リスタート 〜嫌いな隣人に構われています〜

黒崎サトウ

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隣人を回避せよ(8)

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 ところが、両思いになって半年、三年生の卒業式の日。

 これらが黒歴史となる決定的な事件が起こる。

 結論から言う。

 俺は二股されていた。

 中学二年だった千秋は、高校のことなんか考えていなかったから、英司がどこへ行くのかも聞いてなかった。

 他の先輩たちが大体目標にしていた近くの学校があったから、頭がいい英司もそこに行くのだと勝手に思っていた。

 どこにせよ、一年間の辛抱である。千秋も三年になれば、英司と同じ高校を目指して受験勉強を始めるつもりなのだ。

 事前に話し合ったわけではないけど、今日まで何も言われなかったし、付き合いの方は続行ということなんだろう。

 卒業式が終わると、卒業生を見送るために玄関前は生徒で溢れかえった。

 写真をとったり、最後の挨拶をしたり、連絡先を教えあったり。各々、学校最後の時間を過ごしている。

 千秋は、一番に英司を探した。写真も取りたいし、もしできるなら、第二ボタンってやつ、もらってみたいし……。いや、それはほんと、できたらでいいんだけど!

 なかなか見つからなかったが、しばらくして英司らしき生徒が遠目に見つかった。

 叫んでも聞こえないだろうし向かおうとしても、英司はさらに反対に進んでいく。横には同級生らしき男子生徒がいて、見たことない先輩だった。友達だろうか。

 とりあえず一言だけかけようとその後ろ姿を追いかけると、二人は人混みを抜けて裏側に向かっていく。

 なんでそっち?とは思ったけど、二人はかなり仲のいい友人だったのかもしれない。二人きりで最後に話したいのかも。

 なら邪魔するのもあれだし、俺は玄関の方で待っていようか。でもなんとなく気になって、着いていくことにした。俺、覗きとか悪趣味だよな…。

 考えてるうちにすでに二人の姿は見えなくなっていて、慌てて千秋も向かう。

 あそこを曲がれば、多分二人がいるはず。千秋は静かに近づいて、角からそっと目だけ出した。

 が、そこでまさかの光景を目の当たりにする。

 英司とその男子生徒が、キスをしていたのだ。

 想像だにしていなかった光景に、千秋は声が出そうになった。急にバクバク鳴り出す心臓。千秋は急いで手で口を押えた。

 な、なんで、キスして……。

 でももしそれだけならば、千秋は急にしてきたのかも、と考えが及んでいたかもしれない。

 しかし英司は、抱え込むように男子生徒の頭を抑えていて、片手は背中に回していた。

 まるで、千秋にキスする時のように。

 そして、決定的な英司の一言。

「好きだ……」





 そんなわけで、英司は許すまじ最低男として千秋の記憶に残ることとなり、付き合っていた時のことは黒歴史として記憶の隅へと追いやられることになったのだ。

 今なら浮気されても、珍しいことじゃないと思えるかもしれない。けど!中学二年、純粋も純粋すぎる幼い千秋に、あれはだいぶ堪えた。

 千秋、齢十四にして二股をかけられる。とほほ、というわけなのである。

「聞いてんのか、高梨」

「聞いてますよ」

 英司の言う本題とやらは「なんで英司の卒業後に連絡が取れなくなったか」だったか。

 今更だけど、なんで俺は普通に家でこの人と喋ってんだ。腰に回された腕はそのまま、外そうとしても外れないし。馴れ馴れしいにもほどがある。

「携帯解約したんです。受験勉強に集中しようと思って」

「俺が卒業した後すぐに?嘘だな」

「う、嘘じゃっ」

 解約は嘘だが、メッセージアプリで英司をブロックしたのは本当だ。アプリで事足りるから電話番号は交換してなかったし。

 そもそも俺は、あれからあまり人を信じられなくなったんだぞ。

 人間不信といえば大袈裟すぎるが、他に気を許したいと思った相手がいても、どこか疑ってしまう自分がいる。じゃあ信じようとしなければいい、と割り切れもできないし、これが意外に辛い。誰もがみんな英司と同じではないのだ。

 本当はドラマみたいにビンタでもしてもいいところを、そうして逃げてただけなんだぞ。

「おい、高梨……」

「だああ!あんただって、一年間家にも学校にも会いに来なかったじゃないですか!」

「だってそれは俺、高校入ってからすぐ海外に行くことになったから」

「え、海外?」

「それも連絡入れたけどな。本当急だったし、行ってからも日本に全然戻れなかったんだ。ごめん」

「いや、それは俺、全然……」

 英司が卒業した後、英司に関することは全てシャットアウトしていたから、知らなかった。

「他のやつらに連絡先聞いても知らないの一点張りだし」

 それは千秋がお願いしたからだ。

「……俺、卒業する前にお前になんかしたか?」

 今度は少し緊張したように聞く英司。

 ……やっぱりそう来たか。

 完全に思い当たらないって顔で、千秋の返事を待っている。

 もしかして、少しは千秋のことも気にしていたようだ。それが、二股とはいえ、離れられるのが嫌だったからか、それはわからないけど。

 その珍しい表情を見ると、なんだかこちらが悪い気がしてくるからタチが悪い。

「別に、なんもしてないですよ。まだ中学生だったんで、卒業したら終わるんだと思ってたんです」

「お前なかなか薄情なやつだな」

 真顔で言ってくるから、腹立つ。青筋を浮かばせると、千秋は「はいはい薄情でいいです」と適当に返事した。

「そういうことなら、また付き合わない?」

「は!?」

 正気か、こいつ。

 いや、英司は自分たちを、幼かったが故に離れ離れになってしまった元恋人同士という認識なのだ。

 そういう流れになるのも……ってそんなわけあるか。もう五年も経ってるし、大学生だし、別に恋人がいるとか考えないのか。あんな昔の恋はとっくに終わったって思うだろ普通!

 いや、英司のことだ。それを利用して、また都合のいいこと運ぶつもりなのかもしれない。

 突拍子のない提案に、ぐるぐる考えてると、現実に引き戻すように腰を引き寄せられる。

 これ以上引き寄せてどうすんだ、と思ったら、英司の顔がふっと近づいて、千秋の唇に軽く口付けた。

 かあっと顔が一気に熱くなる。

「なっ、なん、あんたいきなり!」

「で、俺ともう一回付き合う?」

 だからなんでこの男はそう、自信満々なんだ。

「絶対……」

「高梨?」

 そうやって、色んな人たちを引っ掛けてきたんだろう。

 でも、俺は、俺は。

「絶対付き合いませんからーっ!」

「は!?」

 千秋は言いながら立ち上がり、英司の首根っこを掴む。そして、ここ最近一番の力で大の男を玄関外に放り出した。英司は「おい!服破れる!」と何度も千秋を呼んだが、最後まで答えることはなかった。

「ふうっ、ふうっ」

 やっぱり、あの男は危ない。

 今のはちょっと油断したけど、あんなことされても俺の絶対許さないの誓いが揺らぐことなんてない。本当にない、絶対にない!
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