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第1章 ラスラ領 アミット編
05 ある事件と最初の被害者
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可愛らしく純真なこの少女は、男性恐怖症に陥ってしまった。
だが、そんなことは世間は知ってさえくれない。
最近も、サラの美貌を聞きつけた辺境の貴族から「妻になって欲しい」だなんて話が持ち上がるくらいだ。
14歳の少女を妻にしたいだと?
とんだ変態野郎だ。
冗談じゃない。
と、一蹴するのは簡単だが、サラを一目見てその美貌の虜になってしまうのは仕方がない、そう僕は思っていた。
貴族が平民の娘を嫁に取ること自体は珍しいことではないのだが、兄としては恋愛結婚をしてほしいところだ。
よく分からない貴族なんかに取られてたまるか。
サラには、ちゃんとした幸せを手にしてもらうのだ。
条件としては僕以上の男だ。
あれ?
むしろ、僕以下の男だなんているのだろうか……
と、とにかくサラは自分で選んだ相手と一緒になってもらいたい。
それは父さんも同じ意見だったらしく、騎士団のコネや口利きを最大限に活用し、すぐに結婚の話は破綻となった。
ナイス父さん。
その行動力と、それを実現できる権力には感服させられる。
あのとき父さんが止めてくれなければ、僕は強行に及んでしまっていたのかもしれない。
サラが近くにいない人生なんて考えられない。
それは僕にとっては天地を揺るがすほどの大事件だったのだ。
僕はその忌々しい事件を思いだし、意識せずとも恐ろしい表情になっていた。
「わかったわかった。ムキになるなって。
妹ちゃんには近付かねえから落ち着けよ。
たく、怖いやつだな……」
妹にすり寄ってくる男は多い。
だから僕がサラの危険は徹底的に排除する。
その為にトレーニングは欠かさなかった。
毎朝のランニングに、腕立て伏せ、スクワットに腹筋運動と、僕の体は意外としっかりしているのだ。
父さんが暇なときには剣術の稽古をつけてもらった。
その甲斐もあってか二級剣士の称号も得ることができた。
幼い頃からリディアと一緒に練磨してきた分、普通の人よりは剣術の心得はあるつもりだ。
騎士団への就職も何度か誘われた事があったが、遠征や演習などで家を離れることが多いことから断った。
リディアはごく自然の流れだとでも言うように騎士団への入団を果たしたのだ。
そんな中、石切り場を職場に選んだのは、家から通える距離に職場が限定されるという理由からだ。
それでいいのか?
いいさ。
それが僕の生きる道だ。
それに、毎日重い石を扱う作業は否が応でも体力は付くはず。
もしも妹に危険が迫ったときは僕が助けてみせる。
それが兄貴の役割だってもんだ。
違うかい?
荒くれ者の魔の手からの救出。
喜ぶサラ。
悦びのあまり抱き付いてくる様子を想像しては頬が緩んだ。
堪らない。
可愛すぎる。
「でもよ、ちょっと過保護が過ぎるような気もするけどな」
「そうだな。いつまでもそのままってわけにはいかねーぞ?」
先輩たちは終始苦笑いだった。
ふとその時、一人の男が僕達の方に向かってきた。
お弁当を囲んだこのテーブルで、僕だけがその男のことを知らない。。
目上の人物なのは確かだ。
先輩たちは各々に軽く挨拶を交わした。
その男は僕の顔を見るとニヤリと笑った。
知っている。
あの中年だ。
この脂っこくて薄汚れた肌と丸く突き出た腹。
鼻を衝く据えた匂い。
間違いない。
あの日、サラの心に傷を負わせた張本人だ。
僕が男に気付いた時、男は僕の耳元でこう言った。
「サラちゃん。随分と綺麗になったね。ぐふふ」
粟が立った。
この男、僕とサラのことを覚えている……!
そして続けてこう言った。
「サラちゃんは、必ず僕のものになるんだよ」
男は分厚い唇を端から舐めた。
___我慢できなかった。
……ガンッッッ!!!
気が付くと男は床に伏していた。
それもそうだろう。
そうなるように急所を狙ったのだ。
僕の振り上げた拳は見事にヒット。
大袈裟な音と共に男は沈黙した。
しばらくは立てまい。
……これが出勤初日の失敗だ。
このあと、社長から憤慨され、僕は会社を一日でクビになった。
最短記録だ。
あの男は社長の弟で、つまりは副社長だったのだ。
___その日の深夜。
所変わって、ここは日の沈んだアミットの路地裏。
「ハァハァハァハァ」
一人の青年が慌てた様子で駆けていく。
その、血の気の引いた青い顔は、人気の無い方へひたすら走る。
青年は何かから逃げているようだ。
この場合、人の多い場所へ逃げた方がいいのではないだろうかと思うだろう。
しかし青年は必死だった。
人混みの隙間を掻い潜って走るよりも、人気の無い路地裏にはアクセスしやすかったのだ。
段々と路地を進むと、そこが一本道だと気付く。
「しまった! これじゃあ袋のネズミだ!」
そう気が付いたときには手遅れだった。
___今夜も、アミットの街で不可解な死が一つ。
死体の首筋には、丸く尖った物で刺したような穴が2つある。
血を抜かれたその遺体の側に立つ人影は、長い髪を夜風に揺らし物憂げな表情を浮かべていた。
「うーん。イマイチだわ」
女は探していた。
あるものを。
通報により運び込まれた死体は、検死のあと突如として収容施設から姿を消した。
だが、そんなことは世間は知ってさえくれない。
最近も、サラの美貌を聞きつけた辺境の貴族から「妻になって欲しい」だなんて話が持ち上がるくらいだ。
14歳の少女を妻にしたいだと?
とんだ変態野郎だ。
冗談じゃない。
と、一蹴するのは簡単だが、サラを一目見てその美貌の虜になってしまうのは仕方がない、そう僕は思っていた。
貴族が平民の娘を嫁に取ること自体は珍しいことではないのだが、兄としては恋愛結婚をしてほしいところだ。
よく分からない貴族なんかに取られてたまるか。
サラには、ちゃんとした幸せを手にしてもらうのだ。
条件としては僕以上の男だ。
あれ?
むしろ、僕以下の男だなんているのだろうか……
と、とにかくサラは自分で選んだ相手と一緒になってもらいたい。
それは父さんも同じ意見だったらしく、騎士団のコネや口利きを最大限に活用し、すぐに結婚の話は破綻となった。
ナイス父さん。
その行動力と、それを実現できる権力には感服させられる。
あのとき父さんが止めてくれなければ、僕は強行に及んでしまっていたのかもしれない。
サラが近くにいない人生なんて考えられない。
それは僕にとっては天地を揺るがすほどの大事件だったのだ。
僕はその忌々しい事件を思いだし、意識せずとも恐ろしい表情になっていた。
「わかったわかった。ムキになるなって。
妹ちゃんには近付かねえから落ち着けよ。
たく、怖いやつだな……」
妹にすり寄ってくる男は多い。
だから僕がサラの危険は徹底的に排除する。
その為にトレーニングは欠かさなかった。
毎朝のランニングに、腕立て伏せ、スクワットに腹筋運動と、僕の体は意外としっかりしているのだ。
父さんが暇なときには剣術の稽古をつけてもらった。
その甲斐もあってか二級剣士の称号も得ることができた。
幼い頃からリディアと一緒に練磨してきた分、普通の人よりは剣術の心得はあるつもりだ。
騎士団への就職も何度か誘われた事があったが、遠征や演習などで家を離れることが多いことから断った。
リディアはごく自然の流れだとでも言うように騎士団への入団を果たしたのだ。
そんな中、石切り場を職場に選んだのは、家から通える距離に職場が限定されるという理由からだ。
それでいいのか?
いいさ。
それが僕の生きる道だ。
それに、毎日重い石を扱う作業は否が応でも体力は付くはず。
もしも妹に危険が迫ったときは僕が助けてみせる。
それが兄貴の役割だってもんだ。
違うかい?
荒くれ者の魔の手からの救出。
喜ぶサラ。
悦びのあまり抱き付いてくる様子を想像しては頬が緩んだ。
堪らない。
可愛すぎる。
「でもよ、ちょっと過保護が過ぎるような気もするけどな」
「そうだな。いつまでもそのままってわけにはいかねーぞ?」
先輩たちは終始苦笑いだった。
ふとその時、一人の男が僕達の方に向かってきた。
お弁当を囲んだこのテーブルで、僕だけがその男のことを知らない。。
目上の人物なのは確かだ。
先輩たちは各々に軽く挨拶を交わした。
その男は僕の顔を見るとニヤリと笑った。
知っている。
あの中年だ。
この脂っこくて薄汚れた肌と丸く突き出た腹。
鼻を衝く据えた匂い。
間違いない。
あの日、サラの心に傷を負わせた張本人だ。
僕が男に気付いた時、男は僕の耳元でこう言った。
「サラちゃん。随分と綺麗になったね。ぐふふ」
粟が立った。
この男、僕とサラのことを覚えている……!
そして続けてこう言った。
「サラちゃんは、必ず僕のものになるんだよ」
男は分厚い唇を端から舐めた。
___我慢できなかった。
……ガンッッッ!!!
気が付くと男は床に伏していた。
それもそうだろう。
そうなるように急所を狙ったのだ。
僕の振り上げた拳は見事にヒット。
大袈裟な音と共に男は沈黙した。
しばらくは立てまい。
……これが出勤初日の失敗だ。
このあと、社長から憤慨され、僕は会社を一日でクビになった。
最短記録だ。
あの男は社長の弟で、つまりは副社長だったのだ。
___その日の深夜。
所変わって、ここは日の沈んだアミットの路地裏。
「ハァハァハァハァ」
一人の青年が慌てた様子で駆けていく。
その、血の気の引いた青い顔は、人気の無い方へひたすら走る。
青年は何かから逃げているようだ。
この場合、人の多い場所へ逃げた方がいいのではないだろうかと思うだろう。
しかし青年は必死だった。
人混みの隙間を掻い潜って走るよりも、人気の無い路地裏にはアクセスしやすかったのだ。
段々と路地を進むと、そこが一本道だと気付く。
「しまった! これじゃあ袋のネズミだ!」
そう気が付いたときには手遅れだった。
___今夜も、アミットの街で不可解な死が一つ。
死体の首筋には、丸く尖った物で刺したような穴が2つある。
血を抜かれたその遺体の側に立つ人影は、長い髪を夜風に揺らし物憂げな表情を浮かべていた。
「うーん。イマイチだわ」
女は探していた。
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