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前編
「ただいま」のご褒美
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玲一はラークが空にしたエサ皿を片付けながら、ダイニングテーブルの綺に目をやった。
朝食がすっかり遅くなってしまったにも関わらず、彼は目の前の食事に一口も手をつけないままだ。
散歩から戻ってからずっと、話しかけてもどこか上の空。
時折右手首をさすり、虚ろな目をして固まっている。
いつもの食欲不振と様子が違うことは明らかだった。
(頃合いか……)
キッチンに戻り、壁に据え付けられたキーボックスを開けた。
この別荘のすべての部屋の鍵が並ぶ中から、一つを取り出す。
「綺」
催眠術が解かれたようにパチンと瞬いて、彼は玲一を見た。
「探し物を頼みたいんだが」
綺は二階への階段を上りながら、首をひねっていた。
玲一に頼まれた探し物は、鍵穴だった。
「これがどこの鍵なのか探してほしい」
そう言って渡されたのはアンティーク調の鍵。くすんだ金色で、先はとてもシンプルだが、トップには美しい意匠が凝らされている。
納戸を整理していたら出てきたが、どこの鍵だかわからないらしい。
一階の部屋はすべて試してみたが、どの鍵穴にも合わなかった。もしかしたらドアの鍵ではなく、金庫やトランクケースの鍵なのだろうか。だがセキュリティ目的の鍵なら、先はもっと複雑な造りをしていそうなものだ。
二階で鍵穴のあるドアは、廊下の突き当たりにある玲一の仕事場兼寝室、一つ空室があって、綺の部屋、二つの客室と、五つある。
玲一の仕事場を試すのは気が引けるので、そこから一番遠い、手前の客室から鍵を当てていく。
鍵を挿して――回らない。
それを三度繰り返した後。
「あっ……回った」
ドアノブを回して引いてみる。
「――――!」
ドアが開き、目に飛び込んできたものに心臓が跳ねた。
カラン、と手から鍵が滑り落ちる。
「お気に召したかな?」
階段を上ったところに、玲一が立っていた。
いたずらを成功させた子どものように得意げな顔。
歩み寄ってきて鍵を拾い、硬直してしまった綺の手を取って部屋の中に導く。
そこはどう見ても立派なアトリエだった。
入った正面には大きな窓。その向こうにある海に向き合うように立つイーゼル。
傍らには小さなコーヒーテーブルがあって、油絵を描くのに必要な画材が並んでいた。壁際のラックには、大小様々な白いキャンバス。スケッチブックまで用意されている。
「これっ……」
ギュッと拳を握る。
「ここまでしてもらう理由がありませんっ!」
「言っただろう、綺の絵には一目惚れだったんだって。惚れた相手には尽くすタイプなんだ」
「でも、それにしたってっ……」
「最新作を楽しみにしているのは、俺だけじゃない」
玲一がコーヒーテーブルの上にあったガラス瓶を手に取り、そこに立てられていた筆やナイフをごそっと抜いて差し出してくる。
「これ……!」
受け取ると、手にかかるどっしりとした重み。
手の平に馴染む、ぽってりと丸みを帯びたフォルム。
無色透明にも見えるが、ほんの僅かにエメラルドグリーンがかっている。カーテン越しの自然光を通して表情を変える様は、まるで海を閉じ込めたようだ。
色は違うが、覚えがある。
「ガラス工芸作家、紺野冬樹氏の最新作だ。別荘に来る前に制作を依頼しておいたのを、昨日受け取ってきたんだ。なかなか完成の連絡が来なくてハラハラさせられたが、間に合ってよかった」
「……っ!」
たまらず瓶を抱きしめた。
玲一と冬樹への言葉にできないほどの感謝が湧き上がってくる。
それとは別に、チリチリと胸の奥が焼けるような感覚。
早く早くと心が逸り、目が画材に釘付けになる。
「今日は特別に、家事も食事も免除してやる」
玲一が綺の背中をトンと押す。
「描け」
有無を言わせない強い口調。
頷きを返すのがやっとだった。
まるで水を得た魚だ。
綺はスツールに浅く腰掛け、イーゼルに立てたスケッチブックに鉛筆を走らせながら、静かな情熱に目を輝かせている。
ドアを閉めることにも気が回らなかったのだろう。玲一は廊下を通る度に、念願だった緒月綺の制作風景を目の当たりにし、背筋が震えるようだった。
綺とすごすつもりで予定を空けていたのに、結局いつも通り仕事することになったが、一旦作業を始めてしまえば、時間を忘れて没頭してしまうのは玲一も同じ。意識の片隅で隣の部屋の気配を気にしていたが、予想していた通り、玲一が仕事を一段落させるまで、綺がアトリエを出ることはなかった。
夕方、ラークの散歩を済ませ、夕食の準備を終え、さすがにそろそろ休憩させようと呼びに行くと、綺はスツールから立ち上がろうとしてその場に倒れこんだ。
「おい、大丈夫か?」
慌てて駆け寄ると、綺は「大丈夫です」と笑ったものの、なかなか立ち上がらなかった。
「すみません、座りっぱなしだったから体が固まっちゃった上に、久しぶりに集中したら頭がボーッとしてしまって……」
そう言う綺の頰は紅潮していて、その顔には疲れ以上に喜びが溢れていた。これで自分が絵を描く理由が冬樹だけで、絵を描くことが好きなわけじゃないと思い込んでいたなんて、なんだか信じられない。
精力的に活動し、さすがに空腹を覚えたのか、夕食も半分ほどを平らげた。その後、体を解すために風呂を勧めたのだが。
(あいつ、大丈夫か……?)
玲一が夕食の片付けを終え、ソファで読書を始めても、綺は一向に戻ってこなかった。
(まさか……)
本の内容が次の章に移ったところで、綺が浴室で倒れているのではと思い至り、バッと立ち上がる。
「綺っ?」
浴室の外で声を掛けるが、返事はない。
急いで浴室のドアを開けて、思わず脱力した。
「おいおい……」
綺は湯船に浸かったまま眠っていた。
どこか幸せそうな寝顔に、なんだか呆れてしまう。
海辺で彼の右手に力をかけているとき、彼の右手首がありえない角度で曲がっていくのを見ながら、彼の顔が苦痛に歪んでいくのを見ながら、こちらがどんな気持ちでいたと思っているのだろう。
さっさと起こして体を拭いて、とやるべきことは明白なのに、玲一は動き出すことができなかった。
真っ白な湯気の中で、無防備に晒された裸体に、目が釘付けになる。
ペタリと黒髪の張り付いた白い首筋に、ツと雫が伝う。男にしては華奢な体は、もちろん十分な食事を摂れていないせいもあるのだろうが、綺麗な鎖骨がくっきり浮かび上がっていた。
その下で色づいている二つの尖りは、よく熟れた桃のように色付き、ひどく愛らしい。舌で触れればさぞかし甘く感じるに違いない。
下腹部で小さいまま力なくうなだれている男性の証にも、全く嫌な気はしなかった。それどころか、そこに触れて、赤く充血して勃起するのを見てみたいと思う。過去の出来事から性的なことを嫌悪している彼でも、扱けば体を震わせて、快感に啼きながら吐精するのだろうか。
(抱きたい……)
今すぐあの白い首筋に噛みつき、体を貪り、喘ぐのを聞きたい。
ズクン、ズクンと、下半身が疼き出すのを、理性で抑え込む。
薫の言葉を思い出す。
今の自分は、まさにお預けをくらった犬。
「んっ……」
浴室のドアを開けっ放しにしていたからか、入り込んだ外気に綺が小さく震える。
微かに上がった声に理性と本能が揺さぶられる。
今にも神経が焼き切れそうで。
「綺っ!」
発作的に叫んだ。
綺はビクッと震えて目を見開いた。
「玲一、さん……?」
そしてすぐに自分の状況を理解したらしい。
「あっ……すみません、大丈夫です。すぐ出ます」
「……ああ。……無事ならいい」
上擦った声で返して、浴室を出る。
深呼吸を何度か繰り返し、最後に大きく溜息をついた。
真っ白で柔らかなタオルからは、リネンウォーターのいい香りがしている。すっかりふやけてしまった体を拭きながら、綺はボーッと、さっきの玲一の様子を思い返していた。
彼が声を荒げるなんて珍しい。
それに――あの不思議な色。
いつも冷ややかに見えるアイスグレーの双眸は、あの時、少し烟って見えた。熱を帯びて、何かを狂おしく請うような眼差しに、綺は見覚えがある。
『俺、先生のことが好きなんです!』
若い声が、耳元に蘇る。
バイトをしていた絵画教室の生徒の中に、一人とても熱心な男子高校生がいた。彼はいつも最後まで教室に残って、講師陣と少し雑談してから帰る。教室は小さなビルの二階にあって、綺は彼が帰るときに階段下まで見送るのが常だった。
その階段の途中で、彼は綺の腕をつかんで引き止め、もうずっと前から綺のことが好きだったのだと言った。
追い詰められたように震えた声で、秘めてきた思いを語り、それが受け入れられないことを知ると、最後に一度だけ綺を抱きしめた。
その彼の目も、玲一と同じように烟って見えた。
翌日、玲一はまた仕事に出かけた。
今日はそれほど遅くならず、夕食には間に合わないが、綺が起きている内に帰ってくると言い置いて。
玲一が別荘にいたところで彼は仕事部屋にこもっているだろうし、今は綺もアトリエにこもっているだろうが、あるはずの気配がないというのは寂しい。それに――
(あれは……)
ふとした瞬間に、昨夜浴室で見た玲一の様子が思い出され、その度に鼓動が跳ねた。
胸の中のさざめきは、夜が深まるにつれ、息をするのも苦しいほど強くなっていく。
気を紛らわせようと外に出て、玄関から海へ続く階段に腰かけてラークにブラッシングしたが、引っ掛かりがなくなるまで続けても、息苦しさは一向に治らない。
やがて長々と手入れされることに飽きたのか、ラークは玄関の定位置に戻って伏せてしまった。綺も途方に暮れて、海に出て、砂浜に座り込む。
以前、玲一がアトリエに姿を現したとき、彼に連れ出されて見上げた月は、猫の爪痕の様な細い月だった。綺麗だと言うから、よほど眩しい満月なのだろうと予想していただけに意外で、けれどその感性を可愛らしいと思ったのは内緒だ。
今日の月は、あの頃の月よりもずっと大きく膨らんでいる。
ホッとするような乳白色の光が、綺を誘い導くように、真っ黒な水面に一筋の道を作っていた。地平線から海岸へと、星屑をばらまいたように、波間に煌めく道。
(玲一さんみたいだ……)
神様に愛されたように美しい人。
人が意識していようといまいと空に在る月のように、綺が彼の存在を意識するよりずっと前から、絵を通して綺を見ていてくれた人。彼の優しさは月の光のように、六年間暗闇の中で動けずにいた綺をそっと包んで、道を示してくれた。
暗闇を脱した今、綺の目には、これまで見えていなかったものが次から次へと飛び込んできたり、思い出されたりして、それらを一つ残らずスケッチブックに描き留めるのに必死だ。
玲一が綺の世界を変えた。
玲一が綺を生かしてくれた。
湧き上がる感謝の気持ちは、どう表していいかわからないほど。
だが――
(あの優しさの理由は……)
綺の絵に一目惚れした、と玲一は言っていた。絵を見ただけで作家の異変に気付いたくらいだから、その言葉を疑うつもりはない。
だけど昨日、あの目を見てから。
違う理由が潜んでいることを期待してしまっている。
(もし、そうなら、どんなにか……)
波間の道を進んだところで、辿り着けはしない。
手を伸ばしたところで、触れることもできない。
そう思っていたけれど。
指先で月の輪郭を辿り、そして自分の唇に触れる。
何度か贈られたキスの意味に思いを巡らせながら、目を閉じた。
結局、玲一が帰ってきたのは、日付の変わる少し前だった。
綺はベッドの中で、ガレージに入るエンジン音を聞いた。
少しして玄関のドアが開く音。
トントントンと階段を登ってくる足音。
廊下を歩いてくる音は綺の部屋の前で止まって。
コンコンと控え目なノックの音。
カチャ、とドアが開く小さな音。
幸せの音を引き連れてきた男の、灰色の目と目が合う。
「やっぱり起きてたか」
カバンとスーツのジャケットを脇に抱えて、ゆっくりと近付いてくる。月明かりに、うっすら笑みを浮かべた秀麗な横顔が浮かび上がる。
「遅くなってすまない。不安にさせたか?」
からかうような問い。
小さくかぶりを振る。
「あなたは帰ってきてくれるって、信じてましたから」
「……なんだ、やっぱり焦らすと素直になるのか?」
「僕、焦らされてたんですか?」
「いいや、ただの残業」
玲一が笑ってベッドの縁に腰を下ろす。
彼のまとっていた夜気が頬に触れる。
「お帰りなさい」
「ただいま、綺」
この別荘では、これまで綺がどれほど望んでも手に入らなかったものが次々と、いとも容易く与えられる。
温もりのある家。
待ちわびた人の帰り。
その上、その人は綺の部屋を訪れ、笑顔を見せてくれて。
眠る前から夢を見せられているような幸せに心が震える。
けれど、この幸せにこの上があることを、綺は知ってしまっている。
「あの、今日は……」
心臓が暴れて、口から飛び出てしまいそうだ。
喉が張り付く。緊張で乾燥した唇を、そっと舐める。
「ご褒美は、いりませんか?」
与えられる幸せに身を浸すのではなく、幸せを求めて手を伸ばすのは、拒絶される可能性があるだけに恐ろしい。だけど。
「いる」
不安になる間もなかった。
玲一が上体を倒し、シーツごと抱きしめられて――
(違う……!)
心が押し潰された気がした。
玲一のいつも使う香水の香りに混じって、知らない香りがした。
リネンウォーターとはまるで違う、華やかな、恐らくは、女性ものの香水の香り。
それが、何を意味しているのか。
(ああ……そっ、か……)
この別荘という閉ざされた場所で、玲一の優しさを一身に受けていたから、性欲に烟った眼差し一つ向けられただけで、彼の愛情まで自分だけに向けられていると勘違いしてしまったのだ。
(玲一さんは、僕と違う世界に生きている……)
その煌びやかで洗練された世界には、玲一に思いを寄せる美しい女性がたくさんいるに違いない。彼女達も玲一も、心と体は別物だと割り切ることができていて、自分のまとう香りが相手に移ることなど、大したことじゃないのかもしれない。
そんな風に割り切ることのできない綺の世界は、その香り一つで、天国と地獄が反転してしまうのに。
だけど。
その地獄の中に、綺は少しの安堵を見出している。
ほらやっぱり。両親にも愛されなかった自分なんかが、玲一ほどの男に愛されるなんて幸せ、あるはずがなかったのだ――と。
きっと、少し変わったものがつまみたくなっただけなのだ。ボランティアと称して多くの女性と関係を持ってきたような人だからこそ、日常から切り離されたこの環境で、自分のような一介の男子大学生に興味を持ったのだろう。
(僕が玲一さんを独占できるのは、ここにいる間だけ……)
それなら。
「……もう少し欲しいな」
玲一が綺の頰に触れ、かすれた声で囁く。
アイスグレーの双眸が、昨日と同じに烟っている。
獲物を前に喉を鳴らす獣のような、熱い眼差しに射竦められる。
綺はそっと目を伏せ、目の前の唇に、そっと唇を触れさせた。
「シャワーを浴びた後でも、あなたの気が変わってなければ」
感性は繊細だが、潔癖ではなかったはず。
勢いや流れで男に手を出すと後悔するのではと気を回して、頭を冷やす時間をくれたつもりだろうか。もしそうだとすれば、とんでもない杞憂だ。
まるで「よし」を聞いた犬。玲一は自分でも笑ってしまいそうになりながら急いでシャワーを済ませ、バスローブを羽織って綺の部屋に戻った。
帰ってきたときと同じで、ノックをしても返事はない。
気にせずドアを開け、ベッドを確認する。
綺は変わらずそこにいて、部屋の明かりも消えたまま。
けれど、さっきまで半分しか開いていなかったはずのカーテンが全開になっていた。迎え入れられた月光が、室内を青白く照らし出している。
「早かったんですね」
「綺の気が変わってしまわないか心配で」
「それで、髪もろくに乾かさずに……?」
さっきと同じようにベッドの縁に掛けた玲一の髪に、シーツの中から伸ばされた手が、遠慮がちに触れる。めくれ上がったシーツから剥き出しの肩が覗いて、思わず目が釘付けになった。
「綺……」
喉が鳴る。
「……待っている間、どうしていいかわからなくて」
髪に触れた手が、スルリと玲一の首を撫でる。
誘うような仕草と逆に、その指先は緊張からかひどく冷たい。
「でも結局、僕にできるのはこれくらいです。後は……」
黒い瞳が不安に揺れているのを見て、青年の精一杯を知る。
こみ上げる愛しさのまま、そっとシーツの上から体を重ね、唇を重ねた。
震える唇は柔らかく、そして驚くほど無垢だった。舌でその隙間をなぞったところで、開いて受け入れることも、舌を差し出すこともしない。
(いや、違う。これは……しないんじゃなく、知らないのか)
そう気付いた瞬間。
綺への痛ましさと、見知らぬ男達への怒りで胸がカッとなった。
綺は何度となく男に迫られたと聞いている。どれほどの目に遭わされたか事細かに聞き出すつもりはないが、この愛らしい唇が狙われなかったということはないだろう。
なのに綺は応えることを知らない。それはつまり、綺がこれまでに経験してきたキスが、口内で愛情を交わすものではなく、一方的にこじ開けられる暴力でしかなかったことの証ではないのか。
もちろん玲一だって、必ずしも愛情を交わすためだけにセックスしてきたわけじゃない。むしろ、プライベートのない男だの、三度目はないだの言われている通り、仕事上の利害を意識して関係を持つことがほとんどだった。だが、貴重な時間を共有し、体を重ねる以上は、相手に誠意を尽くしてきたつもりだ。
(綺……)
鬼畜共に植え付けられた恐怖心がありながらも、こうして玲一に体を委ねようとしてくれている、綺の決意に応えたい。
額に、瞼に、頰に、鼻梁に、唇に、慈しみを込めて、たくさんのキスを降らせる。白い耳朶を弄ぶように指先で触れ、肩に顔を埋めると、胸にこみ上げるやり切れなさに動けなくなった。
「玲一さん?」
戸惑う声。
「いや……」
微かに笑って、鼻から深く息を吸う。
「いい匂いだな」
「リネンウォーターの……?」
「いや。それよりもっと甘い……美味しそう」
鼻先を首筋に押し付け、その柔らかな皮膚を唇で食むと、綺はくすぐったさを堪えるようにシーツの下で胸を震わせながら「バカ……」と笑った。それだけのことにひどくホッとして、嬉しくなる。
「もっと別のところも味見したい」
艶やかな黒髪を指ですきながら耳元で強請る。
ハッと笑みが強張る。
「怖い?」
「いえ……」
「嫌ならそう言っていい。今ならビンタされても怒らないぞ?」
初めて出会ったときのことを思い出させるように言うと、綺はフッと頰を緩めて、小さくかぶりを振った。
「あのとき言ってくれた通り、玲一さんは僕の絵を守ってくれた……あなたのこと、信じてますから」
気遣われていることも、その理由も、すべてわかっているかのようにそう言って、そっと目を伏せる。
綺はゆっくりとシーツをめくった。
白い裸体が、月明かりの下に晒される。
青白い光を帯びた体はすっかり痩せていて、玲一がヘテロだという事実を差し置いても、到底性的な興奮を煽るようなものではない。
ただ、以前冬樹に苦笑されたにも関わらず、玲一の中には依然として、アートの世界を神聖視するような感覚が残っているのかもしれない。ベッドに横たわる青年の姿は、まるで月の神だか芸術の神だかへ捧げられた供物のように、尊く美しいものに思えた。
触れるのを躊躇うほどの清廉な雰囲気をまとって。
けれど彼は、玲一に抱かれることを望んでいる。
そう思うと壮絶な背徳感に、背筋が震える。
「玲一さん」
消え入りそうな声に名前を呼ばれ、ハッと我に返る。
「……目の当たりにして、今の状況を後悔してるんじゃないですか? これじゃ、ご褒美にならないでしょう?」
冗談めかして言いながらも、こちらを見つめる目は、今にも泣き出しそうに潤んでいて。心細さに耐えかねたように、またシーツを手繰り寄せようとする。その手を、咄嗟につかんで止めた。
(ああ、ダメだ……)
綺の眼差し一つ、仕草一つが、玲一の体に熱を灯す。
バスローブをベッドサイドに脱ぎ捨てる。体重をかけないように気遣いながら綺の細い体をギュッと抱き締め、そっと腰を押し付けて笑った。
「……わかるだろう? 余計な心配してるって」
下腹部に感じる熱に、綺が息を詰める。
「逃げるなら今の内だけど、どうする?」
「逃げたり、しません……」
「よかった。今逃げられたらさすがに辛い」
クッと顎に手をかけて上向かせ、噛みつくようなキスを仕掛ける。
綺の唇はもう震えてはいなかった。それでも、さっきと同じように隙間を舌でなぞり、その奥に舌先を滑り込ませようとすると、ビクッとして唇を閉ざしてしまう。
「ごめん、なさいっ……」
自分のしたことに傷ついたような目をして言う。
「謝らなくていい。そうだな……ああ、いいものがある」
玲一はベッドの下に転がしたままだったカバンから、小さなお菓子の包みを取り出した。袋を開けて取り出したのは――
「金平糖?」
「同期が広島出張の土産にくれたんだ」
指に摘んだ白い粒を綺に見せて、自分の口に放り込む。
不思議そうに見ている綺に、トントンと頰を突いて見せる。
「何味か当てて?」
「えっ……」
「早くしないと溶けてなくなるぞ」
ニヤリと笑って、目を閉じる。
しばらくすると、綺の唇が玲一の唇におずおずと触れてきた。自分がされたことを真似るように舌先が唇の隙間をなぞるのに、玲一はわざと唇を固く閉ざす。喉の奥で笑う気配に、綺は揶揄われていると気付いたのだろう。今度は尖らせた舌が、一生懸命に唇を割ろうとする。まるでツバメの雛が親鳥にエサをねだるようだ。
(かわいい……)
頭ごと逃げようとすると、咄嗟に、といった感じで肩と首の後ろに手を回してホールドしてくる。
あまりの愛らしさに気が緩んだ隙に、グッと舌が入り込んできたので、慌てて金平糖を舌の裏に隠した。それでも、口の中に溶け出していた味は隠しようもない。
答えを得て出て行こうとした舌に、玲一は軽く舌を這わせ、チュッと吸い付いて引き止める。
「んっ……」
玲一の意図を汲んだのか、甘酸っぱく爽やかなレモンの味に興味を持ったのか、綺が自分から舌を伸ばしてくる。
柔らかな舌に、ご褒美として溶けてなくなりかけた金平糖を触れさせてやって、二人でゆっくりと舐め合う。金平糖がなくなっても、微かに残る香りと甘みを探すように、時折唇の端から熱い吐息を漏らしながら、ゆっくりと舌を絡ませ合った。
「何味だった?」
唇を触れ合わせたまま尋ねる。
微かに息を乱しながら、綺が上目遣いに見つめてくる。
「……よく、わからなかったので……もう一回……」
頰を火照らせてのかわいいおねだりに、思わず笑った。
「じゃあ、特別」
星のような粒を摘んで差し出す。
察した綺が恥じらうように目を伏せて唇を寄せ、赤い舌で、玲一の指先ごと金平糖を舐める。温かく濡れた感触と、扇情的な光景に魅せられて、玲一の方が我慢できなくなる。
綺の唇に金平糖を押し込んで、それを追って口付けた。
「んっ……ふ……ぅ……」
お互いに金平糖を押し付け合うようにして舌を絡める。
時折漏らす苦しげな息遣いに、ますます興奮が煽られる。
柑橘の瑞々しい風味を塗りたくるように、口内を余す所なく愛撫する。上顎をくすぐり、歯列をたどり、夢中になって舌を絡ませ、甘酸っぱい唾液を交わし合う。
「はぁっ……」
唇を解放すると、綺が大きく息を継いだ。
溢れた唾液を紅潮した頰に伝わせながら、とろんと蕩けた目が玲一を見つめる。
「気持ちよさそう」
そう言うと、恥ずかしそうに、玲一の肩に額を押し付けた。
「どうして、こんな……キスなのに……」
「これまでのキスは気持ちよくなかったのか?」
「…………」
「それなら光栄。気持ちよくないキスはキスじゃない。つまり……綺のファーストキスは、たった今、俺がもらったってことだ」
綺が驚いたように顔を上げる。
「定説通り、甘酸っぱかっただろう?」
途端、蕩けた目のまま、フワァッと花が綻ぶように微笑んだ。
キス一つで、なんて幸せそうにするのだろうと、こちらまで胸が熱くなる。微笑みを返しながら唇を寄せ、軽いキスを交わしながら、玲一は綺の体に触れていく。
痩せた体だが、なめらかな肌は手の平に吸い付くようだ。骨ばって硬い肩のライン。皮膚の下に肋骨の感じられる薄い胸。柔らかな脇腹を撫で上げると、合わせたままの唇から「はぁっ……」と切なげな声が漏れる。
キュッと細い腰のラインから、浮き上がった腰骨。キュッと締まった小さな尻の奥に自身を埋めることを思うと下半身が疼いて、堪らず反り立った高ぶりを綺の下腹部に擦り付けた。
「っ……!」
いかにもセックスらしい動きに、綺が息を詰める。ゆっくりした愛撫を胸まで戻し、そっと尖りをくすぐると、ピクッと体が震えた。
「ふっ、ぁ、んんっ……」
キスへの集中が途絶え、離れた唇から声が漏れる。
「感じやすいんだな……」
戸惑いと羞恥に潤んだ瞳が、不安そうに玲一を見つめる。
「いい。そういう声を、もっと聞きたい。感じたら声あげて教えて……ほしがって……」
吐息を多く含ませたかすれ声で囁いて、瑞々しいザクロの粒を転がすように、左右の尖りを舌と指先で愛していく。
「んっ……ぅっ、ふっ……」
玲一の下で、綺の体がビクンビクン震え続ける。赤く熟れた粒をキュッと吸い上げると「ひぁっ」と悲鳴のような嬌声を上げた。
「あぁっ……やっ、やめっ……!」
甘い粒を夢中になって貪りながら、先程から腹に触れている膨らみに手を伸ばす。
濃いピンク色に充血したペニスは既に上向いていて、すぐにでも達してしまいそうなほど張り詰めている。トロリと溢れる透明の蜜に手を濡らしながら、その滑りを借りて軽く扱くと、すすり泣くような嬌声がひっきりなしに響いた。
「気持ちいい?」
問えばガクガクと頷くが、果たして言葉の意味をきちんと理解しているかどうか。
「はっ……あっ、あぁっ……んんっ……」
艶のある黒髪が白いシーツに散る。
快感を堪えるように寄せられた眉。
ギュッと閉じた目の端からボロボロと真珠のような涙が零れる。
追い上げる手から逃げるように、押し付けるように、細い腰が揺れる。
さっきまで確かに何も知らなかったはずの清廉な青年が一転、艶やかに開花して、壮絶な色香で玲一の理性をグズグズに溶かしていく。
もっと喘ぐ声が聞きたい。もっと乱れさせたい。もっと、もっと――こみ上げる気持ちのまま、手の中のペニスを口に含む。
「やっ、そんなっ……やだっ! あぁ、やめてっ……!」
フェラをするのは初めてだが、舌に触れる蜜の味はそれほど悪くない。シーツを掻いて逃げようとする足を軽く開かせて、口の中で脈打つものを味わう。
「やっ、玲一、さ……んっ……!」
舌を絡め、すぼめた唇を大きく上下させて絶頂を促してやると、綺は快楽の波の中から手を伸ばすように、玲一の名を呼んだ。
グッと背中を反らす。口の中のものがビクビクと痙攣する。
「あぁっ……!」
一際甘い嬌声が上がり、ビュッと精が吐き出された。
口内に受け止めたものを、玲一は恍惚とした気分で飲み込んだ。
「かわいい……」
ぐったりしてしまった綺の髪を撫で、赤く染まった耳朶に囁く。
すすり泣く声に悲しい響きはない。ただ恥ずかしがっているだけだとわかるから、玲一はうっすら笑って、さっき口の中で果てた綺のものに、自分のものを触れさせた。
ガチガチに屹立し反り返ったものに、綺は驚いたように目を見張り、涙に潤んだ闇色の瞳を向けてくる。
弱った体で受け止めさせるのは酷だ。
そう思っていたが、どうもにも止められない。
「このまま、抱いていい?」
秘部に指先を触れさせて囁いた。
朝食がすっかり遅くなってしまったにも関わらず、彼は目の前の食事に一口も手をつけないままだ。
散歩から戻ってからずっと、話しかけてもどこか上の空。
時折右手首をさすり、虚ろな目をして固まっている。
いつもの食欲不振と様子が違うことは明らかだった。
(頃合いか……)
キッチンに戻り、壁に据え付けられたキーボックスを開けた。
この別荘のすべての部屋の鍵が並ぶ中から、一つを取り出す。
「綺」
催眠術が解かれたようにパチンと瞬いて、彼は玲一を見た。
「探し物を頼みたいんだが」
綺は二階への階段を上りながら、首をひねっていた。
玲一に頼まれた探し物は、鍵穴だった。
「これがどこの鍵なのか探してほしい」
そう言って渡されたのはアンティーク調の鍵。くすんだ金色で、先はとてもシンプルだが、トップには美しい意匠が凝らされている。
納戸を整理していたら出てきたが、どこの鍵だかわからないらしい。
一階の部屋はすべて試してみたが、どの鍵穴にも合わなかった。もしかしたらドアの鍵ではなく、金庫やトランクケースの鍵なのだろうか。だがセキュリティ目的の鍵なら、先はもっと複雑な造りをしていそうなものだ。
二階で鍵穴のあるドアは、廊下の突き当たりにある玲一の仕事場兼寝室、一つ空室があって、綺の部屋、二つの客室と、五つある。
玲一の仕事場を試すのは気が引けるので、そこから一番遠い、手前の客室から鍵を当てていく。
鍵を挿して――回らない。
それを三度繰り返した後。
「あっ……回った」
ドアノブを回して引いてみる。
「――――!」
ドアが開き、目に飛び込んできたものに心臓が跳ねた。
カラン、と手から鍵が滑り落ちる。
「お気に召したかな?」
階段を上ったところに、玲一が立っていた。
いたずらを成功させた子どものように得意げな顔。
歩み寄ってきて鍵を拾い、硬直してしまった綺の手を取って部屋の中に導く。
そこはどう見ても立派なアトリエだった。
入った正面には大きな窓。その向こうにある海に向き合うように立つイーゼル。
傍らには小さなコーヒーテーブルがあって、油絵を描くのに必要な画材が並んでいた。壁際のラックには、大小様々な白いキャンバス。スケッチブックまで用意されている。
「これっ……」
ギュッと拳を握る。
「ここまでしてもらう理由がありませんっ!」
「言っただろう、綺の絵には一目惚れだったんだって。惚れた相手には尽くすタイプなんだ」
「でも、それにしたってっ……」
「最新作を楽しみにしているのは、俺だけじゃない」
玲一がコーヒーテーブルの上にあったガラス瓶を手に取り、そこに立てられていた筆やナイフをごそっと抜いて差し出してくる。
「これ……!」
受け取ると、手にかかるどっしりとした重み。
手の平に馴染む、ぽってりと丸みを帯びたフォルム。
無色透明にも見えるが、ほんの僅かにエメラルドグリーンがかっている。カーテン越しの自然光を通して表情を変える様は、まるで海を閉じ込めたようだ。
色は違うが、覚えがある。
「ガラス工芸作家、紺野冬樹氏の最新作だ。別荘に来る前に制作を依頼しておいたのを、昨日受け取ってきたんだ。なかなか完成の連絡が来なくてハラハラさせられたが、間に合ってよかった」
「……っ!」
たまらず瓶を抱きしめた。
玲一と冬樹への言葉にできないほどの感謝が湧き上がってくる。
それとは別に、チリチリと胸の奥が焼けるような感覚。
早く早くと心が逸り、目が画材に釘付けになる。
「今日は特別に、家事も食事も免除してやる」
玲一が綺の背中をトンと押す。
「描け」
有無を言わせない強い口調。
頷きを返すのがやっとだった。
まるで水を得た魚だ。
綺はスツールに浅く腰掛け、イーゼルに立てたスケッチブックに鉛筆を走らせながら、静かな情熱に目を輝かせている。
ドアを閉めることにも気が回らなかったのだろう。玲一は廊下を通る度に、念願だった緒月綺の制作風景を目の当たりにし、背筋が震えるようだった。
綺とすごすつもりで予定を空けていたのに、結局いつも通り仕事することになったが、一旦作業を始めてしまえば、時間を忘れて没頭してしまうのは玲一も同じ。意識の片隅で隣の部屋の気配を気にしていたが、予想していた通り、玲一が仕事を一段落させるまで、綺がアトリエを出ることはなかった。
夕方、ラークの散歩を済ませ、夕食の準備を終え、さすがにそろそろ休憩させようと呼びに行くと、綺はスツールから立ち上がろうとしてその場に倒れこんだ。
「おい、大丈夫か?」
慌てて駆け寄ると、綺は「大丈夫です」と笑ったものの、なかなか立ち上がらなかった。
「すみません、座りっぱなしだったから体が固まっちゃった上に、久しぶりに集中したら頭がボーッとしてしまって……」
そう言う綺の頰は紅潮していて、その顔には疲れ以上に喜びが溢れていた。これで自分が絵を描く理由が冬樹だけで、絵を描くことが好きなわけじゃないと思い込んでいたなんて、なんだか信じられない。
精力的に活動し、さすがに空腹を覚えたのか、夕食も半分ほどを平らげた。その後、体を解すために風呂を勧めたのだが。
(あいつ、大丈夫か……?)
玲一が夕食の片付けを終え、ソファで読書を始めても、綺は一向に戻ってこなかった。
(まさか……)
本の内容が次の章に移ったところで、綺が浴室で倒れているのではと思い至り、バッと立ち上がる。
「綺っ?」
浴室の外で声を掛けるが、返事はない。
急いで浴室のドアを開けて、思わず脱力した。
「おいおい……」
綺は湯船に浸かったまま眠っていた。
どこか幸せそうな寝顔に、なんだか呆れてしまう。
海辺で彼の右手に力をかけているとき、彼の右手首がありえない角度で曲がっていくのを見ながら、彼の顔が苦痛に歪んでいくのを見ながら、こちらがどんな気持ちでいたと思っているのだろう。
さっさと起こして体を拭いて、とやるべきことは明白なのに、玲一は動き出すことができなかった。
真っ白な湯気の中で、無防備に晒された裸体に、目が釘付けになる。
ペタリと黒髪の張り付いた白い首筋に、ツと雫が伝う。男にしては華奢な体は、もちろん十分な食事を摂れていないせいもあるのだろうが、綺麗な鎖骨がくっきり浮かび上がっていた。
その下で色づいている二つの尖りは、よく熟れた桃のように色付き、ひどく愛らしい。舌で触れればさぞかし甘く感じるに違いない。
下腹部で小さいまま力なくうなだれている男性の証にも、全く嫌な気はしなかった。それどころか、そこに触れて、赤く充血して勃起するのを見てみたいと思う。過去の出来事から性的なことを嫌悪している彼でも、扱けば体を震わせて、快感に啼きながら吐精するのだろうか。
(抱きたい……)
今すぐあの白い首筋に噛みつき、体を貪り、喘ぐのを聞きたい。
ズクン、ズクンと、下半身が疼き出すのを、理性で抑え込む。
薫の言葉を思い出す。
今の自分は、まさにお預けをくらった犬。
「んっ……」
浴室のドアを開けっ放しにしていたからか、入り込んだ外気に綺が小さく震える。
微かに上がった声に理性と本能が揺さぶられる。
今にも神経が焼き切れそうで。
「綺っ!」
発作的に叫んだ。
綺はビクッと震えて目を見開いた。
「玲一、さん……?」
そしてすぐに自分の状況を理解したらしい。
「あっ……すみません、大丈夫です。すぐ出ます」
「……ああ。……無事ならいい」
上擦った声で返して、浴室を出る。
深呼吸を何度か繰り返し、最後に大きく溜息をついた。
真っ白で柔らかなタオルからは、リネンウォーターのいい香りがしている。すっかりふやけてしまった体を拭きながら、綺はボーッと、さっきの玲一の様子を思い返していた。
彼が声を荒げるなんて珍しい。
それに――あの不思議な色。
いつも冷ややかに見えるアイスグレーの双眸は、あの時、少し烟って見えた。熱を帯びて、何かを狂おしく請うような眼差しに、綺は見覚えがある。
『俺、先生のことが好きなんです!』
若い声が、耳元に蘇る。
バイトをしていた絵画教室の生徒の中に、一人とても熱心な男子高校生がいた。彼はいつも最後まで教室に残って、講師陣と少し雑談してから帰る。教室は小さなビルの二階にあって、綺は彼が帰るときに階段下まで見送るのが常だった。
その階段の途中で、彼は綺の腕をつかんで引き止め、もうずっと前から綺のことが好きだったのだと言った。
追い詰められたように震えた声で、秘めてきた思いを語り、それが受け入れられないことを知ると、最後に一度だけ綺を抱きしめた。
その彼の目も、玲一と同じように烟って見えた。
翌日、玲一はまた仕事に出かけた。
今日はそれほど遅くならず、夕食には間に合わないが、綺が起きている内に帰ってくると言い置いて。
玲一が別荘にいたところで彼は仕事部屋にこもっているだろうし、今は綺もアトリエにこもっているだろうが、あるはずの気配がないというのは寂しい。それに――
(あれは……)
ふとした瞬間に、昨夜浴室で見た玲一の様子が思い出され、その度に鼓動が跳ねた。
胸の中のさざめきは、夜が深まるにつれ、息をするのも苦しいほど強くなっていく。
気を紛らわせようと外に出て、玄関から海へ続く階段に腰かけてラークにブラッシングしたが、引っ掛かりがなくなるまで続けても、息苦しさは一向に治らない。
やがて長々と手入れされることに飽きたのか、ラークは玄関の定位置に戻って伏せてしまった。綺も途方に暮れて、海に出て、砂浜に座り込む。
以前、玲一がアトリエに姿を現したとき、彼に連れ出されて見上げた月は、猫の爪痕の様な細い月だった。綺麗だと言うから、よほど眩しい満月なのだろうと予想していただけに意外で、けれどその感性を可愛らしいと思ったのは内緒だ。
今日の月は、あの頃の月よりもずっと大きく膨らんでいる。
ホッとするような乳白色の光が、綺を誘い導くように、真っ黒な水面に一筋の道を作っていた。地平線から海岸へと、星屑をばらまいたように、波間に煌めく道。
(玲一さんみたいだ……)
神様に愛されたように美しい人。
人が意識していようといまいと空に在る月のように、綺が彼の存在を意識するよりずっと前から、絵を通して綺を見ていてくれた人。彼の優しさは月の光のように、六年間暗闇の中で動けずにいた綺をそっと包んで、道を示してくれた。
暗闇を脱した今、綺の目には、これまで見えていなかったものが次から次へと飛び込んできたり、思い出されたりして、それらを一つ残らずスケッチブックに描き留めるのに必死だ。
玲一が綺の世界を変えた。
玲一が綺を生かしてくれた。
湧き上がる感謝の気持ちは、どう表していいかわからないほど。
だが――
(あの優しさの理由は……)
綺の絵に一目惚れした、と玲一は言っていた。絵を見ただけで作家の異変に気付いたくらいだから、その言葉を疑うつもりはない。
だけど昨日、あの目を見てから。
違う理由が潜んでいることを期待してしまっている。
(もし、そうなら、どんなにか……)
波間の道を進んだところで、辿り着けはしない。
手を伸ばしたところで、触れることもできない。
そう思っていたけれど。
指先で月の輪郭を辿り、そして自分の唇に触れる。
何度か贈られたキスの意味に思いを巡らせながら、目を閉じた。
結局、玲一が帰ってきたのは、日付の変わる少し前だった。
綺はベッドの中で、ガレージに入るエンジン音を聞いた。
少しして玄関のドアが開く音。
トントントンと階段を登ってくる足音。
廊下を歩いてくる音は綺の部屋の前で止まって。
コンコンと控え目なノックの音。
カチャ、とドアが開く小さな音。
幸せの音を引き連れてきた男の、灰色の目と目が合う。
「やっぱり起きてたか」
カバンとスーツのジャケットを脇に抱えて、ゆっくりと近付いてくる。月明かりに、うっすら笑みを浮かべた秀麗な横顔が浮かび上がる。
「遅くなってすまない。不安にさせたか?」
からかうような問い。
小さくかぶりを振る。
「あなたは帰ってきてくれるって、信じてましたから」
「……なんだ、やっぱり焦らすと素直になるのか?」
「僕、焦らされてたんですか?」
「いいや、ただの残業」
玲一が笑ってベッドの縁に腰を下ろす。
彼のまとっていた夜気が頬に触れる。
「お帰りなさい」
「ただいま、綺」
この別荘では、これまで綺がどれほど望んでも手に入らなかったものが次々と、いとも容易く与えられる。
温もりのある家。
待ちわびた人の帰り。
その上、その人は綺の部屋を訪れ、笑顔を見せてくれて。
眠る前から夢を見せられているような幸せに心が震える。
けれど、この幸せにこの上があることを、綺は知ってしまっている。
「あの、今日は……」
心臓が暴れて、口から飛び出てしまいそうだ。
喉が張り付く。緊張で乾燥した唇を、そっと舐める。
「ご褒美は、いりませんか?」
与えられる幸せに身を浸すのではなく、幸せを求めて手を伸ばすのは、拒絶される可能性があるだけに恐ろしい。だけど。
「いる」
不安になる間もなかった。
玲一が上体を倒し、シーツごと抱きしめられて――
(違う……!)
心が押し潰された気がした。
玲一のいつも使う香水の香りに混じって、知らない香りがした。
リネンウォーターとはまるで違う、華やかな、恐らくは、女性ものの香水の香り。
それが、何を意味しているのか。
(ああ……そっ、か……)
この別荘という閉ざされた場所で、玲一の優しさを一身に受けていたから、性欲に烟った眼差し一つ向けられただけで、彼の愛情まで自分だけに向けられていると勘違いしてしまったのだ。
(玲一さんは、僕と違う世界に生きている……)
その煌びやかで洗練された世界には、玲一に思いを寄せる美しい女性がたくさんいるに違いない。彼女達も玲一も、心と体は別物だと割り切ることができていて、自分のまとう香りが相手に移ることなど、大したことじゃないのかもしれない。
そんな風に割り切ることのできない綺の世界は、その香り一つで、天国と地獄が反転してしまうのに。
だけど。
その地獄の中に、綺は少しの安堵を見出している。
ほらやっぱり。両親にも愛されなかった自分なんかが、玲一ほどの男に愛されるなんて幸せ、あるはずがなかったのだ――と。
きっと、少し変わったものがつまみたくなっただけなのだ。ボランティアと称して多くの女性と関係を持ってきたような人だからこそ、日常から切り離されたこの環境で、自分のような一介の男子大学生に興味を持ったのだろう。
(僕が玲一さんを独占できるのは、ここにいる間だけ……)
それなら。
「……もう少し欲しいな」
玲一が綺の頰に触れ、かすれた声で囁く。
アイスグレーの双眸が、昨日と同じに烟っている。
獲物を前に喉を鳴らす獣のような、熱い眼差しに射竦められる。
綺はそっと目を伏せ、目の前の唇に、そっと唇を触れさせた。
「シャワーを浴びた後でも、あなたの気が変わってなければ」
感性は繊細だが、潔癖ではなかったはず。
勢いや流れで男に手を出すと後悔するのではと気を回して、頭を冷やす時間をくれたつもりだろうか。もしそうだとすれば、とんでもない杞憂だ。
まるで「よし」を聞いた犬。玲一は自分でも笑ってしまいそうになりながら急いでシャワーを済ませ、バスローブを羽織って綺の部屋に戻った。
帰ってきたときと同じで、ノックをしても返事はない。
気にせずドアを開け、ベッドを確認する。
綺は変わらずそこにいて、部屋の明かりも消えたまま。
けれど、さっきまで半分しか開いていなかったはずのカーテンが全開になっていた。迎え入れられた月光が、室内を青白く照らし出している。
「早かったんですね」
「綺の気が変わってしまわないか心配で」
「それで、髪もろくに乾かさずに……?」
さっきと同じようにベッドの縁に掛けた玲一の髪に、シーツの中から伸ばされた手が、遠慮がちに触れる。めくれ上がったシーツから剥き出しの肩が覗いて、思わず目が釘付けになった。
「綺……」
喉が鳴る。
「……待っている間、どうしていいかわからなくて」
髪に触れた手が、スルリと玲一の首を撫でる。
誘うような仕草と逆に、その指先は緊張からかひどく冷たい。
「でも結局、僕にできるのはこれくらいです。後は……」
黒い瞳が不安に揺れているのを見て、青年の精一杯を知る。
こみ上げる愛しさのまま、そっとシーツの上から体を重ね、唇を重ねた。
震える唇は柔らかく、そして驚くほど無垢だった。舌でその隙間をなぞったところで、開いて受け入れることも、舌を差し出すこともしない。
(いや、違う。これは……しないんじゃなく、知らないのか)
そう気付いた瞬間。
綺への痛ましさと、見知らぬ男達への怒りで胸がカッとなった。
綺は何度となく男に迫られたと聞いている。どれほどの目に遭わされたか事細かに聞き出すつもりはないが、この愛らしい唇が狙われなかったということはないだろう。
なのに綺は応えることを知らない。それはつまり、綺がこれまでに経験してきたキスが、口内で愛情を交わすものではなく、一方的にこじ開けられる暴力でしかなかったことの証ではないのか。
もちろん玲一だって、必ずしも愛情を交わすためだけにセックスしてきたわけじゃない。むしろ、プライベートのない男だの、三度目はないだの言われている通り、仕事上の利害を意識して関係を持つことがほとんどだった。だが、貴重な時間を共有し、体を重ねる以上は、相手に誠意を尽くしてきたつもりだ。
(綺……)
鬼畜共に植え付けられた恐怖心がありながらも、こうして玲一に体を委ねようとしてくれている、綺の決意に応えたい。
額に、瞼に、頰に、鼻梁に、唇に、慈しみを込めて、たくさんのキスを降らせる。白い耳朶を弄ぶように指先で触れ、肩に顔を埋めると、胸にこみ上げるやり切れなさに動けなくなった。
「玲一さん?」
戸惑う声。
「いや……」
微かに笑って、鼻から深く息を吸う。
「いい匂いだな」
「リネンウォーターの……?」
「いや。それよりもっと甘い……美味しそう」
鼻先を首筋に押し付け、その柔らかな皮膚を唇で食むと、綺はくすぐったさを堪えるようにシーツの下で胸を震わせながら「バカ……」と笑った。それだけのことにひどくホッとして、嬉しくなる。
「もっと別のところも味見したい」
艶やかな黒髪を指ですきながら耳元で強請る。
ハッと笑みが強張る。
「怖い?」
「いえ……」
「嫌ならそう言っていい。今ならビンタされても怒らないぞ?」
初めて出会ったときのことを思い出させるように言うと、綺はフッと頰を緩めて、小さくかぶりを振った。
「あのとき言ってくれた通り、玲一さんは僕の絵を守ってくれた……あなたのこと、信じてますから」
気遣われていることも、その理由も、すべてわかっているかのようにそう言って、そっと目を伏せる。
綺はゆっくりとシーツをめくった。
白い裸体が、月明かりの下に晒される。
青白い光を帯びた体はすっかり痩せていて、玲一がヘテロだという事実を差し置いても、到底性的な興奮を煽るようなものではない。
ただ、以前冬樹に苦笑されたにも関わらず、玲一の中には依然として、アートの世界を神聖視するような感覚が残っているのかもしれない。ベッドに横たわる青年の姿は、まるで月の神だか芸術の神だかへ捧げられた供物のように、尊く美しいものに思えた。
触れるのを躊躇うほどの清廉な雰囲気をまとって。
けれど彼は、玲一に抱かれることを望んでいる。
そう思うと壮絶な背徳感に、背筋が震える。
「玲一さん」
消え入りそうな声に名前を呼ばれ、ハッと我に返る。
「……目の当たりにして、今の状況を後悔してるんじゃないですか? これじゃ、ご褒美にならないでしょう?」
冗談めかして言いながらも、こちらを見つめる目は、今にも泣き出しそうに潤んでいて。心細さに耐えかねたように、またシーツを手繰り寄せようとする。その手を、咄嗟につかんで止めた。
(ああ、ダメだ……)
綺の眼差し一つ、仕草一つが、玲一の体に熱を灯す。
バスローブをベッドサイドに脱ぎ捨てる。体重をかけないように気遣いながら綺の細い体をギュッと抱き締め、そっと腰を押し付けて笑った。
「……わかるだろう? 余計な心配してるって」
下腹部に感じる熱に、綺が息を詰める。
「逃げるなら今の内だけど、どうする?」
「逃げたり、しません……」
「よかった。今逃げられたらさすがに辛い」
クッと顎に手をかけて上向かせ、噛みつくようなキスを仕掛ける。
綺の唇はもう震えてはいなかった。それでも、さっきと同じように隙間を舌でなぞり、その奥に舌先を滑り込ませようとすると、ビクッとして唇を閉ざしてしまう。
「ごめん、なさいっ……」
自分のしたことに傷ついたような目をして言う。
「謝らなくていい。そうだな……ああ、いいものがある」
玲一はベッドの下に転がしたままだったカバンから、小さなお菓子の包みを取り出した。袋を開けて取り出したのは――
「金平糖?」
「同期が広島出張の土産にくれたんだ」
指に摘んだ白い粒を綺に見せて、自分の口に放り込む。
不思議そうに見ている綺に、トントンと頰を突いて見せる。
「何味か当てて?」
「えっ……」
「早くしないと溶けてなくなるぞ」
ニヤリと笑って、目を閉じる。
しばらくすると、綺の唇が玲一の唇におずおずと触れてきた。自分がされたことを真似るように舌先が唇の隙間をなぞるのに、玲一はわざと唇を固く閉ざす。喉の奥で笑う気配に、綺は揶揄われていると気付いたのだろう。今度は尖らせた舌が、一生懸命に唇を割ろうとする。まるでツバメの雛が親鳥にエサをねだるようだ。
(かわいい……)
頭ごと逃げようとすると、咄嗟に、といった感じで肩と首の後ろに手を回してホールドしてくる。
あまりの愛らしさに気が緩んだ隙に、グッと舌が入り込んできたので、慌てて金平糖を舌の裏に隠した。それでも、口の中に溶け出していた味は隠しようもない。
答えを得て出て行こうとした舌に、玲一は軽く舌を這わせ、チュッと吸い付いて引き止める。
「んっ……」
玲一の意図を汲んだのか、甘酸っぱく爽やかなレモンの味に興味を持ったのか、綺が自分から舌を伸ばしてくる。
柔らかな舌に、ご褒美として溶けてなくなりかけた金平糖を触れさせてやって、二人でゆっくりと舐め合う。金平糖がなくなっても、微かに残る香りと甘みを探すように、時折唇の端から熱い吐息を漏らしながら、ゆっくりと舌を絡ませ合った。
「何味だった?」
唇を触れ合わせたまま尋ねる。
微かに息を乱しながら、綺が上目遣いに見つめてくる。
「……よく、わからなかったので……もう一回……」
頰を火照らせてのかわいいおねだりに、思わず笑った。
「じゃあ、特別」
星のような粒を摘んで差し出す。
察した綺が恥じらうように目を伏せて唇を寄せ、赤い舌で、玲一の指先ごと金平糖を舐める。温かく濡れた感触と、扇情的な光景に魅せられて、玲一の方が我慢できなくなる。
綺の唇に金平糖を押し込んで、それを追って口付けた。
「んっ……ふ……ぅ……」
お互いに金平糖を押し付け合うようにして舌を絡める。
時折漏らす苦しげな息遣いに、ますます興奮が煽られる。
柑橘の瑞々しい風味を塗りたくるように、口内を余す所なく愛撫する。上顎をくすぐり、歯列をたどり、夢中になって舌を絡ませ、甘酸っぱい唾液を交わし合う。
「はぁっ……」
唇を解放すると、綺が大きく息を継いだ。
溢れた唾液を紅潮した頰に伝わせながら、とろんと蕩けた目が玲一を見つめる。
「気持ちよさそう」
そう言うと、恥ずかしそうに、玲一の肩に額を押し付けた。
「どうして、こんな……キスなのに……」
「これまでのキスは気持ちよくなかったのか?」
「…………」
「それなら光栄。気持ちよくないキスはキスじゃない。つまり……綺のファーストキスは、たった今、俺がもらったってことだ」
綺が驚いたように顔を上げる。
「定説通り、甘酸っぱかっただろう?」
途端、蕩けた目のまま、フワァッと花が綻ぶように微笑んだ。
キス一つで、なんて幸せそうにするのだろうと、こちらまで胸が熱くなる。微笑みを返しながら唇を寄せ、軽いキスを交わしながら、玲一は綺の体に触れていく。
痩せた体だが、なめらかな肌は手の平に吸い付くようだ。骨ばって硬い肩のライン。皮膚の下に肋骨の感じられる薄い胸。柔らかな脇腹を撫で上げると、合わせたままの唇から「はぁっ……」と切なげな声が漏れる。
キュッと細い腰のラインから、浮き上がった腰骨。キュッと締まった小さな尻の奥に自身を埋めることを思うと下半身が疼いて、堪らず反り立った高ぶりを綺の下腹部に擦り付けた。
「っ……!」
いかにもセックスらしい動きに、綺が息を詰める。ゆっくりした愛撫を胸まで戻し、そっと尖りをくすぐると、ピクッと体が震えた。
「ふっ、ぁ、んんっ……」
キスへの集中が途絶え、離れた唇から声が漏れる。
「感じやすいんだな……」
戸惑いと羞恥に潤んだ瞳が、不安そうに玲一を見つめる。
「いい。そういう声を、もっと聞きたい。感じたら声あげて教えて……ほしがって……」
吐息を多く含ませたかすれ声で囁いて、瑞々しいザクロの粒を転がすように、左右の尖りを舌と指先で愛していく。
「んっ……ぅっ、ふっ……」
玲一の下で、綺の体がビクンビクン震え続ける。赤く熟れた粒をキュッと吸い上げると「ひぁっ」と悲鳴のような嬌声を上げた。
「あぁっ……やっ、やめっ……!」
甘い粒を夢中になって貪りながら、先程から腹に触れている膨らみに手を伸ばす。
濃いピンク色に充血したペニスは既に上向いていて、すぐにでも達してしまいそうなほど張り詰めている。トロリと溢れる透明の蜜に手を濡らしながら、その滑りを借りて軽く扱くと、すすり泣くような嬌声がひっきりなしに響いた。
「気持ちいい?」
問えばガクガクと頷くが、果たして言葉の意味をきちんと理解しているかどうか。
「はっ……あっ、あぁっ……んんっ……」
艶のある黒髪が白いシーツに散る。
快感を堪えるように寄せられた眉。
ギュッと閉じた目の端からボロボロと真珠のような涙が零れる。
追い上げる手から逃げるように、押し付けるように、細い腰が揺れる。
さっきまで確かに何も知らなかったはずの清廉な青年が一転、艶やかに開花して、壮絶な色香で玲一の理性をグズグズに溶かしていく。
もっと喘ぐ声が聞きたい。もっと乱れさせたい。もっと、もっと――こみ上げる気持ちのまま、手の中のペニスを口に含む。
「やっ、そんなっ……やだっ! あぁ、やめてっ……!」
フェラをするのは初めてだが、舌に触れる蜜の味はそれほど悪くない。シーツを掻いて逃げようとする足を軽く開かせて、口の中で脈打つものを味わう。
「やっ、玲一、さ……んっ……!」
舌を絡め、すぼめた唇を大きく上下させて絶頂を促してやると、綺は快楽の波の中から手を伸ばすように、玲一の名を呼んだ。
グッと背中を反らす。口の中のものがビクビクと痙攣する。
「あぁっ……!」
一際甘い嬌声が上がり、ビュッと精が吐き出された。
口内に受け止めたものを、玲一は恍惚とした気分で飲み込んだ。
「かわいい……」
ぐったりしてしまった綺の髪を撫で、赤く染まった耳朶に囁く。
すすり泣く声に悲しい響きはない。ただ恥ずかしがっているだけだとわかるから、玲一はうっすら笑って、さっき口の中で果てた綺のものに、自分のものを触れさせた。
ガチガチに屹立し反り返ったものに、綺は驚いたように目を見張り、涙に潤んだ闇色の瞳を向けてくる。
弱った体で受け止めさせるのは酷だ。
そう思っていたが、どうもにも止められない。
「このまま、抱いていい?」
秘部に指先を触れさせて囁いた。
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