闇堕ちヒロインと呪われた吸血鬼は至極平凡な夢を見る〜吸血鬼になった僕が彼女を食べるまで〜

手塚ブラボー

文字の大きさ
52 / 53
第1章 ラスラ領 アミット編

51 執事長はこう語る

しおりを挟む
 ミリシオン家の邸宅は妙に静かだった。

 僕達7人は警戒しつつも、大きく豪華な装飾の配されたその扉に近づいた。
 すると屋敷の中から老年の男性が姿を出す。
 ミリシオン家の執事長ジェンキンスである。

 どうやらこの人がガーネットの言っていた執事長のようだ。
 良く手入れされた白い頭髪に、念入りにプレスのかせた綺麗な衣服。
 至って穏やかそうな表情の紳士で、曲りなりにもガーネットを売った張本人とは到底思えない。

 しかし僕には、なぜだかこの顔を見て言いようのない違和感を覚えていた。
 穏やかそうではあるものの、どこか人間味に欠けているような、そんな表情がこの老執事の顔には張り付いていた。
 いや、吸血鬼バンパイアのあれこれを聞いているうちに、僕は明らかにナーバスになっていたのかもしれない。
 この場にリディアが居たのならば、きっと彼女も僕と同じように感じたのかもしれない。
 けれど、この討伐隊でそんな風に感じたのは僕一人だったようだ。
 いや単に、そこに罠があるのならば、こちらからかかってやろうとする余裕の表れなのかもしれない。
 つまり、余裕がないのは僕だけだということになる。
 案内されるままに一行は屋敷の中に通された。

 屋敷の中はやはり異常な程に静かだった。
 まるで廃墟に来たような、生活感のない空間が広がる。
 このお屋敷自体が、時代から忘れ去られた大きな無機質の箱のようだ。
 異様だ。

「ジェンキンス殿、不躾ですが一つお伺いしたい」

 エイル副団長が不躾に、それでいて冷たく問いただすかのように口を開いた。
 彼は返事を待つことなく続ける。

「このお屋敷に、吸血鬼バンパイアが出入りしているという噂を入手しているのだが、心当たりはないだろうか?」

 実に直接的な問いだった。
 けれど、実際に出入りしている事実は確認済みだ。
 そこを敢えて濁しているのは不信感を抱いているからだろう。
 駆け引きが始まった。

「実のところ……数週間前から、吸血鬼バンパイアが度々顔を見せているのです」

 ジェンキンスさんは案外とすぐに口を開いた。

「毎夜現れては、旦那様とお話しをされているようでして……
 しかしながら、ご存知の通り吸血鬼バンパイアとは伝説級の魔獣でございます。
 恐怖の為か、他の執事やメイドも皆辞めて行ってしまいました。
 今は私だけしか残っておりません……」

 なるほど。
 執事長も随分と困っている様子だ。

「ふむ。さて、その吸血鬼バンパイアの目的は何なのだろか? そのお話が本当だと、領主様は吸血鬼バンパイアと何らかの繋がりがあるということ。
 そう疑われてもしょうがないのではないか?」
「それがわからないのです。
 旦那様は何も語ろうとはしてくださいません……
 通報をしようと何度も思い立ちましたが……不覚にも人質を取られてしまいまして……」
「……人質だと?」
「ええ。実のところ世間には公にはしてはおりませんが、お嬢様のガーネット様が人質に……全て私の責任でございます……何とかお嬢様だけでも無事でいて頂ければ……この老体、命など惜しくはありません」

 ガーネットが攫われ、今はうちで保護している事は皆が既に知っていた。
 この執事長は一体どこまでを知っているのだろうか。

「旦那様は非常に疲れきっており、体調を崩し病床にあります……面会は無理かと……」
「構わん。それにこう言っては何だが、これは良かった。
 いや、あなたや領主様から白を切られた場合は、やはり拘束せざるをえないわけでね。
 吸血鬼バンパイアの討伐は王の勅命ゆえ。
 ご協力してくれるな?」
「勿論でございます。詳しくは応接間の中でお話ししましょう」

 永遠のように長い廊下を歩くと、突き当りに応接間がある。

 その扉を開けると応接室は驚くほどに蒸し暑かった。
 廊下よりも明らかに温度が高い。

 換気すらできていないのだろうか。

 そういえばこの部屋に来るまでの途中、一人も従者に遭遇しなかった。
 この広いお屋敷の管理も執事長は一人でやっているのか?
 だとしたらこの人、身体は大丈夫なのだろうか。

 いや待てよ、ガーネットを売ったのはこの人だ。
 きっと何か裏が隠されているに違いない。

「副団長。私とセブは部屋の外で待機します。警戒が必要でしょう」

 応接間は広く清潔で、古今東西の珍妙な品がセンス良く配置されていた。
 一部悪趣味な物も無くはなかったが、綺羅びやかな甲冑や、模造刀等、ラスラ領の繁栄を語る品が数多くあった。
 さながら宝物庫と呼べなくもないな。

 室内にはソファセットがあり、副団長とアイリーンがそこに並んで腰掛けた。
 この二人を隣にするのはまずいだろ。
 というのは討伐隊の全員が思っていたが、ここは領主様のお屋敷である。
 下手な言い争いはしないだろう……うん、多分。
 反対側には、お茶を運んできた執事長が座った。

 ロベルトさんとアリスさん、それから僕はアイリーンの後に立って会話に介入した。

 あんな話を聞いた後だ、僕はアリスさんとロベルトさんの顔をよく見ることができなくなっていた。

 ジルさん。
 彼は、吸血鬼バンパイア化によって命を落とす事となった。
 その師匠だったアイリーンの手によって。
 それ以降、アイリーンたちは吸血鬼バンパイア殺しの専門家として旅を始める___

 ロベルトさんは弟弟子を失い、アリスさんは恋人を失った。
 残ったのはジルさんが作ったクロスのペンダント。
 奇しくもそれは吸血鬼バンパイアに有効な物だった。

 エイル副団長は自信有りげな表情で、探るように言った。

「実のところ、お嬢様の居場所に心当たりがあるのだ」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

『冒険者をやめて田舎で隠居します 〜気づいたら最強の村になってました〜』

チャチャ
ファンタジー
> 世界には4つの大陸がある。東に魔神族、西に人族、北に獣人とドワーフ、南にエルフと妖精族——種族ごとの国が、それぞれの文化と価値観で生きていた。 その世界で唯一のSSランク冒険者・ジーク。英雄と呼ばれ続けることに疲れた彼は、突如冒険者を引退し、田舎へと姿を消した。 「もう戦いたくない、静かに暮らしたいんだ」 そう願ったはずなのに、彼の周りにはドラゴンやフェンリル、魔神族にエルフ、ドワーフ……あらゆる種族が集まり、最強の村が出来上がっていく!? のんびりしたいだけの元英雄の周囲が、どんどんカオスになっていく異世界ほのぼの(?)ファンタジー。

処理中です...