47 / 54
痛みを知ったその先で④
しおりを挟む
彼にそう告げられた瞬間、体中から嫌な汗がじんわりと湧いて出てきた。
僕はどうしても、その続きを聞きたいとは思えなかった。
「ローカル紙って怖いよね! 社会部の人間をちょっと洗い出せば、誰が書いたかなんて、割りと簡単に特定できるんだから! 少数精鋭が裏目に出たって感じかな?」
「…………」
「そりゃあ、別法人かなんてちょっと調べれば分かることだよ? でもね。所詮、人間なんてイメージの動物なんだよ。一瞬でも、レッテルが貼られたらそれまでさ。実際そこから派生して、根も葉もない噂が立ったんだ。検察にはもっと慎重でいて欲しかったよ……」
イメージの動物、か。確かにその通りだ。
一度空気が醸成されてしまえば、誰も本質を見ようとしない。
それを強く実感していたからこその、僕に対してのあの仕打ちなのだろう。
そしてその事件の後、彼の父親は顧問社労士を辞任。
担当していたゼネコンの業績も、一時的に落ち込む。
会社を引き合わせたことに責任を感じた彼の母親は、失踪してしまう。
家族はすぐに捜索願を出すも、数日後に隣県のダムで水死体で発見される。
検死の結果、入水自殺だったようだ。
「一応、キミのお父さんもフォローしとくとさ。多分、上から相当詰められたんだと思うよ。俺はその手の業界に詳しくないけどさ。商売である以上、どこも一緒なんだよ。きっと……」
そう語る麻浦先輩の表情は、どこか割り切れない想いを制するかのようだった。
「前の事務所での経験もあるだろ? ましてや今回は身内が死んでるんだ。親父でなくとも、そういう気持ちになるんじゃないかな?」
「……それから復讐を誓った、と?」
僕が聞くと、麻浦先輩はコクリと首を小さく縦に振る。
「向こうは向こうで後ろめたさがあったんだと思う。事件の後、『ウチの顧問社労士に』って、親父に誘いがあったらしいんだ。ホント、どういう神経してんだって話だよね! 親父もさ。最初は断るつもりだったんだ」
「だった?」
僕の聞くと、麻浦先輩はゆっくりと頷く。
「顧問の話を持ってきた人の話を聞いたら、ちょっと事情が変わったらしくてね。何だろ? 内側から壊す的な?」
「内側、ですか? えっと、じゃあ児童ポルノの……」
「御名答! 流石、燈輝くんだ!」
僕が反射的に呟くと、わざとらしく褒めそやしてくる。
なるほど。漸く話が繋がった。
「白浜さんって言うんだ。小岩くんのお父さんと一緒に、経理周りを担当しててね。その人から、提案されたらしいんだ。顧問を引き受けてくれたら、会社の裏帳簿を渡すってね。いやぁ! ちょうど良い時にちょうど良い人が居たもんだ、ホント!」
「えっと、その白浜さん? が何でわざわざそんなこと……」
「あれ? 灯理ちゃんから聞いてない? 白浜さん、会社以外にも個人的に事業もやってるって」
「それは、聞きました」
「それでさ。同業の経営者の人から事業買収の話があったらしいんだ。ほら。事業に失敗して、多額の借金背負ったみたいなこと言ってたろ? 買収後は、別のグループ企業の役員として迎え入れられる、みたいな話があったんだって」
そういうこと、か。
だから、わざわざ会社を売るような真似が出来たのか。
とは言え、ほとんどマッチポンプのようなものだが。
「……でも良くそんな負債だらけの事業、引き受けましたね」
「鋭いね。もちろん、タダでってわけじゃなかった」
「えっと、それはつまり……」
麻浦先輩はニヤリと無言でほくそ笑んだ。
「ホントどれだけキミのお父さんの会社、恨まれてんのさっ! まぁマスコミなんてそんなモンなのかな? ねぇ、燈輝くん」
嬉々とした表情で問いかけてくる彼を前に、僕は何も言えなかった。
痛みは、果てしなく連鎖し続ける運命にあるのか。
もしくは誰もが少しずつ痛みを受け入れた結果、というだけなのだろうか。
「知りませんよ……」
僕が応えると、麻浦先輩は『ふーん、そっか』と独りごちる。
「まぁ別にそれは良いんだよ。白浜さんからすれば、是が非でも父さんを引き込みたかったんだろうね。向こうは向こうでこっちの目的に気付いてたし、俺たちも当事者になれば、安心だろ?」
「……垂れ込みされるリスクは格段に下がりますね。普通に考えれば」
「そういうこと。いやぁ! 自分の借金の穴埋めに子ども利用するとか、ホント反吐が出るよね! まぁ、俺たちが言えることではないんだけどさ……」
「…………」
「白浜さんは、小岩くんのお父さんに全部押し付けて、難を逃れようとしてたんだろうけど、そうはさせないよ。コッチは諸々、全部掴んでるんだ。なんたって当事者なんだからね!」
笑いながらそう話す彼の姿に、僕は純粋な恐怖を感じた。
一体、彼の本意はどこにあるのだろうか。
「長かったけど、今日で全部終わりさ。もうじき児童ポルノの件も表沙汰になる。そうなれば、買収の話も白紙だろうね。借金までは良くても、流石に前科持ちのワケあり物件なんて、いくらなんでもリスクが高すぎるよ!」
まさに因果応報だ。
歪みはこれほどまでに、人を狂わせてしまうのだろうか。
「……まぁざっと、これが俺たちの目的だよ。通過儀礼って言った意味、何となく分かったろ?」
なるほど。
確かに今、彼らを動かしているものの正体は、はっきりした。
しかし、これだけでは他ならぬ麻浦先輩自身が見えてこない。
今の僕なら分かる。
彼は今、建前を話しているだけに過ぎない。
「それなら……、詐欺の件はどう説明つける気ですか? まさか、その名残とでも言うつもりですか?」
「能登から聞いたのかい?」
「はい。行きがかり上」
僕が言うと、彼は『そっか』と小さく漏らす。
児童ポルノはともかく、この件を糾弾する気は更々ない。
とは言え、それを確かめない限り、いつまでも本質へは辿り着けない気がした。
「名残、か。確かにそういう言い方も出来るかもしれない。実際、風評被害で事務所の信用が落ちてたわけだしね。でも、親父が仕事を選ばないのは今に始まったことじゃない」
「あの……、それはどういう」
「親父ってさ! 何ていうか……、おせっかいな人なんだよ!」
彼は僕の言葉を遮り、食い気味に話し出す。
「お役所が勝手に決めた基準に漏れて、セーフティーネットにアクセス出来ずに、悲しい選択をせざるを得なかったなんて話、世の中に五万とあるだろ? 実際、能登の家だってそうなるかもしれなかった。親父はそういう人たちのために戦ってた、なんて言ったら脚色し過ぎかもしれないけど、結果として助けていたことは事実なんだ。例え、世間から悪徳社労士の誹りを受け続けることになっても、ね。だから、どの道いつかはこうなってたんだよ。きっと……」
麻浦先輩はどこか呆れるように、そう言った。
能登や灯理の話とは、だいぶ様子が違う。
恐らく、麻浦先輩は肝心なことを伝えていなかったのだろう。
事件が公になった時、少なくとも彼らの被害者としての立場だけは守れるように、と。
「だから、それに関しては完全に別件なんだ。バックマージンなんて、1円も貰っちゃいない。浅はかだとは思うけどさ。俺はそんな親父のこと、本気で尊敬してたんだ」
逡巡せず、そう言い切る姿を見る限り、彼の言葉に嘘はないのだろう。
「……それは分かりました。でも、それとこれとは話が別です。現にアンタは能登たちを事件に巻き込んだ。それは事実でしょ?」
「そうだね。俺は能登を利用した。能登だけでなく、小岩くんや灯理ちゃんも。彼らの弱みに付け込んで」
「…………」
「親父にはさ。『お前は一切関わるな』って言われたんだ。お前にはこれからがあるんだから、無闇に人の恨みを買う必要はないってさ」
「だったら、何で……」
「今更だって、思わないか?」
麻浦先輩はそう言うと、鋭い視線を向けてくる。
「ホントはさ。親父は事件が公になる前に、俺のことを親戚に預けるつもりだったらしいんだ」
なんと言うべきか。
随分と入念に僕たちを陥れてくれた割りには、あまりにも稚拙な後始末だ。
その後の彼を思えば……。
「馬鹿みたいでしょ! 親としての体裁っていうの? ホント今更、何考えてんだか……。多分さ。それが親父の限界だったんだと思う」
怨嗟だけで繋がる結びつきなど、凄惨にも程がある。
誰しも、そんな道に我が子を引き込みたいとは思わないのだろう。
それは麻浦先輩の父親も例外ではなかった。ただ、それだけのことだ。
しかし、それではただの自己陶酔だ。
実利のない良識など、免罪符でしかない。
「そもそも、俺は最初から親父に全面的に協力するつもりだった。俺にだって、私怨がないわけじゃないしね」
麻浦先輩は冗談めいた雰囲気で、そう言ってくる。
彼の不意打ちに、僕は露骨に顔を引き吊らせてしまう。
「ははは! ごめんごめん! でも、100%嘘ってわけじゃない。それは分かるだろ?」
「いや、それは……」
「ホントはもっと上手く出来たのかもしれない。でも俺は……、結局親父に付いていくことしか出来なかった」
「それこそ……、今更ですよ」
「はは。だね! 『最初から全部決まってた』みたいな感じかな? それこそ誰かが泣き寝入りしない限りは」
麻浦先輩は投げやりに笑って言う。
泣き寝入り、か。
それはつまり、痛みを受け入れ続けることを意味するのだろうか。
まるでホタカ先生の言葉と、逆行するかのようだ。
「まぁ、そんなわけでさ! 俺も親父も、未だに母さんの影を追ってるんだ。何度も言うけど、これは俺たちにとって通過儀礼なんだよ。理屈じゃないんだ」
落ち着き払い、淡々とそう語る彼の姿からは、ある種の諦観を感じる。
社会正義に反してまで、真っ向から対決を挑む彼の父親の姿勢は、ちょっとやそっとでは崩れないのだろう。
例え、それが自分たちを破滅へ導いたとしても。
惨い話だ。
麻浦先輩の言う通り、最初から全部決まっていたのだろう。
端から彼に許されていたのは、母親を奪われたヘイトに対して、真摯に向き合うことだけだった。
でもこれで、はっきりと分かったことがある。
麻浦先輩は、一番肝心なことを誤魔化している。
彼も、また。
歪みに振り回されている、同志だ。
「本当に勝手、ですね」
「だね。でも……、それを言うならキミたちも、だろ?」
「それは……」
逆恨みだ、などと軽はずみには言えまい。
『運命の巡り合わせ』の一言で片付けるには、あまりにも粗暴だろう。
麻浦先輩の胸の内はともかく、失ったものが大きいことは確かだ。
つくづく、思い知らされる。
どれだけ平穏に過ごそうとも。
どれだけ人と関わらずに生きていようとも。
人の恨みを買わない人生など、存在しないのだろう。
「ごめんごめん! さっきから俺、意地悪言い過ぎだね! 勘違いしないで。直接的には関係ない、キミや風霞ちゃんには悪いことをしたと思っている。もちろん、能登や小岩くん、灯理ちゃんを巻き込んだことも。それは本当なんだ。だからさ……」
人に弱みを見せないことが至上命題であるかのような麻浦先輩にしては、らしくない。
やはり彼は、ここまで生じたゴタゴタの責任を、一手に引き受けようとしている。
僕自身、分かっていたことだ。
事態がこれだけ拗れてしまった以上、収拾をつけるのは容易ではない、と。
ただ、それでも。
僕の被害者としての立場で言わせてもらうなら……。
もう、うんざりだ。
僕たちは、もう十分に消耗した。
痛みの連鎖は、今日限りで一先ず終止符を打ちたい。
それが今の僕の想いだ。
例え、僕がまた割を食う結論になったとしても。
彼の言う、泣き寝入りになったとしても。
だからこそ。
僕は、彼にその先に続く言葉を言わせるわけにはいかない。
「麻浦先輩。嘘、吐かないで下さい」
僕はどうしても、その続きを聞きたいとは思えなかった。
「ローカル紙って怖いよね! 社会部の人間をちょっと洗い出せば、誰が書いたかなんて、割りと簡単に特定できるんだから! 少数精鋭が裏目に出たって感じかな?」
「…………」
「そりゃあ、別法人かなんてちょっと調べれば分かることだよ? でもね。所詮、人間なんてイメージの動物なんだよ。一瞬でも、レッテルが貼られたらそれまでさ。実際そこから派生して、根も葉もない噂が立ったんだ。検察にはもっと慎重でいて欲しかったよ……」
イメージの動物、か。確かにその通りだ。
一度空気が醸成されてしまえば、誰も本質を見ようとしない。
それを強く実感していたからこその、僕に対してのあの仕打ちなのだろう。
そしてその事件の後、彼の父親は顧問社労士を辞任。
担当していたゼネコンの業績も、一時的に落ち込む。
会社を引き合わせたことに責任を感じた彼の母親は、失踪してしまう。
家族はすぐに捜索願を出すも、数日後に隣県のダムで水死体で発見される。
検死の結果、入水自殺だったようだ。
「一応、キミのお父さんもフォローしとくとさ。多分、上から相当詰められたんだと思うよ。俺はその手の業界に詳しくないけどさ。商売である以上、どこも一緒なんだよ。きっと……」
そう語る麻浦先輩の表情は、どこか割り切れない想いを制するかのようだった。
「前の事務所での経験もあるだろ? ましてや今回は身内が死んでるんだ。親父でなくとも、そういう気持ちになるんじゃないかな?」
「……それから復讐を誓った、と?」
僕が聞くと、麻浦先輩はコクリと首を小さく縦に振る。
「向こうは向こうで後ろめたさがあったんだと思う。事件の後、『ウチの顧問社労士に』って、親父に誘いがあったらしいんだ。ホント、どういう神経してんだって話だよね! 親父もさ。最初は断るつもりだったんだ」
「だった?」
僕の聞くと、麻浦先輩はゆっくりと頷く。
「顧問の話を持ってきた人の話を聞いたら、ちょっと事情が変わったらしくてね。何だろ? 内側から壊す的な?」
「内側、ですか? えっと、じゃあ児童ポルノの……」
「御名答! 流石、燈輝くんだ!」
僕が反射的に呟くと、わざとらしく褒めそやしてくる。
なるほど。漸く話が繋がった。
「白浜さんって言うんだ。小岩くんのお父さんと一緒に、経理周りを担当しててね。その人から、提案されたらしいんだ。顧問を引き受けてくれたら、会社の裏帳簿を渡すってね。いやぁ! ちょうど良い時にちょうど良い人が居たもんだ、ホント!」
「えっと、その白浜さん? が何でわざわざそんなこと……」
「あれ? 灯理ちゃんから聞いてない? 白浜さん、会社以外にも個人的に事業もやってるって」
「それは、聞きました」
「それでさ。同業の経営者の人から事業買収の話があったらしいんだ。ほら。事業に失敗して、多額の借金背負ったみたいなこと言ってたろ? 買収後は、別のグループ企業の役員として迎え入れられる、みたいな話があったんだって」
そういうこと、か。
だから、わざわざ会社を売るような真似が出来たのか。
とは言え、ほとんどマッチポンプのようなものだが。
「……でも良くそんな負債だらけの事業、引き受けましたね」
「鋭いね。もちろん、タダでってわけじゃなかった」
「えっと、それはつまり……」
麻浦先輩はニヤリと無言でほくそ笑んだ。
「ホントどれだけキミのお父さんの会社、恨まれてんのさっ! まぁマスコミなんてそんなモンなのかな? ねぇ、燈輝くん」
嬉々とした表情で問いかけてくる彼を前に、僕は何も言えなかった。
痛みは、果てしなく連鎖し続ける運命にあるのか。
もしくは誰もが少しずつ痛みを受け入れた結果、というだけなのだろうか。
「知りませんよ……」
僕が応えると、麻浦先輩は『ふーん、そっか』と独りごちる。
「まぁ別にそれは良いんだよ。白浜さんからすれば、是が非でも父さんを引き込みたかったんだろうね。向こうは向こうでこっちの目的に気付いてたし、俺たちも当事者になれば、安心だろ?」
「……垂れ込みされるリスクは格段に下がりますね。普通に考えれば」
「そういうこと。いやぁ! 自分の借金の穴埋めに子ども利用するとか、ホント反吐が出るよね! まぁ、俺たちが言えることではないんだけどさ……」
「…………」
「白浜さんは、小岩くんのお父さんに全部押し付けて、難を逃れようとしてたんだろうけど、そうはさせないよ。コッチは諸々、全部掴んでるんだ。なんたって当事者なんだからね!」
笑いながらそう話す彼の姿に、僕は純粋な恐怖を感じた。
一体、彼の本意はどこにあるのだろうか。
「長かったけど、今日で全部終わりさ。もうじき児童ポルノの件も表沙汰になる。そうなれば、買収の話も白紙だろうね。借金までは良くても、流石に前科持ちのワケあり物件なんて、いくらなんでもリスクが高すぎるよ!」
まさに因果応報だ。
歪みはこれほどまでに、人を狂わせてしまうのだろうか。
「……まぁざっと、これが俺たちの目的だよ。通過儀礼って言った意味、何となく分かったろ?」
なるほど。
確かに今、彼らを動かしているものの正体は、はっきりした。
しかし、これだけでは他ならぬ麻浦先輩自身が見えてこない。
今の僕なら分かる。
彼は今、建前を話しているだけに過ぎない。
「それなら……、詐欺の件はどう説明つける気ですか? まさか、その名残とでも言うつもりですか?」
「能登から聞いたのかい?」
「はい。行きがかり上」
僕が言うと、彼は『そっか』と小さく漏らす。
児童ポルノはともかく、この件を糾弾する気は更々ない。
とは言え、それを確かめない限り、いつまでも本質へは辿り着けない気がした。
「名残、か。確かにそういう言い方も出来るかもしれない。実際、風評被害で事務所の信用が落ちてたわけだしね。でも、親父が仕事を選ばないのは今に始まったことじゃない」
「あの……、それはどういう」
「親父ってさ! 何ていうか……、おせっかいな人なんだよ!」
彼は僕の言葉を遮り、食い気味に話し出す。
「お役所が勝手に決めた基準に漏れて、セーフティーネットにアクセス出来ずに、悲しい選択をせざるを得なかったなんて話、世の中に五万とあるだろ? 実際、能登の家だってそうなるかもしれなかった。親父はそういう人たちのために戦ってた、なんて言ったら脚色し過ぎかもしれないけど、結果として助けていたことは事実なんだ。例え、世間から悪徳社労士の誹りを受け続けることになっても、ね。だから、どの道いつかはこうなってたんだよ。きっと……」
麻浦先輩はどこか呆れるように、そう言った。
能登や灯理の話とは、だいぶ様子が違う。
恐らく、麻浦先輩は肝心なことを伝えていなかったのだろう。
事件が公になった時、少なくとも彼らの被害者としての立場だけは守れるように、と。
「だから、それに関しては完全に別件なんだ。バックマージンなんて、1円も貰っちゃいない。浅はかだとは思うけどさ。俺はそんな親父のこと、本気で尊敬してたんだ」
逡巡せず、そう言い切る姿を見る限り、彼の言葉に嘘はないのだろう。
「……それは分かりました。でも、それとこれとは話が別です。現にアンタは能登たちを事件に巻き込んだ。それは事実でしょ?」
「そうだね。俺は能登を利用した。能登だけでなく、小岩くんや灯理ちゃんも。彼らの弱みに付け込んで」
「…………」
「親父にはさ。『お前は一切関わるな』って言われたんだ。お前にはこれからがあるんだから、無闇に人の恨みを買う必要はないってさ」
「だったら、何で……」
「今更だって、思わないか?」
麻浦先輩はそう言うと、鋭い視線を向けてくる。
「ホントはさ。親父は事件が公になる前に、俺のことを親戚に預けるつもりだったらしいんだ」
なんと言うべきか。
随分と入念に僕たちを陥れてくれた割りには、あまりにも稚拙な後始末だ。
その後の彼を思えば……。
「馬鹿みたいでしょ! 親としての体裁っていうの? ホント今更、何考えてんだか……。多分さ。それが親父の限界だったんだと思う」
怨嗟だけで繋がる結びつきなど、凄惨にも程がある。
誰しも、そんな道に我が子を引き込みたいとは思わないのだろう。
それは麻浦先輩の父親も例外ではなかった。ただ、それだけのことだ。
しかし、それではただの自己陶酔だ。
実利のない良識など、免罪符でしかない。
「そもそも、俺は最初から親父に全面的に協力するつもりだった。俺にだって、私怨がないわけじゃないしね」
麻浦先輩は冗談めいた雰囲気で、そう言ってくる。
彼の不意打ちに、僕は露骨に顔を引き吊らせてしまう。
「ははは! ごめんごめん! でも、100%嘘ってわけじゃない。それは分かるだろ?」
「いや、それは……」
「ホントはもっと上手く出来たのかもしれない。でも俺は……、結局親父に付いていくことしか出来なかった」
「それこそ……、今更ですよ」
「はは。だね! 『最初から全部決まってた』みたいな感じかな? それこそ誰かが泣き寝入りしない限りは」
麻浦先輩は投げやりに笑って言う。
泣き寝入り、か。
それはつまり、痛みを受け入れ続けることを意味するのだろうか。
まるでホタカ先生の言葉と、逆行するかのようだ。
「まぁ、そんなわけでさ! 俺も親父も、未だに母さんの影を追ってるんだ。何度も言うけど、これは俺たちにとって通過儀礼なんだよ。理屈じゃないんだ」
落ち着き払い、淡々とそう語る彼の姿からは、ある種の諦観を感じる。
社会正義に反してまで、真っ向から対決を挑む彼の父親の姿勢は、ちょっとやそっとでは崩れないのだろう。
例え、それが自分たちを破滅へ導いたとしても。
惨い話だ。
麻浦先輩の言う通り、最初から全部決まっていたのだろう。
端から彼に許されていたのは、母親を奪われたヘイトに対して、真摯に向き合うことだけだった。
でもこれで、はっきりと分かったことがある。
麻浦先輩は、一番肝心なことを誤魔化している。
彼も、また。
歪みに振り回されている、同志だ。
「本当に勝手、ですね」
「だね。でも……、それを言うならキミたちも、だろ?」
「それは……」
逆恨みだ、などと軽はずみには言えまい。
『運命の巡り合わせ』の一言で片付けるには、あまりにも粗暴だろう。
麻浦先輩の胸の内はともかく、失ったものが大きいことは確かだ。
つくづく、思い知らされる。
どれだけ平穏に過ごそうとも。
どれだけ人と関わらずに生きていようとも。
人の恨みを買わない人生など、存在しないのだろう。
「ごめんごめん! さっきから俺、意地悪言い過ぎだね! 勘違いしないで。直接的には関係ない、キミや風霞ちゃんには悪いことをしたと思っている。もちろん、能登や小岩くん、灯理ちゃんを巻き込んだことも。それは本当なんだ。だからさ……」
人に弱みを見せないことが至上命題であるかのような麻浦先輩にしては、らしくない。
やはり彼は、ここまで生じたゴタゴタの責任を、一手に引き受けようとしている。
僕自身、分かっていたことだ。
事態がこれだけ拗れてしまった以上、収拾をつけるのは容易ではない、と。
ただ、それでも。
僕の被害者としての立場で言わせてもらうなら……。
もう、うんざりだ。
僕たちは、もう十分に消耗した。
痛みの連鎖は、今日限りで一先ず終止符を打ちたい。
それが今の僕の想いだ。
例え、僕がまた割を食う結論になったとしても。
彼の言う、泣き寝入りになったとしても。
だからこそ。
僕は、彼にその先に続く言葉を言わせるわけにはいかない。
「麻浦先輩。嘘、吐かないで下さい」
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
『お兄ちゃんのオタクを卒業させてみせるんだからね❤ ~ブラコン妹と幼馴染オタク姫の果てしなき戦い~』
本能寺から始める常陸之介寛浩
青春
「大好きなはずなのに……! 兄の『推し活』が止まらない!?」
かつて、私は信じていた。
優しくて、頼もしくて、ちょっと恥ずかしがり屋な──
そんな普通のお兄ちゃんを。
でも──
中学卒業の春、
帰ってきた幼馴染みの“オタク姫”に染められて、
私のお兄ちゃんは**「推し活命」**な存在になってしまった!
家では「戦利品だー!」と絶叫し、
年末には「聖戦(コミケ)」に旅立ち、
さらには幼馴染みと「同人誌合宿」まで!?
……ちがう。
こんなの、私の知ってるお兄ちゃんじゃない!
たとえ、世界中がオタクを称えたって、
私は、絶対に──
お兄ちゃんを“元に戻して”みせる!
これは、
ブラコン妹と
中二病オタク姫が、
一人の「兄」をめぐって
全力でぶつかり合う、果てしなき戦いの物語──!
そしていつしか、
誰も予想できなかった
本当の「大好き」のカタチを探す、
壮大な青春ストーリーへと変わっていく──。
至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件
こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。
幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。
四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……?
どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、
「私と同棲してください!」
「要求が増えてますよ!」
意味のわからない同棲宣言をされてしまう。
とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。
中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。
無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。
たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】
『み、見えるの?』
「見えるかと言われると……ギリ見えない……」
『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』
◆◆◆
仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。
劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。
ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。
後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。
尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。
また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。
尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……
霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。
3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。
愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー!
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる