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本編
19.妹の望みと兄の責任
しおりを挟むウィリアムに会いたいと言う僕の言葉を茉莉は何の感情も読み取れない瞳で黙って聞いている。
こんなふうに僕を見る子じゃなかった。離れていた3年という月日と、ウィリアムを含めたこの異世界が茉莉を変えてしまったのかもしれない。
僕がウィリアムに心も身体も変えられてしまったように。
そんな茉莉にこんな頼みは非情だと分かっている。茉莉が望んでくれるようにそばにいて支えるのが、本意ではなかったとはいえ3年間も行方を眩ませた僕のとるべき責任なんだと。
でも、正しいことだと分かっていても茉莉の願いを僕は叶えてあげることが出来ない。
こんな突然にウィリアムと離れたままでは、僕の気持ちは宙に浮いたまま。
茉莉へ寄り添うことも、ウィリアムを忘れることも、自我を保つことすら出来なくなるかもしれない。
茉莉が幼い頃、僕は大学進学を機に実家を離れることになった。離れたくないと泣きじゃくる茉莉にそうしたように、僕は感情を見せない妹を腕に抱き締める。
ごめん、ごめんね、茉莉。僕のために頑張ってくれたのに。記憶まで取り戻してくれたのに。妹の望みを叶えられない不甲斐ない兄でごめん。
「茉莉、お願い。ウィリアムに会わせて」
もう一度、訴えかけたが、腕の中の茉莉の表情は変わらない。
茉莉は僕の胸を押しやり、距離をとった。
「それが、あの男に会うことがお兄ちゃんの望みなの?」
僕の気持ちを確認するように尋ねた茉莉の言葉は、最後通牒みたいな重みがあった。
きっと次の返事次第で、僕たち兄妹の関係は変わってしまう。それでも、嘘はつけなかった。
「うん」
短く頷くだけの僕に茉莉の抑揚のない冷たい声が返って来る。
「気持ちは分かった。でも、私には叶えてあげられない。ーーどうしても許せないの」
「茉莉……!」
「あの男と同じことするみたいで嫌だけど、お兄ちゃんはしばらくここに居て。ご飯はちゃんと運んで来るわ」
安心してね、と言う茉莉の顔はとても楽しそうに笑っていた。
「茉莉?」
「大丈夫、私はすぐに戻って来るわ。お兄ちゃんと離れていたくないもの」
自分からあけた距離を詰めて、茉莉は僕に軽くハグをした。捕まえようと伸ばした手は見えない壁に弾かれる。
「ーー?!」
「鍵はかけさせてね」
「茉莉、待って!」
「それじゃあ、後でね。お兄ちゃん」
「茉莉!!」
「茉莉……待って……」
茉莉は振り返ることもなく、手を振りながら出て行った。宣言した通り、ドアは押しても引いても開かない。
一縷の望みをかけて体当たりしたが、身体が痛んだだけだった。
これからどうすればーー
途方に暮れかけた時、ベッドの方から可愛い声があがった。
「まー?」
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