慣れない恋のはじめかた

午後野つばな

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「いやです」
「はあ?」
「だからいやです。向井に才能がないのも、根拠のない自信にあふれて冷静に物事を見られないのも、すべてあいつ自身の問題で、俺には関係ありません。第一、周囲との和ってなんですか、くだらない」
「お前ねえ……」
 仮にも同じ職場で働く仲間に対してその言い方はないだろう。周囲との和などくだらないと言い放つことのできる瀬戸が犬飼には理解し難く、正直頭を抱えたくなる。
 黒い瞳がまっすぐに犬飼を見ている。
 ――ああ、まただ……。
 ひょっとしたらそれが本人の癖なのだろうが、ときどき自分のあとを追うように、じっと見つめる強い視線に、犬飼は気づいていた。
 そんなにじろじろ見るなよ。
 瀬戸を前にすると、いつもわけもなく居心地が悪くなる気持ちを思い出し、犬飼はさりげなく年下の後輩から視線をそらした。仕事に戻っていいですかと言う男に、犬飼は「行け」とばかりにちょいちょいと手を振った。ひとりになり、今度こそ大きなため息を吐く。
 瀬戸裕介は職場の問題児だ。才能はあるが、他人に合わせることは一切なく、しょっちゅう周囲とぶつかっている。この会社にくる前、瀬戸は日本でも有数の大手広告代理店、鳳凰堂に勤めていたが、そこを辞めて半年ほどふらふらしていたところを、笠井がスカウトして引っ張ってきたのだ。
 ――きょうから一緒に働く瀬戸だ。仲良くしてやってくれ。まだ若いが、鳳凰堂でもホープだった男だ。
 そんな笠井の言葉と共にやってきた瀬戸は、歓迎するスタッフの前でにこりともせず「瀬戸です」と名乗ると、無愛想に頭を下げた。しきりに話しかけるスタッフに、面倒くさそうな態度を隠そうともせず、自分のために開かれた歓迎会にも、ただ一言「自分はそういうのは結構なんで」とはっきり断ると、呆気に取られたスタッフを残してさっさと帰ってしまった。
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