白木と武藤

一条 しいな

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 武藤は白木にあまえている。そんな自覚が武藤には生まれた。昨日手当してもらって、なぜか久しぶりに、誰かと話したような気持ちになった。
 武藤は白木に対して、恩を返せないかと考えていた。俺は白木に恩があるのかと武藤はつぶやいた。独り言に近いつぶやきだ。心の中で「恩はない」と己を否定する武藤がいた。
 卵を割って、卵を解いているときの考えごとだと武藤は自分に言い聞かせた。黄色の濃い色がほぐれることによって、均等に白っぽい黄色になる。それに武藤は口元が柔らかく持ち上がる。
 フライパンに油を敷いて、パチパチと油が香ばしくなる匂い、油に火がとおる合図だ。
 武藤の傷口は治っていない。朝、早めに目覚めたとき、傷口が蒸れるので、脱脂綿を変えてもらう。裸になったときには気がつかなかった。武藤は朝日に浴びる白木が美しい肌を持っていることに。きめ細やかな触り心地がした。すっと触るとすいつくような、子どもの肌を触っているような。しかし、ムダ毛が濃い、それが男らしさを引き立てる。
 武藤は自分の腕を見た。自分もムダ毛がある、ムダ毛が濃いというよりほどほどだ。自分の腕をまじまじと見ていると「傷口が治ったら、やろう」と唐突に白木が言った。
「は?」
「やっている間に傷口ができたら、どうする? 死ぬぞ」
「えっ、愛玩だから、コントロールしてくれないのか」
「武藤はコントロールされたい?」
「いや、そうではない。ありがとう」
 いきなり白木の顔が近くになる。黒い瞳が揺れている。武藤は白木の顔が近くて、彼の瞳に自分が驚いた顔、それが鏡のように映っていた。自分の胸の底、さらにその奥にはなんとも言えないしびれを感じる。甘美なそのしびれは、だましうちをした化け物に感じるものではないと武藤は否定する。
「キスしたい?」
「したくない」
 じゃあ、しないと白木が笑った。白木が祐樹のところに連れて行ったとき、無理やり連れ戻した、凶暴なところを見せたくせにと武藤は思った。
 卵が油に弾く。それを聞いて武藤は慌てて火を弱めた。そうして、卵を落とす。昔はこんな手の込んだものを作らなかった。なぜ自分は卵焼きが好きなのかと考える暇も与えず、卵の黄色はブクブクと膨れている。あっという間に焼けるから、卵を巻いていく。簡単なやり方だった。卵焼きを作るのはコツがいるのよと母親が言っていた。
 大切な人には卵焼きを食べてほしいと思っているのか。そういえば、この世界に来たときにも卵焼きを食べた。
 焼いたウィンナーを皿に置き、できた卵焼きを置いて、みそ汁を簡単に作る。キャベツと豆腐を使うつもりだり具沢山でうまそうだと武藤はみそ汁のできを想像した。
 キャベツが柔らかくなり、独特の香りが出てくる。お玉で、沸騰した湯にきのことキャベツが踊っている。豆腐を入れて、茶色いみそを入れる。ついで粉末のだしも。それで、十分だった。
「白木」
 武藤はつい呼んでいた。別に呼ばなくてもいいのだが、一緒に食べたいと考えていたからだ。武藤の呼び声を返される前に武藤の視界が奪われた。
 白木の冷たい手が自分のまぶたに覆う。冷たくて、湿気を帯びている。自分の指とは違う、長い指と手のひらの感覚。異物として感じる。
「白木」
「なにを楽しそうにしているのかなと」
「別に」
「姫に教えてやろうかな」
「なにを」
 フフッと白木が笑う声が聞こえる。怖かったのもある。白木に突然、触れられて、怖かった。それとどうしようもなく、接触された喜びをかみしめている武藤がいる。そういうものではない。武藤の甘さにあげつらうように心の中でもう一人の自分が叫ぶ。おまえは毒されている。甘い毒に浸っているだけだ。
 わかっていている。そうなのだ。
「白木、離せ」
 武藤がそういうと視界が晴れる。武藤の側には白木がいる。短髪の男。着物の男にも見える。そうではないのだ。男だ。化け物だ。
 朝日が台所に当たる。本物の朝日なのか、武藤には判断がつかない。ただ日差しは武藤の髪を赤くして、皮膚に温かさという感覚を与える。そうして、白っぽく部屋を染めるだけだ。
「ビックリした?」
「目玉を取られるかと思った」
「おまえがのぞめば、それをする」
「おまえ」
 あきれている武藤に白木は唇をニィと頬へと持ち上げる、それは、悪童のような笑い方だ。
 悪いことを考えているのかと武藤は体をこわばらせた。実際にはいつでも逃げるようにしていた。しかし、化け物である白木にはそんなことなど、手に取るようにわかり、あざ笑っていることくらい、武藤は知っている。そうではないと、つじつまが合わない。
 白木は楽しそうに目を細めた。なぜか武藤にはクモが張り巡らされた糸を連想させる。武藤にはわからないふりをしようとした。
「朝食ができた」
「おっ」
 そうして武藤の手を白木は見つめていた。白木がなにを考えているのか、わからない。
 武藤は無意識に箸置きから箸を取り出して、箸置きに置く。
「ご飯くらい自分でもれ」
「炊飯器を置いてよかっただろう?」
 いきなり言われた。武藤はぼんやりと炊飯器の存在を受け入れたことに気がついた。武藤は混乱している自分がいた。これはどういうことだ。なにもなかったはず、炊飯器がなかったはずだ。いや、武藤が暮らすようになって部屋の間取りも変わったような。白木が家に電化製品を置くなんて。買ったのか。いや、違う。
「俺が望んだから、炊飯器が存在する?」
「そうだよ。おまえが望んだ。だから、炊飯器を置いた。便利だろう。俺がおまえを受け入れた証拠だ。俺がおまえの望むことをなんでも受け入れる。そう決めた。祐樹に会ったとき。それに、おまえはここに存在していい。化け物の仲間にしてもいい」
「は?」
「俺がおまえの存在を認めた。まだ愛玩ではない。ただ、祐樹は認める自信はない」
 混乱している武藤は日差しを浴びながら、白木の顔を見ていた。日差しを浴びた、白く発光した面(おもて)。真面目な顔をしている白木。ぼんやりした顔をしているだろうと、武藤は自分の顔を想像する。
 武藤は自分の立っていることが不思議だった。ここは自分の安全な場所なのか、わからない。
「それは白木が俺を拒絶すればいられないのか?」
「おまえも同じだ。武藤が俺を拒絶すれば、俺は死ぬ」
 目の前の男が消える。化け物が消える。震えた体が武藤には止められなかった。祐樹を殺した元凶を殺せる。しかし、殺せば祐樹は死ぬ。武藤は愛玩なのではないか。白木がいないので、この世界では無力。食べられる。
「白木が拒絶すれば死ぬのか」
「元の場所に戻れるようにする」
「愛玩ではないか」
「心から言っていないから」
「でも、宮古さんは」
 あれは無理やりだったと武藤が言った。白木はただ静かに武藤の様子を眺めている。それが憎たらしく、武藤は思えた。心を乱している武藤に白木は「飯にしよう」と言った。
 問題をはぐらかす白木に武藤はいらだった。最初にこの問題を話した白木は武藤の用意して食事を器によそる。
 その動作が現実の世界にいるようで、武藤には訳の分からない気持ちにさせた。不安なのかと武藤は自分を問いかけた。答えは出なかった。
「俺は白木の愛玩ではないか」
「仮免だ」
「仮免?」
「そう、俺はおまえの心がほしい」
「そんな恥ずかしいことをしらふで言うな」
「だったら、おまえはなぜ自分を傷つける」
「それは」
「認めたくないから。逃げるよりはいいが、自分を傷つけても、周りを不幸にする」
「じゃあ、どうすればいいんだ」
「身を委ねる。俺を信じろ」
 武藤はその場から立ち去った。部屋に戻ることにした。白木は追いかけない。本当に食べたいわけではない。愛玩になっていたらよかったと武藤は思った。
 白木が憎いと初めて思った。祐樹を殺した怒りが感情があふれそうになる。こんな現状を作り出した白木が憎いなんて、ダメだと叫ぶもう一つの声。なぜと武藤は思った。人を憎んでしまえば、いじめたやつらと同じになる。俺は祐樹になりたいんだ。ともう一つの声が聞こえたような気がした。
 自分で決めろと遠回しに言われた。白木を殺すか。祐樹もろとも。そんなことはできない。白木を殺すことは祐樹の死だ。祐樹は存在させるために、武藤は白木の感情を与えていた。
 布団がそのまま出ていた。文机の紙を見た。ペンを取り出した武藤は自分の感情を吐き出した。混乱していると文を書く。何度も同じ言葉を繰り返す。手が痛くなるほど。せっかくの紙がと武藤は思った。白の紙に青いインクの文字が連なってくる。
 それを見たとき、人に見せられないものになった。インクが強く、かすれるほど強く書いていた。不安定な気持ちが現れた。
「助けてくれ」
 俺はどうしたらいい、祐樹と武藤は口元からこぼれた言葉に失笑した。
 また、祐樹や白木にあまえている。それでもいいのだ。白木が愛玩にむりやりしていれば、こんな気持ちにならなかった。体が熱くなるほどの怒り。自分が無価値だと教える心、誰も救えない。自分さえも。涙で目が見えなくなるほどのみじめな気持ちにさせる。
 白木が武藤を好きと思ったときがいつなのか、武藤は知りたかった。こんな気持ちだったのか。白木が絶望しなかったか。
 武藤は今、絶望している。
 それは武藤が殺したいほど憎んでいた白木に、心を奪われたこと。憎かったとようやく武藤は白木の気持ちに気がついた。そう憎かったのだ。
 それなのに、愛おしい。苦しいと思った武藤はまたペンを走らせる。気持ちを吐き出す以外に方法を知らなかった。
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