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劣等⑧
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「こ、これでやっと、最後の5人……」
新井はそう呟いたと同時に、デスクのキーボードを押し退け、力なく倒れ込む。
『うーうー』などと言語化出来ない呻き声を発しながら、体全体で疲労をアピールする。
彼女がこうなるのも、無理はない。
候補者の選考は、一言で言えば熾烈を極めた。
まず田沼さんの指示通り、1万人まではAIによって機械的に対象を絞り込んだ。
だがその後は文字通り手作業で、候補者の境遇を一人ひとり見定め、絞り込んでいく過程は、地道そのものだった。
その中でも特に気を遣ったのは、やはり依頼者とのバランスである。
『F-』帯のデータに一通り目を通したが、どれをとっても『恵まれた境遇』だと確信出来るものはなかった。
多かれ少なかれ、『何かしら』を抱えているであろうことは想像に難くない。
『弱者が弱者を潰す構図』が、お上にとっては一番都合が良いのだろうとは思っていたが、まさにそれを体現するカタチとなってしまう。
だからこそ、選考には慎重にならざるを得ない。
単純なデータの裏の裏まで、読み込む必要がある。
彼女のマンションに着いたのは15時頃だったが、当然のように日付を跨ぎ、刻一刻と時間は過ぎていく……。
そして、気付けば3日目の朝を迎えていた。
「では荻原さん。仕上げといきましょう」
田沼さんはそう言って、5部の書類を手渡してくる。
書類に目を落とすと、残った5人のデータをプリントアウトしたものだった。
「……本当に俺の独断と偏見でいいんですよね?」
「はい」
田沼さんは俺の質問に、笑顔で即答する。
俺は5人の書類を眺め、長考した。
結果として、そこから二人を最終的な候補者としたが、その残った二人というのも運命的……、いや。
むしろ、意図的なものを感じてしまう。
「……ていうか、コレ残したの田沼さんですよね? 一体、何のつもりですか?」
「別に深い意味はありませんよ。偶々、同じエリアに彼女の名前があり、偶々、提供先として相応しい素養を持ち合わせていただけのことです」
田沼さんは、惚けた様子で応える。
「あーそれ。依頼者の妹ちゃんだっけ? こんなことあるんだねー」
新井は項垂れながら呑気に言うが、偶然かどうかは疑わしい。
田沼さんのことだ。
どうにも作為的なものを感じてしまう。
とは言え、こうして正式な手続きの中で浮かび上がってきた以上、里津華を弾く明確な理由が見つからない。
それに、このデータ……。
気になる部分というか、違和感が満載だ。
それを確かめる意味でも、やはり彼女にするべきだとも思える。
「……正直、あまり気は進みませんね」
「おや? 私は別にソレにしろ、とは言ってませんよ?」
田沼さんは、何もかもを見透かしたような口調で、楽しげに言う。
「……分かってて言ってるなら、本当に悪質ですね。それでもやっぱり里津華しかないでしょ」
「ほう。その心は?」
「……フリ姉に責任を取らせるためですよ」
俺が応えると、田沼さんは『ほう』と意味深に呟き、ニヤリと笑みを溢す。
「まぁ詳しくは聞きません。というより、聞かずとも事実は自ずと明らかになっていくことでしょう」
「へ? 何何? 何の話!?」
分かったような口を利く田沼さんを尻目に、新井は戸惑う様子を見せる。
「ですが依頼者がその後どうなるかは、我々の管轄外。お辛いようでしたら、やはり残ったもう御一方にする、という道もありますよ? 飽くまで提供先を決めるのは担当者である荻原さんなんですから」
田沼さんは、もう一人の候補者の書類を指差して言う。
「あぁ、それ! アタシのヤツ! 何かアタシらと同じ大学だったから、ちょっと残してみた!」
石橋 珠羽。
会ったこともなければ、名前も知らない。
だが、新井の言うように、俺たちと同じ大学に通っていることに間違いはないのだが……。
「お前は……。真面目に仕事しろよ」
「真面目にやってるし! 別に適当に選んだワケじゃないんだからね! つーか、アンタだって結局残してんじゃん!」
「まぁそりゃそうなんだけどよ……」
俺のぼやきに新井は不服そうに頬を膨らます。
「ふふ。要するに同じ大学の人を選んだわけではなく、選んだ人が偶々同じ大学だった、ということですね?」
「そうソレ! 流石、チサさん!」
「アホか……。でも、ココはやっぱり里津華でいきましょう。新井には悪いですが。それで、この先は?」
「簡単です。提供先となる里津華さんの元データを開いて下さい。そこに記載されている『推定潜在境遇ポイント』を、鑑定値と同じポイントに書き換え、備考欄に提供する『不幸』を追記するんです」
「それだけ、ですか?」
「はい、それだけです。こうすることで、提供先のポイントと鑑定値との乖離が、『不幸』というカタチで埋まるんです。でもその前に……」
田沼さんは一呼吸おいて、続ける。
「荻原さん。山片さんには、いつ伝えますか?」
決まった提供先を依頼者へ伝えるタイミングとしては、二つの選択肢がある。
一つは、実際に『不幸』が提供された後に、事後報告的に伝えるか。
もしくは、それ以前。
場合によっては、依頼者本人が立ち会えるタイミングで伝えるか、だ。
「フリ姉は……、他の何を犠牲にしても幸せになりたいと言っていました。彼女が本気でそう願うのであれば、見届ける義務があると思います……。自分のために犠牲にした踏み台の行く末を」
俺がそう言うと、田沼さんは呆れるように両手を上げ、ため息を吐く。
「随分と棘のある言い方ですねぇ。ずっとその調子だと、この先辛いですよ。それに……」
彼女はそう言って、俺に近付き、ジメッとした視線で覗き込んでくる。
「その言い草。まるでご自身が踏み台経験者であるかのようです」
「……何が言いたいんですか? 踏み台気分なら、毎日味わってますよ? あなた、知ってるでしょ? 俺が貧乏だって」
下衆の勘繰りか、被害妄想か。
どうにも彼女の言い方が引っ掛かり、俺は逃げるように話を誤魔化す。
「ふふ。ごめんなさい。別に深い意味はありませんよ。それで……、荻原さんが選んだ不幸というのは?」
「それは……」
仮りに田沼さんの言う通り、里津華に『不幸』が訪れたとしよう。
それでフリ姉が報われるのか、どうかは分からない。
ただそれでも、何かが変わるきっかけにはなるはずだ。
それはきっと。里津華にとっても、だ。
新井はそう呟いたと同時に、デスクのキーボードを押し退け、力なく倒れ込む。
『うーうー』などと言語化出来ない呻き声を発しながら、体全体で疲労をアピールする。
彼女がこうなるのも、無理はない。
候補者の選考は、一言で言えば熾烈を極めた。
まず田沼さんの指示通り、1万人まではAIによって機械的に対象を絞り込んだ。
だがその後は文字通り手作業で、候補者の境遇を一人ひとり見定め、絞り込んでいく過程は、地道そのものだった。
その中でも特に気を遣ったのは、やはり依頼者とのバランスである。
『F-』帯のデータに一通り目を通したが、どれをとっても『恵まれた境遇』だと確信出来るものはなかった。
多かれ少なかれ、『何かしら』を抱えているであろうことは想像に難くない。
『弱者が弱者を潰す構図』が、お上にとっては一番都合が良いのだろうとは思っていたが、まさにそれを体現するカタチとなってしまう。
だからこそ、選考には慎重にならざるを得ない。
単純なデータの裏の裏まで、読み込む必要がある。
彼女のマンションに着いたのは15時頃だったが、当然のように日付を跨ぎ、刻一刻と時間は過ぎていく……。
そして、気付けば3日目の朝を迎えていた。
「では荻原さん。仕上げといきましょう」
田沼さんはそう言って、5部の書類を手渡してくる。
書類に目を落とすと、残った5人のデータをプリントアウトしたものだった。
「……本当に俺の独断と偏見でいいんですよね?」
「はい」
田沼さんは俺の質問に、笑顔で即答する。
俺は5人の書類を眺め、長考した。
結果として、そこから二人を最終的な候補者としたが、その残った二人というのも運命的……、いや。
むしろ、意図的なものを感じてしまう。
「……ていうか、コレ残したの田沼さんですよね? 一体、何のつもりですか?」
「別に深い意味はありませんよ。偶々、同じエリアに彼女の名前があり、偶々、提供先として相応しい素養を持ち合わせていただけのことです」
田沼さんは、惚けた様子で応える。
「あーそれ。依頼者の妹ちゃんだっけ? こんなことあるんだねー」
新井は項垂れながら呑気に言うが、偶然かどうかは疑わしい。
田沼さんのことだ。
どうにも作為的なものを感じてしまう。
とは言え、こうして正式な手続きの中で浮かび上がってきた以上、里津華を弾く明確な理由が見つからない。
それに、このデータ……。
気になる部分というか、違和感が満載だ。
それを確かめる意味でも、やはり彼女にするべきだとも思える。
「……正直、あまり気は進みませんね」
「おや? 私は別にソレにしろ、とは言ってませんよ?」
田沼さんは、何もかもを見透かしたような口調で、楽しげに言う。
「……分かってて言ってるなら、本当に悪質ですね。それでもやっぱり里津華しかないでしょ」
「ほう。その心は?」
「……フリ姉に責任を取らせるためですよ」
俺が応えると、田沼さんは『ほう』と意味深に呟き、ニヤリと笑みを溢す。
「まぁ詳しくは聞きません。というより、聞かずとも事実は自ずと明らかになっていくことでしょう」
「へ? 何何? 何の話!?」
分かったような口を利く田沼さんを尻目に、新井は戸惑う様子を見せる。
「ですが依頼者がその後どうなるかは、我々の管轄外。お辛いようでしたら、やはり残ったもう御一方にする、という道もありますよ? 飽くまで提供先を決めるのは担当者である荻原さんなんですから」
田沼さんは、もう一人の候補者の書類を指差して言う。
「あぁ、それ! アタシのヤツ! 何かアタシらと同じ大学だったから、ちょっと残してみた!」
石橋 珠羽。
会ったこともなければ、名前も知らない。
だが、新井の言うように、俺たちと同じ大学に通っていることに間違いはないのだが……。
「お前は……。真面目に仕事しろよ」
「真面目にやってるし! 別に適当に選んだワケじゃないんだからね! つーか、アンタだって結局残してんじゃん!」
「まぁそりゃそうなんだけどよ……」
俺のぼやきに新井は不服そうに頬を膨らます。
「ふふ。要するに同じ大学の人を選んだわけではなく、選んだ人が偶々同じ大学だった、ということですね?」
「そうソレ! 流石、チサさん!」
「アホか……。でも、ココはやっぱり里津華でいきましょう。新井には悪いですが。それで、この先は?」
「簡単です。提供先となる里津華さんの元データを開いて下さい。そこに記載されている『推定潜在境遇ポイント』を、鑑定値と同じポイントに書き換え、備考欄に提供する『不幸』を追記するんです」
「それだけ、ですか?」
「はい、それだけです。こうすることで、提供先のポイントと鑑定値との乖離が、『不幸』というカタチで埋まるんです。でもその前に……」
田沼さんは一呼吸おいて、続ける。
「荻原さん。山片さんには、いつ伝えますか?」
決まった提供先を依頼者へ伝えるタイミングとしては、二つの選択肢がある。
一つは、実際に『不幸』が提供された後に、事後報告的に伝えるか。
もしくは、それ以前。
場合によっては、依頼者本人が立ち会えるタイミングで伝えるか、だ。
「フリ姉は……、他の何を犠牲にしても幸せになりたいと言っていました。彼女が本気でそう願うのであれば、見届ける義務があると思います……。自分のために犠牲にした踏み台の行く末を」
俺がそう言うと、田沼さんは呆れるように両手を上げ、ため息を吐く。
「随分と棘のある言い方ですねぇ。ずっとその調子だと、この先辛いですよ。それに……」
彼女はそう言って、俺に近付き、ジメッとした視線で覗き込んでくる。
「その言い草。まるでご自身が踏み台経験者であるかのようです」
「……何が言いたいんですか? 踏み台気分なら、毎日味わってますよ? あなた、知ってるでしょ? 俺が貧乏だって」
下衆の勘繰りか、被害妄想か。
どうにも彼女の言い方が引っ掛かり、俺は逃げるように話を誤魔化す。
「ふふ。ごめんなさい。別に深い意味はありませんよ。それで……、荻原さんが選んだ不幸というのは?」
「それは……」
仮りに田沼さんの言う通り、里津華に『不幸』が訪れたとしよう。
それでフリ姉が報われるのか、どうかは分からない。
ただそれでも、何かが変わるきっかけにはなるはずだ。
それはきっと。里津華にとっても、だ。
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