9 / 47
9
しおりを挟む
「あほらし。わざわざここまで足を運んでばかみたい」
背を向けてヴィオラが歩き出す。もはや掃除ロボットの存在などないもののように。その足を止める言葉を、掃除ロボットは持たなかった。
「……教えてほしかったからです。私があの人を思うときに、身体に起こる異常の訳を。なぜあの人だけが特別なのか。その理由を、あなたなら答えてくれると思ったから……」
私は本当に壊れているのか。
掃除ロボットはうなだれたまま、元きた道を戻ろうとした。
「待てよ」
ヴィオラが足を止め、あの透き通る眼差しで見た。
入り組んだ路地を何度も曲がる。前をゆくヴィオラの歩みに迷いはなかった。割れた酒瓶の欠片や、吐瀉物の跡。夜なのに、干したままの洗濯物が窓から垂れ下がっていた。取り込まなくて大丈夫なのだろうかと、掃除ロボットは首を傾げた。ぼやぼやすんな、という声が飛んできて、掃除ロボットは慌ててヴィオラの後を追う。
ヴィオラが向かった先は、路地裏にある雑居ビルの一室だった。錆の浮いた鉄扉をノックすると、薄く扉が開き、部屋の明かりが漏れた。現れたのは、三十代くらいの青白い男だ。何日も洗ってないような髪は油染みていて、痩せた身体は充分な食事を摂っていないようだった。男は落ち着かないようすで周囲に視線を走らせると、ヴィオラから掃除ロボットに視線を移し、「そいつか?」と訊ねた。ヴィオラが肩を竦める。
「わざわざこんな旧式と代わりたいって気持ち、俺にはわからんね」
「あんたには関係ない」
「ま、それもそうだ」
男の部屋は、お世辞にもきれいとは言い難かった。そこら中に人工甘味料入りのソーダの空き缶やチップの袋が散らばっている。部屋のどこからか、ブーンというモーター音が聞こえた。建て付けの悪い上げ窓の隙間から、夜風が入り込んでいる。じろじろと無遠慮に部屋の中を見るヴィオラに構わず、男はキーボードを叩いている。そのとき、どこからか入り込んできた黒猫が、掃除ロボットの足元に身体を擦りつけた。艶やかな黒い毛並みに、金色の瞳、胸のあたりにある毛が一部だけ白い。愛玩用の人工猫だ。怖がらせないよう、アームを伸ばして頭を撫でると、猫は気持ちよさそうに目を細め、甘えるようにみゃあうと鳴いた。……かわいい。掃除ロボットの胸のライトが点滅する。
「できたぞ」
男の手には、コードのようなものが握られていた。コードの先は、何かの機械に繋がれている。
背を向けてヴィオラが歩き出す。もはや掃除ロボットの存在などないもののように。その足を止める言葉を、掃除ロボットは持たなかった。
「……教えてほしかったからです。私があの人を思うときに、身体に起こる異常の訳を。なぜあの人だけが特別なのか。その理由を、あなたなら答えてくれると思ったから……」
私は本当に壊れているのか。
掃除ロボットはうなだれたまま、元きた道を戻ろうとした。
「待てよ」
ヴィオラが足を止め、あの透き通る眼差しで見た。
入り組んだ路地を何度も曲がる。前をゆくヴィオラの歩みに迷いはなかった。割れた酒瓶の欠片や、吐瀉物の跡。夜なのに、干したままの洗濯物が窓から垂れ下がっていた。取り込まなくて大丈夫なのだろうかと、掃除ロボットは首を傾げた。ぼやぼやすんな、という声が飛んできて、掃除ロボットは慌ててヴィオラの後を追う。
ヴィオラが向かった先は、路地裏にある雑居ビルの一室だった。錆の浮いた鉄扉をノックすると、薄く扉が開き、部屋の明かりが漏れた。現れたのは、三十代くらいの青白い男だ。何日も洗ってないような髪は油染みていて、痩せた身体は充分な食事を摂っていないようだった。男は落ち着かないようすで周囲に視線を走らせると、ヴィオラから掃除ロボットに視線を移し、「そいつか?」と訊ねた。ヴィオラが肩を竦める。
「わざわざこんな旧式と代わりたいって気持ち、俺にはわからんね」
「あんたには関係ない」
「ま、それもそうだ」
男の部屋は、お世辞にもきれいとは言い難かった。そこら中に人工甘味料入りのソーダの空き缶やチップの袋が散らばっている。部屋のどこからか、ブーンというモーター音が聞こえた。建て付けの悪い上げ窓の隙間から、夜風が入り込んでいる。じろじろと無遠慮に部屋の中を見るヴィオラに構わず、男はキーボードを叩いている。そのとき、どこからか入り込んできた黒猫が、掃除ロボットの足元に身体を擦りつけた。艶やかな黒い毛並みに、金色の瞳、胸のあたりにある毛が一部だけ白い。愛玩用の人工猫だ。怖がらせないよう、アームを伸ばして頭を撫でると、猫は気持ちよさそうに目を細め、甘えるようにみゃあうと鳴いた。……かわいい。掃除ロボットの胸のライトが点滅する。
「できたぞ」
男の手には、コードのようなものが握られていた。コードの先は、何かの機械に繋がれている。
0
あなたにおすすめの小説
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
オメガ修道院〜破戒の繁殖城〜
トマトふぁ之助
BL
某国の最北端に位置する陸の孤島、エゼキエラ修道院。
そこは迫害を受けやすいオメガ性を持つ修道士を保護するための施設であった。修道士たちは互いに助け合いながら厳しい冬越えを行っていたが、ある夜の訪問者によってその平穏な生活は終焉を迎える。
聖なる家で嬲られる哀れな修道士たち。アルファ性の兵士のみで構成された王家の私設部隊が逃げ場のない極寒の城を蹂躙し尽くしていく。その裏に棲まうものの正体とは。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる