万華鏡商店街

一条 しいな

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「で、どうしたい?」
 大滝はまるで子供同士で遊びはなにをするかと問いかけるような軽さで言った。洋吉は神川をみた。
「彼女には悪いんだが、もうつけますのをやめてほしいです」
「成仏じゃなくて」
「さすがに無理難題かなと。後、彼女、幽霊だったんですか」
 三津堂はほほと笑った。のんきに笑っている場合ではない。幽霊だと洋吉は思っていたが、洋吉はだから三津堂に引き合わせたのだ。
 居間では猫が来たのか「ニャアニャア」と鳴き声が聞こえる。
「うわさをすればやれやれ」
「まあおまえさん。よく生きていたな」
「おかげさまで体は丈夫なんで」
「参ったね」
「?」
 洋吉は神川をつれてきていいのか、大滝と神川の会話を聞いて疑問に思った。洋吉は入ってきた猫を見ようとしてぎょっとした。ずぶぬれの女がいたからだ。女学生なのかわからない。ただ、そこには着物がぬれている。髪もほつれ、顔は白く、真っ青だ。神川はじっと女性を見ていた。
「神川さん」
 女が静かに言った。困りますよと三津堂が明るく言った。よく引き入れたなと大滝さんが言った。ニヤニヤと笑っている。茶を用意する三津堂に女はぼんやりとした顔でみている。洋吉は神川を盗み見た。洋吉はしばらく神川にどう声をかければいいのかわからない。
「あの。平気でしょうか」
「平気だ。俺がついている」
 三津堂の代わりに大滝が太鼓判を押すように言うが、神川は居心地が悪いのかちらちらと隣を見ていた。三津堂はしばらくしてから湯気が出ている茶碗を女に出した。狭い一室がさらに狭くなったようだ。紅一点、女は茶碗を触る。触るが、飲めないのか、ちらちらと神川を見ている。
「娘さん。どうだい。この色男」
「すてき」
 でもおうちに入れないと悲しいと言いたげに言った。悲しいという感情につかりつづけていたのか、女の顔は青ざめていた。女の横顔は美しかった。もし生きていれば二人はすばらしい男女の組み合わせのうわさの的になっただろう。女のほつれた髪をかきあげた女はじっとしていた。
「どうして家に行きたいんだね」
「傘と手巾(ハンケチ)を返したいから」
「それだけでいいのかい」
「本当はあっちに連れて行きたいけど」
「けど」
「多分無理だから」
 神川は苦笑いをした。どういうことだろう。洋吉は黙っていた。洋吉はしばらく神川を見ていた。
 洋吉は「どういうことだ」と問いかけると「私を見てくれないから」と女は消え入りそうな声で答えた。大滝は「あんたは成仏したいかい」と優しげの声で言った。大滝の言葉に迷っているように見えた。
「私、わからない」
「気がついたらここにいたか」
「そうです」
「あんたさ。名前は」
「千代子」
「よし成仏しよう。この兄ちゃん達も協力してくれるよ」
 洋吉は驚いたが、神川は神妙にうなずいた。神川はわかるが、なぜ洋吉なのだと三津堂に問いかけるように三津堂を見つめたが、三津堂は素知らぬ顔で「大滝さんに頼もうかな」と言った。
「おう、そうしろ」
「団子を食べましょう」
 いそいそと三津堂は奥へと逃げてしまった。三津堂はしばらく黙っていた。三津堂の背中を洋吉はじっと見つめていた。
 三津堂の小さな背中は頼りなく、またまるで子供のように見えたのは気のせいだろうか。


「前みたいにしないのか」という疑問は確かにあった。三津堂は大滝に気を遣ったのかと考えていた。洋吉はしばらく考えていた。大滝はそんな洋吉を眺めている。
「なあ、不得意、得意があるんだ」と大滝。
「三津堂の得意とは」
「まあわかるよ」
 三津堂が団子を持ってきた。あんこがたっぷり乗った団子は焼きたてではないが、口にほおばれれば、甘い。もちもちとした食感がうまい。濃いあんこはしっとりして粒がある。洋吉は嬉しくなって食べていた。女はようやく手をつけた。洋吉の目には食べても消えない団子だが、女は夢中に食べていたそぶりをしているようには見えなかった。
「ありがとう」
 ございますと女は言った。そうすると女はずっと年下のように洋吉は感じた。洋吉は神川を見つめた。神川は顔色を変えず「そういえば、なんでぬれているんだい」と優しく言った。
「それは」
「覚えていないの」
「はい」
 そうなんだと神川は気にせず団子をほおばる。真剣に聞いていることでなんとか前に進みたいという思いがあるのだろう。なぜか神川の顔は、寂しそうな顔をした。女も気がついたのか少しだけ唇をかみしめた。
「千代子さん。あんたさ。どこにいた」と大滝。
「えっ」
 女は戸惑いを隠せない。不思議な顔している。困っているのか、それとも聞かれてわからないのか、よくわからない。居間は静かである。急に雨が降ってきた。三津堂は店をガラス戸を閉めている。
「まったく寒くてかなわんよ」
「三津堂はなにもしないのはどうかな」
「三津堂はなにかできると思うのかい」
 つい責めるような口調で洋吉がいうと、大滝は問いかける。が、突然笑い出した。
「あいつに、なにができる」
「はあ」
「あんた、あいつのことを知らないな。なあ、三津堂」
「買いかぶりでしょうね」
 三津堂は言った後、しばらく黙っていた。神川は「洋吉君は三津堂さんになんとかしてほしかったみたいだね」と言った。三津堂にこだわる洋吉を神川は穏やかな顔で見つめている。ようやく洋吉は自分が駄々をこねていると気がついた。
「すみません。大滝さんがいるのに」
「まあな。俺が怪しい奴と思っているんだろう。三津堂、力を貸せ。あれをやるぞ」
 はあと戸惑い気味に三津堂は言った。三津堂は三味線を鳴らす。ベンベン、ベンベン。高らかな音が聞こえる。
「女がいた」
「よっ、待っていました」
 大滝がいう。いつの間にか雨の中を洋吉達はいた。冷たい雨が洋吉達の体に当たる。体の温度を奪う雨は、洋吉を冷えた体にする。雨空が見える。
「怖い男がいた」
「怖い男だ。女ばかり、狙った」
 三津堂は歌い出す。なにを歌うのかわからない。ただ歌詞を聞いている内に女の顔色がさらに悪くなったような気がした。女は怯えたように三津堂を見つめていた。
「処女がほしい。誰も汚されない処女」
「千代子さん」
「襲われたとき。女達は親に言われた。おまえが誘ったのではないか。おまえが色仕掛けをしたのではないか」
 チャラチャラチャン。どこからか女の泣き声が聞こえてきた。千代子は顔をさらに青くした。千代子の変化に神川は気がついた。千代子の顔の中からもう一つ別の女の顔がのぞいている。また別の女が頭からぼこりと泡のように顔をだす。メリメリと顔は増殖していくようだ。顔が頭から頭へと生まれてくる。
「神川さんが憎い」
「神川さん。逃げるんだな。こいつの目的ははなからあんただよ」
「三津堂」と洋吉は叫んだ。
「哀れ女達は、身を投げた。川底には、女の悲しみが打ち沈む」
「三津堂」
「神川さん。私の処女を奪った」
「奪っていない。そんなことをしていない」
 神川は逃げようとしない。そんな神川にめがけ女の顔達は「違う」と言い出す。異なる女達の声が聞こえてくる。顔の形が違うように目だけもの唇だけのものもいる。神川は初めて怯えた顔をした。
「なんだ、これ」
「神川、逃げろ」
「逃げろと言われてももう遅い」
 ベンベンと三味線が鳴る。三津堂が三味線を鳴らし続ける。女達はすすり泣く。
 神川はじっと女を見ていた。頭からつくしのように顔や目口が出ている女を。
「ごめんなさい。あなたを刺激するつもりはなかった。ただ、僕はあなたを哀れだと思ったからだ」
「哀れ?」
「雨にぬれたあなたはとても寂しそうな顔をしていた。救いを求めているわけでもなかった」
「あんた、私達をこんな風にしたくせに」
「傘なんてあげなければあなたは幸せだった」
「それは違う」
 洋吉は神川の前に立った。雨粒が激しいのか目を細めている。ようやく洋吉は化け物の前に立った。
「あなたは救ってほしいんじゃないのか」
「そう救って。悲しい。汚い。苦しい。自分が汚れているの。私は悪い。死んでも苦しいって」
「いいんじゃねえの。そりゃあ、苦しい」
 いつの間にか大きな刀を持った大滝がいた。はあとため息をついた。柄をつかんで、刀身がむき出しである。
「なんでもいいならお嬢さん。あの世に行ってもらいますよ」
 なんでもと女達が騒ぎ始めていた。救われると色めき立っている。私は。私は。大滝に向かって女達は突進する。空気が、パンっと破裂したような音が聞こえた。哀れ、大滝は女達にやられたのだろうか。肉体を地にさらしたのだろうか。
 女が倒れた。大滝の大きな刀にやられたのだ。切られたとたん、女が一人ずつ離れる。気がつけば女は離れていく。
「依存したって救われないぜ」
 大滝はそうつぶやいた。女達の泣き声は気がつけばカエルの鳴き声に変わっていた。女達はしばらくゲロゲロと泣いていた。
「なんだ」
「なんだ」と言っているようだった。三津堂は三味線を鳴らしている。
「哀れ。女達はカエルになり、悲しげに鳴く。暁に見えるのは晴れ間かな」
 カエル達を見て「おおい。ばあさん」と言った。ばあさんは気がついたら、提灯と傘を持っている。神川はあっと言った。さっき神川と話したおばあさんである。
「このカエル、あっちに連れて行ってくれ」
「はいはい。かわいそうなカエルちゃん。あんた達、転生しても悪さしたんだ。覚悟しな」
 そう言って千代子のカエルも連れて行ってしまった。風呂敷包みにカエルが集まってヨイショ。そう言って立ち去った。
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