羅針盤の向こう

一条 しいな

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 バイトの帰り、夕飯にするためにコンビニに寄る。明るい電灯が目にまぶしく、入ってくるなり有線のメロディーが出迎えてくれる。寒いからふわりと暖かい空気、エアコンの暖かい乾いた空気が体をなでる。
 お惣菜コーナーに行き、残り少ない弁当を買う。本当は自炊がいいけど、そんな気力はない。言い訳程度にサラダを買う。後カップスープのトマト味も。お茶を買わず、眠そうな店員に会計してもらう。体が疲労しているのか、いつもより体が重い。
 重い足取りというのはこういうことかとひっそりと笑う。そうして夜がコンビニに向かっていく姿を見た。迷っているわけではないが、慌てて駆け出す。聞きたいことはいっぱいあったからだ。
 夜の街は寒い。顔がヒリヒリするくらい冷たい。だから、駆け出すと余計に体感温度が低くなる。
「夜」
 僕がいう。叫び声に近い。夜は振り返った。夜はコンビニに入る前だった。
「よっ」
「元気だったか」
「走るなよ。逃げないからさ」
「いや、そうだけどさ」
 僕は笑っている。夜の目はコンビニのビニール袋に止まる。僕は笑った。
「夕飯、これからか。それよりうちの大学にいなかった」
「おまえの大学はどこだよ」
 自分の大学の名前をいうと「新しい職場」とだけ答えた。
「コンビニか」
「そう」
 機嫌よく言う。夜は不思議そうに笑った。
「ダメ?」
「だめじゃない。ただ女の子がわらわら」
「そんなつもりはない。ただのバイトだからさ」
 そう言ってコンビニの中に入っていく。僕はあとをついていくか迷ったが、ついていく。同じ様にみえて実際差違がある商品を見ながら夜は物を買っていく。
「彼女はよく許したな」
「ああ。別にいいじゃないと言われた」
「あっそうか」
 働いてくれればいいんだろうな、彼女としては。そんなことを考えていた。彼女の分が必要なのか二人分の食料を買っていく。僕は黙って見ていた。
「彼女かわいい?」
「怖い顔をするな」
 はっとした。そんな僕に「かわいいのか?」と言われた。
「まあかわいいよな」
 うらやましくないのにそうそう言っていた。夜はニヤニヤしながら「まあな」と言った。そんな僕はヒリヒリと胸を痛めていた。そんな自分を気がつかないように「どう。最近ギターは」と話題を変えた。
「ストリートライブの場所、駅前に変えた」
「へえ」
「悪くないよ」
 たまに面白がる奴はいるけど、と付け加えるように言われた。夜は別に気にしていないようだ。
「強いな」
「まあさんざん言われたから」
 誰にという問いはできなかった。詮索するようでなんとなく聞けなかった。
「なにか言え」
 そう言われてしまった。僕はきっと困ったように笑っていただろう。腑抜けというような顔をして。
「ごめん」
「謝るな」
 さらに言われてしまった。僕はぼんやりと想像してみた。一体誰にボロクソ言われたんだろうかと。
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