新世界

午後野つばな

文字の大きさ
42 / 47

42

しおりを挟む
 ――参った。思っていた以上に時間はなかったらしい。背後からぴたりと銃口を向けられ、崇嗣は降参するように両手を上げた。
「……わかった。言う通りにする。いいか、撃たないでくれ」
 さあ、どうする。
 背中をつ、と汗が伝い落ちた。崇嗣はゆっくりと振り返ると、次の瞬間、身体を沈み込ませ、男の銃口を蹴り上げた。バンッ、と銃声が響き、男が発射した弾は壁に当たった。
「くそ……っ」
 体勢を整えた男は再び崇嗣に向かって銃口を構えた。
「撃つな!」
 そのとき、高級なスーツに身を包んだ五十代くらいの男が、警備員を従い立っていた。男の厳しい眼差しは崇嗣に据えられている。
「社長! 申し訳ありません。侵入者が……」
 男は手を上げると、部下に銃口を下ろさせた。崇嗣と男は無言で見つめ合う。
「元気そうだな」
 先に声を発したのは、五十代の男のほうだった。崇嗣は表情も変えなかった。
「社長……?」
「大丈夫だ。持ち場に戻りなさい」
「はっ!」
 ぴしりと直立の姿勢のまま、部下は男に頭を下げた。この状況を不審に思わないはずはないだろうに、上司の命令を聞いてからは微塵も崇嗣に興味を示さなかった。
「きなさい」
 男は崇嗣に声を掛けると、背を向け歩き出した。崇嗣もその後に続く。扉の前で、男は指紋と網膜をスキャンした。白い漆喰を塗り固めた細い通路を通り、円形状の小部屋に入る。青いライトがつき、蛍光のラインが走るように崇嗣と男の身体の上をスキャンした。全体が巨大なサーバールームになっている通路を通り抜けると、奥にガラス張りのオフィスが現れる。REX社の心臓部だ。この場所に入れるのは、REX社の社員でもごく一部の人間に限られる。
 オフィスに入ると、男は自分の椅子に腰を下ろした。崇嗣にも正面の椅子に座るよう勧める。男の言葉を無視してそのまま立ち続ける崇嗣に気を害したようすもなく、男は手元の画面を操作し、建物内の防犯映像を呼び出した。
「さっきの騒ぎもお前か」
「そうです。建物内に入る必要があったので、キャンパーたちに騒ぎを起こしてもらいました」
 崇嗣がしれっとした顔で答えると、男は「そうか……」と呟いた。
「それで、十年以上も家に寄りつかなかったお前が、きょうここにきた理由は何だ」
 わずかに眉を寄せる仕草を見て、ふいに懐かしさを覚える。そうだ、この人はよくこんな表情を浮かべていた。先ほどは気づかなかったが、あらためて近くで見ると、老けたな、という印象が強くなる。東洋人にはありがちで、昔から若く見られる人だったが、サイドや生え際のあたりにちらほらと白髪が目立つようになってきた。
「父さん。あなたに頼みがあってきました」
 きょう、実際にこの場所に訪れるまでは、たとえ何をしてでも崇嗣は目的を遂げるつもりだった。いざとなれば目の前の男を人質に取ることぐらい、自分は平気でするだろう。しかし、実際にその人の姿を目の前に見て、自分でも驚いたことに、崇嗣の中にほんのわずかだが変化が生まれていた。それはマルと出会ったことで、崇嗣の中の何かが変わったのかもしれなかった。
 崇嗣が十年ぶりかにその名前で呼ぶと、男は小さく目を瞠った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

貧乏Ωが御曹司αの将来のために逃げた話。

ミカン
BL
オメガバース

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

オメガ修道院〜破戒の繁殖城〜

トマトふぁ之助
BL
 某国の最北端に位置する陸の孤島、エゼキエラ修道院。  そこは迫害を受けやすいオメガ性を持つ修道士を保護するための施設であった。修道士たちは互いに助け合いながら厳しい冬越えを行っていたが、ある夜の訪問者によってその平穏な生活は終焉を迎える。  聖なる家で嬲られる哀れな修道士たち。アルファ性の兵士のみで構成された王家の私設部隊が逃げ場のない極寒の城を蹂躙し尽くしていく。その裏に棲まうものの正体とは。

処理中です...