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痛みを知ったその先で⑤
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「えっと……。どういうこと、かな?」
麻浦先輩は、取り繕うように微笑する。
これほど、分かりやすいものはない。
今まで、他人に興味がなかった僕でも看破できる。
彼であっても動揺をするのかと、妙な種類の感動を覚えてしまう。
こうして数奇な縁で出会った記念だ。
別段、他意はない。
僕から『穏やかな日常』を奪ってくれた礼、とでも受け取ってくれればいい。
彼が、麻浦蓮哉が今。
縛られている役割から、解放しよう。
「アンタが本当に恨んでるのって、自分の母親でしょ」
麻浦先輩から、笑みが消えた。
僕の問いに返答することも忘れ、呆けた顔で見つめてくる。
「アンタは今、迷ってるんだ。父親とのギャップに」
「ごめん。キミが何を言っているのか分からないよ……」
麻浦先輩は、分かりやすく目を泳がせる。
僕はスゥと息を吐く。
これから僕が突き付ける言葉は、彼にとって相当に堪えるものになるだろう。
しかし、僕は一言一句、余すことなく伝える必要がある。
目の前の彼に対して。
少しは身の程を知った僕が、いつかの彼女のように。
「麻浦先輩。大方、こう思ってるんじゃないんですか? 母親が死んで、本当に悲しいのかどうか、分からないって」
僕が言うと、麻浦先輩の面持ちは一層強張った。
「お父さんがリスクを顧みずに突き進む姿を見て、モチベーションの違い、っていうんですか? 感じたんじゃないんですかね? そりゃあ、お父さんとは愛情の年季が違いますから。無理もないですよ」
「そ、そんなこと……」
麻浦先輩は、今にも消え入りそうな声で溢す。
僕はそれを打ち消すように続ける。
「あれ? 『それじゃあまるで俺が嫉妬しているみたいだ』とでも言いたげですね? でも実際そうでしょ。アンタのソレは嫉妬以外の何物でもない」
「そ、それはキミの憶測だ! 俺は本気で母さんを……」
そうだ。これは僕の憶測だ。
麻浦先輩の母親に対する想い。
それは僕如きが、一朝一夕に語れるものではないだろう。
「挙げ句の果てに、アンタはこうも思ったはずだ。『親父は何でそんなに必死になっているんだ。母さんが死んだ程度なのに』と」
「な、何を言って」
「『元はと言えば、母さんが会社と引き合わせたのが原因じゃないか。自業自得だ。あの時、焦らずにいれば、こんなことにはならなかった』こんな感じですか? そうですね。確かに未だに母親に影を追っている。いや……。正確に言えば、追われているんだ」
「っ!?」
「おっと。流石に誇張が過ぎましたかね。分かってますよ。でも、アンタとアンタの父親とでは、明らかにスタンスが違う。それは確かでしょう?」
僕の問いかけに、麻浦先輩は遂に口を噤んでしまう。
「あっ。念の為言っておきますが、お父さんが麻浦先輩に事件に関わって欲しくないと思っていたのは事実だと思いますよ。でも、それは飽くまで理性での話。感情は違う。それは息子のアンタが一番分かってたんじゃないんですか? だから、全面的にフォローすることを決めた。他ならぬ、尊敬して止まない父親のためですからね」
僕が放った言葉の数々は、麻浦先輩の脳髄を確実に蝕んでいるようだ。
苦虫を噛み潰すような顔で、僕を睨んでくる。
そろそろ、引導を渡す時だ。
散々、好き勝手に弄んでくれた彼であっても、僕には敵わないだろう。
この手の葛藤については、僕の方が数段は上手なのだから。
「そうするしかなかったんでしょ? そうでもしなきゃ、アンタは自我を保てない。居場所を保てない。母親が居なくなった今、父親から失望されることが何よりも怖かった。違いますか?」
「うるさいっ! キミに何が分かるんだよっ!」
麻浦先輩は、柄にもなく大声を出す。
「一緒だからですよっ!!!」
僕の声に、麻浦先輩は一瞬身体をびくつかせる。
「一緒、だからですよ……。僕も一緒なんです。麻浦先輩と。僕も怖かった。自分の居場所がなくなることが」
引導を渡す、などと息巻いたところでその実、僕の自爆に過ぎない。
不本意ながら、僕と麻浦先輩は本質的な部分で一緒なのだ。
「だから、全部押し付けたんです。僕の存在意義を。妹の風霞に。彼女ならこの重圧に耐えられると、無意識的に思ったんでしょう。でも、違った。風霞も傷付いていた。僕が『風霞のため』と思えば思うほど、彼女は傷付いていた。分かりますか? あの時、麻浦先輩も間近で見てたから分かるでしょ? 僕が如何に主体性のない幼稚な人間か」
「それは……」
僕が問いかけると、麻浦先輩は言葉を詰まらせた。
「でも、考えてみりゃ別にフツーのことなんですよ。所詮は高校生だ。主体性がなくて当然だし、背負える責任なんてちっぽけなモンです。まぁ……。だからこそ、不安でしょうがないんですけどね」
「キミは……、自分を良く分析出来ているんだね……」
「ある人に言われたんです。『キミは感情が馬鹿になっている』って」
僕がそう言うと、麻浦先輩は大きく目を見開く。
「麻浦先輩が今、何を考えていて、どんな幕引きを望んでいるのかは知りません。でも、考えてみて下さい。まぁだいぶ浮世離れはしてますが、僕も麻浦先輩も、何でもないタダの子どもです。アンタ一人がカッコつけたところで世間は一瞬だけ騒いで、はい終わり、です。何の影響力もないし、社会が変わるわけでもない。アンタの自己満足に僕を巻き込まないで下さい。日本の法律、知ってます? それとも単純に気が動転してるだけですか?」
釘を刺す。
そんな建前にしては、少し言葉足らずで抽象的だったかもしれない。
とは言え、僕自身大層な意味合いを込めたわけじゃない。
シンプルに、最後の最後まで彼の思惑通りなのは癪だから、言いたいことを言ってやった。
ただ、それだけのことだ。
それこそ、損得を超えた感情論の世界なのだろう。
案の定、麻浦先輩は絶句する。
あれほど、好き勝手を許してきた相手をやり込めたことに対しては、達成感がないでもない。
そもそも、これは僕が許すとか許さないだとか、そんな次元の話ではないだろう。
だから、せめて……。
この惨めさを。
等しく、被害者である麻浦蓮哉と、分け合いたい。
「……でも、それなら俺はこれから」
「僕、やっと気付いたんです。役割は囚われるものじゃなくて、果たすものだって」
麻浦先輩は、一層目を丸くさせる。
だが、その表情はどこか物言いたげだった。
「分かりますよ。その果たすべきものが見つからないから困ってるんですよね? 僕も同じです。これまで散々、『風霞の兄』というアイデンティティに縋りついてきたんですから」
彼も、僕やホタカ先生と一緒だ。
僕たちは恐れていた。
自分自身の役割を失うことを。
ホタカ先生に至っては、縛られる役割すら与えられなかった。
生産的だとか、未来志向だとか。
そんな冷酷さを誤魔化すような、体の良い表現は好かない。
でも、僕たちはもっと。
朧げであっても、周囲に対して声を上げても許されるのではないだろうか。
「見つけてない僕が言うのもなんですけど、まだ間に合うと思うんです。僕たちはこうして、抱えている痛み……、いや。その先にある歪みに気付くことが出来た。だからその処方箋だって、きっと見つかるはずです。役割なんて、その後で大丈夫なんじゃないですか? まぁ、完全に誰かさんの受け売りなんで責任は持てませんが……」
「ぷ。なにそれ」
吹き出しざまにそう言った麻浦先輩の表情は、穏やかだった。
「僕も最初聞いた時は、ワケが分かりませんでした。でも、時間が経つに連れて、段々と腑に落ちてくるっていうか……。特に、麻浦先輩とこうして話していると、確信に近いものを感じるんです。だって、アンタ。僕と似てるんですもん」
「燈輝くん……」
「だから、試す価値はあると思うんです。やってみるだけならタダだし、見つからなかったら見つからなかったで発祥元に苦情を出せばいい。だから、その……、やり直しませんか? 色々と」
自分でも思う。
こんなもの、提案とすら言えない。
他人の論理にタダ乗りして、偉そうに講釈を垂れているだけだ。
それだけ、自分自身が空っぽだということなのだろう。
でも、空っぽなら空っぽなりにやり方がある。
犬の餌にもならない無駄な知識を、手当たり次第詰め込める。
誰一人得をしない、下らない価値観を知るチャンスがある。
そういった一つひとつを繋ぎ合わせて、自分が果たせる役割を作っていけばいい。
もし、これが世間で言われるところの高校生らしさというヤツなら、僕は今後及第点を貰える見込みはあるのだろうか。
「そっか……。そうだね。キミの言う通りかもしれない。俺、少し勘違いしていたみたいだ。ごめんね。あと、ありがとう」
そう言って彼が見せてきたのは、普段通りのどこか達観したような笑顔だった。
差し詰め、これが彼なりの意地であり、最後の仕事と言ったところか。
麻浦先輩は、今この瞬間。
縛られていた役割から、解放されたのかもしれない。
そう言ってしまうのは、少し自意識過剰だろうか。
「あの、ありがとうございます」
そんな彼に触発されたのかは分からない。
僕は咄嗟に、口走ってしまう。
「いやいや! 何でキミが礼を言うのさ!」
麻浦先輩は一瞬戸惑うような素振りを見せるものの、至極当然の返答をする。
「麻浦先輩のおかげでもあると思うんです。自分の傲慢さに気付くきっかけ、っていうんですかね?」
「…………」
「結果論、といえばそれまでです。でも、この一連の出来事がなければ、両親や妹と向き合うことはなかったと思います。正直、それが良いことだったのかはまだ分かりません。でも、今まで見ようともしてなかった世界を知れたのは事実です。まぁその過程で、厄介な人とも出会ってしまいましたが……」
「ふーん。そっか」
麻浦先輩はそう呟くと、意味深に微笑む。
「……何か?」
「ううん。何でもない。じゃあ、その厄介な人がキミを変えたんだね! キミの恩師ってヤツか!」
何ともまぁ、いとも容易く答えに行き着いてしまうものだ。
この辺りは、やはり流石といったところか。
「いや。変えてくれたってほどでもないですが。気付かされたというだけで。そうでも思わないと、何か悔しいし……」
僕がそう言うと、麻浦先輩は目を点にする。
そして、クスリと笑った。
無邪気、とも違うが年頃の高校生らしい笑顔に見え、何故か安心してしまう。
「俺もさ。そんな人に出会えてたら、もっと早く、気付けたのかな?」
「どうですかね? その導いてくれる恩師ですら、内側に色々と抱えている可能性もありますからね」
「……その人も、そうなの?」
「そんなこと……、聞いてどうするつもりですか?」
僕は脊髄反射で、そう聞いた。
麻浦先輩はそんな僕の顔に、物色するかのようなジットリとした視線を向けてくる。
そして、不敵な笑みを浴びせてきた。
「な、何なんすか」
麻浦先輩の醸し出す妙な圧力に、思わずたじろぐ。
彼はそんな僕に目もくれず、徐ろに手持ちのスクールバッグを漁り出した。
ガサゴソと、一枚のプリントを取り出すと、端の空白部分を乱雑に破る。
ペンケースから筆記用具を引っ張り出し、何かを書き綴ると、僕に無言で手渡してくる。
渡されたプリントの切れ端に目を落とすと、11桁の数字が記されていた。
「なぁ、燈輝くん。もしこの先、キミや風霞ちゃんに不都合が起こったら、俺を頼るんだ」
「何すか、それ……。罪滅ぼし、か何かですか?」
「違うよ。これは上級生としての命令だ」
「何の筋合いがあってそんなこと……。第一、頼るって何のことですか?」
「そのままの意味だよ」
「……よく分かりませんね。塀の中から、何をしてくれるっていうんですかね?」
「大丈夫だよ。割りとスグに使うことになるだろうから」
お得意の察しの良さ、とやらを発揮したのか。
どうやら僕の行動の数手先を読んでいるようだ。
やはり、僕はまだ彼には敵わないのかもしれない。
「第一、俺は未成年だぞ! 塀の中へ行くのは親父だけだよ!」
「だから何なんすか、その言い草は……。どうやら全く反省していないようですね」
「俺が反省したところで、警察はキミのお父さんたちの会社を見逃してくれるのかな?」
「開き直りやがって……。何かもう無敵っすね」
僕はそう言って、負けじと作り笑いを浴びせた。
自分でも、相当に気味の悪い顔になっていると思う。
そんな僕を見て、麻浦先輩も口元を緩めてくる。
「やっぱり、さ。キミは痛みに鈍感だよ。本当に」
その言葉の真意に気付くまでの数秒間。
僕の鼓動は、少し早くなった。
麻浦先輩は、取り繕うように微笑する。
これほど、分かりやすいものはない。
今まで、他人に興味がなかった僕でも看破できる。
彼であっても動揺をするのかと、妙な種類の感動を覚えてしまう。
こうして数奇な縁で出会った記念だ。
別段、他意はない。
僕から『穏やかな日常』を奪ってくれた礼、とでも受け取ってくれればいい。
彼が、麻浦蓮哉が今。
縛られている役割から、解放しよう。
「アンタが本当に恨んでるのって、自分の母親でしょ」
麻浦先輩から、笑みが消えた。
僕の問いに返答することも忘れ、呆けた顔で見つめてくる。
「アンタは今、迷ってるんだ。父親とのギャップに」
「ごめん。キミが何を言っているのか分からないよ……」
麻浦先輩は、分かりやすく目を泳がせる。
僕はスゥと息を吐く。
これから僕が突き付ける言葉は、彼にとって相当に堪えるものになるだろう。
しかし、僕は一言一句、余すことなく伝える必要がある。
目の前の彼に対して。
少しは身の程を知った僕が、いつかの彼女のように。
「麻浦先輩。大方、こう思ってるんじゃないんですか? 母親が死んで、本当に悲しいのかどうか、分からないって」
僕が言うと、麻浦先輩の面持ちは一層強張った。
「お父さんがリスクを顧みずに突き進む姿を見て、モチベーションの違い、っていうんですか? 感じたんじゃないんですかね? そりゃあ、お父さんとは愛情の年季が違いますから。無理もないですよ」
「そ、そんなこと……」
麻浦先輩は、今にも消え入りそうな声で溢す。
僕はそれを打ち消すように続ける。
「あれ? 『それじゃあまるで俺が嫉妬しているみたいだ』とでも言いたげですね? でも実際そうでしょ。アンタのソレは嫉妬以外の何物でもない」
「そ、それはキミの憶測だ! 俺は本気で母さんを……」
そうだ。これは僕の憶測だ。
麻浦先輩の母親に対する想い。
それは僕如きが、一朝一夕に語れるものではないだろう。
「挙げ句の果てに、アンタはこうも思ったはずだ。『親父は何でそんなに必死になっているんだ。母さんが死んだ程度なのに』と」
「な、何を言って」
「『元はと言えば、母さんが会社と引き合わせたのが原因じゃないか。自業自得だ。あの時、焦らずにいれば、こんなことにはならなかった』こんな感じですか? そうですね。確かに未だに母親に影を追っている。いや……。正確に言えば、追われているんだ」
「っ!?」
「おっと。流石に誇張が過ぎましたかね。分かってますよ。でも、アンタとアンタの父親とでは、明らかにスタンスが違う。それは確かでしょう?」
僕の問いかけに、麻浦先輩は遂に口を噤んでしまう。
「あっ。念の為言っておきますが、お父さんが麻浦先輩に事件に関わって欲しくないと思っていたのは事実だと思いますよ。でも、それは飽くまで理性での話。感情は違う。それは息子のアンタが一番分かってたんじゃないんですか? だから、全面的にフォローすることを決めた。他ならぬ、尊敬して止まない父親のためですからね」
僕が放った言葉の数々は、麻浦先輩の脳髄を確実に蝕んでいるようだ。
苦虫を噛み潰すような顔で、僕を睨んでくる。
そろそろ、引導を渡す時だ。
散々、好き勝手に弄んでくれた彼であっても、僕には敵わないだろう。
この手の葛藤については、僕の方が数段は上手なのだから。
「そうするしかなかったんでしょ? そうでもしなきゃ、アンタは自我を保てない。居場所を保てない。母親が居なくなった今、父親から失望されることが何よりも怖かった。違いますか?」
「うるさいっ! キミに何が分かるんだよっ!」
麻浦先輩は、柄にもなく大声を出す。
「一緒だからですよっ!!!」
僕の声に、麻浦先輩は一瞬身体をびくつかせる。
「一緒、だからですよ……。僕も一緒なんです。麻浦先輩と。僕も怖かった。自分の居場所がなくなることが」
引導を渡す、などと息巻いたところでその実、僕の自爆に過ぎない。
不本意ながら、僕と麻浦先輩は本質的な部分で一緒なのだ。
「だから、全部押し付けたんです。僕の存在意義を。妹の風霞に。彼女ならこの重圧に耐えられると、無意識的に思ったんでしょう。でも、違った。風霞も傷付いていた。僕が『風霞のため』と思えば思うほど、彼女は傷付いていた。分かりますか? あの時、麻浦先輩も間近で見てたから分かるでしょ? 僕が如何に主体性のない幼稚な人間か」
「それは……」
僕が問いかけると、麻浦先輩は言葉を詰まらせた。
「でも、考えてみりゃ別にフツーのことなんですよ。所詮は高校生だ。主体性がなくて当然だし、背負える責任なんてちっぽけなモンです。まぁ……。だからこそ、不安でしょうがないんですけどね」
「キミは……、自分を良く分析出来ているんだね……」
「ある人に言われたんです。『キミは感情が馬鹿になっている』って」
僕がそう言うと、麻浦先輩は大きく目を見開く。
「麻浦先輩が今、何を考えていて、どんな幕引きを望んでいるのかは知りません。でも、考えてみて下さい。まぁだいぶ浮世離れはしてますが、僕も麻浦先輩も、何でもないタダの子どもです。アンタ一人がカッコつけたところで世間は一瞬だけ騒いで、はい終わり、です。何の影響力もないし、社会が変わるわけでもない。アンタの自己満足に僕を巻き込まないで下さい。日本の法律、知ってます? それとも単純に気が動転してるだけですか?」
釘を刺す。
そんな建前にしては、少し言葉足らずで抽象的だったかもしれない。
とは言え、僕自身大層な意味合いを込めたわけじゃない。
シンプルに、最後の最後まで彼の思惑通りなのは癪だから、言いたいことを言ってやった。
ただ、それだけのことだ。
それこそ、損得を超えた感情論の世界なのだろう。
案の定、麻浦先輩は絶句する。
あれほど、好き勝手を許してきた相手をやり込めたことに対しては、達成感がないでもない。
そもそも、これは僕が許すとか許さないだとか、そんな次元の話ではないだろう。
だから、せめて……。
この惨めさを。
等しく、被害者である麻浦蓮哉と、分け合いたい。
「……でも、それなら俺はこれから」
「僕、やっと気付いたんです。役割は囚われるものじゃなくて、果たすものだって」
麻浦先輩は、一層目を丸くさせる。
だが、その表情はどこか物言いたげだった。
「分かりますよ。その果たすべきものが見つからないから困ってるんですよね? 僕も同じです。これまで散々、『風霞の兄』というアイデンティティに縋りついてきたんですから」
彼も、僕やホタカ先生と一緒だ。
僕たちは恐れていた。
自分自身の役割を失うことを。
ホタカ先生に至っては、縛られる役割すら与えられなかった。
生産的だとか、未来志向だとか。
そんな冷酷さを誤魔化すような、体の良い表現は好かない。
でも、僕たちはもっと。
朧げであっても、周囲に対して声を上げても許されるのではないだろうか。
「見つけてない僕が言うのもなんですけど、まだ間に合うと思うんです。僕たちはこうして、抱えている痛み……、いや。その先にある歪みに気付くことが出来た。だからその処方箋だって、きっと見つかるはずです。役割なんて、その後で大丈夫なんじゃないですか? まぁ、完全に誰かさんの受け売りなんで責任は持てませんが……」
「ぷ。なにそれ」
吹き出しざまにそう言った麻浦先輩の表情は、穏やかだった。
「僕も最初聞いた時は、ワケが分かりませんでした。でも、時間が経つに連れて、段々と腑に落ちてくるっていうか……。特に、麻浦先輩とこうして話していると、確信に近いものを感じるんです。だって、アンタ。僕と似てるんですもん」
「燈輝くん……」
「だから、試す価値はあると思うんです。やってみるだけならタダだし、見つからなかったら見つからなかったで発祥元に苦情を出せばいい。だから、その……、やり直しませんか? 色々と」
自分でも思う。
こんなもの、提案とすら言えない。
他人の論理にタダ乗りして、偉そうに講釈を垂れているだけだ。
それだけ、自分自身が空っぽだということなのだろう。
でも、空っぽなら空っぽなりにやり方がある。
犬の餌にもならない無駄な知識を、手当たり次第詰め込める。
誰一人得をしない、下らない価値観を知るチャンスがある。
そういった一つひとつを繋ぎ合わせて、自分が果たせる役割を作っていけばいい。
もし、これが世間で言われるところの高校生らしさというヤツなら、僕は今後及第点を貰える見込みはあるのだろうか。
「そっか……。そうだね。キミの言う通りかもしれない。俺、少し勘違いしていたみたいだ。ごめんね。あと、ありがとう」
そう言って彼が見せてきたのは、普段通りのどこか達観したような笑顔だった。
差し詰め、これが彼なりの意地であり、最後の仕事と言ったところか。
麻浦先輩は、今この瞬間。
縛られていた役割から、解放されたのかもしれない。
そう言ってしまうのは、少し自意識過剰だろうか。
「あの、ありがとうございます」
そんな彼に触発されたのかは分からない。
僕は咄嗟に、口走ってしまう。
「いやいや! 何でキミが礼を言うのさ!」
麻浦先輩は一瞬戸惑うような素振りを見せるものの、至極当然の返答をする。
「麻浦先輩のおかげでもあると思うんです。自分の傲慢さに気付くきっかけ、っていうんですかね?」
「…………」
「結果論、といえばそれまでです。でも、この一連の出来事がなければ、両親や妹と向き合うことはなかったと思います。正直、それが良いことだったのかはまだ分かりません。でも、今まで見ようともしてなかった世界を知れたのは事実です。まぁその過程で、厄介な人とも出会ってしまいましたが……」
「ふーん。そっか」
麻浦先輩はそう呟くと、意味深に微笑む。
「……何か?」
「ううん。何でもない。じゃあ、その厄介な人がキミを変えたんだね! キミの恩師ってヤツか!」
何ともまぁ、いとも容易く答えに行き着いてしまうものだ。
この辺りは、やはり流石といったところか。
「いや。変えてくれたってほどでもないですが。気付かされたというだけで。そうでも思わないと、何か悔しいし……」
僕がそう言うと、麻浦先輩は目を点にする。
そして、クスリと笑った。
無邪気、とも違うが年頃の高校生らしい笑顔に見え、何故か安心してしまう。
「俺もさ。そんな人に出会えてたら、もっと早く、気付けたのかな?」
「どうですかね? その導いてくれる恩師ですら、内側に色々と抱えている可能性もありますからね」
「……その人も、そうなの?」
「そんなこと……、聞いてどうするつもりですか?」
僕は脊髄反射で、そう聞いた。
麻浦先輩はそんな僕の顔に、物色するかのようなジットリとした視線を向けてくる。
そして、不敵な笑みを浴びせてきた。
「な、何なんすか」
麻浦先輩の醸し出す妙な圧力に、思わずたじろぐ。
彼はそんな僕に目もくれず、徐ろに手持ちのスクールバッグを漁り出した。
ガサゴソと、一枚のプリントを取り出すと、端の空白部分を乱雑に破る。
ペンケースから筆記用具を引っ張り出し、何かを書き綴ると、僕に無言で手渡してくる。
渡されたプリントの切れ端に目を落とすと、11桁の数字が記されていた。
「なぁ、燈輝くん。もしこの先、キミや風霞ちゃんに不都合が起こったら、俺を頼るんだ」
「何すか、それ……。罪滅ぼし、か何かですか?」
「違うよ。これは上級生としての命令だ」
「何の筋合いがあってそんなこと……。第一、頼るって何のことですか?」
「そのままの意味だよ」
「……よく分かりませんね。塀の中から、何をしてくれるっていうんですかね?」
「大丈夫だよ。割りとスグに使うことになるだろうから」
お得意の察しの良さ、とやらを発揮したのか。
どうやら僕の行動の数手先を読んでいるようだ。
やはり、僕はまだ彼には敵わないのかもしれない。
「第一、俺は未成年だぞ! 塀の中へ行くのは親父だけだよ!」
「だから何なんすか、その言い草は……。どうやら全く反省していないようですね」
「俺が反省したところで、警察はキミのお父さんたちの会社を見逃してくれるのかな?」
「開き直りやがって……。何かもう無敵っすね」
僕はそう言って、負けじと作り笑いを浴びせた。
自分でも、相当に気味の悪い顔になっていると思う。
そんな僕を見て、麻浦先輩も口元を緩めてくる。
「やっぱり、さ。キミは痛みに鈍感だよ。本当に」
その言葉の真意に気付くまでの数秒間。
僕の鼓動は、少し早くなった。
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