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ぽつり、と雨粒が落ちてきたと思ったら、いきなり激しい雨になった。ざあざあと容赦なく降り注ぐ雨に、人々が蜘蛛の子を散らしたように屋根のある場所へと駆けてゆく。
さとりの頭上でふっと雨が止んだ。
「大丈夫ですか?」
うつむけていた顔を上げて、さとりは大きく目を瞠った。幼かった少年の姿はそこにはなく、大人になったそうすけが気遣わしげな眼差しで、さとりに傘を差し掛けている。
……そうすけだ。そうすけだ。変わらない、そうすけだ。会えた……。
そのとき、闇の中でほのかな光を放っていた糸は、最後にきらきらと光って、すっと溶けるように消えた。
『具合でも悪いのかな。熱中症か何かか?』
喉の奥に声がつまったように、言葉が出てこない。
「大丈夫ですか? 立てますか? 救急車、呼びますか?」
『……ひょっとしたらホームレスか何かか?』
「……そーすけ」
何も答えないさとりに、そうすけの中にわずかな疑問がわいたとき、さとりはようやく言葉を発することができた。
「はい?」
なぜ目の前の男が自分の名前を知っているんだろうという疑問を持ったようすもなく、そうすけが返事をする。
そのとき、
「あの人、アナウンサーの荻上荻上壮介じゃない?」
という声が聞こえた。振り返ると、傘を差した若い女がふたり、こちらのほうを指している。
「ほんとだ。えー、なんでこんなところにいるの?」
『テレビで見るよりもずっといい男じゃない』
『まじラッキー!』
「どうする? 声をかけてみる?」
女たちの声はそうすけの耳にも聞こえたらしい。面倒だな、という気持ちが、そうすけの心の声を読むまでもなく、そのしぐさなどから伝わってきた。
「……大丈夫そうなら俺はこれで」
せっかくそうすけに会うことができたのに、立ち去る気配を感じてさとりは慌てた。これ使っていいからと傘の柄を握らせてくれた手を、とっさに上から握りしめる。
「ま、まって! おいらそうすけをずっと探してたんだ!」
そうすけがわずかに顔をしかめた。
『……なんだ? ストーカーか何かか?』
微かな不審の念がそうすけの手のひらから伝わってきて、さとりはびくっとなった。
「そうすけ。お、おいら、おいら……」
必死で言葉を探そうとするが、動揺してうまく言葉が見つからない。そうすけの手をつかんでいる指先がぶるぶると震えた。
そうすけが目を細める。
『……手が熱い。熱があるのか?』
それまで警戒を滲ませていたそうすけの周りを覆う空気が、ふっと緩んだのがわかった。
『このあたりって病院はあったっけ』
……そうすけだ。
不審に思いながらも、さとりの具合を心配してくれるそうすけの感情が伝わってきて、胸がいっぱいになった。
そうすけだ。そうすけだ……。
見た目はずいぶん変わったように思えるけれど、やさしいところはちっとも変わっていない。さとりのよく知る、あのころのそうすけのままだった。そのことが無性にうれしくてたまらず、さとりは泣きたい気持ちになった。
「おいら病院はだいじょうぶ。そうすけと会えてうれしいだけ」
にこにこと笑うさとりに、そうすけはわずかに眉をひそめた。
『初めて会ったはずなのに、どうしてそんな……。やっぱりストーカーなのか?』
再びそうすけの頭に疑問の念が湧いたのがわかったけれど、さとりはもう傷つかなかった。さとりのことを忘れているのは正直ちょっとだけ寂しかったけれど、昔と変わらずやさしいそうすけだと知ることができてうれしかった。
もし、もう一度そうすけと会うことができたのなら、さとりはそのまま死んでしまっても構わないと思っていた。けれど、いざそうすけに再会できたら、さとりはますます欲張りになった。もっと一緒にいたい、顔を見ていたい、話したい、できればこのままずっとそうすけの側にいたい……。欲望には果てがなく、だからさとりは自分で自分の未練を断ち切らなければならなかった。
「……心配してくれてありがと。そうすけ、ずっと元気でいてね。ずっとずっと幸せでいてね」
ーーたとえ二度と会うことはできなくても……。
「これ大丈夫だから返すね」
さとりは傘の柄をそうすけに返した。じゃ、おいらいくね、と明るく告げたさとりを、そうすけが引き止めた。
さとりの頭上でふっと雨が止んだ。
「大丈夫ですか?」
うつむけていた顔を上げて、さとりは大きく目を瞠った。幼かった少年の姿はそこにはなく、大人になったそうすけが気遣わしげな眼差しで、さとりに傘を差し掛けている。
……そうすけだ。そうすけだ。変わらない、そうすけだ。会えた……。
そのとき、闇の中でほのかな光を放っていた糸は、最後にきらきらと光って、すっと溶けるように消えた。
『具合でも悪いのかな。熱中症か何かか?』
喉の奥に声がつまったように、言葉が出てこない。
「大丈夫ですか? 立てますか? 救急車、呼びますか?」
『……ひょっとしたらホームレスか何かか?』
「……そーすけ」
何も答えないさとりに、そうすけの中にわずかな疑問がわいたとき、さとりはようやく言葉を発することができた。
「はい?」
なぜ目の前の男が自分の名前を知っているんだろうという疑問を持ったようすもなく、そうすけが返事をする。
そのとき、
「あの人、アナウンサーの荻上荻上壮介じゃない?」
という声が聞こえた。振り返ると、傘を差した若い女がふたり、こちらのほうを指している。
「ほんとだ。えー、なんでこんなところにいるの?」
『テレビで見るよりもずっといい男じゃない』
『まじラッキー!』
「どうする? 声をかけてみる?」
女たちの声はそうすけの耳にも聞こえたらしい。面倒だな、という気持ちが、そうすけの心の声を読むまでもなく、そのしぐさなどから伝わってきた。
「……大丈夫そうなら俺はこれで」
せっかくそうすけに会うことができたのに、立ち去る気配を感じてさとりは慌てた。これ使っていいからと傘の柄を握らせてくれた手を、とっさに上から握りしめる。
「ま、まって! おいらそうすけをずっと探してたんだ!」
そうすけがわずかに顔をしかめた。
『……なんだ? ストーカーか何かか?』
微かな不審の念がそうすけの手のひらから伝わってきて、さとりはびくっとなった。
「そうすけ。お、おいら、おいら……」
必死で言葉を探そうとするが、動揺してうまく言葉が見つからない。そうすけの手をつかんでいる指先がぶるぶると震えた。
そうすけが目を細める。
『……手が熱い。熱があるのか?』
それまで警戒を滲ませていたそうすけの周りを覆う空気が、ふっと緩んだのがわかった。
『このあたりって病院はあったっけ』
……そうすけだ。
不審に思いながらも、さとりの具合を心配してくれるそうすけの感情が伝わってきて、胸がいっぱいになった。
そうすけだ。そうすけだ……。
見た目はずいぶん変わったように思えるけれど、やさしいところはちっとも変わっていない。さとりのよく知る、あのころのそうすけのままだった。そのことが無性にうれしくてたまらず、さとりは泣きたい気持ちになった。
「おいら病院はだいじょうぶ。そうすけと会えてうれしいだけ」
にこにこと笑うさとりに、そうすけはわずかに眉をひそめた。
『初めて会ったはずなのに、どうしてそんな……。やっぱりストーカーなのか?』
再びそうすけの頭に疑問の念が湧いたのがわかったけれど、さとりはもう傷つかなかった。さとりのことを忘れているのは正直ちょっとだけ寂しかったけれど、昔と変わらずやさしいそうすけだと知ることができてうれしかった。
もし、もう一度そうすけと会うことができたのなら、さとりはそのまま死んでしまっても構わないと思っていた。けれど、いざそうすけに再会できたら、さとりはますます欲張りになった。もっと一緒にいたい、顔を見ていたい、話したい、できればこのままずっとそうすけの側にいたい……。欲望には果てがなく、だからさとりは自分で自分の未練を断ち切らなければならなかった。
「……心配してくれてありがと。そうすけ、ずっと元気でいてね。ずっとずっと幸せでいてね」
ーーたとえ二度と会うことはできなくても……。
「これ大丈夫だから返すね」
さとりは傘の柄をそうすけに返した。じゃ、おいらいくね、と明るく告げたさとりを、そうすけが引き止めた。
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