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1-7 Beyond Be Killed

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 覆い被さったルーンがピクセル化して飛散し、消滅しても、ミスティは立ち上がらない。
「る……な……」
と呟く澪。幾つかの雫が、滲む画面に落ちる。
 あのままでも耐えられた、しかし流雫は澪のアバターを護ろうとした。その結果、最愛の少年はアバターをロストした。
 流雫は画面酔いを落ち着かせている頃だろう。そして、ミスティを護れたことに安堵しているハズだ。
 だが、澪はルーンの死に流雫の死を想像させた。
 所詮はMMOでしかないが、東京と山梨の物理的な距離を克服する遊び場を、EXCに求めていた。だから理由がどうあれ、流雫がEXCを始めると言ったのが嬉しかった。
 だが、流雫のアバターと並ぶと、使い捨てで終わらせるワケにはいかない……と思うようになった。だから澪は、体力を奪われるルーンを目の当たりにし、焦燥感に襲われた。助かってほしかった。
 しかし、最後の爆発でルーンは斃れた。それもミスティを護ろうとして。これはゲームだと判っている、しかし。
「……澪……」
と詩応は名を呼ぶ。ロボットの残骸も消滅したフィールドには、紅と碧のシスターが残されているだけだ。
 詩応はフレアをミスティの隣に動かし、座らせる。リアルなら隣で抱き締めている。
「……詩応さん……」
とだけしか言わない澪が、泣いていることが、声色だけで判る。
 澪は悪くない。流雫はアバターを使い捨てにする気でいたから、その意味では悪い。しかし何より悪いのは、あのロボットのエネミーだ。
 しかし、その謎に触れるのは今じゃない。今はただ、アタシが澪を慰める……詩応はそう思っていた。
「ありがと……詩応さん……」
と澪は言い、続けた。
「ゲームなのが……救い……」
もしこれがリアルなら、澪は間違いなく再起不能なまでに壊れていた。
 「……ログアウトしよう」
と言った詩応に
「はい……」
とだけ答える澪は、ログアウトボタンを押してアプリを切る。詩応からの着信が鳴ったのは、その直後だった。
「……流雫はあたしを護ろうとした……」
と言った澪に、詩応は安堵する。流雫の名を口にする時、最も彼女らしい一面が見える。
 ログアウトしたと同時に、ゲームでの感情もリセットされた。ゲームはゲーム、リアルはリアル……この切り替えの早さも、澪の特長だった。
「……あのアバターは……見境無くキルしようとしたワケじゃない……。最初から、流雫やあたしを狙っていた……」
と澪は言う。
「狙っていた?」
 「スタークと接触したから、システムに排除すべきと存在だと判断された……。それが最も自然な気がして」
恋人を殺される幻覚と戦った少女は、淡々と答えていく。
「詩応さんは、あたしに近寄ったから同類、敵と認定された……」
「それだけで……?」
「そう思います。だとすると、無差別的な虐殺も、特定のプレイヤーの周囲に居合わせたから狙われた。そして恐らく、先刻のアバターを使って、スタークのゾンビが無作為に暴れ回る……」
と言った澪に、詩応は
「最悪なシステムだ……」
と呟く。
 だが、折角通話を始めたのだから、この話題に全てを割かれるのも癪に障る。2人は他愛ない話題に変えた。 

 流雫は数分だけのプレイで軽く酔った。やはりMMOは向いていないが、スタークから情報を聞き出せたから目的はクリアしたと思っている。
 EXCを切った流雫は、小さなノートにロボットの件も含めて文字を連ねる。
 ……スタークを狙ったロボットが流雫や澪も襲ったのは、同じ場所に居合わせただけのとばっちりに過ぎない。では、スタークはこの24時間で何をしたのか?
 既に画面酔いが収まった流雫は、一つの可能性に辿り着く。そして呟いた。
「……EXCとAIへの批判……」
 確かに、スタークは2人にAIへの批判をぶつけていた。もしそれが2度目の処刑の引き金になったとすれば、挙動どころか発言も全てデータベースサーバに残されていることになる。そして、精査の結果オペレータAIに目を付けられた。
 その線を前提に、流雫はスタークの過去の発言をSNSで漁った。
 ……過去にもEXCへの不満を投稿していた。それも、流雫や澪にぶつけたこととほぼ同じ内容で。
「だから消された……?」
と流雫は呟き、スクリーンショットを遡り、気になる発言を書き出していく。
「……AIによる言論統制……何故そうする必要が有る……?」
そう呟き、スマートフォンを耳に当てる流雫の耳に、
「どうした?」
とフランス語が聞こえた。こう云う時の強力な専門家だ。
 「EXCでキルされた。気になる情報と引き換えにね」
と流雫は答え、起きたことを語っていく。
「……妄想の範疇だと思いたいだろうが、残念ながらそれは難しいな」
とアルスは答える。
「一般的なSNSも、投稿の取締はAIだ。個々の感情に左右されない一方、学習結果次第では誤判断も多発する。ただの風景写真がポルノ認定された騒動も、その一例だ」
「ただ、EXCの場合はゲーム内での戦闘と云う形で処刑している。……僕の読みが正しければ」
「当たってるだろうな。批判に対する粛清としては、連中もよく思い付いた」
そう言ったアルスは、少し間を置いて続ける。
 「……MMOで神として崇められるのは、大体はディレクターやプロデューサーだ。だがEXCは、GMが神として崇められている。即ちオペレータAIだ」
「AIへの信仰……?」
「EXCが大好きなオタクにとってはな。元々エグゼコード自体AIがテーマらしいから、その延長と捉えている連中が多いんだろ?そして後々こう言う。世界がエグゼコードに追い付いた、と」
と言いながら、アルスはEXCの特集サイトに目を通す。
 ……日本人プロデューサー曰く、EXCが担う役目は2つ。既存のエグゼコードのファンに対する、新サービスとして。そして、MMOが好きなオタクに対する、エグゼコードへのランディングコンテンツとして。海外ユーザーには後者のアプローチを主体とする。
「EXCは2つの層を結び付けるコンテンツだ。それだけに、特に運用に対する批判は潰したいんだろう」
フランス人はそう言って、溜め息をつく。
「……だとすると、狂ってやがる」
 AIで肯定的な意見だけを集め、EXCブームを拡大させたい連中がいる。一方で、AIに新たな時代の神としての価値を見出そうとしている連中もいる。
 謂わば、EXCと云う舞台で繰り広げられるAI狂騒曲。AIの出力結果が予測不能なように、その行く末も予測できない。そしてアルスは、それがEXCの枠を飛び出すことを怖れていた。
 0と1の集合体は自我を持たない。それは完全自律AIの暴走と云う事態が有り得ないことを意味する。だが同時に、扱う人の意思の善悪を自分で判断できないことでもある。
 悪意を持った何者かがAIを操れば、AIに盲目的な信者を通じて社会を操作できる。そのブレイクスルーは、たった1人インフルエンサーがいるだけで引き起こせる。社会に影響を及ぼすことは、想像以上に簡単だろう。
 「お前とミオは、スタークの話を聞いたから狙われた。スタークの発言と同時に、AIが刺客を生成して投入したんだ」
「口封じのため?でもアバターがキルされてるだけだから、リアルで生きてるなら……」
「キルしたところで意味は無い。その通りだ。連中もそれぐらい、判ってはいるだろうがな。だがこれで、お前はAIに目を付けられた可能性が有る」
とアルスは言う。それは流雫も覚悟している。
「リアルで死ななければ……」
と言った日本人は、最愛の少女も同じ目に遭っていると思った。
 澪……ミスティだけは止めればよかったのか。しかし、澪は流雫の孤独を望まないことを知っている。それがMMOの世界でも、同じことだ。どうやっても止められないなら、護るだけのこと。
「まあ、連中は黙って遊んでるだけの賢いユーザーが欲しいんだろう。現実はそうじゃない奴もいるが」
と言ったアルスに、流雫は続く。
「僕みたいに?」
「俺もだ」
とアルスは笑った。
 自分を愚かだと言う2人は、だからこそ真相に辿り着けると思っている。

 EXCからログアウトした悠陽は、澪とは会えなかった。一方、スタークが2日連続でキルされたことは、噂で聞いた。
 憶測が飛び交うゲームフィールドで新しいアバターを操りながら、悠陽は流雫を一蹴したことを自分もしていることに一種の皮肉と屈辱を感じていた。自分のアバターを不可解にキルされたのだから、疑問に思うことは当然と云えば当然なのだが。
 ……気になることが有る。明日、澪にメッセージを送ろう。そう決めた悠陽はPCの電源を落とす前に、SNSに目を向ける。
 勝手に恋人認定して接近してきただけに、擁護する気は微塵も無い。しかし、2日連続、それもチート級のエネミーでキルされたことは、流石に同情を禁じ得ない。
 夕方、澪の前ではチートの可能性を指摘したが、それは他に理由が思い浮かばなかったからだ。スタークはあの性格だが、チートを噂されるユーザーと協力することは無く、寧ろ敵対していた。
 ゼロから謎に立ち向かう中で、鍵を握るのは澪。そして未知数ながらその恋人、流雫。彼と会うことはほぼ無いだろうが、澪を通じた関係は持っているべき……。
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