羅針盤の向こう

一条 しいな

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 僕はレポートとテスト勉強をした。そろそろ近いゆえに。ノートを見ながら要約して、暗記ノートを作った。そうしている内に時間がすぎて、勉強をするのも疲れた。
 気晴らしにスマホを見た。スマホには何もなかった。SNS上では誰もしゃべらない。画面だけ見て、そのまま現実に僕は帰った。本当は梨田さんに理解してほしい僕がいた。梨田さんに自分を守るためと言われたとき、傷ついている自分がいた。
 どうして認めてくれないんだ。ただ、男が好きなだけなのに。それだけなのに、まるで襲われると言いたげである。真澄ちゃんと僕との差はなんだろうと思う。しばらくしてから僕はぼんやりしていた。実際には考えることをやめた。
「拓磨、大丈夫か」
 そんな言葉が口から漏れていた。そのままシャワーを浴びて布団の中に潜り込めば眠れた。
「拓磨」
 いきなり呼び止められた。だから振り返った。お昼休みの食堂である。今日は誰も一緒に食べないから、梨田さんと食べる約束した。梨田さんが笑っている。
「おまえゲイだって。キモイな」
 はっとした。そうして僕は布団からはねるように起き上がった。顔を片手で覆い、しばらくじっと耐えていた。夢見が悪い。
 カーテンの外側はまだ暗く、僕は途方にくれた。第一そういう気持ちになったからだ。梨田さんがそういう気持ちをぶつけたら僕は傷ついて殴るだろうか。カラスが鳴いている。物悲しい気持ちをさらに強くする。
「梨田さんからだ」
 SNSだった。ごめんなと書かれている。よくわからない。真澄ちゃんに相談したのだろうか。そんな不吉なことを考えていた。
『真澄ちゃんに相談したんですか』
 未読のままだった。ぼんやりとスマホを見たが、やめた。また布団の中に潜り込めば、違う夢を見られるだろう。僕は怖かったけど、無理やり目を閉じて眠りにつこうとした。

 たん、たら、たんたら、たんたら、たんたらたたん。ピアノの音が聞こえていた。気がつけば夜がピアノを弾いている。夜の背中は沈黙を守っている。ひたすらピアノを弾いている。グランドピアノだ。どんな曲だろう。夜は歌わない。夜の声が聞きたいと思っていると。
 スマホが鳴った。あわてて画面を見れば電話がかかっている。
『拓磨。拓磨か。もう授業始まるぞ』
「ええっ」
『まさか、今起きたのかよ、早くしろ』
『わかった』
 身支度も適当にリュックをつかんで走っていた。夜はピアノなんて弾かない。そんなことを僕はつぶやいていた。
「間に合った」
 財布を忘れた。疲れた。授業になんとか滑り込んだ僕に、戸井田が苦笑いを浮かべていた。気がつけば休み時間だ。みな疲れたと言って雑談をしている。教授も生徒との質問に答えている。
「いやあ。素晴らしいねえ」
 他人のことだからそんなことを言えるのだ、と僕は戸井田をにらみつける。戸井田は気にしていないのか、ははと笑っているだけだった。
「寝癖をつけている。なにやっているんだよ」
 次の授業のために教室を移動する。廊下で永野がこちらに来た。戸井田とは別れた。
「あっ、寝癖をつけている。どうした拓磨。意気消沈して」
「おまえ、僕の体力を使わすな」
「じゃあ。ガムやる」
「ありがとう」
 辛いガムをもらい、ふらふらしながら歩いていく。次の授業は永野と一緒だった。永野の隣を歩きながら僕はあくびをした。体が栄養を求めている。
「それにしても真面目な拓磨が、遅刻なんて珍しい」
「二度寝したから」
「ああ。二度寝は気持ちいいからな」
 そんな会話をしていた。
 遠くから梨田さんらしき人がいた。僕は人ごみにまぎれるように気をつけた。梨田さんは幸いなことのことに、知らん顔で歩いていた。僕に気がついてないようだ。だから、ほっとしていると永野の不思議そうにつぶやいた。
「何、ほっとしているんだ」
「別に」
「ならいいけど。そういえばさ。真澄ちゃんはどうなった。最近一緒にいないけど」
「いや、一緒だった」
「あいびき」
「違うからな。絶対に違うからな」
 にっこりと永野は笑った。楽しげな笑みを見ていると、他人ごとのせいか面白がっているのがわかる。張り倒してやりたいという気持ちになるのは誰だって思うだろう。
「面白がってないか」
「いんや。かわいいね。拓磨は」
「かわいい。どこが」
 ふふっと笑われた。不快な気持ちになる。それが相手も手に取るようにわかるのか、永野は笑みを深めた。からかえばいい。広い講堂に生徒達が好きな席に座る。曇り空から薄日が出ている。
「それにしても。拓磨の春は真澄ちゃんか」
 やめろと目で伝えようとすると永野は何を勘違いしたのかこちらをのぞいてきた。
「真澄ちゃんと寝ているのか」
「有り得ない。キモイぞ」
「冗談に決まっているだろう」
 ひとしきり遊ばれた。永野は楽しかったようだが、僕には軽口というより胸が痛かった。真澄ちゃんと寝ているわけではないが、真澄ちゃんを否定することにより僕自身も否定しているような気がした。だから、真澄ちゃんに優しくしてしまうのかと己を分析する。
 永野と授業が終わって、教室で別れた。まだまだ授業が残っているので歩き出す。次の授業はと考えていると肩をたたかれた。
「あっ」
 梨田さんだった。梨田さんは真剣な顔でこちらを見ていた。
「SNSを見た」
 僕は口早に「授業があるんで」と逃げ出そうとした。腕をつかまれた。そうして、梨田さんが「話がしたい」と言った。
「五限まであるんです。無理です」
「五限まで待つから。カフェテリアにいる。じゃあ」
 そう言われてしまった。僕の返事は聞かなかった。僕は梨田さんの後ろ姿を見ているくらいしかできなかった。
 一日中気が重い。気晴らしにSNSを見る。夜が写真をあげていた。ピアノの前に座っている。数人の音楽関係者に囲まれている。それは誰かが取ったのかわかる。夜のリラックスした表情から親しい人というのがわかるから嫉妬した。
「すごいな」
 間違えたと書かれていた。数分したら消された。僕は残してほしかったからまた写真を上げろと書いた。
『なんで』
 と言われた。それ以上変なことを書かないか不安になる。
『いい写真だったから』
『じゃあ。気が向いたらな』
 絶対に気なんて向いても写真を上げることはしないとわかっていた。
『わかっているよ』と書いて消して『楽しみにしている』と書いた。
 もし顔を合わせたら何を話しただろうか。そんなことを考える。SNSじゃあ伝わらない思いに僕はほっとした。画面を見たまま。
『新曲を作る』と夜が書いた。
『じゃあ、ライブ行くよ』
『おっ、ありがとう。といっても手伝いだから。俺が歌うわけじゃない』
『そうなんだ』
『ガッカリした』
『試すなよ』
 夜は笑っているのかなと僕は想像した。ちょっとひねくれている夜はこうして試すのかもしれない。僕のことを信頼しているのか怪しいところだ。
『そろそろ授業だから、じゃあな』
 と言って教室に向かう。エレベーターに乗り、梨田さんのことを思い出す。エレベーターはたくさんの人が使う場所だからか、混んでいる。ぎゅうぎゅう詰めになり、いったん奥の人を出すために外に出るなんてあった。教室に入ると授業のレポートをやっている人もちらほらいた。僕は課題も課題に追われた。
 レポートを書いたが、なんとも言えない出来だ。これは難しいと思う。評価が別れるだろうか。
 課題を書くように言われた用紙は授業中に提出された。梨田さんのことは忘れてとりあえず、授業に集中する。


 五限が過ぎた。辺りはすっかり暗くなり、教室の明かりが灯り、おいしそうな匂いをカフェテリアはしていた。僕は梨田さんを探した。梨田さんはパソコンで何かを書いていた。
「こんはんば」
 僕は緊張気味に言った。梨田さんも緊張気味に「よっ」と言った。
「何か頼むか。俺のおすすめはパンケーキなんだが、大丈夫か。あっ、俺が払うね」
「カフェラテにします」
 そっか。カフェラテはまだ人がいた。外国人の先生や女子がいた。僕は売店の販売機から買って注文した。アイスクリームが売っていますと黒板に書かれていた。
 梨田さんが座っている席は端っこだった。窓側はだいたい勉強している人だった。梨田さんと二人用の席に座る。熱いカフェラテを僕は紙コップを落とさないように気をつけた。
「で、なんの用ですか」
「ちょっと移動するか」
 パソコンを閉じて、食べ終わった食器を置いて、梨田さんはコーヒーを注文した。そのまま紙コップを持って移動した。
 あまり使われていない教室に入る。静かで防音加工がされている教室だ。鍵を閉める両方。僕はなんとなく危ないような気がして「梨田さん」と言った。
「聞かれたくないだろう。わかっている」
「またあの話ですか」
 教室のイスに座る。固いイスである。暖房がついた。電気もつけた。外からライトアップされたビルが見える。梨田さんはコーヒーを飲んだ。
「俺、驚いたんだ」
「僕に。違いますからね」
「違う。本当の話をしなくていいから。俺の推測だから、いいんだ。おまえ、好きなのは夜だろう」
「それは」
「言いたくなければいいんだ。わかっていたから、なんとなく」
 僕の顔色は青くなっていただろう。誰かに僕の気持ちを悟られる恐怖。それに僕は耐えていた。
「脅しですか」
「違う。ただ、俺にはちょっとだけ試したいことがあるんだ」
「なんですか」
「キスできるのか、俺と」
 梨田さんの言葉に僕の腕はとっさに動いた。
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