幸福のお茶

一条 しいな

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 夜の色から朝の色に変わっていくのを青年の目は捉えていた。青年には表情のようなものはなく、自分の体の奥にある太古からある部分に耳をすます。体の奥の誰かの体液にまみれて、また汚れている自分がいることに青年は気がついた。
 窓から朝が見える。太陽があり、塔や大きな家らしきものが青年の目には見える。
 白い太陽を浴びて、青年は汚れている自分に忘れそうになるようだ。小さな建物の密集地には平等に太陽が入ってくる。山が見えた。遠くにある。それを青年の初めて見せるあどけない顔だ。年相応というべきかもしれない。
 山がなだらかな曲線を描いているのを見て、青年は泣きたい気持ちになっていた。ふと自分のくしゃみで部屋が寒いことに、青年は気がついた。
「ん」
 吉見が眠っている。裸だ。青年の冷たい眼差しが男に降り注いでいることを知らずに、吉見は安らかな表情で眠っている。
 そっと吉見の首筋に手に触れる。冷たい小さな手に吉見の首はあまりにも無防備だ。吉見の首は青年の両手にはあまり余る大きさだ。青年の長い髪が吉見の体に垂れている。それが幕に似ていた。青年がどんな表情をして、吉見の首を触っているのかわからなかった。
 すっと青年は冷たい裸体を吉見に擦り付けた。吉見が起きればいいと思ったからか、単に寒かったのかもしれない。
「ん?」
「起きました?」
 優しく、青年のささやきで吉見は目覚めた。吉見はまばたきを繰り返して昨日のことを反芻しているようだ。青年は首をかしげた。わからないという顔だ。
「君は一体何者だ。女ではない、だが、男でもない」
「はい。そうです」
「えっ」
「中間です」
 青年はそう言って、自分の股を吉見に見せつけるように、股を開いた。開いたとたん、白いものが間から漏れている。吉見は呆気にとらわれた。
 まさか青年が自分から昨日の自分達の行為を見せつけてきたからだ。まるで首もとに刃物を突きつけられたような気持ちに吉見はなっただろう。青年はそれがわかって、あざ笑いを隠すように下をうつむいた。
「結婚しよう」
 青年には目を伏せて黙っていた。澄んだ池のような色した青年の目はやがて吉見を見つめていた。吉見は弱ったような顔をしている。
「いや、無理か。犯罪か」
「はい。無理です」
 青年が淡々という。吉見がああと頭を抱えた。
「私はあなたを幸福にするために呼ばれました」
「はあ。何を言っているんだ」
「そのままの意味です」
「責任は必ず」
 柔らかな感触に吉見は黙っていた。吉見の唇に少年が吸い付いてきた。長い髪に縛られた男を吉見は思い出していた。青年の目は欲情でもなく、まるで小動物のような色合いがあった。黒い瞳はいろんな色が集まった深い色をした。
「僕と暮らして下さい」
 初めて青年に吉見は怖さを覚えた。それを知っているように、青年は優雅な、花のような笑みを浮かべていた。可憐な花とは違い、妖艶なそれである。
「それから責任を取りませんか?」
「いや親元に戻さないと」
「親はいません」
「いやだから。君、そうだ。名前は」
「胡蝶」
「風俗の源氏名ではなくてな」
「それが私の名です。おかしいですか。ならば名を付けて下さい」
 青年は哀れみを求めるように弱々しい言った。吉見にどう自分が映っているのかがわかっているのか、それをしているのかもしれない。再び青年はくしゃみをした。吉見はため息をついた。
「君は一体何者なんだ」
「……」
 青年は黙っている。その青年をどうにかしようとは吉見自身情事の後の疲れと意外と青年が頑固なことに気がついてやめた。ただ、吉見は自分が犯罪に手を染まっていないか怖かった。
 とりあえず、吉見は青年にシャワーを浴びさせようと、風呂場に連れて行ってみた。
 青年はきょとんとしている。
「どうした。風呂の方がいいか」
「なんですか。ここ」
「風呂場」
「?」
「じゃあ」
 手首をつかまれた吉見は青年をうかがった。青年の小さな顔には不安があった。今までそんな表情を見せただろうか。哀願するように涙目の青年がいた。
「僕を座敷牢に閉じ込めるんですか」
「いや、違う。違うから」
「確かに昔から僕はそのような扱いを受けていましたから、平気です。見捨てられてしまうよりずっといい」
 青年は語り終えると、マットレスに座った。体育座りをして顔を埋めている。吉見は天を仰いだ。相当この子はヤバいと今吉見は思った。青年を刺激したようだが、何が刺激となったのかは吉見は皆目見当もつかない。吉見はため息をついた。
 お湯のコックをひねり、温度を調節して青年の足元にお湯をかけた。
「うわっ」
「ぐたくだ言わないの。体をきれいにしなさい」
「……はい。なんですか。それは」
「シャワー。よし、いい子だから……泣いていたのかよ」
「慰めて下さい」
 青年に言われたまま、吉見は何も言う気にもなれず、少年にお湯をかけた。足元から、腰にかけて湯をかけてやる。少年は鼻をすすりながら黙って受けている。
「シャワーとは妙なるものです。滝を作り出すものとも違う上、暖かい。行水とも違う」
「はいはい。そういう設定ありがとう。体も洗うよ」
 ある程度、体を洗って「髪を洗っていいか」と尋ねるとおとなしく青年は頷いた。犬のように青年の体を洗って、吉見自身も洗った。少年にタオルを巻こうとする前に青年の手が吉見の体を触った。女の子とは少し違う、固い手でボディソープをつけた。それを吉見につける。
「ちゃんと泡立てなきゃだめ。それに風邪を引くから自分で洗う」
「あなたを洗うのが私の役目だと言ったら?」
「冗談キツい」
 青年の手にある、ボディソープを取ってスポンジになじませて、吉見は自分の体を洗い始めた。青年はじっと見ている。
「早くふきなさい。めっ」
 また吉見の体を触りそうになる青年に対して叱ると吉見の言葉がようやく通じたのかタオルに包まれた。
「この着物は?」
「着方がわからないのかよ」
 吉見はさっさとシャワーで昨日の残りを洗い流した。
 青年はじっとシャツを見ている。子供を着せるように、教える。青年は理解したのか、すぐに着方を覚えたが、青年の華奢な体には吉見のズボンやシャツは大きすぎていた。青年の首筋には鬱血した跡が模様のように残されていた。吉見はまた罪悪感にとらわれた。


「……かまどはありませんか。食事の用意を」
「いいよ。作るから座って。胡蝶はいいんだ。負担をかけたから休んで」
「夜の枷くらいなんともありません」
「健気なのはいいけど、シャワーを知らない胡蝶に何ができるんだい」
 吉見は面倒になり彼の名前を呼ぶことにした。胡蝶は唇をかみしめていた。胡蝶の唇に吉見は触れた。赤い唇を触ると、胡蝶の目は潤んでいた。青年の瞳には深い色が映し出している。吉見は思わずうめき声をあげた。
 かわいらしいと思ったからだ。いくら胡蝶が男性と女性の中間。男性器と女性器を併せ持つ少年のような体をしてもだ。青年だと吉見は解釈している。なぜならなば胸がない。胸があれば女なのかという問いかけには吉見は答える気などない。
 今吉見の目の前にいるのは純然たる青年。しかも年幾ばくもない、か弱き青年なのだ。
 かわいいのはわかるが、欲情した自分に吉見は殴り倒したい気持ちになった。吉見はそんな自分に打ちのめされていた。
「とりあえず、作るから」
 冷蔵庫を開けて、食事を作る。何かするたびに「なんですか」と問いかけなず、吉見の行動を逐一観察している青年がいた。青年は触ることもなく、珍しげにフライパンを見たり、水道や冷蔵庫を見ている。吉見にはうっとしいが、かと言って青年に対して邪険に突き放すわけにもいかなかった。
「君、どこ出身だい」
「緑龍山(りょくりゅうざん)からです」
「は?」
「何を言っているんだ」
「皆さん最初はそう言います。前のご主人様もそうでした」
「ご主人様?」
 吉見は食事をする。頭が考えることをやめているようだ。吉見の様子を見て胡蝶は自分の言っていることを信じていないのかわかっていないようだ。
「私を抱くたびに幸福になるんです」
「エロ漫画ですか」
「エロ漫画?」
 胡蝶が不思議そうに繰り返している。吉見は時計を見て、なるべく早く食事を終わらせていた。
「どこに行かれるのですか。従者として私もついていきます。休みの一時には私のあそこで癒やして」
「結構だ。あのね。淫行って知っている。君のような青年に淫らなことをすることだよ。それって犯罪なんだよ。だからできない」
「それでは、なぜあんなことをしたんですか?」
「いや、そうではなく」
 吉見は茶碗を洗いながらスーツの皺をいつ伸ばそうかと考えていた。
「頭が痛い。仕事に行く」
「えっ。ご主人様」
「お昼には戻るから、休んでいて」
「やはり女の姿をした方がよろしかったでしょうか」
「いや、そのままでお願います」
 そう言って吉見は新しいスーツを着て、コートを羽織った。ネクタイをしめると、胡蝶の香りなのかあのバニラのような香りが鼻についた。
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