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しおりを挟む僕は夜の顔を見ている。夜の顔に変化らしいものは見受けられなかった。雑談の延長だろう。大きな瞳が僕を映した。僕に対して夜はなんだよと言った。僕は黙って首を振る。
「寒くなってきた」
「そうなんだ」
夜は皮のジャケットでも寒くないようだ。秋から冬に変わる寒さだろうか。寒気はまだ来ていない。冷えている。体をさすっていると夜は「薄着だと風邪を引くな」としみじみと言われた。
「夜。僕は寒くてだめだ」
「よし。じゃあ帰るか」
「えっ」
「えっ、って。家に帰れば暖かいだろう」
「かわいい彼女もいるし」
口では言いたくないことを僕は言った。口の中では違和感というか不快感が増した。夜とは離れたくない。それは僕だけで夜にとって僕はそれだけ。友人ということがわかる。夜は恋人がいる。それだけ。
「なにをぼうっとしているんだよ」
「なんでもない」
疲れた、疲れたと言ってみた。体がずっしり重いような気がする。体が疲れているのがわかる。ただ、夜が笑った。
「俺も」
「楽器弾いているときはなんとも思わないけど。ライブがあるんだけど」
「買う」
財布を取り出して金を払う。なんとか見られる時間帯だった。夜は笑った。いいカモだなととっさに思った。しかし、ライブは楽しみだ。
「そういえば、うちの学祭でやるのかよ」
「うん。まあ」
「前座か」
そういうと曖昧にうなずいた。インディーズだからか、あまり大手では利用されないようだ。夜自身くすぶっているのかわからない。顔だけで売れない世界でもあるし、顔だけで売れてしまうときもたまにある。
「おまえさ、どうして俺に付き合うのさ」
「いや、友人だから」
「それだけ」
ドキリとした。だから目をそらすわけにはいかなかった。どうしてという質問に答えたら軽蔑されるのはわかっていた。
「好きだから、おまえの声」
嘘はついていない。夜は困ったように笑った。
「ジャンルは好きじゃないのに」
「やりたいようにやれよ。自分にうそつくな」
そう僕がいうと夜はじっと聞いていた。そうして髪を触った。僕の髪を。僕はびっくりした。
顔も赤いと思う。夜の手が僕の髪を滑るようにすく。僕はしばらく黙っていた。
「おまえさ。わかっていないな」
そう言って夜は笑っていた。夜がなぜ笑っているのかわからない。怒るところだと思う。それなのに夜は笑っている。
そんなことより僕はしまりのない顔をしていると思う。夜にはわからないだろう。僕が嬉しいことなんてと思う。
「わからないな」
夜の目を優しく見つめている。夜の目は優しくて、ただ夜の目をずっと見つめていたい。夜の黒目、大きな目。夜の手がまた僕の髪を子供みたいにすいている。優しくて僕は勘違いしたい。勘違いをしてもいいだろうか。
「夜」
ふわりと香水の匂いがした。優しい香りだった。そうして柔らかい感触に僕は戸惑った。
「今の、忘れろ。ごめん」
そう言った。夜は苦々しい顔になった。まるで夜がしまったという顔にしている。夜はしばらく黙っていた。
「ごめん」
僕はただ、ぼんやりとしていた。現実味がなかった。夜には彼女がいる。それなのに僕をキスした。浮気と僕が言葉をもらした。それを夜以外にわからない。でも僕にはわかる。夜が気まぐれでそんなことをしたこと。
「僕が好きならば、頼むから別れてくれ」
そう言っていた。うぬぼれていると僕は思った。
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