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タイミングってやつ(9)
しおりを挟む結局、拓也の家に泊まること約三日、月曜日になるまで状況は変わらなかった。今週金曜日は英司の誕生日だ。
拓也は今日、夕方までバイトらしい。千秋はと言うと、家でソファに腰掛けながら、携帯の画面をただ見ていた。
英司にも連絡し続けているが、返信はない。
電話がつながらないので、メッセージで何度も謝った。隣人トラブルのことも、全て説明した。どういう経緯でそうなったのか、全て。
でも、もう、千秋と別れるということだろうか。
まだ明るい夕方、絶望的な気分のまま、一人宙を眺める。
しかし、千秋の知る限り、英司は連絡は必ず返す人間だったはずだ。以前、色々と押し付けてくるという同級生に怒っているのにも関わらず、丁寧に返事をしていた。
ここまで連絡が取れないとなると、何かあったのではないかとすら思えてくる。しかし、何かあれば恵理子から連絡が来るはずだ。ないということは、変わりなく生活しているということだろう。
つまり、千秋はその同級生より大変なことをしでかしたということか。
そのとき、真っ暗な画面がぱっとついて、振動し始めた。
「えっ、えっ」
画面には『柳瀬英司』と出ていた。
ずっと待っていただけに、驚いてすぐ取らず慌ててしまう。
うそ、本当に柳瀬さん?
ぐずぐずしていたら切られてしまうかもしれない。千秋は一度深呼吸して、震える手でおそるおそるボタンを押した。
「もしもし」
『……千秋?』
離れていたのはたった三日ほどだというのに、ずいぶん久しぶりに声を聞いた気がした。
「あ、柳瀬さ……」
泣きそうになる。
でも、もしかしたら別れ話かもしれないとも思った。そう思うと、言いたいことはたくさんあるのに、話を切り出せない。
『千秋、ごめん。しばらく連絡できなくて』
「え……?」
『携帯を無くして、さっき見つけた。メッセージも見た』
「俺……怒ってると思って」
『……まあ、怒ってたっちゃ怒ってた。だから、ちゃんと携帯探さなかったのもある。それは正直に、ごめん。ただの嫉妬でふてくされて、こんなにお前を追い詰めてたなんて、本当に後悔した……』
「え、嫉妬……って?」
『拓也くんを黙って家に入れたこと』と英司は答えた。
『何もないってわかってるけどな』
英司が本当に怒っていたのは、拓也を家に入れていたことだったのか。それに、ふてくされていたと言っているように、ただ単に拗ねていただけのようだ。
ものすごく悲観的になっていただけに、少し拍子抜けしてしまう。いや、元々悪いのは自分なのだが。英司は英司で、拗ねて千秋に連絡しなかったことを悔やんでいるようだった。
「あの、怒ってたの、それだけなんですか?」
『それ以外に何かあったのか?拓也くんと?』
「いやっ、本当に拓也とはご飯食べて話してただけで。でも、柳瀬さんが嫌がるのわかってたのに、黙って入れてごめんなさい」
『うん、もう怒ってない。……というか、俺の方が、俺の勝手でめちゃくちゃ不安にさせた。本当にごめん』
しばらく謝罪合戦が続いたが、同じタイミングで吹き出してそれは終わった。
次何かあったら話し合いをすると決めて、その話は終わった。
「でも他に……隣人トラブルって言ってたのとか」
『それは俺と再会したばっかりの時のことだろ?』
「……はい、それもごめんなさい」
『いや、あの時期のことは、中学の時に勘違いさせた俺が悪いから』
逆に一番気にしていたそのことについては、英司はあまり気にしていないようだった。英司からすれば、あの頃の千秋はそれがむしろ普通だと思っている節がある。
しかし、家に入れることを嫌がるのなら、どうして拓也の家に何日も泊まることは簡単に許したのだろうか。矛盾が生じる。
千秋はてっきり、見放されて、近くにいることを拒否されたのかと思っていた。話の内容的にそうではないらしい。それで千秋はショックを受けていたのだから気になった。
それを聞くか聞かないか考えていたところで、英司がまた話し始める気配が電話越しで伝わる。
『……で、拓也くんに言ったのか?俺たちのこと』
「……え?」
最近考えていたことを読まれていたような質問に、千秋は固まった。
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