僕たちはその歪みに気付くべきだった。

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風霞の痛み②

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「何かワクワクするね、こういうところ!」

 僕の高校の最寄り駅は、主に飲み屋や遊興施設で成り立っている。
 だからというわけでもないけれど、治安はあまり良くない。
 日本のスラム街と呼ばれている地域に比べれば大したものではないが、一時期反社会勢力が事務所を構えていたという実績もあったりする。
 
 実際に風霞たちを追いかけ、路地裏に突き進んだ先には、いわゆるアンダーグラウンドな世界が広がっていた。
 普段は避けて通っている場所なので、地元でありながら不安と後ろめたい気持ちが入り混じり、どこか落ち着かない。
 そもそも、仮にも先生というか、指導者というか、庇護者と同伴とは言え、子どもが来ていい場所ではない気がする。
 ところが、その肝心なは、何故かこのアングラな光景に目を輝かせている。

「僕、あんまりこういうところは……」
「えー! イイじゃんイイじゃん! に恐いものとかないっしょ!」

 そう言いながら、ホタカ先生は細い路地をどんどんと先へ行く。
 なんというか、彼女の発言の一つ一つが物騒に聞こえてしまう。
 やはり、無敵の人はひと味違う。
 そして、飽くまでも僕を巻き込む方針に変わりはないようだ。

「……いいんですか? 非常勤とは言え、一応長江の職員ですよね? 面倒事を起こしたら、今後に響くんじゃないんですか?」

 僕が先を行くホタカ先生にそう言うと、彼女は突如歩みを止める。
 そして振り返ることなく、静かに言葉を溢して来る。

「……キミこそいいの? 妹さんがトラブルに巻き込まれてるかもしれないんでしょ?」
「……そりゃ良くはないですよ。僕は、ただ、アレです。他所様を巻き込みたくないだけです。ウチの妹がどうなろうと、ホタカ先生には関係ないですし、これがきっかけでアナタの人生が壊れてしまっては、それこそ家族として肩身が狭いです」
「キミはまたそうやってっ!!」
 
 ホタカ先生は僕の方へ振り向き、睨みつけてくる。
 そんな彼女を見て、少し居心地が悪くなる。
 どうやら僕は、またしても地雷を踏んでしまったようだ。
 
「あの、お兄、ちゃん?」

 僕を呼ぶ、小さくか細い声が聞こえる。

「風霞……。こんなところで何やってんだよ」

 振り向いて、目の前に広がる光景に思わずそんなことを言ってしまったが、すぐに後悔した。

 何をやっているか、なんて一目瞭然だ。
 休業中の寂れたスナック店の壁際に風霞を追いやり、彼女の同級生と思われる男子生徒2人と女子生徒1人がスマートフォンのカメラを向けている。
 レンズの先には、震えながら自身のスカートをたくし上げようとしている風霞の姿があった。
 これから何が行われようとしているのか、などこの状況下では限られる。

「お兄、ちゃん……。これは……」
「あれ? アンタってひょっとして、風霞の兄貴か?」

 僕の問いかけに、風霞よりも先に男子生徒の一人が応える。

「そうだけど……」
「マジか! やっぱりか! あの変態ロリコン野郎の!」
「……何だよ」

 そう言うと、僕に絡んできた男子生徒は目を吊り上げて、露骨に敵意を剥き出しにする。

「あんさぁ~。アンタ、あんまり風霞に近付かないでくれる~?」

 僕たちに割り込むように、女子生徒が因縁をつけてくる。
 この薄暗い中でも、しっかりとその色素が確認できるほどに明るい金髪が印象的だ。
 第一印象だけで決めつけるのは無粋だが、とても仲良くなれるような雰囲気ではない。
 もちろん、あちらもそのつもりは毛頭ないのだろうが。

「……無茶言うなよ。一緒に暮らしてるんだから」
「ちっ。そういうことじゃなくてさっ!」

 彼女は舌打ちを交えながら、惜しげもなく不快感を晒してくる。

「はーい! 全員ちゅーもーく!」

 ホタカ先生は掛け声とともに、パンパンと乾いた柏手をする。

「えーっと、一応聞いておくけどキミたちはココで何をしていたのかな?」
「……別に。先輩に頼まれたってだけで」

 今しがた僕に絡んできた男子生徒が、バツが悪そうに応える。

「先輩? キミたちの? 見た感じキミたち中学生だよね?」
「俺たちはそうだけど。先輩ってのは長江の……」
「長江? 長江って長江高校?」
「馬鹿っ!! お前ナニ喋ってんだよ!」

 連れに注意された男子生徒は、顔を青くさせる。
 どうやら、余程公になっては不味いことのようだ。
 男子生徒は悟られまいとばかりに慌てた様子で、ホタカ先生に反発する。

「っ!? て、ていうか、アンタには関係ないだろ!?」
「はい、ざんねーん! 私は関係者なのですっ! そう! 何を隠そう、私は今キミたちが話している長江高校のだったのだー!」

 ホタカ先生は、両手を腰に当て胸を張り、得意げに言う。
 嘘は言っていない。
 いや……。厳密に言えば嘘か?
 いずれにしても、かなりグレーではある。

「マジ、かよ……」

 そう言って、彼らは絶句する。
 その反応には何重もの意味が込められている気がする。

「そんで、がキミたちに何を頼んだっていうのかな?」
「コイツの……、風霞の脱いでるところの写真撮って来いって」

 やはりそうか。
 目的は……、まぁそういうことだろう。

「写真? 何で脱いでるところ?」
「……アンタそれマジで言ってんの? 売れるからに決まってんじゃん!」

 女子生徒が呆れるように言う。
 半ば開き直る彼女に、ホタカ先生は追及の手を緩めない。

「売れるっ!? キミたち、自分たちがナニやってるか分かってんの!?」

 生徒たちはこぞって沈黙し、顔を俯かせる。
 それはそうだろう。
 何も震えていたのは風霞だけじゃない。
 彼らも中学生なりに、自覚はあるのだろう。
 
「あの……、止めてくださいっ!!」

 突如、風霞が声を上げる。

「や、止めてください……。私が頼んだんです。彼女たちに。灯理あかり。ごめんね。巻き込んじゃって」
「風霞……」

 灯理と呼ばれる女子生徒は驚嘆の表情で、風霞を見つめる。

「フーカちゃん? 言わされてる、とかじゃないよね?」
「違います。どうしても、こうするしかなかったから……」
 
 ホタカ先生の問いかけに、風霞は顔を俯かせ言い淀む。
 それにしても、さっきから随分と勝手に話を進めてくれるものだ。
 僕は風霞の兄貴だ。
 であればココはとして、役割を果たす必要がある。
 
「風霞……。何があったかお兄ちゃんに聞かせてくれる、か?」

 僕がそう言うと、灯理がここぞとばかりに激しい剣幕でまくし立ててくる。

「だからアンタは出張ってくんなしっ! 何!? アンタに話したところで何か変わるワケ!?」
「灯理っ!! 止めてっ!! お兄ちゃんのせいじゃないよ!!」

 すると風霞は、すかさず彼女を制した。

「お兄ちゃん。ごめんなさい。こんなことして……」
「……別に怒ってない。ただ風霞にも何か事情がある、とは思ってる」

 いや?
 僕は怒ってない、のか?
 ただ心の奥底にモヤッとした、得体の知れない何かが湧いて出てきた、ような気もする。
 その正体が何かは分からない。
 でも、これだけは言える。
 僕は咄嗟に保護者面というか、理解者面をしてしまった。
 果たして、僕は彼女のことをどれだけ分かっているのだろうか。

 そんな、後ろめたさに支配された僕を、風霞は更に追い込んでくる。

「あのね。お兄ちゃん。お父さんたちの会社、潰れそうだって知ってた?」
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