61 / 83
40
しおりを挟む
それっきり会社でバイトをしないかという話は出てこなかった。上司と肩を並ばして駅に入る。寒かったが、駅は暖房をついておらず、人の熱気がこもっているようだった。僕と上司は一緒の線路でぼんやりしながら話していた。上司は酒が入らないとあまえてこなかったから僕は安心した。
寒いと思うから、僕は背広から羽織ったコートの襟を立てようとした。
「拓磨はさ。なんでこっちに来た」
「えっと、物が作られるところ、それが好きなんです」
「製造に行きたいとか」
「いや、そこはまだ」
「いろんな業種をやってみるといいよ。どんどん挑戦して調整して自分を知る。それがいいよ」
ありがたい言葉をもらった。でもそれは途方に暮れてしまう。まるでなにもない道を作るのと似ている。自分というものを手探りで探し当てるのがどんなに大変かと僕は想像する。
「うーん」
「悩め、悩め。悩んだ方が勝ち。簡単に自分なんてわからないよ。俺だってそうだった」
笑われてしまった。僕は恨めしい気持ちにもなった。恨めしくて、自分という曖昧なものをつかむようだった。
最寄り駅についたので上司とは別れた。僕はスマホを見た。SNSでは友達と話していた。がんばれと声をかけられたとか書いた。そうしたらいいな、期待されていると言われた。
『戸井田はどうだ』
『俺? うん。まあつらいわ』
『自分を見つけるだってさ』
『自分ねえ。それでアピールするんでしょ。口がうまい奴が勝つんだよな。世の中は』
『自分の思いをのせたらとかラジオで聞くけど』
『熱意だけで買ってくれるならいいけど。そんな熱意はねえよ、俺』
『だよな』
そんな夢中になるものがあるだろうか。そんなものが自分に眠っているのか怪しいくらいだ。ぐずぐずとした気持ちになっている僕を『やるしかねえか』と戸井田が励ましてくれた。
『ありがとう』
『お互いさま』
スマホをしまう。ぼんやりと考える。昔はなにを夢中になっていたか。記憶があまりにもない。そういう記憶がないだけかもしれない。違うかもしれない。
流れる風景はビル街から住宅に変わろうとしていた。寒そうな夜の風から守ってくれる車内で僕は考えていた。なにが心に響いたのか考えていた。
自分がなにをしたい。それは漠然としてつかめない。どんなことをしてきたかを思い出さないときっと自分はわからないだろう。
「わからないな」
そうつぶやいている僕がいた。
物を作るのが好きだったような気がする。模型を作る趣味は父にはあった。父の手からゆっくりと、着実に作られていくものは見ていてうずうずした。僕は手伝っていた。たまにドジを踏んで父に怒られた。
父も大人げない。
それでもめげずにいたのは、なにかできたという喜びが好きだった。だからか、パンを作っている母にも反応した。母は専業主婦ではなかったけど、休日に疲れた体を鞭打ってパンベーカリーでパンを作るのが趣味だった。
母を手伝うことがなかったが、前日からパンを練る機械を覗こうして怒られた記憶がある。そんな自分が今パン屋を手伝っているのは不思議だ。製造に関わりたいのだろうか。と問われたけど無理だと思っている。
器用でもない僕が、パン屋を勤めるのは情熱が必要になると思うからだ。
じゃあなにができるというと小手先で考えたような理由しか浮かばなかった。もっと芯が通っていないとだめだと僕はわかっているからため息をついた。
自分がだめな人間のように思えた。
考えたが、よくわからないからスマホを見る。焦り、周りは着実に進んでいるんだろう。就活センターで相談をするべきかもしれない。
バイトは魅力的だったのになんで断ったんだろう。まるで裏切りをしたような感覚。
周りを見れば、疲れたような顔をしているサラリーマンに囲まれた。この人達も僕と同じように気持ちになっただろうか。なったから今ここにいるんだ。
僕は無性に苦しくなった。
夜の歌を流す。家に帰ってパソコンに落としたCDを聞く。それを聞きながら書類やレポートを書いていた。僕の感想を書いていた。ここをこうしたらという意見は生意気に書いているときもある。仕事をしているんだというよりごちゃごちゃ言っているだけのような気がする。ブルーライトから守る眼鏡をかけ、ひたすら画面を見ていた。疲れたとつぶやきそうになる。
「夜。元気」とメッセージを送る。夜からの返事は返ってこない。それでいいやと僕は考えていた。
夜のやりたいようにやる。僕も僕でやりたいようにする。結ばれたい気持ちはあれ、ノンケには無理させたくないという気持ちもまたある。
夜の声を聞きながら、僕はムラムラしたような気持ちになった。僕はディッシュをよせる。頭の中で夜を描く。
コンビニのおにぎりを持つ手をイメージして自身のものを触る。その頭の中で自分の知っているいいところを刺激して、あっという声を抑える。どくりした。頭の中で男と男が触るイメージ。触られ、イクような。気持ちいいとか頭が真っ白になるようなイメージ。
体が誰かの手を求める。それが僕には夜だったりする。パンツから出たものをクチュクチュと先端をいじる。ぞくぞくといけない感覚が走る。
これはいけない。でもイキたい。そんな気持ちでさらに違ういいところをいじる。息が荒くなる。夜の歌声が聞こえる。
足がガクガクする。そうして背筋から頭までビリビリとした快感が走る。これ以上したら、イク。だめだ。
「あっ」
手の中にどくどくと液体が流れる。触っていけないところがうずくようでズボンを下げた。菊門を触る。固く閉ざされている。それをなでる。それだけにした。乳首を触る。さっきのせいか、尖っている。
「だめだ」
と言って、僕は手を洗う。こんなに欲求不満になったのは初めてだった。夜の曲から違うものにした。
インスト。そうして罪悪感から逃げるように、目をそらすように、レポートを書いていた。
あれをすると罪悪感に襲われる。自分がなにもできていないような。相手がいないだけでこんな気持ちになる。それだけで十分なんだ。
僕は夜に対して後ろめたさを感じていた。
『元気だ。拓磨は』
そんなメッセージがそれをしたあとに届いていた。僕はどうしようもない気持ちになった。うめくような。なんとも言えない気持ち。そんな気持ちを夜にはわからないから安心した。
だから元気だよと書いた。話をしたかったけどあまりする気力はなかった。夜はなにをしていたんだろうかと気になったから、メッセージを送った。
そうしたら未読だから、忙しいんだと思った。女子ではないが、学生とは違うとわかっていても相手にしてほしい気持ちがある。キスしたい、触りたい、抱きしめたい。夜にはそんな気持ちがないだろうか。
脈なしなのかもしれない。ノンケには男はハードルが高いかもしれない。だからか、夜にはきっと手を出しづらいのかもしれない。でもさ、夜とつぶやいた。
待つ方はつらいかなと僕はそう言ってスマホをスリープさせた。そうして、レポートを書いていた。
ひさしぶりに大学に来たような気がする。講堂が入ったビルに入り、就活センターに向かう。ネットで予約したから、そろそろ時間である。
センターに顔を出して、先生に挨拶する。そうして、先生はコーヒーを用意してくれた。パソコンを用意された。悩み事をポツポツと話していた。自分はどういった考えでどういうものかとか悩みはつきない。
「もうちょっとがんばってみたい」
と言われた。合わないわけではないなら、なじむようにとのこと。もう少し様子を見ようかと話された。僕は長い時間が経ったことに気がついた。立ち上がりありがとうございますと言っていた。
肩に重い荷物を背負っているように暗い気持ちだった。過去を見るシートを一緒に埋めてもらったのはいいけど、なにが自分の武器なのかわからない。
「とりあえず、がんばろう」
夜の顔を見てからとコンビニに向かうが、コンビニには違う顔が並んでいて、そのまま帰ることにした。
雨がポツポツ降ってきた。洗濯物が気になるので早めに帰ろうとする。夜に連絡するべきか悩んだ。だからメッセージに雨が降ってきたよと送った。
階段を登って、体力がついたような、そうでもないような。階段を一段ずつ登っていく。体が重いのはなぜだというと、大学の売店でジュースを買ったから。総菜の弁当も。そうしてのろのろと上がる。
寒かった。スープを買えばよかったと後悔していた。
「あっ」
部屋について、洗濯物を入れる。暖房をつけて、冷えた体を暖めていた。
電子レンジには温めないで、弁当を食べる。大学の売店は安くてボリュームがある。かつ弁当にした。大学内で食べればいいが、なんとなくだが、家に帰りたかった。
『なんか。疲れた』
夜からのメッセージだった。
『そうなんだ。どうして』
『仕事したくない』
『へえ。どうやって生活すんだよ』
『養って』
『学生には無理』
『だよな』
『社会人になってもお断りだからな』
『だよな。そっか』
俺も働いていた方がいいかなといつもと違う弱気なことを夜は書いた。
『自分でそう思うのか』
僕が問いかけると『拓磨は他の奴と同じように進んでいると、俺はなんだろうと思うよ』と言った。
寒いと思うから、僕は背広から羽織ったコートの襟を立てようとした。
「拓磨はさ。なんでこっちに来た」
「えっと、物が作られるところ、それが好きなんです」
「製造に行きたいとか」
「いや、そこはまだ」
「いろんな業種をやってみるといいよ。どんどん挑戦して調整して自分を知る。それがいいよ」
ありがたい言葉をもらった。でもそれは途方に暮れてしまう。まるでなにもない道を作るのと似ている。自分というものを手探りで探し当てるのがどんなに大変かと僕は想像する。
「うーん」
「悩め、悩め。悩んだ方が勝ち。簡単に自分なんてわからないよ。俺だってそうだった」
笑われてしまった。僕は恨めしい気持ちにもなった。恨めしくて、自分という曖昧なものをつかむようだった。
最寄り駅についたので上司とは別れた。僕はスマホを見た。SNSでは友達と話していた。がんばれと声をかけられたとか書いた。そうしたらいいな、期待されていると言われた。
『戸井田はどうだ』
『俺? うん。まあつらいわ』
『自分を見つけるだってさ』
『自分ねえ。それでアピールするんでしょ。口がうまい奴が勝つんだよな。世の中は』
『自分の思いをのせたらとかラジオで聞くけど』
『熱意だけで買ってくれるならいいけど。そんな熱意はねえよ、俺』
『だよな』
そんな夢中になるものがあるだろうか。そんなものが自分に眠っているのか怪しいくらいだ。ぐずぐずとした気持ちになっている僕を『やるしかねえか』と戸井田が励ましてくれた。
『ありがとう』
『お互いさま』
スマホをしまう。ぼんやりと考える。昔はなにを夢中になっていたか。記憶があまりにもない。そういう記憶がないだけかもしれない。違うかもしれない。
流れる風景はビル街から住宅に変わろうとしていた。寒そうな夜の風から守ってくれる車内で僕は考えていた。なにが心に響いたのか考えていた。
自分がなにをしたい。それは漠然としてつかめない。どんなことをしてきたかを思い出さないときっと自分はわからないだろう。
「わからないな」
そうつぶやいている僕がいた。
物を作るのが好きだったような気がする。模型を作る趣味は父にはあった。父の手からゆっくりと、着実に作られていくものは見ていてうずうずした。僕は手伝っていた。たまにドジを踏んで父に怒られた。
父も大人げない。
それでもめげずにいたのは、なにかできたという喜びが好きだった。だからか、パンを作っている母にも反応した。母は専業主婦ではなかったけど、休日に疲れた体を鞭打ってパンベーカリーでパンを作るのが趣味だった。
母を手伝うことがなかったが、前日からパンを練る機械を覗こうして怒られた記憶がある。そんな自分が今パン屋を手伝っているのは不思議だ。製造に関わりたいのだろうか。と問われたけど無理だと思っている。
器用でもない僕が、パン屋を勤めるのは情熱が必要になると思うからだ。
じゃあなにができるというと小手先で考えたような理由しか浮かばなかった。もっと芯が通っていないとだめだと僕はわかっているからため息をついた。
自分がだめな人間のように思えた。
考えたが、よくわからないからスマホを見る。焦り、周りは着実に進んでいるんだろう。就活センターで相談をするべきかもしれない。
バイトは魅力的だったのになんで断ったんだろう。まるで裏切りをしたような感覚。
周りを見れば、疲れたような顔をしているサラリーマンに囲まれた。この人達も僕と同じように気持ちになっただろうか。なったから今ここにいるんだ。
僕は無性に苦しくなった。
夜の歌を流す。家に帰ってパソコンに落としたCDを聞く。それを聞きながら書類やレポートを書いていた。僕の感想を書いていた。ここをこうしたらという意見は生意気に書いているときもある。仕事をしているんだというよりごちゃごちゃ言っているだけのような気がする。ブルーライトから守る眼鏡をかけ、ひたすら画面を見ていた。疲れたとつぶやきそうになる。
「夜。元気」とメッセージを送る。夜からの返事は返ってこない。それでいいやと僕は考えていた。
夜のやりたいようにやる。僕も僕でやりたいようにする。結ばれたい気持ちはあれ、ノンケには無理させたくないという気持ちもまたある。
夜の声を聞きながら、僕はムラムラしたような気持ちになった。僕はディッシュをよせる。頭の中で夜を描く。
コンビニのおにぎりを持つ手をイメージして自身のものを触る。その頭の中で自分の知っているいいところを刺激して、あっという声を抑える。どくりした。頭の中で男と男が触るイメージ。触られ、イクような。気持ちいいとか頭が真っ白になるようなイメージ。
体が誰かの手を求める。それが僕には夜だったりする。パンツから出たものをクチュクチュと先端をいじる。ぞくぞくといけない感覚が走る。
これはいけない。でもイキたい。そんな気持ちでさらに違ういいところをいじる。息が荒くなる。夜の歌声が聞こえる。
足がガクガクする。そうして背筋から頭までビリビリとした快感が走る。これ以上したら、イク。だめだ。
「あっ」
手の中にどくどくと液体が流れる。触っていけないところがうずくようでズボンを下げた。菊門を触る。固く閉ざされている。それをなでる。それだけにした。乳首を触る。さっきのせいか、尖っている。
「だめだ」
と言って、僕は手を洗う。こんなに欲求不満になったのは初めてだった。夜の曲から違うものにした。
インスト。そうして罪悪感から逃げるように、目をそらすように、レポートを書いていた。
あれをすると罪悪感に襲われる。自分がなにもできていないような。相手がいないだけでこんな気持ちになる。それだけで十分なんだ。
僕は夜に対して後ろめたさを感じていた。
『元気だ。拓磨は』
そんなメッセージがそれをしたあとに届いていた。僕はどうしようもない気持ちになった。うめくような。なんとも言えない気持ち。そんな気持ちを夜にはわからないから安心した。
だから元気だよと書いた。話をしたかったけどあまりする気力はなかった。夜はなにをしていたんだろうかと気になったから、メッセージを送った。
そうしたら未読だから、忙しいんだと思った。女子ではないが、学生とは違うとわかっていても相手にしてほしい気持ちがある。キスしたい、触りたい、抱きしめたい。夜にはそんな気持ちがないだろうか。
脈なしなのかもしれない。ノンケには男はハードルが高いかもしれない。だからか、夜にはきっと手を出しづらいのかもしれない。でもさ、夜とつぶやいた。
待つ方はつらいかなと僕はそう言ってスマホをスリープさせた。そうして、レポートを書いていた。
ひさしぶりに大学に来たような気がする。講堂が入ったビルに入り、就活センターに向かう。ネットで予約したから、そろそろ時間である。
センターに顔を出して、先生に挨拶する。そうして、先生はコーヒーを用意してくれた。パソコンを用意された。悩み事をポツポツと話していた。自分はどういった考えでどういうものかとか悩みはつきない。
「もうちょっとがんばってみたい」
と言われた。合わないわけではないなら、なじむようにとのこと。もう少し様子を見ようかと話された。僕は長い時間が経ったことに気がついた。立ち上がりありがとうございますと言っていた。
肩に重い荷物を背負っているように暗い気持ちだった。過去を見るシートを一緒に埋めてもらったのはいいけど、なにが自分の武器なのかわからない。
「とりあえず、がんばろう」
夜の顔を見てからとコンビニに向かうが、コンビニには違う顔が並んでいて、そのまま帰ることにした。
雨がポツポツ降ってきた。洗濯物が気になるので早めに帰ろうとする。夜に連絡するべきか悩んだ。だからメッセージに雨が降ってきたよと送った。
階段を登って、体力がついたような、そうでもないような。階段を一段ずつ登っていく。体が重いのはなぜだというと、大学の売店でジュースを買ったから。総菜の弁当も。そうしてのろのろと上がる。
寒かった。スープを買えばよかったと後悔していた。
「あっ」
部屋について、洗濯物を入れる。暖房をつけて、冷えた体を暖めていた。
電子レンジには温めないで、弁当を食べる。大学の売店は安くてボリュームがある。かつ弁当にした。大学内で食べればいいが、なんとなくだが、家に帰りたかった。
『なんか。疲れた』
夜からのメッセージだった。
『そうなんだ。どうして』
『仕事したくない』
『へえ。どうやって生活すんだよ』
『養って』
『学生には無理』
『だよな』
『社会人になってもお断りだからな』
『だよな。そっか』
俺も働いていた方がいいかなといつもと違う弱気なことを夜は書いた。
『自分でそう思うのか』
僕が問いかけると『拓磨は他の奴と同じように進んでいると、俺はなんだろうと思うよ』と言った。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
13
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる