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僕の果たす役割

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 明けて、翌日。
 早朝のホームルームには、名前も知らない代理の先生がやって来て、高島先生の急逝を淡々と報告してきた。
 『全員、黙祷』と、お馴染みの予定調和を終えた後は、彼が学校にどんな貢献をしたか等々、一方的に延々と話していたようだが、一切頭に入ってこなかった。
 今更、そんな武勇伝など聞くに値しない。
 しかし、そんな取って付けたような話にも、人は一定程度触発はされるらしく、泣いていた生徒も数名はいた。
 単純にその場の雰囲気に飲まれただけなのか、彼に大なり小なりの人望があったことの証明なのかは不明だが、僕としては『出会って数ヶ月の人間に、それほどの大粒の涙が流せるなんて、なんとも感受性豊かな人間だろうか』と皮肉の一つも垂れたくなる。

 一体、彼らに高島先生の何が分かるというのか。
 そんな心境に陥ってしまうのは、彼の抱えていたものを知ったせいか。
 はたまた、単に底意地の悪さによるものなのか。
 いずれにしても、こんな穿った考えを今この場で剥き出しにするのは、好ましくないことくらい、いくら鹿僕でも分かる。

 そんな薄暗い感情が僕の頭を支配しかけた時、右ポケットが震える。
 差出人に表示された『麻浦先輩』という文字を見た瞬間、僕の心拍数は露骨に上がる。
 僕は早る気持ちを抑えつけ、ゆっくりとメッセージを開く。

『放課後、相談室に来て欲しい』



「あ、燈輝くん」

 麻浦先輩は僕が相談室へ入るなり、如何ともし難い疲れた様子で迎え入れてきた。
 その草臥れた顔からは、彼が現在進行形で抱えているであろう、いくつもの憂い事が滲み出ている。
 彼ら自身が撒いた種とも言えるが、渦中にいることに変わりない。
 本来、こうして他人の面倒ごとに構っていられる余裕などないはずだ。
 少なくとも彼は、この件については関与していない。
 そんな人間に、ある種の負担を強いていることを痛感し、僕は彼の顔をまじまじと見つめてしまっていた。
 
「そんな顔しないでよ。俺から言い出したことなんだから」

 僕の心情を読み取るかのように、麻浦先輩は困ったように笑う。

「……何も言ってませんけど。僕は単にに従ったまでです。まぁそれにしても、少し早急かとは思いましたが」

「借りを返すのは早い方がいいだろ? もうじき、俺もキミもになるのは目に見えてるんだし。そうなったら、借りだの何だの言っていられないしね。こうして、少しでもキミの負担を減らすことが出来て良かったよ」

 彼はそう言って、優しく微笑みかけてくる。

「……それは良かったです。で、ココに呼ばれた理由というのは?」

 僕はそう聞きながら、相談室を見渡す。
 さて。肝心なだが、入ってきた僕を気に留める様子もなく、来客用ソファーに腰を下ろし、俯いている。
 一晩経った今でも、未だ事実を事実として受け入れられていないようだ。
 昨日の今日で無理はないが、これまで彼女が見せていた姿が、如何に虚像であったかを改めて考えさせられる。
 
「えっと、そうだね……。燈輝くん。安堂寺先生もいいですか?」

 麻浦先輩の呼びかけに、僕とホタカ先生はいよいよとばかりに息を呑む。
 
「二人に見て欲しいものがあります」
 
 麻浦先輩はそう言って、僕に向けて一部の封筒を手渡してくる。
 長形のクラフト封筒には宛名が書かれておらず、糊付けもされていない。
 隙間から中を覗き込むと、三つ折りにされた便箋らしきものが雑に放り込まれていた。

「あの……、これは?」

「高島先生のカバンに入ってたんだ。まだ中身は見てないよ」

「いや、勝手に持ってきちゃダメでしょ。ちゃんと遺族の人に……」

「燈輝くん、分かってないね。今更、俺が罪の一つや二つ重ねたところで、大したことないと思わない? キミの手を汚さないように、俺なりに気を遣ったつもりなんだけどな」

「いや、だからって、何でこれを僕に……」

 そう口走った瞬間、僕はあることに気付く。
 
「あ」

「やっと気付いた? もし、キミが想定している通りなら、見つかったら問題だろ? 色々とさ」

 最初から、全てお見通しだったと言ったところか。
 これだからは、始末に困る。

「……なるほど。流石ですね。でも詰めが甘い」

 僕がそう言うと、麻浦先輩はまるでお手本のようなキョトン顔をする。

「もし、『僕の想定通り』とアナタが想定するなら、最初に僕に渡したらダメでしょ。高島先生の目的と外れます。アナタがを妄想しているのかは知りませんが……」

「……そっか。キミはもう、大丈夫なんだっけ?」

 そう言うと、麻浦先輩は満足そうに笑う。
 TPOにそぐわないその笑みに、僕は心の奥底を覗かれた気分になる。

「……いや、何笑ってんすか。ホント」

「そうだね。ごめんごめん」

 僕は溜息を吐きつつ、項垂れるホタカ先生に向き直り、無言で封筒を突き出す。

「…………」

 ホタカ先生は顔を下げたまま、一向に受け取ろうとしない。
 彼女が拒むのも、当然だ。
 言ってしまえば、これは彼女にとって『邪悪な贈り物』だ。
 これまで彼女が焦がれていたものを、最悪のカタチで押し付けられることになるのだから。

 ただ、それでも。
 彼女には必要なのだ。
 事実、彼女は全てを諦めた振りをしながら、今でもその幻想に縋っている。
 そして本心では、その先にある希望を求めているはずだ。
 どんなカタチでも構わない。
 これから先、本物と出会うためのきっかけ、というだけでいい。
 存在そのものを知ることさえ出来れば、次に繋がっていく。
 だからこそ高島先生は、最期の最期まで彼女のヒールでいる道を選んだのだろう。
 例え、世界中から後ろ指をさされるやり方であったとしても。

「恐らくですが、僕の想像通りです。ホタカ先生。そろそろ向き合って下さい。この碌でもない高揚感と。高島先生から託された役割と」

 僕がそう言うと、ホタカ先生はゆっくりと顔を上げ、何かを訴えかけるような瞳でじっと見つめてくる。
 そんな目をしても無駄だ。
 僕の中でもう、答えは出ている。
 だから、彼女への意趣返しの意味も込めての、をすることにしよう。
 
「ホタカ先生、あの時僕に聞いてきましたよね? 僕の優しさ、は誰のためのものか。今ならはっきりと分かります。自分のためです。結局、僕が振りかざしていた優しさなんて、臆病な自分を守るための凶器でしかなかった。実際僕は、それで色々な人を傷付けてきた。それが結果としてになっていったんだと思います」

「……キミは追い込まれたんだよ。その凶器を使わざるを得ない状況にまで」

「確かに、そういう面もあるのは百も承知です。ただ事実として、僕がそれを使って人を傷付けたことに変わりはない。ということは名目上、僕は被疑者にあたるわけです。被疑者となれば、当然逮捕も勾留もされる。そうなれば、僕も必然的にということになります」

「……何が言いたいのかな?」

「だから……、とっとと見ろっつってんだよっ!! ぶん殴るぞっ!!」

 僕が力一杯放った声は、相談室に虚しく鳴り響く。

「クスッ」

 直後、小さく息を漏らすような笑い声が聞こえる。

「無理、しちゃって……。いや。そうでもないのかな?」
「……まぁ、ある意味でこれが素なのかもしれませんね。引き出したのはアナタですけど」
「ふっ。そっか。そうだったね……。あーあ! トーキくんの奥底に眠るDV気質を呼び起こしてしまったかー」
「そうですね。間違いなくホタカ先生のせいなので、将来慰謝料を払うような事案が発生したら、肩代わりして下さいね」
「いいよ。そのくらい。まぁ生きてたらの話だけど」

 ホタカ先生はそう言って、無邪気に笑った。
 そんな僕たち二人のやりとりを見た麻浦先輩は、満足そうにほくそ笑む。

「もう……、大丈夫そうだね。二人とも」

 麻浦先輩はそう言うと、つかつかと部屋の入り口へ向かう。
 そして扉の前に立つと、振り向くことなく話し出す。

「二人がどんな答えに辿り着いたとしても、俺だけはキミたちのこと。肯定するから」

 僕とホタカ先生は、顔を見合わせた。
 自然と、笑みが溢れる。

「……カッコつけてんだか何だか知りませんが、言ってること相当寒いですよ」
「そうだよ! それにキミ。私たちのこと、どうこう言ってられる立場じゃないでしょ?」
「そうそう。恩着せがましいったらありゃしない。とっとと少年院なり、刑務所なりに行ってきて下さい」

 麻浦先輩は少し呆れるように笑って、相談室を後にした。

「……アサウラくんもこの先、見つけられるのかな?」

 彼の退出を見届けた後、ホタカ先生は静かに問いかけてくる。

「……本人次第、でしょうね」

「ふーん、そう」

 ホタカ先生は、どこか物言いたげに、そう呟いた。
 
「……他人のことはいいんですよ。今一番見つけなきゃいけない人は他でもない、アナタなんですから」

 そう言って、僕はまた封筒を突き出す。
 すると、彼女はどこかバツが悪そうに僕を見つめてくる。

「あのさ。一緒に見てくれない?」
 
「別にいいですけど」

「たぶんさ……。高島先生、キミの思っている通りだと思う」

「だったら、別に」

「怖いの」

 ホタカ先生は僕を遮り、言葉を被せてくる。 

「怖いの……。この中身を見て自分がどうなっちゃうか、想像出来ないの。おかしいよね! 一回り近く歳が離れた男の子に縋らないと、自分と向き合えないなんて……」

「……本当にそうですね。何が『周りの大人をもっと頼れ』、だよ」

「はは。だね……」

「でも、それは僕も同じです。僕だって、アナタに依存している。さっきも言いましたが、『風霞の兄貴』から、『ホタカ先生の』にシフトしただけなんですから。まぁ何もないもの同士、お似合いっちゃお似合いなのかもしれませんね」

「そっか……。じゃあ私はキミのこと、苦しめたりしない、のかな?」

 彼女にそう言われた瞬間、僕は胸が苦しくなった。
 今更、あれこれと蒸し返すつもりはない。
 ただ、僕にとって風霞や父さんたちがどんな存在であったかを、改めて突き付けられた気がした。
 
「……今まで散々振り回しておいて、今更なんですか? アレは苦しみの範疇ではないとでも?」

「そういうことじゃないんだけどな……。まぁいいや。じゃあそろそろ……」

「はい。答え合わせ、といきましょう」

 僕たちは意を決して、中の便箋を取り出した。

   ◇   ◇   ◇   ◇  

 まず初めに、天ヶ瀬。
 お前には、一つだけ伝えておくことがある。
 社会に作られているのは、お前や安堂寺だけじゃない。
 俺や他の奴らも一緒だ。そのことを忘れるな。
 もう分かってると思うが、お前一人が背負えるものなんて、たかが知れている。
 何かあったら、周りに全部押し付けて逃げちまえ。
 皆、その場では文句垂れるかもしれないが、人間なんていい加減な生き物だ。
 ほとぼりが冷める頃には、お前がやったことなんか誰も覚えちゃいないし、何だかんだ辻褄が合うようになってんだ。
 余計な自意識なんてモンがあるから、ややこしくなるんだよ。
 もっとも、それが出来る人間が希少だから、世の中こんだけ拗れてるんだろうけどな。

 そして、安堂寺。
 お前は俺に恨まれたい、みたいなことを言っていたな。
 それに対してのアンサーだ。

 お前が、俺の人生を狂わせた。
 確かにそうだな。
 見方によっちゃ、そうなるのかもしれない。
 だがな。
 その意識がお前を苦しめているのだとしたら、その事実は裏返る。
 加害者は、間違いなく俺だ。

 だから、安堂寺。
 迷惑ついでに、俺の盛大な最後っ屁をくれてやる。
 人生最大級のトラウマをくれてやる。 
 恨め。軽蔑しろ。
 お前が一番欲しがっていたもの。
 俺がくれてやる。

 言っておくが、これは保険だ。
 お前がこの世に何も見い出せないと思う限りは、俺を呪うことを生きる理由にしてくれていい。
 恨みって成分は、どうにも心身が活性化されるらしいからな。
 
 何事も命あってこそ、だ。
 命を繋ぎ止めさえすれば、時間は稼げる。
 そうすれば、いつかお前が本当に欲しがっていたものを見つけられるかもしれない。
 お前にしか果たせない役割を、見つけられるかもしれない。
 きっとその頃には、頭にこびりついた過去なんて、キレイさっぱり精算出来ているだろうよ。

 俺がお前にしてやれることなんて、このくらいだ。
 今まで悪かった。じゃあな。

   ◇   ◇   ◇   ◇ 

 読み終える頃には、ホタカ先生は既に泣き崩れていた。
 僕の目を憚ることなく、ただただ声を立て、涕泣している。
 
「僕、勘違いしてたんです。は、薄暗いものだって」

 僕はそっと言葉を投げかけた。
 ホタカ先生は肩を震わせながら、黙って頷く。

「でも実際は逆で、焦がれるくらい眩しかった。それこそ見たら、失明してしまいそうなほどに。ホタカ先生や高島先生を見ていたら、特にそう感じたんです。だから、ある意味で羨ましくも思えた。僕にはしか無かったから」

「うん……」

「でも、それはそれで違っていた。ホタカ先生も言ってましたよね。痛みの性質なんて関係ないって。それに……、気付いたんです。痛みやが眩しいものなら、逆もまた然り、だって」

「……キミは言ってたもんね。も夢も似たようなものだって」

「はい。両者の違いってたぶん、心地良いかどうかでしかないと思うんです。結局、それが自分自身の人生を縛り付けるんですから」

 本来、追われる役割も果たすべき役割も、本質的には変わらないのなのかもしれない。
 だから彼女に必要なものは、、という確かな事実だけだ。

「高島先生は、ホタカ先生は僕と一緒に堕ちて欲しいと思っている、と言っていました。だから、それを確かめる意味もあったんでしょう。その上で、ホタカ先生を引き止めたかった。どんな理由でもいい。命を繋ぎ止めさえすれば、時間は稼げる。この言葉に全部集約されていると思うんです。でも、僕は……」

 端から、運命なんて浮足立つつもりはない。
 彼女のが大きく、解消する見込みがないのであれば。
 彼女がその先にある希望を求めるのであれば。
 強引にでも、こちらのに引きずり込むしかない。
 きっとその方が彼女にとって、いくらか楽しい地獄のはずだ。

「僕だったら、そんな役割を押し付けない! 言ったでしょ? ホタカ先生を宇宙に連れていくって!」

「いや、だって、それは……」

 僕の唐突な言葉に、ホタカ先生は分かりやすく困惑する。
 至極、自然な反応だ。 
 だが一方で、彼女は大切なことを見落としている。

「自覚してないんですか? ホタカ先生は、あの場所に辿り着いたんですよ」

 僕がそう告げた瞬間、彼女はハッとする。

「追い詰められた結果とは言え、死のうと決めたのは、他ならぬホタカ先生自身です。それはそれはもう、立派な決断じゃないですか!」

「なんか……、凄い屁理屈だね」

「実際そうでしょ? 良いんですか? このまま、高島先生みたいな、に縋った状態で。まぁ所詮は、本物を見つけるまでの繋ぎ、時間稼ぎです。でもどうせなら、そんな悪徳的に押し付けられたものより、自分のニーズに合ったものにしませんか? その方が、身勝手なホタカ先生らしいです」

「……キミ、やっぱり生意気だよ」

 そう言いながらも、ホタカ先生の表情は柔らかかった。

「だ、だからそれまで……、僕と一緒に生きて欲しい! 僕がホタカ先生の生きる理由になります! 僕の人生をもって、高島先生のやり方を否定してやる! 高島先生の犬死を証明してやる!」

 その瞬間、あまりにも一足飛びだったというか、高校生が年頃の女性に対して言うには表現が少し不適切だったことに気付く。
 案の定、ホタカ先生は顔を赤らめている。
 まさか、彼女のこんな顔を見る日が来るとは想像もしなかった。

「……ふふ。なにそれ。軽はずみにそういうこと言っちゃだめだよ。それにトーキくんらしくない」

 ホタカ先生はそう言って、はにかんだ笑顔を見せた。
 そのあまりのギャップに、不覚にもドキッとしてしまった。

「……いいえ。それでも言いますよ。なんせ僕は他人の痛みはおろか、自分の痛みにも気付かない。気付いても、無視を決め込む。そんな鹿僕なんですから、今更ホタカ先生の都合なんて関係ない」

「うん。そっちの方がトーキくんらしいよ」

 そう言ってホタカ先生は、また優しく微笑みかけてくる。

「私ね。カウンセリングだなんだって言ってたけど、結局キミに気付いて欲しかっただけなんだと思う。それで一緒に向き合って欲しかった。私の中のと……。高島先生は、やっぱりお見通しだったんだね。雁字搦めになっていた私がどう思うかも。それでトーキくんがどう動くかも……」

「はい。でも、まぁまさか10年来の腐れ縁とまでは思ってはいなかったでしょう」

「だね。確かにそうかも」

 思えば、僕はずっと。
 ホタカ先生を通して、見ていたのだろう。
 痛みに。に気付くことが出来なかった結果を。
 いや。もっと言えば、僕がこの先も強い振りを続けていた後の世界。成れの果てを。
 そして皮肉にも、『風霞の兄貴』以外の居場所をくれたのも彼女だった。
 ならば、僕はこう言わざるを得ないのだろう。

 彼女と出会えて良かった、と。

「……でもさ。キミは本当にそれでいいの?」

「いいんです。この先、以上の役割に有りつけるとも限らないし。だったら、今の内にある程度生き方を決めておくのも悪くない。第一、ホタカ先生。僕が居ないと、無理なんでしょ?」

「うわぁ。キミもそんな思い上がったセリフを吐くような男になっちゃたかー。お姉さん、悲しいよ」

「……誰のせいだと思ってるんですかね。それに……、僕もたぶん、ホタカ先生がいないと無理ですから」

 僕の言葉に、ホタカ先生は目をぱちくりとさせる。
 そんな彼女を見て、僕はまたしても迂闊な発言をしてしまったことに気付く。

「ま、まぁ僕がエゴを押し付けて良心が痛まないのは、世界でホタカ先生くらいしかいませんからね!」

「せっかく歯の浮くようなこと言ったと思ったのに、スグ台無しにしちゃうんだから。それにどうせなら言い切って欲しかったなー。でも……」

 そう言うと、ホタカ先生は僕の胸元に顔をうずめてくる。

「ありがとう。私に高揚感を教えてくれて」

 彼女は、僕の襟元で口をモゴモゴとさせて呟く。
 これが彼女の言う、高揚感の正体なのかは分からない。
 ただ敢えて言うのなら、それを後付で本物にしていくことこそ、僕の果たすべきなのだろう。
 
「でもさ。私、まだピンと来ないんだよね……。ホントにココに居て良いのか、不安なんだよ」
 
 この後に及んで卑屈にそう溢す彼女に、僕は思わず大きな溜息を漏らし、言葉を詰まらせてしまう。
 そんな僕の口から辛うじて出て来たものは、何とも僕らしい言葉だった。

「……いいですか? ホタカ先生を追い詰めてきた大人たちは、良心の呵責に耐えかねて自殺でもしたんですか? 違いますよね? そんなゴミ共でも、涼しい顔して生きてるんです。死ぬのは、ソイツらがくたばるのを見届けてからでも遅くはないでしょ。どうせソイツら、ロクな死に方しませんよ。だって、馬鹿なんですから。誰かが死んで悲しむことすら出来ない、無能なんですから。だからまぁ……、いつの日か死体蹴りでもしてやりましょう。その時は僕もご一緒しますよ」

 『全くどの口が……』と、自分自身に苦言の一つも呈したくもなる。
 結局、僕は最後の最後まで変われなかった、ということだろう。
 手前勝手に放たれた空虚な言葉たちは違和感となって、僕の心に跳ね返ってくる。
 それは奇遇にも、ホタカ先生も同じのようで、僕の襟元から顔を離し、抉るようなジト目を僕に浴びせてくる。

「あのねー、トーキくん。そういうの、何て言うか知ってる?」

「はい。棚上げって言います」

「よく分かってんじゃん」

 ホタカ先生はそう言って、涙でぐしゃぐしゃになった目を細める。
 するとまた、僕の胸元に顔を寄せ、静かに呟いた。

「ごめんね。キミの未来、奪っちゃって」

 師弟、相棒、友人。
 そんな安直なワードで語れるほど単純ではないし、言われたところでピンと来ない。
 百歩譲って、僕たちが支え合える関係だったとしても、『救われた』という成功体験がお互いを縛り付け、新しいの原因をつくり出す。
 そんなことは目に見えているし、覚悟の上だ。
 だから『共依存』とでも、何とでも言わせておけばいい。

 僕たちは、気付いた。
 この痛みに。息苦しさに。
 同時に、どう足掻いたところで、それらから決して逃れられないことにも。
 だから、僕たちは選んだ。
 お互いを足枷にしてでも、生きながらえる道を。
 の原因と、共存する道を。
 
 それを好ましいと思える限り。
 この心地良さを、許容できる限り。
 僕たちのは、これから先もずっと、燻り続けるだろう。
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