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タイミングってやつ(10)
しおりを挟むたしかに千秋は、拓也に何度も英司とのことを言おうか迷っていた。信頼しているはずなのに、どうしても踏み切れない。それが千秋の悩みの一つだった。
『悩んでたんだろ?』
最近の拓也と遊ぶことの多い千秋の様子を見て、そう気づいたのだろうか。だとすれば、英司の観察眼は半端なものではない。
「なんでわかるんですか。……俺、拓也は大事な友達なのに、肝心なこと言えなくて、それで……。柳瀬さんは、もし俺が拓也に言っても大丈夫なんですか?」
『俺はいいよ。千秋がいいなら』
そう答えるだろうな、とは思っていた。
実は今回のようなことがあり、さらに千秋の悩みは存在感を増すこととなったのだ。
ここまで来て、何も説明しないのはどうなのか、というのもそうだ。この状況で隠そう隠そうとしている自分は、拓也にも英司にも不誠実だとさえ思えた。それ以上に、拓也になら話したい、話さないとという気持ちが高まっていた。
なのにチャンスと状況が整っているのにも関わらず、なぜこの三日間言わなかったのかというと、やはり一つの不安があったからだ。
『お前の気持ちもわかるよ。あいつ根っからの女好きだろ?でも、俺でもわかる。あいつは心無いこと言うやつじゃないし、そんなことで離れない。でも、それでも不安だよな』
敵視してるのに、英司がそう言うのは意外だった。しかし、まさに千秋の不安を完璧に言い当てている。
もし、否定的なことを言われたなら、それは自分だけでなく英司をも否定することに繋がるから余計に怖かった。
信頼しているのに言うのが怖い、なのにきっと考えても解消されるものではないのだろうという出口のない不安。
しかし、
『信頼しているからこそ、怖いんだろ』
と英司が続けて静かに言った言葉に、ハッ、とした。
「それは……考えたことなかったです」
『いいか、言いたくないなら言う必要はない。けど、千秋は友達として言いたいんだろ?なら、あといるのは勇気だけだ」
「そんな抽象的な」
でも、その通りだと思った。英司が言っているのは、不安を消し去るためではない。不安を捨て切ることを諦めさせ、千秋の背中を押すためのものだった。
『まあ、俺から言ってやってもいいんだけどな』
「ありがとうございます……でも、自分で言います」
『わかった。まあ、なんか言われたらすぐ俺に言えばいい』
でもまあ言われないだろうけど、という意味を含んだ言い方に、少し安心させられた。
「はい。じゃあ、あの……」
『ああ、じゃあ、言えたら……戻って来れるか?俺のところ』
その言葉を聞いて、ぱあっと心が一気に舞い上がった。でも悟られないように努めて返事する。
「……言われなくても、勝手に戻るんで」
『ふっ、わかったよ。じゃあ、そろそろ切るぞ』
「はい……あ、柳瀬さん」
『ん?』
「……あ、あの……」
こんなときにどうかとは思うし、どうも自分らしくないことを考えていた。
……何でもいいから、甘いことを言ってほしいとか。
『寂しい?』
「……っ」
自分で引き止めておいて黙っていると、少なくとも、名残惜しくしているのは伝わってしまったらしい、英司が電話越しに優しく囁いた。
それを聞いて、英司とのわだかまりを解消できたという安心もあり、一気に寂しい、会いたい気持ちが膨らむ。
「柳瀬さん……っ」
『千秋、そんな声出すなよ……』
焦燥が伝わる声で、英司は困ったように言った。
『だめだ、切れなくなる。とりあえずいいか、ちゃんと戻ってこいよ。……じゃあ、切るぞ?』
「うん……」
『……好きだよ、千秋。じゃあまたな』
「……へっ」
最後の最後に爆弾を落として電話は切れた。
好き……好きだって。千秋は、これは嫌われてなくて安心したんだと自分に言い訳しながらも、頬を綻ばせた。
……もしかして、拓也の家に行くことをよしとしたのは、千秋に言うチャンスを与えるためだったりして、という考えがふと過った。本当のところはわからない。けれど、英司のことである。そうだとしても、おかしくないなと思った。
──よし。拓也のバイトは夕方まで。なら、夕食を作っておこう。
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