57 / 85
SS「風邪」
1
しおりを挟む
その日、そうすけは仕事から帰ってくるなり、玄関まで出迎えたさとりに向かって、
「さとり、ごめん。ちょっと頭痛がするから、きょうの夕食、何かてきとうなものを買ってきて食べてくれるか?」
と言った。
さとりは大きく目を見開いた。
頭痛……? 頭痛って、頭が痛いってこと……?
さとりは、おろおろした。どうしていいかわからず、いまにも倒れそうなようすでふらふらとリビングへ向かうそうすけの後をただついていくことしかできない。
さとりは妖怪だから体調を崩すということは滅多にないが、そうすけは「半分人間・半分妖怪」のようなものだから、そうすけの中にある人間の部分が何か悪さをしているのだろうか。
そうすけはソファに倒れ込むと、そこで初めてさとりの存在に気がついた、という表情を浮かべた。
『まずい。さとりが心配するからしっかりしないと』
それから、不安げなさとりの表情に目を止めて、わずかに顔をしかめる。
『だめだ、これもさとりに聞かれてしまう……』
さとりはいまにも涙が零れ落ちそうな目を瞠った。自分の存在がそうすけを心配させていることはわかるのに、どうしていいのかわからない。こんなとき、自分はなんて役立たずなのだろう。そうすけに教わって人間の世界に少しは慣れたつもりでいたのに、苦しむそうすけを前にして何もしてあげることができないのだ。
さとりは胸の前で手のひらをぎゅっと握りしめた。さとりの足元では、白いふわふわの妖怪がどうしたの? とでも訊ねるかのように、ぴょんぴょんと跳ねている。
どうしよう、どうしたらいいの……?
「そ、そうすけ……」
手を伸ばして、そうすけの体温の高さにぎょっとする。慌てて引こうとしたさとりの手を、そうすけがつかんだ。
「さとり」
『大丈夫だよ』
「大丈夫だから、心配しなくていい」
さとりの目には、とてもそうだとは思えなかった。
「帰りに病院に寄って点滴してもらったから、あしたにはよくなる。だから泣くな」
それでも何も答えられないさとりに、そうすけはふっと笑った。そうすけの指が、さとりの目の縁にたまった涙を拭う。
「俺の言うことが信じられないか?」
さとりはびくっとした。慌ててふるふると頭を振る。その拍子に、これまで堪えていた涙がぽろぽろと床の上に零れ落ちた。そうすけはそんなさとりを見ると、怠そうな仕草で腕を伸ばして、くしゃくしゃっとさとりの髪をかき混ぜた。やさしいそうすけの手に、さとりは胸が苦しくなる。
『まさかさとりには移らないよな……。心配させるだけだし、念のため離れておくか……』
えっと思ったさとりが何かを言う前に、そうすけはソファから身体を起こしてしまった。
「万が一移るとまずいから、悪いけどきょうはベッドをもらうな。このソファ、ベッドにもなるから、さとりはリビングで寝てくれるか?」
や、やだ。そうすけ……。
「お、おいら……」
さとりはぎゅっと唇を噛みしめると、ぷるぷると頭を振った。そうすけが少しだけ困った表情を浮かべているのを見て、胸が痛んだ。さとりが嫌なのはソファでそうすけと別々に眠ることではない。こんな状態のそうすけをひとりにしてしまうことだった。それでも駄々をこねるとそうすけを困らせるだけなのはわかるから、さとりは仕方なしにこくりとうなずいた。
普段よりも赤い顔をしたそうすけが、それを見てほっとしたように微笑んだ。
『ごめんな』
「ちゃんとご飯を食べるんだぞ」
ぽん、と頭を撫でられる。
「……っ!」
さとりは引き止めたくなる手を、ぎゅっと握りしめた。そうすけはよろよろした足取りで寝室に向かうと、普段は開け放たれてワンフロアにしているリビングと寝室の間の引き戸を閉めてしまった。
「そうすけ……」
部屋にひとりきりになったとたん、さとりの目からぽろぽろと涙が零れ落ちた。さとりの足元で、白いふわふわの妖怪が心配するようにぴょんぴょんと跳ねる。
どうしたらいいの……?
「さとり、ごめん。ちょっと頭痛がするから、きょうの夕食、何かてきとうなものを買ってきて食べてくれるか?」
と言った。
さとりは大きく目を見開いた。
頭痛……? 頭痛って、頭が痛いってこと……?
さとりは、おろおろした。どうしていいかわからず、いまにも倒れそうなようすでふらふらとリビングへ向かうそうすけの後をただついていくことしかできない。
さとりは妖怪だから体調を崩すということは滅多にないが、そうすけは「半分人間・半分妖怪」のようなものだから、そうすけの中にある人間の部分が何か悪さをしているのだろうか。
そうすけはソファに倒れ込むと、そこで初めてさとりの存在に気がついた、という表情を浮かべた。
『まずい。さとりが心配するからしっかりしないと』
それから、不安げなさとりの表情に目を止めて、わずかに顔をしかめる。
『だめだ、これもさとりに聞かれてしまう……』
さとりはいまにも涙が零れ落ちそうな目を瞠った。自分の存在がそうすけを心配させていることはわかるのに、どうしていいのかわからない。こんなとき、自分はなんて役立たずなのだろう。そうすけに教わって人間の世界に少しは慣れたつもりでいたのに、苦しむそうすけを前にして何もしてあげることができないのだ。
さとりは胸の前で手のひらをぎゅっと握りしめた。さとりの足元では、白いふわふわの妖怪がどうしたの? とでも訊ねるかのように、ぴょんぴょんと跳ねている。
どうしよう、どうしたらいいの……?
「そ、そうすけ……」
手を伸ばして、そうすけの体温の高さにぎょっとする。慌てて引こうとしたさとりの手を、そうすけがつかんだ。
「さとり」
『大丈夫だよ』
「大丈夫だから、心配しなくていい」
さとりの目には、とてもそうだとは思えなかった。
「帰りに病院に寄って点滴してもらったから、あしたにはよくなる。だから泣くな」
それでも何も答えられないさとりに、そうすけはふっと笑った。そうすけの指が、さとりの目の縁にたまった涙を拭う。
「俺の言うことが信じられないか?」
さとりはびくっとした。慌ててふるふると頭を振る。その拍子に、これまで堪えていた涙がぽろぽろと床の上に零れ落ちた。そうすけはそんなさとりを見ると、怠そうな仕草で腕を伸ばして、くしゃくしゃっとさとりの髪をかき混ぜた。やさしいそうすけの手に、さとりは胸が苦しくなる。
『まさかさとりには移らないよな……。心配させるだけだし、念のため離れておくか……』
えっと思ったさとりが何かを言う前に、そうすけはソファから身体を起こしてしまった。
「万が一移るとまずいから、悪いけどきょうはベッドをもらうな。このソファ、ベッドにもなるから、さとりはリビングで寝てくれるか?」
や、やだ。そうすけ……。
「お、おいら……」
さとりはぎゅっと唇を噛みしめると、ぷるぷると頭を振った。そうすけが少しだけ困った表情を浮かべているのを見て、胸が痛んだ。さとりが嫌なのはソファでそうすけと別々に眠ることではない。こんな状態のそうすけをひとりにしてしまうことだった。それでも駄々をこねるとそうすけを困らせるだけなのはわかるから、さとりは仕方なしにこくりとうなずいた。
普段よりも赤い顔をしたそうすけが、それを見てほっとしたように微笑んだ。
『ごめんな』
「ちゃんとご飯を食べるんだぞ」
ぽん、と頭を撫でられる。
「……っ!」
さとりは引き止めたくなる手を、ぎゅっと握りしめた。そうすけはよろよろした足取りで寝室に向かうと、普段は開け放たれてワンフロアにしているリビングと寝室の間の引き戸を閉めてしまった。
「そうすけ……」
部屋にひとりきりになったとたん、さとりの目からぽろぽろと涙が零れ落ちた。さとりの足元で、白いふわふわの妖怪が心配するようにぴょんぴょんと跳ねる。
どうしたらいいの……?
3
あなたにおすすめの小説
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。
龍の無垢、狼の執心~跡取り美少年は侠客の愛を知らない〜
中岡 始
BL
「辰巳会の次期跡取りは、俺の息子――辰巳悠真や」
大阪を拠点とする巨大極道組織・辰巳会。その跡取りとして名を告げられたのは、一見するとただの天然ボンボンにしか見えない、超絶美貌の若き御曹司だった。
しかも、現役大学生である。
「え、あの子で大丈夫なんか……?」
幹部たちの不安をよそに、悠真は「ふわふわ天然」な言動を繰り返しながらも、確実に辰巳会を掌握していく。
――誰もが気づかないうちに。
専属護衛として選ばれたのは、寡黙な武闘派No.1・久我陣。
「命に代えても、お守りします」
そう誓った陣だったが、悠真の"ただの跡取り"とは思えない鋭さに次第に気づき始める。
そして辰巳会の跡目争いが激化する中、敵対組織・六波羅会が悠真の命を狙い、抗争の火種が燻り始める――
「僕、舐められるの得意やねん」
敵の思惑をすべて見透かし、逆に追い詰める悠真の冷徹な手腕。
その圧倒的な"跡取り"としての覚醒を、誰よりも近くで見届けた陣は、次第に自分の心が揺れ動くのを感じていた。
それは忠誠か、それとも――
そして、悠真自身もまた「陣の存在が自分にとって何なのか」を考え始める。
「僕、陣さんおらんと困る。それって、好きってことちゃう?」
最強の天然跡取り × 一途な忠誠心を貫く武闘派護衛。
極道の世界で交差する、戦いと策謀、そして"特別"な感情。
これは、跡取りが"覚醒"し、そして"恋を知る"物語。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
【完結】抱っこからはじまる恋
* ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。
ふたりの動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります。
YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!
完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
【完結】社畜の俺が一途な犬系イケメン大学生に告白された話
日向汐
BL
「好きです」
「…手離せよ」
「いやだ、」
じっと見つめてくる眼力に気圧される。
ただでさえ16時間勤務の後なんだ。勘弁してくれ──。
・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・:
純真天然イケメン大学生(21)× 気怠げ社畜お兄さん(26)
閉店間際のスーパーでの出会いから始まる、
一途でほんわか甘いラブストーリー🥐☕️💕
・:* ✧.---------・:* ✧.---------˚✧₊.:・:
📚 **全5話/9月20日(土)完結!** ✨
短期でサクッと読める完結作です♡
ぜひぜひ
ゆるりとお楽しみください☻*
・───────────・
🧸更新のお知らせや、2人の“舞台裏”の小話🫧
❥❥❥ https://x.com/ushio_hinata_2?s=21
・───────────・
応援していただけると励みになります💪( ¨̮ 💪)
なにとぞ、よしなに♡
・───────────・
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる