羅針盤の向こう

一条 しいな

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 カフェテリアで戸井田と別れた僕は大学内を歩いていく。夜がいるコンビニに向かう。なにか手渡されたらと思って購買でフリスクを買った。
 眠気覚ましのためということでたいした金額でもない。渡さなければ僕が食べればいいと思っていた。
 コンビニについて、顔を上げた。温かい空気が顔に当たる。温かいと体が反応する。エアコンの空気からだ。そうして夜はいた。僕は気がついて、手を上げそうになるのを抑えた。女の子、かわいらしい黒髪のミディアムヘアーの子がいた。
 会話は聞こえない。楽しげに話しているから、僕は慌てて出て行きたいのを我慢した。
「今夜泊まる?」
 ねえという、夜はなにも言わない。夜は無視しているのかわからない。僕は聞き耳を立てるが、ラジオから流れる音でうまく拾えない。
「ねえ、昨日も泊まったでしょう」
 いらない菓子を手に取るレジを向かうとき耳に入った。夜は顔に出さずに「邪魔」と言った。僕は夜の顔を見ていた。
 夜は無表情だった。
「ありがとうございます」
 買い物をしてすっと立ち去る。背中には視線を感じていたが、なにも感じたくない。
 ショックと一言で済む言葉。ショックなのかイマイチわからない。わかりたくない。裏切りか、冷静になれない僕は混乱した。
 大学内の石のベンチに座り、大学内の棟を見上げていた。
「なにやっているんだろう」
 僕は問い詰めることもせずなにをやっているんだろうか。やるべきことはあった。あの女の子のいうことは本当だったのかも。そういうことが曇り空の中考えていた。
「拓磨」
「戸井田」
 なにをしているんだよと笑いかけてくる戸井田をぼんやり見ていた。
「帰っていたんじゃないか」
「帰り道こっち。いろいろやりたいことがあるからこっちに来たら。まあなんという偶然か、拓磨を見つけたからさ」
「そうなんだ」
「元気ないな。腹でも下したか」
「そんなところ」
「トイレに行け。冷えるぞ。ここ」
「うん」
「……」
「悪い。行く」
「どこに」
「ちょっと」
「殴り込みか」
「違うから」
 拓磨、心配だよと言われた。僕は笑った。
「じゃあ、××教室で待ってくれ」
「ええ。待つの。余計に気になる」
「じゃあ、帰れ」
「待つよ」
 戸井田は笑った。僕は前に向いた。夜のいるコンビニに向かう。コンビニは建物の中にある。そこに入る。夜はレジに立っていた。
「話があるんだ」
「ここじゃまずいから。あとでな。バイトが終わったら、あと三時間くらいかかる。俺の家の鍵渡す」
 鍵を渡された。僕はうなずいた。さっさと教室に戻ると戸井田はスマホを見ていた。大きな教室は電気が半分ついている。そうして一番前の席に戸井田が座っていた。
「なにやっていた。っうかさ。おまえ、怖い顔をしている」
「怖い顔をしているつもりはないんだけど」
「まあいいけど、行くぞ」
 戸井田はなにも言わない。僕も言わない。肩を並べて、大学内の建物から建物を渡る。バス停に行くと別れる。
「なにかあったら連絡しろよ」
「なんでだよ」
「人殺しになっても友達だ」
「やめろ」
 そう僕は言っていた。そんな僕を戸井田はバスに乗り込んで、高い場所の窓から手を振る。僕も手を振った。
 そんなことをしたら少し気楽になった。
 弁当を買う。二人分。コンビニではなく、購買で買えば良かったと思っていた。人ごみからゆったりとした人通り、気がつけば人通りのない路地に入る。夜の周りには高いビル、そこの影に隠れるように夜のマンションがある。階段を上り、ギシギシときしむ床を歩く。
 鍵を入れる。そうしてドアノブを回す。なぜか緊張している僕がいる。人の家に勝手に上がる。家主に許可を取ったことは取ったが、なんとなく気が引ける。
 それは見たくないものを見るからかと僕を考えていた。鍵を閉める。電気をつけようか迷い、そのままにする。足をゆっくり部屋に踏みしめる。色が変わった畳に紙を踏む感触がした。それを拾い、薄暗い中読んだ。楽譜だった。途中で黒く塗りつぶしてある。ルーズリーフもある。普通のノートに書き散らしていた。
 その紙をまとめる。ギターはない。ちゃぶ台代わりのこたつにはさっきまで夜が苦戦したはずだろうノートが広げていた。
 僕は目をつぶる。電車の音が聞こえる。遠くから。誰かが電車の音を鳴らしている。そうしてBGMに車掌のアナウンス。××から。と聞こえる。僕は冷たいこたつ布団に入って、顔を埋めていた。



 何時になったのかわからなかった。急に扉が開いたような気がした。夜は声を上げたような気がした。
「よっ」
 まぶしい電気がついた。夜はなにも言わず、夜はブスッとしたままだった。
 黒いジャケット、帽子にファーがついている奴を着たまま、ギターを下ろす。ホコリが浮かんだ。
「弁当、食べる?」
 そんな僕の問いを夜は無視する。
「夜。あのさ。なんで泊まったの」
「……」
「関係を持ったの」
 夜はため息をついた。
「持っていない。あれはバンド仲間みたいなもの」
「夜。ごめん、詳しく話して」
「否定しないか」
「しない」
 僕の言葉に夜は黙っていた。夜は僕に近づいてきた。いきなり手を取る。冷えている、こたつの電気くらいつけろと言われた。
「なんで否定しないの」
 夜はそう僕に問いかけていた。まるで僕のご機嫌をうかがうように。だから、僕は束ねた楽譜を見せる。
「がんばっているからさ」
「おまえだってがんばっているんじゃん」
「寂しかった? 僕は忘れそうになった」
「おまえな。はっきり言うなよ。へこむ」
「夜だって忘れただろう」
 うん、まあとつぶやいた夜はぽつぽつと話し始めていた。同じ音楽仲間らしい。急に彼女気取りしてきたらしい。なにかしたと僕は問いかけるが、わかんねえと言った。夜は酒に酔っていたらしい。
「酒はよせよ」
「うん」
 そんな会話をして酒はよさないなと僕は考えていた。夜はしばらくしてから弁当を平らげた。僕は遠慮しようとすると「また買えよ。俺より、力がなさそうだから」と言われた。
 カレーの具はない。だからカツが乗った奴にした。二人で黙って食べる。まだ電車のBGMは流れる。次は×××。次は×××。おおりの際は右側の扉にご注意ください。そんなアナウンスが流れる。
「なんで、泣きそうな顔をしているんだ」
 夜は不思議そうに言った。
「ちょっとさ。なんでも」
 腕をつかまれた。そうして軽い力で後ろを倒される。顔が近づく。夜の整った顔、鼻は高く、目はキラキラと輝く黒目。それを見ていた僕に夜の唇がふわり乗る。カレーの味がした。
 夜は優しく口づけをする。なんども繰り返すキスに僕は変な気持ちになっていた。悪い酒に酔うとはこのことか。夜がラジカセを流す。CDが流れる。それは大音量だった。
「あっ」
 服をはだけさせ、乳首を触る。自分ではなにも感じないはずが、好きな人に見られたせいか、乳首の丸いものが立っていた。夜はそのまま、口に含む。
「ちょっと」
「えっ」
「出ないから」
「知っている」
 甘噛みをされてしまう。痛いはずが、興奮のためかよくわからない。ただ、腰が揺れるのを恥ずかしくて、僕は天井を向かうとした。
「マグロになるの。つまんねえ」
「恥ずかしいんだよ」
「ほら、アンとか言えないの」
「言えというのか」
「口調がおかしい」
 腰をさわれた。まるで感触を楽しむように、それにぞくぞくとして、腰から背中にかけての神経が過敏になったみたいだ。
「いやだ」
 変な声が出ていると思う。弱々しくて、まるで女みたいな声。気持ち悪がられるからマグロになろうとしたのが、夜の顔を見たらそんな気持ちが飛んだ。
「いいじゃん」
 口笛を吹きそうな夜に僕はにらみつけていた。夜は気にせず、ベルトをはずしていくのだ。はだけたベルトとパンツには、自身がゆるくたっている。
「触ってないのにたつんだ」
「うるさいな」
「チェリー?」
「うるさい」
 まあ、いいけどと、言われた。すっと冷たい、角張った指がツンと布越しに触る。夜が触ると思ったとたん、キュンと胸にときめいた。興奮した。
「かわいいね、拓磨ちゃん。雌みたいな顔をしてさ」
「違う。違うから」
「雌にしてあげる。かわいい雌に」
 ゾクリとした。夜は笑ったまま、パンツごと引き抜いた。そうして、自身の裏側を刺激する。
「かわいいね。いやかわいい」
「わけわからない。気持ち悪いだろう」
「意外と普通」
「本当に」
「バイだったみたいだ。まあこの業界には多いけどさ」
「どういうサーチだ」
「いいじゃない。そんなことは。俺の中で拓磨は食べたい子でなっている」
 僕の自身をいじり始めた夜は余裕そうだ。僕は体が熱くてたまらない。汗が脇から出て、血圧も上昇している。ただ、体がいやらしくなる。雌じゃないのに、お尻がヒクヒクする。
「ちゃんと洗浄しなきゃ。大がつく」
「ああ。そうなんだ。じゃあ」
 いきなり夜は自分のベルトを下げた。そうしてぶつというか、ぶつを取り出していた。僕は電灯の下にさらされたぶつを見ていた。
「そんなに見るもん? あっやっぱり雌にしてほしいの」
「やめろ」
「わかっている」
 自身とぶつを重ねる。僕のちょっと出たあれでネチョネチョと言い出す。夜が抱きしめる。拓磨と呼ばれた。気持ちいいのかわからない。夜もわからないと思う。
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