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第1章 ラスラ領 アミット編
51 執事長はこう語る
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ミリシオン家の邸宅は妙に静かだった。
僕達7人は警戒しつつも、大きく豪華な装飾の配されたその扉に近づいた。
すると屋敷の中から老年の男性が姿を出す。
ミリシオン家の執事長ジェンキンスである。
どうやらこの人がガーネットの言っていた執事長のようだ。
良く手入れされた白い頭髪に、念入りにプレスのかせた綺麗な衣服。
至って穏やかそうな表情の紳士で、曲りなりにもガーネットを売った張本人とは到底思えない。
しかし僕には、なぜだかこの顔を見て言いようのない違和感を覚えていた。
穏やかそうではあるものの、どこか人間味に欠けているような、そんな表情がこの老執事の顔には張り付いていた。
いや、吸血鬼のあれこれを聞いているうちに、僕は明らかにナーバスになっていたのかもしれない。
この場にリディアが居たのならば、きっと彼女も僕と同じように感じたのかもしれない。
けれど、この討伐隊でそんな風に感じたのは僕一人だったようだ。
いや単に、そこに罠があるのならば、こちらからかかってやろうとする余裕の表れなのかもしれない。
つまり、余裕がないのは僕だけだということになる。
案内されるままに一行は屋敷の中に通された。
屋敷の中はやはり異常な程に静かだった。
まるで廃墟に来たような、生活感のない空間が広がる。
このお屋敷自体が、時代から忘れ去られた大きな無機質の箱のようだ。
異様だ。
「ジェンキンス殿、不躾ですが一つお伺いしたい」
エイル副団長が不躾に、それでいて冷たく問いただすかのように口を開いた。
彼は返事を待つことなく続ける。
「このお屋敷に、吸血鬼が出入りしているという噂を入手しているのだが、心当たりはないだろうか?」
実に直接的な問いだった。
けれど、実際に出入りしている事実は確認済みだ。
そこを敢えて濁しているのは不信感を抱いているからだろう。
駆け引きが始まった。
「実のところ……数週間前から、吸血鬼が度々顔を見せているのです」
ジェンキンスさんは案外とすぐに口を開いた。
「毎夜現れては、旦那様とお話しをされているようでして……
しかしながら、ご存知の通り吸血鬼とは伝説級の魔獣でございます。
恐怖の為か、他の執事やメイドも皆辞めて行ってしまいました。
今は私だけしか残っておりません……」
なるほど。
執事長も随分と困っている様子だ。
「ふむ。さて、その吸血鬼の目的は何なのだろか? そのお話が本当だと、領主様は吸血鬼と何らかの繋がりがあるということ。
そう疑われてもしょうがないのではないか?」
「それがわからないのです。
旦那様は何も語ろうとはしてくださいません……
通報をしようと何度も思い立ちましたが……不覚にも人質を取られてしまいまして……」
「……人質だと?」
「ええ。実のところ世間には公にはしてはおりませんが、お嬢様のガーネット様が人質に……全て私の責任でございます……何とかお嬢様だけでも無事でいて頂ければ……この老体、命など惜しくはありません」
ガーネットが攫われ、今はうちで保護している事は皆が既に知っていた。
この執事長は一体どこまでを知っているのだろうか。
「旦那様は非常に疲れきっており、体調を崩し病床にあります……面会は無理かと……」
「構わん。それにこう言っては何だが、これは良かった。
いや、あなたや領主様から白を切られた場合は、やはり拘束せざるをえないわけでね。
吸血鬼の討伐は王の勅命ゆえ。
ご協力してくれるな?」
「勿論でございます。詳しくは応接間の中でお話ししましょう」
永遠のように長い廊下を歩くと、突き当りに応接間がある。
その扉を開けると応接室は驚くほどに蒸し暑かった。
廊下よりも明らかに温度が高い。
換気すらできていないのだろうか。
そういえばこの部屋に来るまでの途中、一人も従者に遭遇しなかった。
この広いお屋敷の管理も執事長は一人でやっているのか?
だとしたらこの人、身体は大丈夫なのだろうか。
いや待てよ、ガーネットを売ったのはこの人だ。
きっと何か裏が隠されているに違いない。
「副団長。私とセブは部屋の外で待機します。警戒が必要でしょう」
応接間は広く清潔で、古今東西の珍妙な品がセンス良く配置されていた。
一部悪趣味な物も無くはなかったが、綺羅びやかな甲冑や、模造刀等、ラスラ領の繁栄を語る品が数多くあった。
さながら宝物庫と呼べなくもないな。
室内にはソファセットがあり、副団長とアイリーンがそこに並んで腰掛けた。
この二人を隣にするのはまずいだろ。
というのは討伐隊の全員が思っていたが、ここは領主様のお屋敷である。
下手な言い争いはしないだろう……うん、多分。
反対側には、お茶を運んできた執事長が座った。
ロベルトさんとアリスさん、それから僕はアイリーンの後に立って会話に介入した。
あんな話を聞いた後だ、僕はアリスさんとロベルトさんの顔をよく見ることができなくなっていた。
ジルさん。
彼は、吸血鬼化によって命を落とす事となった。
その師匠だったアイリーンの手によって。
それ以降、アイリーンたちは吸血鬼殺しの専門家として旅を始める___
ロベルトさんは弟弟子を失い、アリスさんは恋人を失った。
残ったのはジルさんが作ったクロスのペンダント。
奇しくもそれは吸血鬼に有効な物だった。
エイル副団長は自信有りげな表情で、探るように言った。
「実のところ、お嬢様の居場所に心当たりがあるのだ」
僕達7人は警戒しつつも、大きく豪華な装飾の配されたその扉に近づいた。
すると屋敷の中から老年の男性が姿を出す。
ミリシオン家の執事長ジェンキンスである。
どうやらこの人がガーネットの言っていた執事長のようだ。
良く手入れされた白い頭髪に、念入りにプレスのかせた綺麗な衣服。
至って穏やかそうな表情の紳士で、曲りなりにもガーネットを売った張本人とは到底思えない。
しかし僕には、なぜだかこの顔を見て言いようのない違和感を覚えていた。
穏やかそうではあるものの、どこか人間味に欠けているような、そんな表情がこの老執事の顔には張り付いていた。
いや、吸血鬼のあれこれを聞いているうちに、僕は明らかにナーバスになっていたのかもしれない。
この場にリディアが居たのならば、きっと彼女も僕と同じように感じたのかもしれない。
けれど、この討伐隊でそんな風に感じたのは僕一人だったようだ。
いや単に、そこに罠があるのならば、こちらからかかってやろうとする余裕の表れなのかもしれない。
つまり、余裕がないのは僕だけだということになる。
案内されるままに一行は屋敷の中に通された。
屋敷の中はやはり異常な程に静かだった。
まるで廃墟に来たような、生活感のない空間が広がる。
このお屋敷自体が、時代から忘れ去られた大きな無機質の箱のようだ。
異様だ。
「ジェンキンス殿、不躾ですが一つお伺いしたい」
エイル副団長が不躾に、それでいて冷たく問いただすかのように口を開いた。
彼は返事を待つことなく続ける。
「このお屋敷に、吸血鬼が出入りしているという噂を入手しているのだが、心当たりはないだろうか?」
実に直接的な問いだった。
けれど、実際に出入りしている事実は確認済みだ。
そこを敢えて濁しているのは不信感を抱いているからだろう。
駆け引きが始まった。
「実のところ……数週間前から、吸血鬼が度々顔を見せているのです」
ジェンキンスさんは案外とすぐに口を開いた。
「毎夜現れては、旦那様とお話しをされているようでして……
しかしながら、ご存知の通り吸血鬼とは伝説級の魔獣でございます。
恐怖の為か、他の執事やメイドも皆辞めて行ってしまいました。
今は私だけしか残っておりません……」
なるほど。
執事長も随分と困っている様子だ。
「ふむ。さて、その吸血鬼の目的は何なのだろか? そのお話が本当だと、領主様は吸血鬼と何らかの繋がりがあるということ。
そう疑われてもしょうがないのではないか?」
「それがわからないのです。
旦那様は何も語ろうとはしてくださいません……
通報をしようと何度も思い立ちましたが……不覚にも人質を取られてしまいまして……」
「……人質だと?」
「ええ。実のところ世間には公にはしてはおりませんが、お嬢様のガーネット様が人質に……全て私の責任でございます……何とかお嬢様だけでも無事でいて頂ければ……この老体、命など惜しくはありません」
ガーネットが攫われ、今はうちで保護している事は皆が既に知っていた。
この執事長は一体どこまでを知っているのだろうか。
「旦那様は非常に疲れきっており、体調を崩し病床にあります……面会は無理かと……」
「構わん。それにこう言っては何だが、これは良かった。
いや、あなたや領主様から白を切られた場合は、やはり拘束せざるをえないわけでね。
吸血鬼の討伐は王の勅命ゆえ。
ご協力してくれるな?」
「勿論でございます。詳しくは応接間の中でお話ししましょう」
永遠のように長い廊下を歩くと、突き当りに応接間がある。
その扉を開けると応接室は驚くほどに蒸し暑かった。
廊下よりも明らかに温度が高い。
換気すらできていないのだろうか。
そういえばこの部屋に来るまでの途中、一人も従者に遭遇しなかった。
この広いお屋敷の管理も執事長は一人でやっているのか?
だとしたらこの人、身体は大丈夫なのだろうか。
いや待てよ、ガーネットを売ったのはこの人だ。
きっと何か裏が隠されているに違いない。
「副団長。私とセブは部屋の外で待機します。警戒が必要でしょう」
応接間は広く清潔で、古今東西の珍妙な品がセンス良く配置されていた。
一部悪趣味な物も無くはなかったが、綺羅びやかな甲冑や、模造刀等、ラスラ領の繁栄を語る品が数多くあった。
さながら宝物庫と呼べなくもないな。
室内にはソファセットがあり、副団長とアイリーンがそこに並んで腰掛けた。
この二人を隣にするのはまずいだろ。
というのは討伐隊の全員が思っていたが、ここは領主様のお屋敷である。
下手な言い争いはしないだろう……うん、多分。
反対側には、お茶を運んできた執事長が座った。
ロベルトさんとアリスさん、それから僕はアイリーンの後に立って会話に介入した。
あんな話を聞いた後だ、僕はアリスさんとロベルトさんの顔をよく見ることができなくなっていた。
ジルさん。
彼は、吸血鬼化によって命を落とす事となった。
その師匠だったアイリーンの手によって。
それ以降、アイリーンたちは吸血鬼殺しの専門家として旅を始める___
ロベルトさんは弟弟子を失い、アリスさんは恋人を失った。
残ったのはジルさんが作ったクロスのペンダント。
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