白木と武藤

一条 しいな

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 武藤は目を覚ました。寒かったはずが、温かい。誰かがいる。それが穏やかな気持ちにさせる。誰かが眠っている。自分以外に誰かが存在していることにほっとさせる。誰かが一緒にいることは、その人にとって、不幸なことや幸福なことも交互にやってくると武藤は思う。昔、一緒にいても、誰かを不幸にさせることが武藤の気持ちを寂しくさせる原因だと思った。
 武藤は自分が生きているが不思議だった。化け物の愛玩になったのに、まだ生きている自分がいる。飽きられて、捨てられてもおかしくない。それが一人のはずなのに、誰かがいることで穏やかな気持ちにさせる状態にいる。武藤自身、今は生きていることに対して、それが湿気たパセリを食べるような気持ちに似ていると思う。
 悲しいのか、苦しいのか、わからない。ただ生きるのが怖い。生きる気力が失速してしまうのが、悲しいのだ。怖いのだ。もしかしたら、自分を殺してしまわないかと考えていた。
 しかし、それを感じながらも、武藤はその怖さを見つめていられない。悲しい。怖い。自分の体が砂で風によって散らばっていくような感覚だ。だから、武藤は必死になってその温かい存在に手を取る。それはポチだった。懐かしい獣の匂い。武藤は涙を流していた。理由はわからない。
 それで夢が終わった。生きているのが不思議だったのか。悲しいのだ。嬉しいのだ。鼻がツンとした。
 隣には白木がいた。それで武藤はまさかなとつぶやいた。雨が降っている。部屋が寒い。白木の腕の中で埋まっていたい。自分が苦しいとようやく武藤は気がついた。
 雨の降る音、しとしとと天井に当たる音が聞こえる。それを聞きながら武藤は今、孤独なのか、問いかけていた。孤独ではない。客観的に見れば。しかし、武藤はずっと孤独だった。自分が存在している理由は祐樹を生かすためだった。彼がいれば、自分の罪から逃れられると思ったのか。
 そう武藤は自分に問いかける。結局逃げているのだ。武藤は祐樹に助けてほしいだけではないか。怖いときにすがるような気持ちに似ている。
 認められたい。優しい言葉をかけてもらいたいだけで、許してほしい。いびつな生を与えていたことに。殴られても仕方がない。
 死者を愚弄しているようなものだ。誰かを生かすために、自分の感情を与えていたなんて、そんな武藤を祐樹は許さないだろう。そんなことを望んでいない。ただ生きてほしかった。自分のせいで死んだなんて考えてたくない。それと、やはり死んだなんて知りたくなかった。
 あんなに明るい、正義の味方の祐樹が死ぬなんて。そのときに思った。祐樹が死んでしまったら、おばさんは? おじさんは? 
 そんなことが頭によぎっていた。
 武藤は助けたかった。なんとしてでも、自分が犠牲になっても、それが償いだと思ったのかも。
「また、考えていたのか?」
 白木が問いかける声、顔を上げると白木が苦しそうに顔を歪めるのが見えた。武藤は孤独なのか、それは武藤の思い過ごしなのか、わからない。気持ちが乱されていく感覚だと武藤は思った。武藤は涙を流した。
「苦しいのか」
 白木の言葉に武藤は白木の胸板に顔をうずめていた。言葉なんていらないと武藤は思った。武藤は自分の気持ちを「祐樹に会いたい」とつぶやいた。
「それで?」
 おまえは救われるのかと白木が言った。救われる?
「わからない」
 白木が自分の目を見つめていると気がついた。武藤は操作される怖さがあった。目がかち合う中、武藤は白木の目が黒いことを知る。知っている。この闇の中に入れば、落ち着く。
「やめろ」
 武藤は叫んだ。武藤の目を見ること、白木はやめた。その代わり、唇を重ねたのだ。武藤は泣かないで、優しい手の感触に浸っていた。
「人間はこうして慰める」
「しない」
 唇を重ねるだけだった。それなのに、武藤は胸がうるさいことを知った。武藤は自分が操作されているのだと思う。
「俺を操作したのか」
「してほしい?」
「ふざけるな」
 武藤はつい叫んでいた。怒っているのはわかっている。誰だって操作されることの恐怖を知っている。自分が自分ではなくなる恐怖に耐えている。武藤は自分の殻が壊れていくのだ。自分の主軸がぶれている。壊れていくのだ。
「俺はまともではない」
「まともだ」
「どうして?」
「だんだん化け物に近づいていく」
「それはおまえが望んで」
「自分もそうなんだろう?」
 わからない武藤に白木はじっと見つめていた。困惑している武藤に笑いかけていた白木がいた。なぜそんなに余裕になれる。他人だからだ。
「怖い?」
 無邪気に白木が問いかけるのがいら立ちを覚える。
「どうして、白木が俺を化け物にしたい?」
「一緒がいい」
 わからないのだ。こんな言葉が重ねても意味もない。わからないのだということを武藤はわかった。
「もういい。出て行く」
「だめだ」
「じゃあ、祐樹に会わせろ」
「わかった」
 望みを聞いてくれる白木が武藤はわからない。武藤がほしいのに、白木は祐樹を会わせてくれる。それが不思議。この世界は寂しいと初めて思った。元の世界に戻りたい自分がいることに武藤は気がついた。
「武藤はいないからあいつらには見られない」
 そうして、武藤の手を引いた。白木の手で、武藤は誘われるのだ。

 部屋だ。初めてみる部屋だ。野球選手のカレンダーが飾っている。机とパソコンが置いている。ベッドで眠っている祐樹がいた。
「祐樹、大丈夫か?」
 武藤は駆け寄った。本当はやるべきことがある。なぜ自分が生きていて苦しいのか、存在していてはいけないと考えるのかと自分に問いかけることだ。しかし、武藤には祐樹を見たら、それが飛散した。そんなことはどうでも良かった。武藤は祐樹に助けてほしかったのだ。
 それに武藤は気がついていない。自分の中を見つめなければならないのに、自分の外ばかり見ている。自分の怒りは気がつかない。
「白木がおまえを殺すかと思った」
 武藤を見つめてくれるはずの目は天井を向けている。ぼうっとしているようだ。
「アチィ」
 水を持って行こうとすると、ドアノブは透けた。違う自分の手がドアノブを通り抜けたのだ。武藤は叫びそうになる自分を抑えつけて、以前にも同じことがあったと気がついた。真奈美のところに行ったときも、体が壁に通り抜けたことがあった。
 白木の言葉を思い出す。ここにはいないもの。武藤はここにはいないものかと乾いた笑いが浮かべた。それを望んだときもあった。ここにはいたくないから。武藤は静かに祐樹の頬に触る。しかし、触れられない。通り抜ける。ゆえに誰も見ていないから、武藤は大胆な行動に出られる。
 すがっても助けてくれない。存在しているものではない。ならば、少しだけ、自分の欲を出していいのではないか。誰も見ていないのなら、好都合だ。そう武藤は考えていた。
 祐樹の唇が薄く開いている。こんなことはだめだと別の自分が叫ぶ。襲っていることと同じだ。
「武藤」と声が聞こえてきた。武藤の背後に白木がいた。白木は仮面めいた笑いを浮かべた。武藤はああ、試されたんだなと思った。
 しとしとした雨粒が地面に落ちていく音が聞こえる。それが妙に耳ざわりでもある。痺れるような沈黙に、武藤は耐えていた。
「武藤は祐樹が好き」
「わからない」
「なぜ?」
「わからない。祐樹以外を知らないから」
「なにを知らない?」
「祐樹くらいしか心を開いていないから」
「俺はどうなんだ?」
 武藤は黙ってしまった。そういえば、ずっと武藤と一緒にいた白木がいた。白木がただ笑って見ていた。存在しないものではない。それでも、武藤にとってはいないものと似ていて、それは自分の罪を象徴するものだった。
「おまえは俺の、存在を確かめるための存在ではなかった」
「そっか」
 雨の音が聞こえる。なぜか、それだけが妙に耳にこびりつく。白木の顔を見つめている。言い訳をするべきか、わからない。
「なら、なぜ信頼した?」
 契約も結んでいないのにと白木が言った。それはと武藤は言葉に詰まった。ずっと一緒にいるから、それが当たり前になって、信頼したと言ったら、どうなるか、相手が期待するかも。気持ちに答えられないと武藤は気がついた。
「愛玩だけど、俺はおまえを恋愛対象ではないよ」
「わかっていた、だから、心を変えない」
「じゃあ、ここに連れてきたのは」
「見せるため」
 ピンポンと呼び鈴が鳴る。武藤はそちらに気を取られた。武藤は白木の言葉を反芻することをしなかった。言葉として通り過ぎたのだ。
「こんにちは」
 ああ、来たのとおばさんの声が聞こえる。前にきたときは迷惑そうな声だった。それを覚えている。
「祐樹、どうですか?」
「うさなされている」
「熱に?」
 これ、大きいんですが、清涼飲料水です。あと、レトルトになるんですけど、おかゆと冷凍のうどん麺ですと女の声が聞こえてきた。
「彼女か」
 祐樹はいると言っていた。わかっていたつもりだった武藤にはわかっていたのに、胸が苦しい。存在を否定されている。俺はここにはいられない。
「楽しいか。白木。俺を苦しめて」
「じゃあ、帰るか」
 抱きしめない。ただ、言う。こういうときにあまえさせてくれないのかと武藤はつぶやきそうになった。なにがしたいんだよと武藤は白木を恨んだ。
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