リスタート 〜嫌いな隣人に構われています〜

黒崎サトウ

文字の大きさ
48 / 75

タイミングってやつ(3)

しおりを挟む

 いつも通りバイトが終わって家に帰ると、はっと思い出した。

 今夜はトンカツを作るつもりで買い物をしてから帰ってきたのだが、大事なソースを忘れていた。買おう買おうと思っているものほど買い忘れるのはなぜだ。

 柳瀬さんに、帰りにトンカツのソース買ってこれるかとメッセージを送ると、OKというスタンプが返ってきた。

 あれ、この変なスタンプ、拓也と同じじゃないか。あんなに敵視しているくせにと笑いそうになる。

 たぶん、柳瀬さんが帰るまで一時間以上はある。さっと風呂に入ってから作り始めるとしよう。




 髪を乾かし終えたところで、意外にも早く英司が帰ってきた。

「あ、おかえりなさい。すいません、ご飯今から作るんですけど大丈夫ですか?」

「ただいま。じゃあ一緒につくれるな。あ、これソース」

 と言うと、カバンから取り出したソースを見せつけてくる。千秋に頼み事をされたのが嬉しかったらしい。

 それしか買ってないからだが、カバンの中にぽつんとソースが入ってるってなんかおもしろいかも。

「風呂はいってた?」

「え?はい」

 台所で夕食をつくる準備をしてたら、手と顔を洗ってきた英司が髪に触れる。

「ほかほかしてて可愛い」

「あ、暑いんですよ……」

 最近わかったことだが、英司は風呂上がりの千秋がお気に入りらしい。

 後ろからきゅっと抱きしめられて、頬をすりすりされる。

 冷房はきいてるけど、こんな夏にこんな暑苦しいことをしている。ご飯もつくれれないし非効率極まりないのに、こんなに心満たされるのはなぜだろう。

 後ろを向いて正面からふわりと抱きつくと、英司が「おっ」と声を出した。

 そして、顔をだんだん近づけ……ると見せかけて、唇を通過すると、

「夕飯作りましょう」

 と耳元で囁いてやった。

 予想通り、英司は呆気にとられた顔をしている。

「……キスされんのかと思ったんだけど」

 英司が不満げにじとりと目線をよこす。その様子を見て、反対に千秋は満足げにふんと笑うと、ご飯を作り始める。

 珍しい顔を見れたし、してやったりな気分だ。

「あ、そういえば明日、拓也と映画見てきます」

「……へえ」

 思い出して言うと、わかりやすい反応が返ってくる。でもそれ以上は言わない。まあ、千秋には千秋の付き合いがあるので当然だが。

「とりあえず、今はご飯です。お腹すきました」

「まあ、今、はそうだな。でも朝、家でいっぱいするって言ったもんな?」

 ん?今、を強調しているのも気になったが、後半はもっと聞き過ごせなかった。言ってないぞ、そんなこと。

「それは勝手に柳瀬さんが……」

「よしよし、たくさん食べてたくさんしよう」

「なっ……!」

 不機嫌そうな顔から一転、横に立ってニコニコと千秋の指示を煽る英司。とっさに卵を出してくれるよう頼むと、素直に冷蔵庫に取りに行く。

 どんどん話が流れていき、聞き返せなくなった。

 ……たくさんしようって、あ、なに、夜のこと…?それともからかっただけ?というか、そもそも俺そんなこと言ってないし。

 もしかして、俺が拓也と遊びに行くから、それのせいか?怒ってるのか?

 英司の「たくさん」に千秋がついていけるわけがない。だって、いつもぐらいでも……。ピンクの回想がぽわぽわと浮かび上がりかけて、強制終了する。

 やめやめ、飯前になに考えてるんだ!

「卵、何個?」

「……1個」

 結局、真の意味がわからなくてご飯の後が恐ろしいけど、最終的にまた柳瀬さんの思い通りになってしまいそうだ。千秋は早々に悟った。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

ふつつかものですが鬼上司に溺愛されてます

松本尚生
BL
「お早うございます!」 「何だ、その斬新な髪型は!」 翔太の席の向こうから鋭い声が飛んできた。係長の西川行人だ。 慌てん坊でうっかりミスの多い「俺」は、今日も時間ギリギリに職場に滑り込むと、寝グセが跳ねているのを鬼上司に厳しく叱責されてーー。新人営業をビシビシしごき倒す係長は、ひと足先に事務所を出ると、俺の部屋で飯を作って俺の帰りを待っている。鬼上司に甘々に溺愛される日々。「俺」は幸せになれるのか!? 俺―翔太と、鬼上司―ユキさんと、彼らを取り巻くクセの強い面々。斜陽企業の生き残りを賭けて駆け回る、「俺」たちの働きぶりにも注目してください。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

恋なし、風呂付き、2LDK

蒼衣梅
BL
星座占いワースト一位だった。 面接落ちたっぽい。 彼氏に二股をかけられてた。しかも相手は女。でき婚するんだって。 占い通りワーストワンな一日の終わり。 「恋人のフリをして欲しい」 と、イケメンに攫われた。痴話喧嘩の最中、トイレから颯爽と、さらわれた。 「女ったらしエリート男」と「フラれたばっかの捨てられネコ」が始める偽同棲生活のお話。

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中  二日に一度を目安に更新しております

甘々彼氏

すずかけあおい
BL
15歳の年の差のせいか、敦朗さんは俺をやたら甘やかす。 攻めに甘やかされる受けの話です。 〔攻め〕敦朗(あつろう)34歳・社会人 〔受け〕多希(たき)19歳・大学一年

ヴァレンツィア家だけ、形勢が逆転している

狼蝶
BL
美醜逆転世界で”悪食伯爵”と呼ばれる男の話。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

処理中です...