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タイミングってやつ(3)
しおりを挟むいつも通りバイトが終わって家に帰ると、はっと思い出した。
今夜はトンカツを作るつもりで買い物をしてから帰ってきたのだが、大事なソースを忘れていた。買おう買おうと思っているものほど買い忘れるのはなぜだ。
柳瀬さんに、帰りにトンカツのソース買ってこれるかとメッセージを送ると、OKというスタンプが返ってきた。
あれ、この変なスタンプ、拓也と同じじゃないか。あんなに敵視しているくせにと笑いそうになる。
たぶん、柳瀬さんが帰るまで一時間以上はある。さっと風呂に入ってから作り始めるとしよう。
髪を乾かし終えたところで、意外にも早く英司が帰ってきた。
「あ、おかえりなさい。すいません、ご飯今から作るんですけど大丈夫ですか?」
「ただいま。じゃあ一緒につくれるな。あ、これソース」
と言うと、カバンから取り出したソースを見せつけてくる。千秋に頼み事をされたのが嬉しかったらしい。
それしか買ってないからだが、カバンの中にぽつんとソースが入ってるってなんかおもしろいかも。
「風呂はいってた?」
「え?はい」
台所で夕食をつくる準備をしてたら、手と顔を洗ってきた英司が髪に触れる。
「ほかほかしてて可愛い」
「あ、暑いんですよ……」
最近わかったことだが、英司は風呂上がりの千秋がお気に入りらしい。
後ろからきゅっと抱きしめられて、頬をすりすりされる。
冷房はきいてるけど、こんな夏にこんな暑苦しいことをしている。ご飯もつくれれないし非効率極まりないのに、こんなに心満たされるのはなぜだろう。
後ろを向いて正面からふわりと抱きつくと、英司が「おっ」と声を出した。
そして、顔をだんだん近づけ……ると見せかけて、唇を通過すると、
「夕飯作りましょう」
と耳元で囁いてやった。
予想通り、英司は呆気にとられた顔をしている。
「……キスされんのかと思ったんだけど」
英司が不満げにじとりと目線をよこす。その様子を見て、反対に千秋は満足げにふんと笑うと、ご飯を作り始める。
珍しい顔を見れたし、してやったりな気分だ。
「あ、そういえば明日、拓也と映画見てきます」
「……へえ」
思い出して言うと、わかりやすい反応が返ってくる。でもそれ以上は言わない。まあ、千秋には千秋の付き合いがあるので当然だが。
「とりあえず、今はご飯です。お腹すきました」
「まあ、今、はそうだな。でも朝、家でいっぱいするって言ったもんな?」
ん?今、を強調しているのも気になったが、後半はもっと聞き過ごせなかった。言ってないぞ、そんなこと。
「それは勝手に柳瀬さんが……」
「よしよし、たくさん食べてたくさんしよう」
「なっ……!」
不機嫌そうな顔から一転、横に立ってニコニコと千秋の指示を煽る英司。とっさに卵を出してくれるよう頼むと、素直に冷蔵庫に取りに行く。
どんどん話が流れていき、聞き返せなくなった。
……たくさんしようって、あ、なに、夜のこと…?それともからかっただけ?というか、そもそも俺そんなこと言ってないし。
もしかして、俺が拓也と遊びに行くから、それのせいか?怒ってるのか?
英司の「たくさん」に千秋がついていけるわけがない。だって、いつもぐらいでも……。ピンクの回想がぽわぽわと浮かび上がりかけて、強制終了する。
やめやめ、飯前になに考えてるんだ!
「卵、何個?」
「……1個」
結局、真の意味がわからなくてご飯の後が恐ろしいけど、最終的にまた柳瀬さんの思い通りになってしまいそうだ。千秋は早々に悟った。
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