慣れない恋のはじめかた

午後野つばな

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 犬飼が促すと、向井はわずかに悔しそうな表情を滲ませたあと、瀬戸に向き直り、「……疑って悪かった」と頭を下げた。
「……別に構わない」
 瀬戸は何とも形容しがたいような、おかしな表情を浮かべている。
「さ、仕事だ。仕事に戻ろう」
 犬飼の呼びかけに、スタッフはそれぞれの仕事に戻った。が、瀬戸だけはその場に突っ立ったまま動かない。
「どうした?」
 訊ねると、瀬戸にしては珍しく何かを迷う素振りを見せた。しかし、すぐに諦めたように息を吐くと、何でもありませんと答えた。
「そうだ、午後からいらっしゃる新規のお客さまなんだが、お前にも立ち会ってほしい。時間はあるか?」
「大丈夫です」
 瀬戸の態度に若干釈然としないものを感じながらも、ひとまず大事に至らず済んで、犬飼はほっとしていた。そのうち何とかなるだろうと放置していたが、向井と瀬戸の件は早急に何とかしなければならない。
「あ、瀬戸」
 仕事に戻ろうとした瀬戸を呼び止める。何かを言いかけ、迷うように口を噤んだ犬飼に、瀬戸が「何ですか」と訊ねた。
「お前、きょうの夜って、何か予定はある?」
「別にないですけど」
 訝しむ瀬戸に、犬飼は躊躇った。しかし、ここで怯んでいては話が進まない。
「たまにはその……、一緒に飲まないか? ……ほら、この間の花見んときみたいに、気分を変えるのもいいんじゃないかと思うんだ」
 まるでこちらの考えをはかるような瀬戸の眼差しに、思わず目が泳ぐ。瀬戸のことだから、プライベートと仕事は別だとはっきり断られると思っていたのに、「構いませんよ」と意外な答えが返ってきて、犬飼は「えっ、マジでっ?」と呟いていた。
「何ですか、嘘だったんですか」
「いや、嘘じゃないけど……」
 もごもごと口ごもる。
 瀬戸と飲む? 今夜? 本当に?
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