恋の実、たべた?

午後野つばな

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 徹の言葉を聞いた瞬間、日下ははっと胸を突かれるような思いがした。この子どもは父親を亡くしたばかりなのに、他人である自分のことを心配しているのか。ふいに、抑えきれないほどの感情が日下の胸を揺さぶった。
 日下は徹を抱き上げると、初めてまっすぐにこの小さな子どもを見た。
「……ああ、悲しい。僕も裕介さんに会いたいよ。大丈夫だ、徹が泣いたことは誰にも言わない。これは僕と徹のふたりだけの秘密だ」
 徹は首を傾げると、何かを考えるような表情を浮かべた。
「ひみつは、だれかにはなしをしたらひみつじゃなくなるんだよ?」
「ははっ、そのとおりだな。徹はかしこいな。でも大丈夫だ。徹の秘密は何があっても誰にも言わない」
 大きな瞳がまっすぐに日下を見つめ返す。その視線の前では、嘘や誤魔化しは利かない気がした。
「そうだ、そしたら僕も徹にひとつ秘密を教えようか。いいか、誰にも秘密だよ」
 手を当て、徹の耳元で囁く。
「――だよ……」
 大きな瞳が潤んだように膜を張る。徹は日下にしがみつくと、こらえ切れなくなったように泣き出した。
「……大丈夫だ。泣いていいよ」
 自分にしがみつく小さな身体を抱きしめる。震える身体から温もりが伝わってきた。その熱はこれまで凍り付いていた日下の心の一部を、確かに溶かした気がした。
激しい雨が降っている。遠雷が鳴っていた。突然降り出した雨に、日下は全身濡れ鼠になりながらも、自宅のポーチへと駆け込む。
「ああ、くそ……っ」
 身体に張り付く衣服が気持ち悪かった。玄関の鍵を開け、誰もいないはずの家に入る。室内には暗い影が落ち、ざあざあと雨音が聞こえた。濡れた上衣に手をかけ、頭から引き抜いた。べしゃりと床に服が落ちる。
 濡れた足でぺたぺたと廊下を歩きながら、バスルームに向かう。きょうは久々に仕事が完全にオフで、朝から天気がよかった。徹も友人に会うため出かけている。近くのカフェでゆっくりとランチでも食べようと出かけたところ、突然の雨に見舞われた。
 バスルームの戸に手をかけ、引いたときだった。髪から滴を垂らし、驚いたような表情を浮かべる徹と目が合い、日下はうろたえた。
「あ……っ」
 シャワーの湯が滝のように徹の身体を伝い落ちる。引き締まった肉体に吸い寄せられるように、目が離せない。
 お前、なぜ家にいるんだとか、出かけたんじゃなかったのかという思いは口には出せなかった。日下は徹から視線をそらすこともできずに、凍り付いたようにその場に立ち尽くした。
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