闇堕ちヒロインと呪われた吸血鬼は至極平凡な夢を見る〜吸血鬼になった僕が彼女を食べるまで〜

手塚ブラボー

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プロローグ

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 ここは薄暗く湿った空虚。

 屍肉の悪臭と瘴気の立ち込める洞穴。
 手の届くすぐそばには、腐り始めの遺体が転がっている。


 ……うっ


 激しい吐き気と頭痛に襲われ、今日も僕は目を覚ました。

 今が朝なのかそれとも夜なのか、それすらも分からないまま、日に日に敏感さを増してゆく五感。

 食事はしばらく取っていない。
 情けない音を立て、腹の虫が鳴いた。

 地面に横たわったまま、ずっと見動きが取れないでいる。


 どうしてこうなった?
 どうして僕は生きている?


 あの日から僕の人生は動き始めた。
 あの日、あの人と出会ってから______



 ……5日目の朝。

 ようやくこの洞窟から這い出ることができた。
 明るい外の景色は、おおよそ僕の知らない世界そのものだった。

「ここは、いったいどこなんだ……?」

 燦燦さんさんと輝く陽の光が、暗闇から生まれたばかりの肌に突き刺さる。

 い、痛い…………痛い……?

「なんだ!? い、痛い!!!!」

 身体が痛い!!!

 な、何が起きているんだ!?

 5日ぶりに太陽の光を浴びたってだけじゃないか! どうしてこんなに身体が痛むんだ!? い、異常だ! 何かがおかしいッ!

 焼ける! いや、僕ののか!?

  我慢できない!

「ぎゃっぎゃあああああああああああッッッ!!!」

 まるで獣。
 いや怪物のようだ。
 僕は自分の上げた悲鳴に驚く。

 だ、だめだ!
 いくら叫んでも痛みが収まらない!!

 すっかり肉はただれ、ズルリと抜け落ちそうになった左の眼球を必死に抑えつける。

 ま、まずいぞ。

 ひたすらに無我夢中で転がった。
 身体に付いた炎を消すように、そして痛みを誤魔かすように。

 それでも太陽の光は無情にも降り注ぐ。
 僕の身体は、灼熱に溶かされたかのように、ドロドロにただれていった。

 絶叫を繰り返し、転がり続けた末、ある大木の幹に身体をぶつけた。
 衝撃で、はらりと葉が落ちた。

 大木の下は日陰だった。
 日陰の涼しさよ。 
 まるで戦いから逃れたような安堵感。
 心地よい___

 全身のただれが癒えるようだ。

 ___いや、待てよ。
 ひょっとしてこれは、実際にのではないか?

 先程までの全身のただれが、日陰に入ったその数秒間で既に完治していた。
 信じられない。
 僕は夢を見ているのだろうか……?

 いや、聞いたことがあるぞ。
 陽の光に弱く、驚異的な回復力を持つ不死身の怪物。

「う、嘘だ……そんなことって……」

 信じたくなかった。
 しかし、この回復力とこの特性……
 疑いようのない事実が、いまや目の前にあるのだった。
 フィーナの声も今は聞こえない。

 ___僕は『吸血鬼バンパイア』になっていたのだ。


 ◇◇◇

 ___木陰から出ることができないまま、ゆっくりと日は沈み、柔らかな夜が来た。
 太陽が沈めばようやく僕は自由の身だ。
 自由を手にした僕は、恐る恐る暗闇に踏み出した。

 ここはどこだろう?
 見知らぬ風景。
 この眼は暗がりの中でも、それなりに視えるらしい。

 故郷のラスラ領よりも、自然が豊かな土地のようだ。

「とりあえず、街を目指すとするか……」

 幸いなことに街明かりが遠くに見える。

 ラスラに比べると未舗装だと言えるほどの荒れた街道が続く。
 知らない土地だ、用心しよう。

 街道の脇には放牧された家畜が歩いていた。
 夜行性なのだろうか、近付いてみるとかなりの大きさに驚いた。
 以前、闘ったベヒモスを思い出す。
 可哀そうに。
 あれはまだまだ子供だったのだ。
 ちょうど僕と同じように、ベヒモスも一人孤独だったのだ。

 いつの間にか、僕の頭痛は消えていた。

 再び僕は歩き出した。


 ………ぞくっ……!

 背筋が冷えた。
 禍々しいほどの魔力を感じる。

 暗闇が更に漆黒に染まる。
 歩いていた家畜の口が、異常なまでに開かれた。

 ズ…ズルズルルルルルル………

 真っ黒い煙と共に、家畜の開かれた大きな口から、を持つ魔物が生まれるように現れた。

「……ケケケ。上質な闇を感じるぞ。強欲だなぁ。
 ケケケ……我の名は強欲の悪魔___」
「貴様がマモーンだな……?」

 甲高く耳障りな声に、鳥のような頭を持った悪魔。

「ケケケ? 小僧、なぜ我の名を知る?」
「大抵そうなんだよ。
 やった方は覚えていない……でもだ、やられた方ってのはな、ずっと覚えているものなんだ……
 例えお前が忘れてしまっても、僕はずっとお前を探してたんだ!!」
「何を訳のわからない事をペラペラと。
 人間よ。俺が怖くないのか? ケケケ」

「怖くないかだと? 笑わせるな。
 恐怖なんて甘っちょろい感情で、僕の怒りを表現しやがって!」

 11年間の鬱憤を晴らすように、僕は魔力を手のひらに集中させた。

「そうだな……怖いさ。僕が一番怖いのはな、今の自分自身だよ」
「ケケ!? な、なんだ!? お前人間じゃないだろ!? どうしてこんなところにお前みたいなやつがいるんだ! こ、こんなドス黒い魔力、有り得ない……!」

 『果てなき闇ブラックホール

 闇の魔力は想像を超えるほどの爆発を生んだ。

「こ、この異常な魔力はいったいどこからぁぁぁぁッッッ……!」

 悪魔マモーンは不細工な断末魔をあげる。

「グゲぅググッギェッ…」

 マモーンは粉々になった後、風に飛ばされ消え失せた。

「___呪いの礼だ。鳥悪魔野郎が……」


 それにしてもだ…これが吸血鬼バンパイアの魔力……
 消し飛ばしたのは七悪魔の1人、強欲の悪魔マモーン。
 やつは七悪魔のなかでも最も弱い。
 とはいえ、一撃で消し飛ばしてしまうとは……
 特に全力を出したつもりはなかったのにだ。

 残す悪魔はあと、6人か…………
 なんだか急に……疲れた……な…………

 僕はその場に、倒れるように眠りについた。



 ◇◇◇




「行き倒れか!?」

 女性、それとも少年か……?
 凛とした綺麗な声が僕に向けられた。

「うぅぅ………」

 声が出ない……

 僕はでその声を聞いた。
 声の主は僕を引きるように抱きかかえると、馬に横たえる格好で乗せた。
 陽はまだ昇っていない。

 馬の体温と、上から感じる夜風が心地よい。
 甘い香りが風に乗って流れていた。

 その馬を操る者の甲冑の兜からは、金色の長い髪がはみ出ていた。
 それがなびくのを眺めながら、僕の意識は再び途絶えるのだった。


 ◇◇◇

 目が覚めた。
 どうやら朝が来たらしい。

 目に入って来たのは知らない天井と知らない家具。
 以前にもこんなことがあったな…… 
 そうだ、あれは師匠のお屋敷だったか。

 あのお屋敷と比べて窓は小さく、陽の光は当たらない。
 あの焼けるような苦しみを思い出した。
 この部屋は安全だ。
 僕は胸を撫で下ろした。


「気が付いたか」

 小窓から射す陽光の先、部屋の入口付近に一人の騎士が立っていた。

 鈍色の甲冑。
 歴戦を思わせるその様相は威圧的に見える。
 素顔は分からないが、声色から察するに若い少年のような……いや、女性だろう。

「あんな所で何をしていた? 魔獣にでも襲われたか?」
「あ、あなたは……?」
「ああ、すまない。先に名乗るべきだったな」

 騎士は兜を取った。

 長い金髪が朝日に照らされて輝く。
 その下に隠されていたのは細く小さな顎、赤子のような桃色の唇、真っ白な肌。
 ブルーの瞳には芯の強さが窺える。

 例えるならば高原に咲く一輪の百合の花。
 白くしなやかで純白で純真。

「青い瞳の……」
「私は、カーネリアン・シーモア・アルトラット。リノア王国騎士団兵士長だ。
 この瞳の色がそんなに珍しいか?」

 その女性は美しかった。

 僕はひと目で、恋に落ちた。
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