の疲れが一気に出たらしい。

「ポリー、ごめんね」
「お疲れなんですよ。ゆっくり休んでください」
 寝台の住人と化しているあずきにそう言って、ポリーは花瓶に花を飾り始めた。
 濃い黄色の花弁が鮮やかな花は、どう見ても向日葵の花だ。

「この世界にも、向日葵があるのね」
「殿下からのお見舞いです。さすがに、女性の寝室には入れませんからね」
 それはそうだ。
 神殿から戻って以来、部屋どころかベッドからもほとんど出ていないので、クライヴと顔を合わせることもなかった。

「そうだ。ねえ、ポリー。神の豆の花が咲いたんでしょう?」
「はい。もう花は枯れて莢ができています。まだ小さいですが、綺麗ですよ」
 豆の莢に対して綺麗という表現を初めて聞いた気がするが、さすがは豆王国民である。

「そっか。じゃあ、もう少しで私の役目も終わるね」

 神の豆が実ってクライヴが食べれば、契約は終了する。
 そうすればこの国の天候は安定するし、クライヴも聖女のために演技をする必要がなくなる。
 皆、幸せになれるのだ。

 だから、あずきの気持ちはただの気の迷いだし、クライヴに伝えてはいけない。
 最後まで笑顔で、皆の求める聖女としてこの世界を去って行こう。


「アズキ様は、契約とやらが終わったら元の世界に戻ってしまわれるのですか?」
「そりゃあ、そういう契約だからね」
「そんな。……寂しくなりますね」

「ありがとう、ポリー。そう言ってくれる人がひとりでもいると、ちょっと嬉しい」
 クライヴはきっと別れを惜しんでくれるだろうが、それはあくまでも演技。
 だからこそ、純粋にあずきとの別れを寂しがってくれるのは、嬉しかった。

「何を仰いますか。殿下を筆頭に、皆そう思っていますよ」
「そうだといいね」
「当然です。このお花だって、そうですよ」

「お見舞いの花でしょう? クライヴもマメよねえ。本当に、聖女の相手をするのも大変だね。……ポリー?」
 ふと見てみると、ポリーが苦虫を噛み潰したような凄い顔をしている。

「どうしたの?」
「いえ。これは殿下が不甲斐ないせいなのか、アズキ様が手強いのか……」
 何やらブツブツと呟いているが、やはり表情は険しい。

「どうしたの?」
「いえ。……アズキ様は、殿下のお顔と優しいところは好いていらっしゃるのですよね?」
「な、何よ。急に」
 確か、以前にそんな雰囲気の話をしたような気もするが、今それを切り出す理由がわからない。

「今もお変わりありませんか? 少しは特別になりましたか?」
 特別、か。
 その言葉に、あずきはベッドに寝たままの姿勢で薄い笑みを浮かべた。

「変わらないわ。変わらず特別よ。だって、豆の聖女だから。……クライヴも同じでしょう?」
 クライヴはあずきを気にかけてくれる。
 それは、あずきが特別な豆の聖女で、クライヴがその契約者だからだ。


「そうでしょうか。アズキ様は、向日葵の花言葉をご存知ですか? ……『あなただけを見つめる』です。どうお思いになりますか?」
「どうもこうも。そんなの偶然ででしょう? クライヴは知らないんじゃない?」
 この世界にも花言葉というものがあることに少し驚くが、どちらにしても男性が事細かに憶えているとも思えない。

「いえ。ご存知ですよ」
「何でわかるの?」
「教えたのは、私ですから」
 ポリーがベッドの上で首を傾げるあずきに、笑みを向ける。

「ああ、そうか。向日葵を用意したクライヴに、これは困った花言葉だって教えたのね。私に言わなければ、バレずに済んだのに」
「順番が逆ですよ。殿下がアズキ様に花を贈りたいと仰るので、私がお教えしました」

「何で?」
「じれったいからですね」
 きっぱりと宣言するポリーに、あずきはため息をついた。

「ポリーは、相変わらずクライヴが私に好意を持っていることにしたいのね」
「したいも何も。ああ、じれったいです」
 地団太を踏みそうな勢いのポリーに、あずきは苦笑いを浮かべるしかない。


「ねえ、ポリー。仮に、仮によ? クライヴが私に好意を持っていたとするわね」
「仮じゃあ、ありませんけどね」
「ポリー、聞いて」
 あずきが諭すと、ポリーは不満そうにしながらも黙って次の話を待った。

「それで、私もクライヴに好意を持っていたとするわよ?」
「はい!」
 やたらといい返事が返ってきたが、本当に仮という意味をわかっているのか心配になる。

「でも、それがどうだというのかしら」
「え? お二人両想いで結ばれて、ハッピーエンドですね」
 あまりにも現実離れしたポリーの主張に、思わずあずきの口から笑いが漏れた。

「それはないわ。私は異世界から来た豆の聖女で、クライヴは契約者の王子様。神の豆が実って契約を終えれば、私は元の世界に帰る。……だから、何も起こりようがないのよ」
 純然たる事実を突きつけると、ポリーの表情が見る見る悲し気に曇っていく。

「でも、そんな」
「それに、クライヴは聖女をもてなしているだけ。王子なんだから、いずれは妃になる人と結婚するでしょう? ……だから、そもそもの前提もあり得ないのよ」

 それが、揺るぎようのない現実だ。
 だが、わかりきっていたはずなのに、自分で口にしたそれが、あずきの気力を一気に奪っていく。

「ですが」
「ごめん。疲れちゃった。……眠るね」
「……はい」
 ポリーは頭を下げると、そのまま退室する。
 何となくそれを見送ると、窓辺に飾られた向日葵が目に入った。


 一体、どういうつもりなのだろう。
 大切な豆の聖女を見ている、ということだろうか。
 それとも……。

「どちらにしても、私はここを去る。だから、忘れよう」

 自信に言い聞かせるようにそう呟くと、あずきは重くなった瞼を閉じた。
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